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それはただの思い込み


「なぁ、白瀬」

「なんだ?」

 夏休みが明けたことで、本格的な受験シーズンに入ったので放課後に居残るクラスメイトも増えたので、自習と脚本修正の件も含めて、俺と玉村は図書室へと訪れた。実はこの高校の図書室は勉強をする上では穴場である。基本的にスクールカースト上位の生徒ってのは明るくて、ついでに派手なところが好き。合わせて目立てるところなら尚良しということで勉強場所を自習室や大講義室にすることがほとんどで、ついでに外ならカラオケボックスやファミレスという選択をするので、どういうわけかあいつらの頭の中で図書室が「陰湿で暗くて狭そうな場所」というイメージが先行しているおかげで、生徒の数が少ないのだ。ただ疑問なのは、ああいう連中は世渡りが物凄く上手だから、どんなに騒音に溢れ返っているような場所であってもしっかりと勉強して、それなりの大学に入るというイメージがある。いや、あくまでイメージ。俺もひょっとしたらネットで見た情報によって勝手に決め付けてしまっている部分はあるかも知れないな。

 とは言え、図書室も、さすがにこの時期にもなると数は春先頃より圧倒的に増えているけど。

「ムキになってねぇか?」

「なにに?」

「黒井と話をしないことと、あと目線を合わせないようにし始めただろ」

「そんなことはない」

「なに遠くを見つめながら言っているんだか」

「そんなことはないんだ」

「お前さぁ、なんでそんなに黒井が好きってことを認めたがらねぇの? 逆に面倒臭いわ」

 玉村が大きな大きな溜め息をつく。

「百歩譲って、俺が黒井のことを好きだとして」

「百歩譲らなくても顔に出ていただろ」

「言うな」

「いや、言う。お前、中学の頃から絶対に黒井しか見ていなかった」

 そんなはずはない、と言い切れない。なにせ俺たちはやたらと目を合わせる機会が多かったのだ。それを傍から見ていた同級生が、玉村と同じ感想を抱かなかったとも限らない。

「好きだとして、それでなんになるんだ?」

「なんになるって?」

「メリットが無い」

「お前、付き合う付き合わないにメリットもデメリットも無いだろ」

「いーや、メリットが無いことには関わらないのが大切なんだよ。世の中ってのは、そんな甘いもんじゃないはずだ」

「ただ意地を張っているだけに聞こえるが?」

「それに、俺にメリットがあったとしても、もしもあったとしても、黒井にメリットが無い」

「頭悪すぎて吐きそう」

 なに気持ちが悪そうな顔をしているんだよ。

「それに、受験が控えているんだぞ。大学受験が失敗したらどうすんだよ。なに? 付き合って同じ大学に行くとか、そういう恋愛物の感じ?」

「なに逆ギレっつーか半ギレしてんだ。そうやって高圧的になるから、余計に好きなんだろうなって思っちまうよ。要は幼稚なんだよ、白瀬の否定の仕方は」

 好きだとか嫌いだとか、その手の話を夏休み前に散々されたせいでこっちは毎晩毎晩、そのことに考えて懊悩して碌に眠れやしない日々があったんだってーの。

 なんかもう辛かったんだよ。思い出せる黒井の全ての言動が、俺へのなにかしらのアプローチなのではないかという妄想に陥ってヤバかった。勝手に舞い上がって、そのあとテキトーに落ち込んで、なんかこうテンションの上がり下がりで心身共に疲労困憊みたいな。

「前提条件をもう明確にしておこうぜ。お前は黒井が好きなのか、嫌いなのか。ここを決めてから、これからについて考えよう」

「……嫌い、ではない」

「じゃぁ好きってことで」

「勝手に決めんなよ」

「決めなきゃ白瀬はずっと答えを出さないだろ。ここは親友に任せろ」

 何故こういう時だけ親友という言葉を軽々しく遣うのだろうか、玉村は。


 気付いたら、世界が覆るって言っているじゃないか。俺を構成する全てが、狂ってしまう。認めたら、胸が苦しくなって、逃げ出せなくなる。

 ただ、考えてみればこの苦しみは、夏休み中ずっと抱えていたことじゃないだろうか? だったら認めてしまえば、胸のつっかえが取れて、気持ちが楽になるかも知れない。けれど、そうやって認めてしまった先で待っているのは結局、辛いことばかりなような気もしてならない。


「ならもう、好きってことで、」


「やっぱり図書室は静かだし、穴場だったねー」

「綾香の言う通り、勉強場所を図書室にして正解って感じ」


 俺は開けた口をそのまま急いで閉じて、目の前で広げていたノートを自習用のノートで隠す。

「白瀬と居るとやっぱ退屈しなくて済んで楽しいわ」

「なにが?」

「タイミングが神ってるだろ。お前、やっぱ持ってる」

「持ってねぇよ、なにも」

 ヒソヒソと話し、そして黒井を含めた女子二人にさも気付いていないようなフリをしつつ、受験勉強をさっきまでしていたかのように装う。なんで装うのかは自分でも分からないが、とにかく黒井について話をしていたというような雰囲気だけは気取られたくはなかった。


「あ、玉村君たち」

「へー本当だ。やったじゃん、綾香」

「な、にが?」


 やがて向こうから気付かれる。これについてはどう取り繕ったって無駄なことだったので諦めていた。別に悪いことをしていたわけでもないし、むしろ堂々としていても良いはずなのに、なんでこんなドキドキしなきゃならないんだ。しかもさっきまで彼女のことについて話をしていたせいで、まともに黒井の顔を見ることさえ出来なくなってしまっている。

「あれ?」

「どうかしたの?」

「え、ううん、なんにも……うーん?」

 俺が目を合わせようとしないからか、黒井はいつもと違う感覚に戸惑いを覚えているらしい。けれど、それが通常の感覚だ。今までの、相手を見つければ自然と目を合わせるという間柄が異常だったのだと分かってもらえれば、俺たちのどっちつかずな関係も明白になる……はず。


 俺じゃなく、黒井の態度で判断しようとしているなんて、相当に卑しいことをしていることは承知の上だ。


「なに、受験勉強? 一緒に勉強する?」

「玉村君は彼女居るでしょ? そんな風に誰にでも声を掛けていたら、怒られるよ」

「一緒に勉強するくらいじゃ怒られないって。口説いたらヤバいけど」

「口説くもなにも、私はもう彼氏居るからNGでーす。まぁでも、綾香はフリーだから問題無いかも?」

「黒井はー……まーなんと言うか……なぁ?」

 玉村はなにやら黒井の友達とアイコンタクトを図っている。

「まー、確かにそうだねー」

 そして向こうもなにかに納得している。なんのやり取りをしているんだ、この二人。俺と黒井を蚊帳の外に置くのはやめてくれ。

「そうだそうだ。白瀬君」

「……なに?」

「別に私が訊きたいってわけじゃないんだけど、どーしても白瀬君の進路について知りたいって子が居て、でもその子がどうしても直接、訊くことが出来ないからって理由で私から訊くんだけど、受験する大学ってどこ?」

「どこって、普通に私立だけど」

「偏差値はどれくらい?」

「えー……いや、偏差値は、そこまで気にしていなかったな」

「もしかして有名私立大学とか? 東京にまで出ちゃう感じ?」

「そこまで俺は頭が良くねぇよ。成績は平々凡々だからな」


 なんだ? 探っている風に装いつつ、実は俺を馬鹿にしたいだけなんじゃないか? 黒井の素についてはちょっと意外な一面があった分、友達もそれなりな一面がある感じか?


「じゃーここら辺だと、この二つの大学のどっちか?」

 二冊の赤本を俺に提示して来る。

「あー、その二つのどっちか受かれば良いかとは思っているけど、一応、滑り止めも受ける」

「……ってことらしいよー、綾香」

「なんで私にその話を振るの?」

「えーなんとなく。それとも、話を振っちゃ悪かった?」

「悪くはない、けど。ないけど」

 ここで、不意討ちを喰らったかの如く、黒井と目が合う。


 なんだろうな。呆れ返るほどに見惚れて、声すら出せなくなった。


「…………って、おい。大丈夫か、白瀬? 昨日はあんまり眠れなかったんだろ?」

 俺が数秒間、ゲームで言うところの石化状態に陥っていたことに玉村が気付き、フォローを入れてくれる。昨日はよく眠れたのだが、ここは眠れなかった(てい)で行った方が、黒井に見惚れていたという事実を隠せるという判断だろう。ありがた過ぎる。

「ボーッとしちまった。夜遅くまで受験勉強なんてするもんじゃねぇな」


 ほら、もう俺は駄目になってしまいそうになっているじゃないか。認めてしまったらしまったで、こんな風に自分で自分を扱えなくなる。本能の赴くままに、なんてことにはならないが、それでもさっきみたいに見惚れて、動けなくなってしまう。声すら出せなかった。俺らしくもないし、動けと自分に命じなきゃならない感覚も、好きじゃない。


「白瀬君は頭が良いと思ってた」

「は? なに、喧嘩売っているのか?」

「そうじゃなくって、なくって……!」

 両手でアタフタと否定を入れる黒井を見て、悪意は無いんだろうと思うことにする。

「私、塾に行かないと駄目なくらい馬鹿だから、その……白瀬君と同じ大学は、受験できないんだろうなって勝手に決めて、いたから」

「黒井が頭が悪いなんて初耳なんだが」

「なんだか、白瀬君は変な誤解をしているんだろうなって前々から思っていたけど、私、そんな、天才とかじゃないから。普通だから。普通よりひょっとしたら、下かも知れないから」

 高嶺の花と決め付けて、彼女は絶対に頭が良いんだろうと思い込んで、そうやって俺なんかが近付くなんておこがましい、と。そんな風に勝手になにもかもを勝手に一人で、心の中で判断して、真実について問い掛けもしないでいた。

 だから俺と彼女は、さほど仲が良くない。話をしないから。勝手にイメージを固めて、そういう人だろうと思い込んで、それを前提にして話している。こんなのではどうやったって仲良くなんてなれはしないのだ。素を隠す、猫を被る云々以前に、コミュニケーションそのものが足りない。

 それで相手のことを好きになるってのもおかしい。それじゃまるで容姿で好きになったみたいだ。

 違うはずだ。俺はもっと別のところで、彼女に魅力を感じて……それで今、好きかどうかを判断しようと、心に訊ねている。


 いつだっただろう。

 いつからだっただろう。

 俺は彼女のどこに、魅力を感じ始めたんだろうか。


「なんでそんなことを俺に明かすんだ? 明かす必要無くないか?」

「え、いや……だって、そう言わないと、駄目な気がしたし」

「身勝手に、黒井を頭が良いと思っていたのは俺の方だ。そういうこと、話したことないし、そもそも話す内容だって深くない。それで誤解を生んでいるっていうんなら、それはそれで仕方が無いことだと思うけどな」


「そうだろそうだろ。そんなんじゃいつまで経っても誤解を生んだままだ」

 なんでこのタイミングで玉村が話に割り込んで来るんだよ。

「じゃ、白瀬。俺、彼女と用事あっから」

「は?」

「ごめーん、綾香。私、これからバイトがあって」

「え?」

 なにこの蜘蛛の子を散らすとまでは言わないまでも、物凄い速度での図書室からの脱出を企てている図は。

「玉村、おい」

「俺が居なくても過去問は解けているだろ。前に余裕ぶっていたし」

「分からないところを教えてくれるって言っていたような」

「私じゃどうしても教えられそうにないところだから、そこは白瀬君に教えてもらって」


 おい、わざとかってぐらい示し合わせたかのようにテキトーな理由作って、俺たちの目の前から退散したぞ。


「はぁ~」

 深い溜め息をつく。

「え、あ、御免なさい」

「なんで謝るんだ」

「勉強の邪魔をしちゃったかも、と」

「勉強……勉強ねぇ。今日はそっちが本命じゃなくって、演劇部に押し付けられた方の軽い修正作業中だったんだ」

 話さなきゃならない状況なら、話すしかない。黒井とは前にも二人切りで話をする機会があった。主に意地を張ったせいで起こった『家に送る事件』でしか話してないけど。

 なんにせよ、話せないほどに女子に慣れていないわけじゃない。単純に、女子と喋っていると口が段々と悪くなりそうだから避けているだけで。

「脚本?」

「そう」

「なら、ほとんどは出来上がったの?」

「大体の流れは固まった」

「読ませて」

「それは無理。文化祭まで待て。でないと演劇部も困るだろ」

 漏洩だとかそんなの全くもって気にしていないけど、これは秘匿義務ではないだろうか。だって演劇部にとって、物語が先にバレてしまっているというのは好ましくないことのはずだから。

 残念そうにしながら、黒井は俯き加減に「そっか」と呟く。

「ま、それはともかくとして……どこが分からないんだ?」

「教えてくれるの?」

「意外そうに言うんじゃねぇよ」

「だって実際、意外だし」

 今ちょっとマジなトーンで言いやがったな。

「つっても、俺も分からないところだった場合は迷宮入りになる」

「分かんないとこはどう頑張っても分かんないよね」

「理屈が分からねぇのに解き方教えられても似た問題出されても答えられないからな」

「それホント、そう思う。こうやって解く、って方法を教えられてもどうしてそれで答えが出るのかって部分が分からなかったらずっと分かんない」

 意気投合するところじゃないところで意気投合している。でも、これもコミュニケーションの一つだと受け入れるならば、俺の中にある疑問に対する答えの判断材料にはなってくれるだろう。

「で、なにが分かんないんだ? 数学は無理だぞ。俺、文系だから」

「私も文系」

「なら、なんとかなるかも知れない。かもだからな」

「選択になるんだけど、歴史じゃなくて世界史を選ぶつもりで」

「戦国時代以外を好きになれなかったからだろ」

「そうそれ! 戦国時代と明治時代以外が薄味過ぎて内容が入って来ないの」

「で、先生に世界史を勧められた」

「なんで見て来たかのように言えるの?」

「俺と同じだから」

 戦国時代以外に興味を抱けなかった俺は、先生に「世界史を選択しなさい」と言われた。なんでかまでは教えてもらえなかったけど、とにかくそれからは世界史と地理を学んでいる。

「で、世界史が問題なのか?」

「問題なのは国語の方」

「そりゃ教えらんないと匙を投げるわ」

「文章題は解けているの。分かんないのは古文漢文の方だから」

「なら古文漢文って言えよ」

「本当に教えてくれる気あるの?」

「無きゃここに居残ってなんかいるか」

「教える人としてはあるまじき態度だと思うけど」

 引き気味に言われているけど気にしない。どうせ教えている最中に俺は苛立って、口が悪くなるだろうし、もうカナブン事件で口の悪さは出てしまった。無理に隠し通すと喋り方にまで影響が出かねない。


 大体、話していることを楽しいと思っている時点で、俺はもう深く考えるのを取り敢えず、措いているのだ。


「で、なにが分からない? 『いとをかし』が分からないとか言ったらキレるからな」

 キレて、もう古文漢文の点数なんて捨てちまえと暴言を吐くまでの準備は万端だ。

「それは分かるに決まっているでしょ。私だって、そこまで馬鹿だと思われていたらさすがにイラッと来るから」

「早く分からないところを言えっての」

「赤本の、この漢文」

 開いたページの漢文を軽く眺める。

「難しいことは難しいけど、順を追って読んで行けばなんとなく頭に入るぞ。古文は昔の単語を遣っている分、今の単語との差異で苦しむけど、漢文は返り点さえしっかりと把握していたら、あとは漢字の雰囲気で読める」

「その返り点が、どういう風になるのかが分からなくて、特にここ。この部分が複雑過ぎて」

 漢文は返り点が一行に沢山並び始めると途端に難解になると言われているけど、俺は割とそれが、暗号を解読しているような気分になって楽しいというところはある。やり過ぎた部分には殺意が湧くけど。

「ここはまず――」


 傍から見たら、俺たちはどのように見えるのだろう。

 そんなことを思いつつも、けれど黒井が教えてもらおうという姿勢には学ばなければならないほどの一生懸命さがあって、一々そんなつまらないことを考えて、教えるべきところで間違ったことを教えてしまっては、示しが付かなくなってしまうので、時間の経過に合わせてそんな感情はどこかへと飛んでいた。


 図書室には似つかわしくない、ちょっと騒がしい俺と黒井の、二人だけでの勉強会はこの日、下校時間になるまで続いた。

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