耳長の神の相談
刀傷の神と別れた後、ぶらりと会合内を歩く。
知った顔を見つければ挨拶をし、軽く話して再びぶらり。
慣れてきたおかげか、余裕が出来た気がする。
我ながら成長したものだ。ふふ。
それに他の神達も俺がどういう人物か大体わかってきたようで、そこまで関心を示さなくなったというのもあり、自分に視線が集まっているという感覚が薄くなった。
まだ遠くから俺を凝視している人もいるが、ああいう人はこちらが寄りに行かなければ寄ってこないというのもわかってきた。
流石に自ら寄っていくという事をする程の余裕はまだないので、見て見ぬ振りをしている。
一応サチには俺の事を気にしている神については情報収集をお願いしている。
もし来られた時に円滑に話を進められたらそれに越した事はないからな。
ところで今俺はある人物を探している。
糸目の神だ。
他の面識のある神とは会ったのだが、彼だけまだ会っていない。
別にあんな厄介そうな奴と会わなくてもいいと少しは思うが、何かあったら嫌だし、仕方ないので探してこちらから会いに行く事にした。
「いらっしゃいましたよ」
サチが俺をつついて教えてくれる。
んー・・・誰かと一緒に居る。相手は知らない人だ。
話してる最中なら邪魔しない方がいいかな。
げ、相手を連れてこっちに来た。どんな察知能力してんだアイツ。
「やあやあ」
「お、おう。こんちは」
「丁度いいところに来てくれた。時間あるかい?」
「少しは」
「そうか、助かるよ。あぁ、二人は初めてだっけ?」
「うん。はじめまして、よろしく」
「よ、よろしく。お噂はかねがね伺っています」
「主に僕からね」
眉間に皺が寄る。あんまり余計な事を吹聴しないでもらいたいんだが。
それはそうと初めて会うこの神の様子が少し気になる。
外見は人だが耳が長い。顔も美形に整っていてエルフを髣髴とさせる。
ただ、その顔色が悪く肩も下がり、どこか悩んで落ち込んでいるような雰囲気を醸し出している。
「・・・大丈夫?」
「え、あ、はい、大丈夫、です・・・」
大丈夫じゃなさそうだ。
「それで、ちょっと君の意見を聞きたくて」
「またか」
「まあまあ。ゲーム感覚でいいからどうしたらいいか答えてくれるかい?」
「まぁいいけど」
明らかにゲームじゃない何かだと分かっているが、そう言う事で俺への責任を無くしてくれているのも分かるのでそのまま流す。
糸目の神が出したお題は神力ついて。
増加傾向だったのが止まり、緩やかに下降を向き始めたときどうするかというものだ。
「ふむ。俺ならどうするか、でいいんだよな?」
「うん」
「しばらくは現状維持かな」
「え?どういうことですか?」
耳長の神が驚いたように聞いてくる。
「別に急激に減っていきなり危ない状況でもないのなら、新しく何かをするのではなく、今現在行っている事の効率化を図るかな。俺なら」
「効率化、ですか」
「何が必要で何が不要かの判断の難しさはあるだろうけど」
「そうだねぇ」
糸目の神が少しにやつきながら相槌を打つ。何か言いたい事があるならちゃんと言って欲しいんだが。
「とりあえず打開しようとして変に大きな動きはしない方が俺はいいと思ってる」
どうしても業績の伸びが悪くなったり低迷してくると何か新しい事をやろうとして打開したくなる。
しかしそうやって上手く行く例はあまり多くないと思う。賭けに出たくなる気持ちは分からなくもないが。
うちの前の神もそうやって失敗したみたいだしな。
やるとしてもまずは現在の状況を見直して、足元を磐石なものにしてからかな。
「神力は民のためにどんどん使うのがいいと聞いたのですが」
「え、誰よ、そんな馬鹿なこと言った奴」
「ば、馬鹿なこと?」
「そりゃもうどうしようもないぐらい常に潤沢な状態が確保できているならそれでもいいかもしれないが、神力が減少傾向な時にまでそんな事する必要はないだろう」
「しかしそれでは民からの信仰も落ちるのでは」
「うん。だからまずは現状維持して無駄を省く。気付かれないところから見直していく。神力を使って何かをするのはその後でいい」
「無駄ですか・・・あの、差し支えなければ一例挙げていただけると嬉しいのですが」
「んー。どういう生活しているか知らないから例になるかもわからないが、例えば神力を消費して飛んだり奇跡を起こしたりする事をやめるとか」
「と、飛ばないのですか?」
「うん。別に神力を使わずとも飛ぶ方法なんて幾らでもあるだろ。見得とかプライドを捨てれば結構削れるもんだよ」
「それでは民への示しが」
「ははは。既にその状態で下降線なんだ。あっても意味は薄いんじゃないかな」
「た、確かに・・・」
「あとは状況次第かな。意図的に詳しい状況教えてくれないみたいだからこれ以上はなんとも言えない」
そう言って糸目の神を横目で見る。終始にやにやしてんなこいつ。
正直言って情報が少なすぎる。
漠然と下降線というだけで、何が原因であったのかとか、そういう話を一切しなかったからな。
聞いたところでこの食えない糸目の神はいわないだろうし。そういうことなんだろう。
「こんなところでいいか?」
「うん。さすがだね」
「よく言うよ。大体俺が言う事ぐらい察しがついてたんだろう?」
「さてね。それで、どうだい?少しは悩みが晴れたかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
「ふふふ、どういたしまして」
なんでこいつの手柄みたいになってんのかな。ホント食えない奴だ。
まぁいいけどさ。さっきよりこの耳長の神の顔色が良くなったみたいだし。一助になっていればそれに越したことはない。
「なんとか、頑張ってみようと思います」
「うん。君ならやれるよ」
「はい。それでは失礼します」
そう言って耳長の神は何度も会釈をしながら他の場所に行った。
「いやー、助かったよ」
「助言求められたのなら答えてやればいいのに」
「それでもいいんだけどね。別の人の口から言った方が効果的な時があるのだよ」
「それで俺を利用するのやめてくれないかな」
「ははは、ごめんごめん。君はいい人だからついつい頼ってしまいたくなるんだよねー」
「はぁ。まぁおかげで知った顔が増えるのはありがたいけどさ」
「そそ、君のそういうところが僕は気に入ってるんだよ。またお願いするよ」
「疲れるから勘弁してくれ」
わかったわかったと言いながら肩を叩いて糸目の神も去っていった。
どうせまた絡んでくるんだろうな、きっと。そういう奴だ、あいつは。
実際凄い神らしいし、知り合いが増える一因になっているというのは確かなので無碍にも出来ないんけどな。
はぁ。本当に食えない奴。
「おつかれさまでした」
「ん」
糸目の神が去ったのを確認して少し離れていたサチが戻ってきた。
サチはサチで糸目の神のお供や耳長の神のお供と話していた。
「で、実際のところどうなんだ?彼のところは」
「そうですね、ソウの助言で十分持ち直せると思いますよ」
「そうか」
サチが先ほど俺達が話した会話情報と自分が得た情報を照らし合わせながら答えてくれる。うちの補佐官は優秀だ。
「後は彼が相方の神を説得できるかどうかですね」
「ん?二神制なのか?」
「そうみたいですね。どうやらそちらの方に浪費癖があるようです」
「あー・・・」
詳しく聞くと、男女の二神制でやっているのだが、控えめな性格の男に対してガンガン行くのが相方の女の性格らしい。
それで上手くやれていたのだが、景気が良くなっていったおかげか女の方に浪費癖が生まれてしまったとか。
そうか。神力をどんどん使えと言っていたのは女の方か。
今日は女の方の神は来ていないようだが、今度来た時に小言の一つや二つ言われるのを覚悟しておいた方がいいかもしれないな。やれやれ。
とはいえ耳長の神は優秀だと思う。
何せちょっとの下降線に気付いて早々に相談したのだから。
普通はもっと危機的な状況になってから慌てるからな。
アルテミナも持ち直せるかどうかが神としての評価の一つとして考えられているみたいな事言ってたし、ここで上手くいけば一つ上の評価になるのだろう。
頑張って持ち直して欲しい。
よくよく考えるとなかなか神の世界もシビアだよな。
管理が上手く行かなければ問答無用で消滅、つまり神として死ぬ。
当時は何とも思わなかったが、神となり守るべき人達が出来てしまったからな。
少なくともサチを悲しませる事だけはしたくない。
「なんですか?」
「いや。これで一通り用事は終わったかな?」
「そうですね。お疲れですか?」
「うん。それなりに」
「帰ったら膝枕してあげますので時間までもう少し頑張って下さい」
「あいよ」
刀傷の神の嫁さんを褒めはしたが、うちのサチもなかなかだと思う。
頑張ろう、うん。
帰宅後。
「ぅぁー・・・」
ちょっと頑張りすぎたかもしれない。どっと疲労が出たわ。
とりあえずサチに膝枕してもらっているが呼吸と共にくぐもった声が響く。
「ぁー・・・」
「あの、ソウ」
「ん?」
「声を出すのは構いませんが、その体勢は苦しくないのですか?」
「案外大丈夫だったりする」
「そ、そうですか」
顔は見えないがサチがなんとなく困ったような顔しているのがわかる。
うつ伏せでサチの脚に顔を埋めてるからな。
膝枕は横に寝るより縦に寝るのが俺は好きだ。仰向けでもうつ伏せでも収まりがいいからな。
「すぅ・・・あー・・・」
「あの、ソウ」
「ん?」
「わざと声出していませんか?」
「気のせいだ」
「楽しいですか?」
「うん」
小さな溜息が聞こえるが気にしない。両耳引っ張ったりしても俺はやめないからな。
その後俺とサチの我慢比べになった。
さすがに首に氷を当てるのは酷いんじゃないかな。
やはり良い匂いがすると言ったのは失言だったか。失敗した。




