ドリスとイルの関係
最近オアシスの街と密林を行き来する人が増えている。
密林入り口には小さな野営所も出来ている。草原の街の北のダンジョン前みたいだな。
野営所にはオアシスの街からの密林探索の認可証を提示すると入れる。
そして密林に突入する直前に小さな小瓶が渡される。
この小瓶が行き来する人を増やした要因になっている。
俺の手元のウィンドウにはアイテム名が淫魔の香水と表示されている。
詳細を見るとかつてオアシスの街で禁制品になったサキュバスコロン、インキュバスコロンというのを改良したものらしい。
改良に密林で採取した薬草が使われているのか。なるほど。
女性には赤の香水、男性には青の香水が渡され、密林に入る前に少量自分に吹きかければいいようだ。
このようにして密林に入ると植物からの襲撃が激減する効果があり、効果時間は一日となかなかの性能。
大体渡される小瓶は三日分ぐらいの量なので野営所から密林内の拠点まで一日、周囲探索に一日、外の野営所まで一日という感じか。
ただ、この淫魔の香水は元が禁制品なだけあって若干副作用が残っている。
副作用の内容は色欲増強。いかにもオアシスの街らしいアイテムだな。
そんな副作用があるので密林に侵入する人は夫婦や恋人関係が条件の一つになっているようだ。
しかも凝った事に野営所で渡す小瓶には赤青同じ番号が振られており、同じ番号の香水が混ざると淫魔の香水の効果が発動する仕掛けになっている。
つまり決まった相手とでなければ密林に侵入は出来ないし、それ以外の異性に対して色欲増強の効果も無いということか。
その結果移動に一日、密林内の拠点のテントで一日、帰りに一日なんていう組も居たりする。お盛んなことで。
そんな感じで密林探索の敷居が若干下がり、行き来する人は増えたようだ。
とはいえ襲撃が完全に無くなったわけでもないし、香水の効果も完全じゃないからな。
ま、リスク分の代価は得られてるかな。
その代価が必ずしも物とは限らないようだけどな。
「それではよろしくお願いします」
「はい。確かに」
「何か面白い事がありましたら後ほど」
「それは勿論」
俺の横でサチとイルが何やら悪い笑みを浮かべている。
そういうのは他人の居ないところで普通やるべきなんじゃないかな。
「それではソウ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そう言ってサチは飛んで出かけて行った。
サチが出かけると俺は暇になってしまうので今日はドリスの家にお邪魔する事にした。
「突然来てすまんね」
「いえいえ、むしろその方がありがたいです」
突然来る方がいい反応するからな。
さて、それじゃ会いに行くかな。
「はい、ドリスの番」
「ぐぬぬ・・・」
アルとドリスが向かい合って何かやっているようだ。
あぁ、シロクロか。
「あ、こんにちは。いらっしゃいませ」
「こんちは。お邪魔してるよ」
アルが俺に気付いて挨拶しようと立ち上がろうとしたのを制止しながら返す。
「ん?アル、どうし、え?ぬおお!ソウ殿!!」
アルの動きに反応してドリスが俺に気付く。見事な二度見。
「や」
挨拶を返しながら確かにいい反応だと俺も思う。サチやイルが好きになるのも少しわかる。
「いつここに?連絡下さればちゃんと出迎えたのに」
「さっき来たばかりだよ。連絡はサチからイルにしたはずだけど」
「・・・イル、おぬし・・・」
「えぇ、黙っていました」
しれっとした顔でイルが言い放つ。
「またか!イル、何か連絡があったらちゃんと伝えろと言ったろう!」
「えぇ、そうですが、貴女はまだまだ突然の事に弱いですから。これも移民補佐官の務めです」
「ぐ・・・」
言い返せずに睨むドリスに勝ち誇ったような視線を送るイルを見ながらアルに小声で聞く。
「実際どうなの?」
「半々ですね。姉さんの趣味が混ざっているのは間違いありません」
「やっぱりか」
実際ドリスの咄嗟の事に対する対処能力はまだまだだと思う。
色々封印されてるからそれまで出来た事が出来なくなって大変だとは思うが、ここで生活するからにはそれに慣れてもらわないといけない。
少し気の毒には思うが頑張って貰いたい。
「ところでそれどうしたんだ?」
机の上にあるシロクロを指して聞く。
「これは知り合いがお土産にとくださったのですよ。ソウ様が考案したそうですね」
「一応ね。もうサチには手も足も出ないけど」
そういうとイルを睨んでいたドリスがほほうとこっちを向く。
「ソウ殿ソウ殿、我と一戦お願いしたく!」
「えー、俺弱いよ?」
「そう仰らずに。お茶も用意します故」
「んー、じゃあやろうか」
「本当か!ではちょっとお茶を用意するのでしばしお待ちを!」
そう言って走って用意しに行った。
うーん、勝てるかなぁ。
ドリスとシロクロをした結果、俺の勝利となった。
勝因はイルがちょいちょい横から煽りを入れてドリスの集中を乱していた事にあった。
それが無かったら勝てたかどうか。
「さて、ドリス」
「く、なんだ、イルよ」
俺の後ろに立っているイルがドリスを勝ち誇った顔で見下ろしている。またか。
「なんとも無様な戦いをした貴女には罰があります」
え、割といい勝負だったと思ったんだけど。
「どうせまた変なポーズしろとかだろう?なんだ、はよ言え」
あぁ、この家のルールみたいなのがあるのか。
ドリスもドリスで負け慣れてしまっているせいかあっさり受け入れてる。
「勝ったのはソウ様ですので、ソウ様に決めて頂きましょう」
「なっ!?」
俺とドリスの声がかぶった。聞いてないぞ。
「ささ、ソウ様、何でもいいですよ」
イルが裏に悪い笑顔を含ませながら俺に言ってくる。これ逃げられないやつだ。
そうだなぁ・・・。
「んーじゃあ、最近あった面白い事を話してくれ」
「面白い事?」
「うん、なんでもいいよ」
「そうだのぅ」
腕を組んで悩むドリスに俺はイルに見えないようこっそりイルの方を指差す。
「!おぉそうだ、最近知ったことなんだがっ!」
「うん」
俺の意図するところを汲み取ったドリスは満面の笑みを浮かべ、何かを思い出したようだ。
そんなやりとりをドリスの後ろに居たアルは苦笑いをしていたが、何も言わないのでお前も共犯だからな。
「ソウ殿、我の淹れたお茶はどうでしたかな?」
「ん?とても美味しかったよ」
「そうか、喜んでもらえて何より。それでそのお茶なんだが、イルの奴が破滅的にセンスがなくてでな」
「なっ!?」
今度はイルが驚きの声を上げる。さっきと顔つきが真逆だな。ドリスも悪い笑顔してる。
「我も色々と教えてみたものの、てんでダメで」
「くっ・・・」
ドリスがオーバーリアクションで言うとイルが悔しそうにする。
うんうん、やっぱり反撃出来なきゃね。
なんだかんだでイルとドリスは仲がいいんだよな。
サチとルミナの関係に似ている感じか。
まぁそれに挟まれてるアルが大変そうだが、こういう時の対処方法も確立しているようなので大丈夫だろう。
「そうだ、ソウ殿。イルにお茶を淹れてもらったらどうかな?我の判断が間違っているかもしれんし」
「ふむ、ちょっと気になるね」
「だ、そうだぞ、イル」
「わ、わかりました・・・」
攻守が完全に逆転したイルはおずおずとお茶の用意をしに行った。
しばらくしてイルがお茶を淹れて戻ってきた。
「・・・」
そしてそれを見て俺はさっき気になると言った事を猛烈に後悔している。
なんだよこのどろっとした濃緑の液体。
抹茶のような綺麗な濃緑ではなく、なんかおどろおどろしい緑。正直怖い。
「そ、ソウ殿。勧めた我が言うのもなんだが、無理しなくても」
「こちら、ドリスとアルの分です」
「・・・」
しれっとした顔で二人の前にも同じものが置かれ、二人の顔が一瞬にして絶望に染まる。
「勿論私の分もあります。おかわりも用意してありますので」
「そ、そうか」
・・・。
これはもう意を決するしかないな。
もしかしたら美味しいかもしれないし、うん。
それにほら、家で色々試してるから耐性は付いてるはずだ。
大丈夫。大丈夫だ。
心を決めて口をつける。
それをドリスとアルが心配そうに見ていた。
「・・・うん・・・うん・・・」
とりあえず二人にも道連れになってもらおう。
「ちょっと!?何事ですか!?」
慌てた様子でサチが入ってきた。
「さ、サチ、浄化、浄化の念を!」
「あー!あー!」
「・・・」
苦しむ俺、叫ぶドリス、目を閉じたまま動かなくなったアル、そして今回は上手く出来たはずだったのにと不思議そうにするイル。
そんな状態になっていたところでサチが帰ってきた。
サチが女神に見えた瞬間だった。
「まったく、何をやっているのですか、貴方達は」
腰に手をあてお叱りモードのサチに頭を垂れる俺達四人。
イルの淹れたお茶はあまりにあんまりな味だった。
苦いのは覚悟していたが、まさか後から辛くなってくるとは。
一体何を入れたのかすら怖くて聞けない。そんな味だった。
「移民補佐官ともあろう人が二人も居てなんという体たらくですか」
「深く反省しています」
「まあまあ、サチ。それぐらいで」
「むぅ・・・。ソウがそういうならこのぐらいにしますけど。代わりに後で何があったか事細かに説明してもらいますからね」
「わかったわかった」
このサチの事細かというのはなんであんな面白い状態になったのか聞かせろということだ。
さっきから叱る素振りを見せつつも思い出し笑いしそうになるのを必死に堪えているのがわかったからな。
「それで、アル、先日頂いた話はソウにもしましたか?」
「いや、まだだよ」
「ん?何の話?」
「えっと、サチナリアさんにドリスの状況と進言を少ししたのです。そろそろ飛行と念の封印規制の解除をしても良いかなと」
「っ!!それは本当か!アル!」
「落ち着いてドリス。決めるのはソウ様だから」
「う、うむ・・・ソウ殿・・・」
不安そうにこっちの顔を伺ってくる。
「そうだなぁ。イルと相談して決めた事なんだろ?」
「はい。勿論」
「じゃあいいんじゃないかな。飛んだり念が使えないと色々不便だろうし」
実際俺がそんな感じだからよく分かる。
「本当か!」
「うん。ドリスは元の力が大きいから制御が難しいとは思うが、やれるだろ?」
「うむ!」
「わかりました。では外に」
「では解除の承認をお願いします」
「あいよ」
いつものように承認を押す。
「・・・正常に部分開放が完了しました。ドリス、飛んでみてください」
「うむ、やってみる」
そういうとドリスは背中に竜の羽を出して風を起こしてふわりと浮く。
そうか、こっちの天使と違ってドリスは物理的に飛ぶのか。
そのまま飛び回るのかと思ったら直ぐに地に下りて膝から崩れ落ちて両手を付く。
「はー・・・はー・・・疲れる・・・」
あ、やっぱり羽だけで飛ぶのは大変なんだな。
「情けないですねぇ」
イルがいつの間にか飛行ユニットを背につけて飛んで見せている。どうしても上から見下ろしたいらしい。
「先に念を使えるようになった方がよさそうですね」
「そうだな」
「ドリス、念は使えますか?」
「念か。話には聞いている。しばし待たれよ」
目を閉じて集中するとドリスの周りにそよ風が集まってくる。
それが足に集まったと思った次の瞬間、凄い勢いで上に飛んで行った。
「ちょっ」
まるでロケットのように直線的に飛んで行った先に上から見下ろしていたイルがおり、見事に直撃して二人とも墜落した。
「ドリス!なんでこっちに飛んでくるのですか!」
「知らぬ!イルこそなんで避けぬのだ!」
落ちた先でピンピンしている二人を俺とアルで引き剥がす。
ちなみにサチはうずくまって肩を震わせている。笑ってないで手伝って欲しい。
「うーむ、なかなか制御が難しいの」
今度は手のひらに火を出しているが、出す瞬間高火力になってしまうようだ。
しかしさすが神竜というだけあってあっという間に念を発動させてしまったな。
俺の時は結構四苦八苦したんだけどなぁ。
アルやイルが事前に色々教え込んでいたってのもあるのかな。過去に苦戦してた人もいたみたいだし。
「この調子だと直ぐに使いこなせそうだな」
「そうですね」
島から出る許可はまだ出せないが、何事も懸命に頑張るドリスならそう遠くないうちに許可は出せるようになるだろう。
ただ、問題なのが人付き合いの方だ。
一応アルとイルが一緒にいるが、それ以外の人と関わる際にちゃんとやれるかがまだ不安だ。
ま、その辺りの判断も補佐官の二人が上手く判断してくれるだろう。
とりあえず指先から水を出してアルを追い掛け回し始めたのでこっちに被害が及ぶ前にお暇させてもらうかな。
家に帰ってサチが帰ってきた時の事を話した。
今でこそ落ち着いているが、家に着くと同時に噴出してうずくまって笑ってた。
「そんなに酷い味だったのですか」
「再現しようか?」
「いえ、遠慮しておきます」
多分再現してもあれよりマシになると思う。うん。
「しかしイルとドリスは毎日あんな感じなんかね」
「あんな感じとは?」
「煽り煽られって言えばいいのかな。じゃれ合ってるのはわかるんだけど、知らない人が傍から見たらちょっと驚くと思うんだが」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。イルは意図的にやっていますので」
「意図的?どういうこと?」
「あのように煽ることでドリスを飽きさせないようにしているのだと思います」
「つまり移民者に合わせて応対を変えてるのか?」
「そうですね。恐らくドリスの挑まれると受けて立つ性格を上手く逆手に取っているのではないでしょうか」
「なるほど。流石は移民補佐官というだけあるな」
「今日はソウが居ることで少し舞い上がってしまっていたようですけど」
そう言ってサチが再びふふっと笑いを漏らす。
そうか、あの酷いお茶はそういうことだったのか。
天機人は表情が乏しいからそういうのがわかり辛いところがあるからなぁ。
ということは慣れてくればもう少しマシな・・・いや、止めておこう。
普通にお茶はドリスに淹れてもらう方がいいな。うん。




