信頼できる言葉
下界を観察していてある事に気がついた。
どうも下界の人の偉人の定義が俺の偉人の認識と少し違うようだ。
俺の知っている偉人というのは何か大きな事をした人という認識だ。
ところが下界での偉人というのは成した事より人格を重視しているようだ。
新しい何かを発見した人より、常に良い人であり続ける人の方が評価が高い。
つまり仮に何かすごい事を成し遂げてもその後の振る舞い次第で幾らでも評価が落ちるということだ。
逆に特に目立った事もせず、普通に生きてきたお婆さんが街の皆から尊敬され、大切にされていたりする。
良い人の基準はその地方によってまちまちだが、共通しているところがある。
立ち振る舞いにどこか気品があるように感じる。
所作が綺麗だったり、物腰が柔らかかったり、どこかカッコいい。
常に良き人で在り続けようという心の強さがそういう振舞いに出ている気がする。
一方で何か大きな事を成した人もちゃんと別の呼ばれ方をする。
それが英雄。
前の世界じゃ英雄と呼ばれる人はほぼ居なかったが、こっちは結構居るようだ。
魔法があったり外敵が多い世界だからな。偉業の数も多いんだろう。
英雄になると色々激変する。生活や他人からの見られ方など。
そういう変化があると考え方や立ち振る舞い方にも変化があらわれる。主に悪い方に。
そのせいか英雄で偉人という人となると下界でも滅多に居ない。
ある意味人らしいといえば人らしいが。
「つまりあの爺様は下界でも稀有な存在というわけか」
「そうなります」
「ほー」
画面にはオアシスの街をブラブラと歩いている爺様と付き添いの若者の二人が映っている。
爺様はいかにも好々爺という感じで土産屋を物色しては面白いものを身につけ、近くの女性に見せて笑いを取っている。
付き添いの若者はそんな爺様の近くで恥ずかしそうにしている。ナイーブな性格なようだ。
そして爺様はそうやって自分に興味を持ってくれた女性に去り際に一言何か言って別の場所に行く。
最初は何をやっていたのかと思ったが、数日観察していてわかった。
この爺様、病気を見極めることが出来るようだ。
病気と言っても酷くなる前に助言をし、気付かせる事で快方に仕向けるという事をしている。
ただ、基本的に言われた側は最初何のことだかわからず聞き流すので、気付いた時になってやっと爺様に感謝する。
面白い事しているなぁ。
少し気になるから今後も少しこの爺様の動向を追ってみようかな。
「オーッホッホッホ!ようこそおいでくださいましたわ!」
「先輩!こんにちは!」
・・・。
「あ、これは申し訳ありませんですわ。お先にどうぞ」
「いえいえ、そちらこそお先にどうぞ」
・・・いいや、無視して先いこ。サチも歩みを止めるつもり無さそうだし。
「ちょ、ちょっと!?どちらに行くんですの!?」
「先輩!待って下さい!」
あーもーうるせー。
歓迎してくれるのは嬉しいが、もう少し静かに出来ないものなんかなぁ。
今日は会合があるので来ているのだが、来て早々騒音責めにあったので早くも帰りたくなってきている。
「先輩!是非アドバイスを!」
「いや、あのな、前にも言ったが俺もまだ神になって日も浅いんだからそんな助言とかできないぞ」
「あら、それは謙遜ではありませんこと?もっと自信をお持ちになっても良いかと思いますわ」
結局アルテミナと後輩神の捕まり相談会となっている。
俺たちから少し離れたところで、サチ、少年神、後輩神のお供の子の三人で何か話している。俺もそっちがよかったんだけど。
とりあえず相談したい後輩を無下にする事もできないので相手をしているが、正直本当に助言が出来ない。
元々俺は前の神から受け継いだ形で神になったから創生期の苦労とかはわからない。
「謙遜とかじゃなくて普通にわからないんだって」
「あら、では持ち直したというお話は偽りですの?」
「それは本当だが・・・」
「なら素晴らしい実力をお持ちということですわ」
「うんうんうん」
「うーん・・・」
「新しい神様は一度状況が下方へ向いてしまわれるとそのまま持ち直す事が出来ない方が多いのですわ。しかし貴方様はそれを見事に持ち直されました。それだけでも十分実力のある神様として認められるのですわ」
「そうなのか?」
「はい」
サチに泣き付かれて必死になってやってただけなんだけどな。
「上手くいったのは補佐官のおかげだと思うよ」
「ほうほう!詳しく伺っても宜しいですか!?」
「僕も聞きたいです!」
お、おう。二人の圧が凄い。
とりあえずこれまでの経緯をざっくり話すことにした。
下界への関わり方の方針転換したこと、サチが懸命にサポートしてくれたこと、私生活が充実していることなどかいつまんで話した。
「あぁっ、サチナリアさんっ、なんて健気なのでしょう!」
話を聞いてアルテミナが自分を抱きしめるようにしながらくねくねと身悶えてる。気持ち悪いのであっちいって欲しい。
「そんなわけだから、補佐官に限らずみんなのおかげだと思ってる」
「なるほどー!」
いや、そんな目を輝かせても大したこと言ってないからな俺。
それよりさっきからそっちのお供が凄い形相で見てるけどいいのか?
あ、気が付いた。
「せ、先輩。そ、そろそろ他の方への挨拶がありますので、この辺で失礼します!」
「あ、あぁ」
青い顔してお供の元へ走っていった。
怒らせると怖い子なんだろうな、きっと。俺も気をつけよう。
「おはなしおわった?」
後輩神が行ったと同時にサチと少年神がこっちにやってくる。
「うん。アルテミナを引き取ってくれる?」
未だにくねくねしている。気色悪い。
「ほら、おねえちゃん、いくよ」
「はっ!でもやっぱりうちの神様が一番ですわー!」
元に戻ったかと思ったら今度は少年神を抱きしめた。
この無抵抗な、若干諦めの入ったような表情がいつもの事なのを感じさせられる。大変だな。
「それではお二方、再び相見える時を楽しみにしておりますわ。オーッホッホッホ!」
「またねー」
見送りながら小さく溜息が出る。
「お疲れ様です」
「ん」
謎の疲れがどっと出て来た気分になったが、まだ会合の最初の頃だということに気付いた。
気をしっかり持たねば。
「じゃあ普段は地上で生活しているのか」
「うむ。必要な時しか天界に行かん」
「へー。やっぱり奥さんと子供がいるからか?」
「それもあるが、地上に居た方が何かと都合がいい」
「そうなのか」
刀傷の神から色々話を聞いている。
珍しく糸目の神がちょっかい入れてこないからか、いつもより饒舌に話してくれてありがたい。
「それで、俺に何が聞きたいんだ?」
全てを見透かしたような鋭い視線がくる。
一瞬身が強張ったが、それを知った上で身の上話をしてくれたと考えると嬉しくなる。
「ははは、ばれてたか」
「お前はわかりやすい。で?」
「いや、その、神って子供出来るのかなって思って。身近に聞けそうなのを思い浮かべたら候補に出たのがさ」
「俺だったと」
「うん」
「・・・はぁ。本当にお前変わった奴だな。他にもいただろう」
「そうかなぁ。俺の知ってる中じゃ一番の愛妻家だと思ったんだが」
「む・・・そう見えたか?」
「俺にはそう見えたけど。あんな物腰が柔らかくて旦那を立てるいい嫁さんもらってれば普通そうなるんじゃないかな」
「・・・」
物凄い荘厳な顔されたが、気にしない。褒められて困ってるだけだろう。
「何か変なこと言ったか?」
「いや・・・。ふっ、面白い奴」
「そりゃどうも。で、見解教えてくれよ」
「見解も何も実際俺にはいるからな。子供に専属の役割を与えて組織化する神もいるぐらいだ」
「へー。色々あるんだな」
「・・・あぁ。お前が聞きたいのはそういうことじゃないのか」
「う・・・」
一瞬サチを見た刀傷の神がにやりと笑いながらこっちを見てくる。
「大丈夫だ。安心しろ。時が来るのを待て」
「そうか、わかった。ありがとう」
うん。これで安心できた。
俺が欲しかったのはこの言葉だったからな。
余り多くは語らないのにどこか信頼できるこいつの言葉が俺は欲しかったのかもしれない。




