温水球
「お風呂ですか?」
「うん」
今日は特に予定も思いつきもなかったので、家でまったりしながら前々から気になってた風呂について聞いてみる事にした。
必要ないと言えばそうなのだが、今日みたいに疲れると妙に入りたくなるんだよな。
「お風呂というと下界の人が身を綺麗にするために入っているものですよね」
「うん」
今のところ俺の知る限りの下界の人達は毎日は入らない。
大概は濡らした布で体を拭いて終わりだが、裕福な人や祭事の前、汚れが酷い時などは風呂に入っているようだ。
俺も毎日とは言わずとも今日みたいな疲れた日には入りたい。
「そういえばオアシスの人は綺麗好きでしたね。自分以外の方も洗ってあげてたりしていましたし」
「え?あ、う、うん、そうだね」
違うんだ、サチ。
あれはそういうお仕事なんだ。
そうか、サチはアレをそういう風に思ってるのか。
じゃあそのうち身を持ってどういうものか知ってもらおう。フフフ。
ともあれそういう事をするにも風呂が無ければ始まらない、困ったな。
「天界に風呂は無さそうだからな、作るか温泉探すかしないとなぁ」
「オンセン?」
「あぁ、温泉を知らないか。簡単に言えば天然のお風呂だな。湧酒場みたいな感じでお湯が湧き出してるところから湯を引っ張ってきて溜めて入るんだよ」
「へぇー。変わっていますね、普通に湯を沸かして溜めればいいのではないのですか?」
下界の風呂はサチの言うスタイルだ。
和人の街でも見つかれば温泉があるかもしれないが、今のところそれらしきものは見たことが無い。
「温泉は効能って言って地域によってお湯の成分が違ってて、入ると病が治ったり肌が綺麗になったりするんだよ」
「ほほう、それは興味深いですね」
「あーうん、あくまで俺の前居た世界の話な。こっちじゃ念とか魔法とかあるから」
「そうですか。残念です」
美肌と聞いて興味ありげだったが恐らくこれ以上の美肌にはならないと思う。
逆に温泉に入ったら荒れそうな気もするな。うーん。
「作るとなると大変だし、温泉は温泉で探すとなると大変だし、どうしたものか」
「うーん、とりあえずお湯に入れればいいですか?」
「ん?うん、何か解決案でもあるのか?」
「ちょっと試したいので庭に移動しましょう」
どうするんだろ?
家の裏手の庭に移動したら中央あたりに立たされた。
「そこから動かないでくださいね」
「うん」
サチは少し離れた場所に立ってこっちとの距離を確かめている。
何するんだろ?
まさかここに大穴開けて風呂にするんじゃなかろうな。
折角芝生が生えてるんだからそれは勿体無い気がするんだけど。
む、サチが何かを念じ始めた。
しばらく眺めてたけど特に穴が開くようなことはないな。
ぼーっと見てたら頬に水滴が落ちてきた。
ん?雨降って来た?天気雨かな?
そう思って上を見上げたら頭上に巨大な水の塊が浮いてて、気付いた瞬間その水の塊に襲われた。
咄嗟に息を止めたけど、避けきれずいきなり水の中。
いや、水じゃないなお湯だ。あったかい。
だが、息が持たない。とにかく上を脱いで泳いで水面から顔を出す。
「ぶはっ、な、なんだこれ!?」
身長の倍ぐらいの高さの水面から見下ろしながらサチに文句をぶつける。
「すみません、ちょっと水量が多すぎました」
ちょっととかそういう話じゃなくてだな。
よく見ると巨大な表面張力で出来た半楕円の水滴のようなものの中に俺が入っている。
なんかスライムに首から下が入っているみたいな気分になってきた。あったかいし。
「それよりなんなんだこれ」
「ウォーターボールです。少し改良を加えて大きさと温度を調節してみました」
「危うく溺れるかと思ったぞ」
「大丈夫です、神様はその程度じゃ溺れません」
溺れないけど驚くっつの。
おのれ、ちょっとお仕置きしてやる。
息を吸って潜水する。
あぁ、確かにさっきは慌てていて気付かなかったが息が異常に持つ。
水中の移動も容易になってるし、改めて神の体の優秀さに気付く。
いや、今はそんな事に喜ぶ場合ではない。
折角用意してくれたお湯なんだ、是非とも一緒に堪能してもらおうではないか。
底からサチの場所を確認して一気に近寄り、塊の側面から出て腕を掴む。
「さあ、サチも一緒に入ろう」
「い、いえ、私は結構です」
「ははは、そう遠慮するな」
「いえ、遠慮とかそういう意味では。あのソウの目が笑ってませんが、もしかして怒ってます?驚かせてしまったことは謝りますから、その、あっ、やめっ」
お湯の中に一名様ご招待ー。
とはいえ溺れられても困るので腰から抱いて直ぐに頂上の水面へ移動。
「ぷはっ、ひ、酷いです」
非難の眼差しを向けてくるがお仕置きなので甘んじて受けるがいい。
「ところでサチは泳げるのか?」
俯いてた所に聞くと体がびくっと震える。
「ももも、もちろん出来ますよ?」
わかりやすい。
「そうか、じゃあこの掴んでる手を離すけど大丈夫だな?」
「ごめんなさい、苦手なので離さないでください、お願いします」
わかったわかった、離さないからしがみつくなって、沈む。
「うー、服が張り付いて気持ち悪いです」
あーそうか、そのまま引き込んじゃったからな。
じゃあ水着に着替えてもらうか。
「じゃあ水着に着替えるか。裸はやだろ?」
「外なので流石に裸はちょっと。それと水着の持ち合わせがありません」
「そんなはずはないだろ。ちょっとオアシスの街の服一覧出してみ」
「え、あ、はい」
一覧を出すとやっぱり出てくるな、水着。
「コレコレ」
「これですか?わかりました」
紺の競泳タイプを指す。
他にもスクールタイプとかパレオ付きとかV字とかあったが今は実用性重視。
半透明のもあったりして別の実用性が凄くありそうなのもあったけど、今は見なかった事にする。今度着てもらおう。
「おぉ、確かに先ほどより楽です」
水着に着替えて楽になったからなのか、こっちに入れてる力が若干抜けて自力で浮くようになった。
「よかったな。ところでこのお湯はいつまであるんだ?」
「少しずつ小さくなっていますのでしばらくすれば無くなります」
「そうか。じゃあ折角だし堪能するかな」
こんな水の塊の中に居るというのも珍しいからな。
そう思って潜ろうとしたらサチに止められた。
「どうした?」
「あ、あの、ソウは泳げるのですよね。でしたら泳ぎ方を教えて欲しいのですが」
「ふむ、念でどうにか出来ないのか?」
「出来ない事はないですが、先ほどのような咄嗟な時に対応したいのと、出来れば苦手なものは克服したいなと思いまして」
素晴らしい。良い心がけだ。
「なるほど、そういう事なら全力で教えよう。フフフ、俺は厳しいぞ」
「の、望むところです!」
そんな事でサチに泳ぎを教えることになったんだが、これはもうやってる事が風呂じゃなくて温水プールだよな。
ちなみに教えたことはバタ足ぐらいで、後は水への恐怖心を払拭する方に力を注いだ。
やったのは外から俺が魚雷のように直線に泳いでサチを狙うという遊び。
サチは捕まらなければセーフ、捕まると漏れなく俺からくすぐり攻撃を受けるというルールで楽しくやった。
「はー疲れた」
塊も小さくなってしまったので外に出て適当なところに座って休んでる。
サチは空間収納からシャーベットを出してにこにこしながら堪能してる。
俺にも一口くれる?うん、あんがと。
温水で軽くのぼせた体に冷たいものはいいな。
「お風呂というのはなかなかいいものですね」
お風呂っていうかプールなんだけどな。あとで違いを教えておこう。
とりあえずお湯に浸かるという事がいいというのが分かってもらえれば今はそれでいい。
「俺の想像してたものと違ったけどこれはこれで面白かったな」
横から水に飛び込むなんて前の世界じゃ出来なかったから面白い体験だった。
「またやりましょう。今度は捕まりませんからね」
なんだかんだでサチも楽しんだようでなによりだ。




