情報館の催し
最近和人族の城下町で一気に信者が増えた。
元々神社がここにはあったので、そのうち増えるかと思っていたが、なかなか増えないでいた。
だが、ある時竜園地から帰ってきた信者の二人が神社に例の木剣のキーホルダーを奉納した途端、城下町の人々が一度に信者化したのだ。
調べたところ、新たに信者になってくれた人は以前から奉納した神社に参拝していた人達。
この神社に住んでいる狐が奉納物から俺という神を認知した事で一斉に信者化が起こったようだ。
元々この神社は狐を神として奉られていて、ちゃんとその狐も存在している。
正確にいえば妖狐、人の姿にもなれるから狐の亜人種か。
滅多に人の姿で氏子達の前には出ないようだが、神主と定期的に子を儲けて代々神としての役割を引き継いでいるみたいだな。
神としての役割は獣達の統括と他の神社の神との連携。
他の神社でも同じように犬や猫といった動物の神が奉られており、そういった亜人種が和人族の城下町を影ながら見守っているようだ。
今回信者化したのは狐の神の氏子である人達なわけだが、これをきっかけに他の動物神の氏子達も信者化するかもしれないな。
・・・何か前の世界で会社を吸収して子会社化するみたいに見えてきた。心が少し痛む。
いや、俺がしっかり彼らの氏子達も見守っていけばいいだけだ。
頑張ろう。
今日は情報館に行く。
なんでも先日の竹と光の精の関係性の話からちょっとしたイベントをやる事になったらしい。
あそこは光の精が多くいるからな。
時間があれば是非と連絡が来ていたのでそれならと行く事になった。
農園からワカバとモミジも来るようだし、なかなかに盛り上がりそうだ。
今から楽しみだ。
情報館の転移地点に飛ぶと、既にアリスが出向いて迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました、主様」
「くださいますた」
「お迎えご苦労様、アリス・・・とちびアリスでいいのか?」
「あい!あるじたま!」
「たまっ!?」
こら、サチ、噴出さないの。
あーもーほら、ちびアリスがむくれてしまったじゃないか。
「とりあえずどうしてこうなったか教えてくれないか」
少し今の状況に困ったような様子のアリスに俺は説明を求める事にした。
「つまり情報館の子達のたっての願いでこうなったと」
「はい・・・」
情報館に向かいながらアリスから詳しい話を聞く。
サチは仲直りしたちびアリスと少し先をきゃいきゃいと蛇行しながら歩いてる。仲良しだなぁ。
どうしてアリスとちびアリスがいるかというと、以前アリスがちびアリスになった際、情報館の子達の心を鷲掴みにしたらしい。
本来なら元の体に戻ったら初期化なりするところなのだが、是非残すべきだ、残さないと作業効率が低下すると言われ、仕方なくそのまま残す事に。
流石にそのまま二人のアリスが存在するのは問題があるので、アリスを親機、ちびアリスを子機として再調整して今のようになったようだ。
「じゃあ子持ちになったって事?」
「そこはその、少々印象が悪いので異例の妹という事でお願いします」
そういうもんなのか。
とにかくそんなわけでアリスに年の離れた妹が出来たという感じらしい。
「名前付けたほうがいいかな?」
「どうでしょうか。本人がそれを望むかどうか」
どうやら子機であっても独立した個としての思考を持ち合わせているみたいだ。
つまり本来ベースを一から構築するところをアリスの人格をベースにしたのが違うところなんだな。
ベースが同じでもその後の環境で幾らでも変わるからな。
問題は再調整の際に言語体系が正常化しなかったという点。
むしろ少し悪化したらしい。さっきのアレもそうか。
俺としては愛嬌があっていいと思うけど。あ、皆そう言ってるのね。アリス自身は少し複雑と。そうか。
他にもエネルギー効率が悪くて昼寝の時間が必要だったり、色々な物に興味を示して聞いてきたりするらしい。
「色々大変だな」
「ちゃんと仕事してくれますし、私が居ない場所での出来事をリンクして把握できるので助かっている部分もあります」
「そうか」
「レオニーナちゃんも頻繁に顔を出してくれるようになりましたし、どちらかと言えばプラスですね」
多分レオニーナが来るだけでプラスなんじゃないかな。口には出さないけど。
そうか、アリスの妹という事はレオニーナの妹にもなるのか。
レオニーナはああ見えて結構乙女だからな。ふふ、可愛がる様子が目に浮かぶ。
そんなちびアリスの話をしているうちに情報館が見えてきた。
「ソウ、遅いですよ」
「ねーたまおそいー」
ちびアリスの言葉にサチが撃沈してる。
気持ちはわからんでもないが、お前この調子だとこの後何回撃沈するかわからんぞ。
大丈夫?頑張る?
無理だと思うなぁ。
俺達に遅れて造島師や技師達が到着した。
その中には知った顔もいて各々俺に挨拶してから作業に移っていった。
造島師勢と技師勢は協力して竹の加工。
それぞれの技術を披露する場にもなっているようで、自分と違う技法に皆注目しながらやっている。
特に指揮するトップが熱心に見ているせいで作業の進みが悪い。間に合うのか少し不安になるが大丈夫だと信じよう。
情報館の天機人達は竹の測量や技師達の応対、お茶の用意など色々やっている。
メイド姿の人達がパネルを開いて作業している姿は絵になるな。
ちびアリスはシンディとサチと一緒にみんなの作業を見てまわっているようだ。
サチ、大丈夫か?かろうじて?そ、そうか。がんばれよ。
俺はというと農園から来たワカバとモミジ、それに料理に興味津々なユーミと共に軽食の調理をしている。
ワカバもモミジも料理の腕が上がっている。
ユーミも少し出来るんだな。ほうほう、二人から少し習ってるのか。
ユーミは農園研修に行きたかったが、今の仕事がそこそこ重要なポジションにいるので行けなかったらしい。
最近は農園からの配達があるので情報館の中で一番嬉しいのは間違いなく自分と興奮気味に言っていた。
少しずつだが料理というものが広まっていっているようで俺も嬉しい。
今日は結構人数がいるから量作らないとな。
一通り料理を作り終えてたので日が暮れるまで自由時間になった。
作った料理は自由に食べていいように大皿に盛って各々でとって食べる方式にしてみた。
ワカバやユーミがその方法に何か感じたようで食べながらパネルにメモをしているみたいだ。
モミジはというと俺に付いてきて一緒に他の人達の作業を見て回っている。
特に何か会話するわけでもなく、俺が興味を示して足を止めるとススッと寄ってきてジッと見る。
一緒に見ている時たまに俺の方も見るんだよな。何考えているのかさっぱりわからん。
邪魔にはなってないからいいけどね。その辺りの距離感は流石情報館の天機人といったところか。
石畳を歩き、転移地点の方へ進む。
おー、大分出来てきたな。
石畳の縁に沿って竹で柵が作られ、もう少しで転移地点まで行きそうだ。
柵の杭の上部の長さに少し余裕があり、これが今回重要になる。上手く行くといいが。
柵を作っている造島師達にモミジが差し入れしている。偉いぞ。
こっちに戻ってきたと思ったら頭を差し出してきたので撫でてやる。
なんだろう、思考が読まれている気がする。
さっきの観察の成果だったりするのだろうか。まさかね。
情報館の前に戻ると作業を終えた人が増えていて、お茶や食事を楽しんでいる。
ちびアリスはというとアリスの横で寝ている。
さっきまで活発に動き回っていたと思ったが、エネルギー切れか。
寝る時はアリスのところに戻るあたりやっぱりアリスの子、じゃない、妹だと感じさせられる。
ところでそのちびアリスと一緒に居たはずのうちの補佐官はどこ行った?
情報館の中?シンディも一緒?
ふむ。ちょっと覗いてくるか。
情報館に入ると入り口付近の椅子でサチとシンディが何やらパネルを開いて話している。
・・・あぁ、さっきまでのちびアリスの様子を見返しているのね。
二人とも俺が遠くから見ている事に気付かない程集中してるな。邪魔しないでおこう。
情報館の前に戻って他の皆と一緒に話していると色々な話題を耳にする。
仕事の話、家族や同僚の話、恋愛事情なんてのも出てたな。
俺は基本的に話を聞いているだけ。
流石に俺に話を振る事はしないようだけど、だからといって萎縮したりせずに世間話をしてくれるというのは嬉しいことだ。
しかしこうやって見ると知った顔が増えたなと思う。
こっちの世界に来てからそれなりの時間が経ったんだなと感じさせられる。
それに皆良くしてくれる。ありがたい。
出来れば生活空間の全ての人と一度は会ってみたい。流石に無理かな。いや、長く生きられるようになったんだから諦めないでおこう。
今のところ俺の神としての立ち振る舞いに難色を示す人は居ないが、そのうちそういう人と会う事もあるかもしれない。
出来ればそういう人にも認めてもらえるような神になりたいな。頑張ろう。
作業していた人達が皆情報館の前に戻り、次第に日が暮れてきた。
「皆様、そろそろ催しを始めたいと思います」
アリスがそういうと話していた人達が会話を止め、立ち上がる。
そしてなるべく大きな音を立てないように移動して石畳のところまで行く。
「それではソウ様、よろしくお願いします」
「あいよ。それでは皆様、お手を拝借」
そういうと手の平を上に向けて構える。ふふ、こっちでこれをやるとは思わなかったな。
「では、せーのっ」
パンッと一斉にみんなで手を叩くと一気に光の精の光が広がっていく。
以前もこの光景は見たことあるが、今日は一味違う。
石畳に沿って作られた柵の杭の上部分が強い光を出している。
「おぉ・・・」
自然と口から感嘆の声が出る。
柵の杭の余裕部分には小さな穴と水が入れられている。
そこに光の精が集まっているので他より強い光を出しているのだ。
今回の催しは光の精の性質を利用して街路灯のようなものを作るというものだった。
無事上手く行ったようでよかった。
・・・ん?杭の上に何か乗ってる。
「これ、俺か?」
「はい。よくお気づきになられましたね」
杭の上にガラス細工で出来た俺っぽい人形が乗っていた。別の杭には他の人のガラス細工人形が乗ってるな。
軽く触ってみると冷たい。
「氷細工かこれ」
「その通りです。乗せているところに小さな穴を開けており、溶けた水は中へ落ちる仕組みになっています」
「なるほど」
近くに居た技師が説明してくれる。
凄いな、こんな精巧なものを何体も作ったのか。
光に照らされて綺麗だ。
「これがねーたまで、こっちがゆーちゃ。んー、これはよるじーかな?」
先ほどの手を叩く音で起きたちびアリスがアリスに抱えられながら氷細工のモチーフを当てて行ってる。
そしてわかる彼女のあだ名のセンス。サチがそろそろ本気でダメになりそうだ。
さっき遠くでちびアリスが向かい合った人に指差して何かを言うと同時にアリスが頭下げていたのを見たが、原因はこれか。姉は大変だな。
アリスはそんな対応をしていたが、言われた側は笑って受け入れてた。
二人の前に謎の列が出来ていたしな。ここの人達は名前付けられたがりなんだろうか。
ちなみに俺はあるじたまで最初から固定されてた。ちょっと寂しい。
サチはちびアリスのそのときの気分で変わっていたため二転三転してたが、最終的にさちなりあたまで落ち着いた。よかったな、さちぽんで固定されなくて。
そんなサチはさっきから俺の腕を抱えるようにしている。
明らかに体重がかかってるのがわかるので、これは腕を組んでるんじゃなくて俺を支えに使っているだけ。
お仕置きは後で受けるから今はこうしておいて欲しいらしい。しょうがねぇな。
へろへろのサチを引き摺りながら石畳をゆっくりと歩く。
杭の上にそれぞれ別の人形が乗っているから自然と歩みが遅くなってじっくり楽しんでいる感覚になるのがいいな。
しかしなんだろう、男の人形は割と本人を忠実に再現しているんだが、女の人形は若干スタイルが良くなっているように感じる。
そんな事思っていたらサチが自分の人形のところで止まり、腰の部分に一瞬触れた。
・・・あぁ、みんなそうやって腰を細くしてるのか。
不正は良くないと言いたいところだが、それを言うと女性陣の反感を買うので見て見ぬフリをする。
先ほど俺に説明してくれた技師と目が合うと苦笑いしてた。
ははは、俺達賢明だな。
「以上で本日の催しは終了となります。皆様ありがとうございました」
「ございますた」
転移場所に皆が着くとアリスがお開きの挨拶をする。
横にちびアリスがいるからか前より親しみやすさが上がった気がするな。
今日作った竹の柵はそのまま残し、情報館に来客がある時に水を入れて使うようにするらしい。
参加する人達が各々挨拶して飛んで帰っていく。
俺はまだ帰らず見送り側になっている。
サチがまだへろへろで転移できそうにないからな。
一通り見送り、残ったのは情報館の子達とワカバとモミジになった。
ワカバとモミジはこのまま情報館に泊まっていくらしい。元々ここの子だし積もる話もあるんだろう。
「さて、サチ、そろそろ俺達も帰ろう。大丈夫か?」
「えぇ、なんとか」
なんとかか・・・大丈夫なのか?
「えー!やーだー!」
帰ろうとしたらちびアリスにしがみ付かれた。
「ちょっと、何しているのですか」
アリスが慌てて引き剥がそうとするが俺とサチの足にへばりついてしまっている。
「そ、ソウ・・・私やっぱりダメかもしれません」
顔を上げるとサチが顔を赤くして震えながら涙目になってる。そんなに嬉しいかお前。
あーあ。これじゃ転移どころか普通の念すら無理そうだ。
「わかったわかった。じゃあもうちょっとだけな」
「ありがとー!」
「申し訳ありません」
「いいよ。とりあえず情報館まで戻ろう。お茶頂けると嬉しい」
「かしこまりました」
情報館で話しているうちにまたちびアリスは眠くなるだろう。
そのタイミングでお暇しよう。あとで泣かれるかもしれないが、仕方ない。
結局帰ったのは結構遅い時間になってしまった。
思った以上にサチにダメージが入ってたようだ。
明日起きたら元に戻っててくれよ。頼むぞ、ホント。




