茶師
草原の街の大依頼消化祭もそろそろ終わりを迎えそうだ。
気にして観察していた五人組と青年も街に戻り、解散したようだ。お疲れさん。
まさかダンジョンで隠し通路を見つけた時は驚いたが、青年が五人を上手く誘導して無事に脱出していた。
やっぱり彼は他の冒険者と一味違う気がする。信者じゃないのが悔やまれる。
「ソウ」
「ん?どうした?」
サチが俺を呼ぶと同時に北の領の画面をこちらに見せてきた。
「街の人達に動きがあるようです」
「わかった、注視してみる」
どうやら北の領も大分賑わいが戻ってきたようで、人の出入りが増加してきている。
そんな中サチが気にしているのは街の南に集まっている信者を含んだ行商人達だ。
沢山の荷物を用意している辺り、商売に出るようだ。
それはいいのだが、街の南に集まっていると言う事は必然的に南下するということ。
南方向、つまり魔族の本拠地とも言うべき場所がある方向に向かうという事だ。
「・・・ふぅ」
「大丈夫ですか?」
「うん」
気持ちを落ち着かせ、何があっても大丈夫な心構えをする。
翌日になると予想通り行商人達が南下を始める。
視野範囲が広がっていく。
いつもより緊張はするものの、前ほど警戒はしていない。
確かに魔族は前の神を弱らせたかもしれないが、それはもう過去の話で、北の領やオアシスの街に流れてきた魔族の人達を見ると再び神を脅かすような事をするとは考え難い。
それにもし対抗勢力である魔神が仮に居たとしても、今の神力ならそれなりに対応も出来るだろう。
出来ればそういうことは避けたいが。
うん、領の境目が見えて・・・。
「え?え、ちょ、ちょちょちょ」
慌てて一時停止する。
「さ、サチ。これって街だよな」
「そうだと思います」
北の領の境目にあるところに北側と同じような城壁が見えるが、そこから先が少しみえたところで俺の思考が止まった。
見えたのは家屋。それも密集して建っていた。
つまり考えられることはこの先が全部街ということ。
街どころじゃないな大都市だ。まさかこんな大規模だとは。
どうしよう。
元々一強国家があったというのは聞いていたが、ここまで大きな規模の都市になっていたとは思わなかった。
「ソウ、もうここまで来てしまったら覚悟を決めてください」
「お、おう。わかった」
大丈夫、俺にはサチがいる。大丈夫、大丈夫だ。ちょっと怖い。
一時停止を解除するとどんどん都市が視野範囲に表示されていく。
街が範囲より外まで続いてて正直規模がわからない。
「・・・うーん」
「どうした?」
「いえ、家屋の数に比べて人口が少ないと思いまして」
「そうなのか?空家ならもう少し風化したりすると思うんだが」
「特殊な魔法処理で作られた建材のようですね」
ということは技術的な部分でも他の地域より進んでるということか。
「それ以外何か気付いた事あるか?一時停止するか?」
「大丈夫です。何とかやれています。服装情報もバッチリです」
「お、おう、そうか」
実は結構余裕あるんじゃないか?
なんかサチがいつもより漲っている気がする。
あれか、本気を出しているのか。
よし、じゃあ俺もちょっと本気出してみようかな!
「・・・疲れた」
「お疲れ様です」
仕事の時間が終わり、椅子の上でとける。
結局本気を出してみても大して差は無く、色々な視覚情報が一気に入ってきて混乱するだけだった。
ただ、わかったことは表通りこそ人は多く感じられるが、裏にある家屋はサチの言う通り空家が多く見られた。
まだ中心部まで見えてないが、人口密度は中央の方へ行けば行くほどあがっているようだ。
それからわかることは既にここの人口は最大から減っているということ。
減少傾向かどうかまではまだわからないが外周付近にはほぼ人は居なかった。
それと、思った以上に治安が行き届いている。
普通空家があれば無許可で住もうとする者が現れるのだが、そういう人は見かけなかった。
また、路上等で物乞いする者もおらず、ただただ空家があるという少し不気味な状況だった。
うーむ、気になることがいっぱいありすぎるな。
ところでサチさんや。さっきから俺の頬引っ張るのやめてくれませんかね。
最初柔らかな感触が後頭部に来たから頭を預けていたら頬を引っ張られた。
「気になるのはわかりますが気持ちを切り替えてください」
「わはっら。わはっらはら、ほおはなひへふれ」
最近飴と鞭の使い分けが上手くなってきた気がするなぁ。
「ソウ、そろそろお茶が少なくなってきたので補充しに行きたいのですが」
「おぉ、それは大変だ。行こう行こう」
お茶は大事だ。命の水と言ってもいいぐらい毎日飲んでるからな。
「・・・はぁ」
「どうした?」
「いえ、調べたところドリスから教えて貰った茶葉はある方のところで手に入るのですが、ちょっと・・・」
「そうか。大丈夫、俺も一緒に行くから」
「ありがとうございます」
様子から察するにサチが苦手な人か。
果たしてどんな人なんだろう。
サチに抱えられて目的の島に着くと、既に島全体からお茶の良い香りが漂っていた。
お茶にはリラックス効果があるというが、ここは島全体がそんな感じだな。
サチに着いていくと年季の入った木造の大きな家が見えてくる。
「ごめんください」
「・・・あ?」
中に入ると一人の婆さんが座りながらこっちに鋭い眼光を向けてきた。
「何の用だい」
「あの、こちらでこの茶葉を扱っていると聞きまして、分けていただけたらと」
サチが空間収納からドリスにもらった茶葉を出す。
「・・・これをどこで?」
「知り合いに分けていただきました」
「そうかい」
そう言って婆さんは奥に消えていく。
「うぅ・・・」
「なかなかに迫力のある人だな」
「はい・・・。ジルさんという方なのですが、人嫌いで有名な方で。お茶はとても良い物なのですが」
「悪かったね、人嫌いで」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
聞こえていたようでお盆に淹れたお茶を乗せて持ってきながらサチを睨む。
そして俺とサチの前にお茶を出す。
その数、八。
「この中から欲しい茶葉と同じやつを選びな。正解したら分けてやってもいい。不正解なら大人しく帰りな」
「え・・・」
「利き茶か。面白い。やってみよう」
「ふん。そっちの兄ちゃんは肝が据わってるようだね」
神の会合であれだけ色んな視線を浴びてればこの婆さん一人の視線ぐらい気にならなくなるものだ。
先にサチが試す。
「・・・どれも美味しいのですが、うーん・・・」
悩んでいるようなのでその間に俺も試すことにする。
一番端のを口にすると程よい苦味が広がる。確かに美味い。
そこから順に試していくがサチの言うように違いがわからない。
「ふむ・・・」
「わかったかい?」
「・・・もう一度試してもいいか?」
「無くなるまで何度でも試すといい」
人を品定めするような視線を向けてくる。いいだろう、受けて立ってやる。
「サチ、水を出してくれ」
「は、はい」
今度は一杯ずつ飲んでは水で舌を濯いでから試す。
・・・ふむ。
「婆さん。あんた人が悪いな。全部同じじゃないか。淹れる温度が違うだけだ」
お茶は淹れる温度で甘さや苦味が変わる。良い物ほどそれが色濃く出る。違いはそこだけだ。
「・・・くっ、くくく・・・ははは!よくわかったね、兄ちゃん」
「え!?そうなのですか!?」
やっぱりか。
この婆さん、同じ茶葉でここまで違う味を出すのか。只者じゃないな。
「悪かったね。騙すような事して。あのサチナリアが来たから、ついね」
「わ、私ですか?」
「あんたを知らない人なんてそう居ないんじゃないかい?主神補佐官様」
「おぉ。さすが有名人」
「ちょっとソウ!」
「思ったより普通の娘じゃないか。もっと冷酷な女だと思ってたよ」
「えぇ・・・私そんな印象なのですか・・・」
人によってはそう思うかもな。
人は誰しも多面性を持っているものだ。その一面の差が大きければ印象も大きく変わる。ちょうどこのお茶と同じだ。
「ついて来な」
さっきのような鋭さが無くなった婆さんは俺とサチを奥に促してきた。
奥には幾つもの棚が並んでいた。
「これ全部お茶か」
「そうだよ」
「空間収納使わないんだな」
「私はアレが嫌いでね。生き物を入れたくないんだよ」
生き物、か。
茶葉を生きた物として扱っているということか。並々ならぬ情熱を感じる。
「いいところだな。ここ」
「ふん。こんな薄暗いところのどこがいいんだよ」
そう悪態をつきながらも長年ここを大切に使っているのが棚をはじめ、あちこち見ればわかる。
歩きながら婆さんは棚をあけては中から茶葉を取り出し、手持ちの袋に次々入れていく。
そして袋の中で混ぜ、香りを確認して別の棚をあけ、追加する。
なんとなくやっているように見えるが凄い職人技だぞ、これ。
「ほれ、できたよ。持っていきな」
「良い保存方法はありますか?」
「好きにしな」
「えぇ・・・」
ぶっきらぼうに言うなぁ。
裏を返せばどんな保存方法しても良い状態を維持できるということだ。
うーん、相当凄い腕してるな。・・・よし。
「なあ、婆さん。ほうじ茶ってあるか?」
「あるよ」
「枝や茎だけで作ったやつが欲しいんだが」
婆さんの手が一瞬止まり、こっちに鋭い視線を向けてくる。
「・・・あんた何者だい?ソウとか呼ばれてたね」
「しがない一管理職員だよ」
肩をすくめながら言う。嘘は言ってない。
「ふふ、面白い人だね、あんた。悪いが今はそのほうじ茶は無い。次来る時までに用意しておこうじゃないか」
「そうか。ありがたい」
「なるべく早く来るんだよ。私が飲んじまうかもしれんからな」
「ははは、そうする」
「色々頂いてしまいましたね」
「そうだな。あの婆さんのおすすめならどれも美味しいだろう」
「楽しみですね」
用事が終わり帰ろうとしたところ、婆さんが俺達を引き留め、いくつか別の茶葉を半ば強引に押し付けてきた。
人嫌いという噂だったが、そんなことは無かった気がする。
ただ、ちょっと口が悪くて我の強い職人気質なだけだ。
・・・まぁ誤解が誤解を生んでしまっている可能性は否定できないな。
本人も自覚があるようだし、直すどころか面倒な人が来なくていいと思っている風潮すらあるし、今のままでいいのだろう。
実際お茶に関する腕は凄いのは確かだし、その手の通だけが来ればいいんだろうな。
「ほうじ茶飲まれてしまう前にまた行かないとな」
「そうですね。ソウの言うほうじ茶というのは美味しいのですか?」
「どうかな。好みが出るかもしれない」
「へー。楽しみですね」
「あぁ」
あの婆さんのことだ、きっと素晴らしいものを用意してくれるだろう。
それが前の世界のと違っていても、きっと美味しいに違いない。




