表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

社会人の話

禁句の多い企画室

作者: 森崎緩
掲載日:2017/05/20

01

 うちの企画室では横文字を禁止しています。

 例えばこんな感じです。

桧山(ひやま)さん、お昼どうします?」

「店行って買ってくる。ついでに買う物あるか?」

「私、甘くて黒いものが食べたいです」

「かりんとう?」

「違います。原材料は豆です」

「おはぎか!」

「違います」

 こんな感じに、回りくどいです。


02

 ただ禁止しているだけではなく、横文字を使ったら罰金百円です。

 だから私も桧山さんも必死です。

雪浦(ゆきうら)、これ四枚複写しといて」

「了解です。大きさはこのままでいいですか?」

「ああ。けど、もしかしたらインクが――」

「えっ?」

「――染料が、切れてるかもしれない」

「はい桧山さん、罰金です」


03

 桧山さんは狡い人で、時々私を嵌めようとします。

「ゆきうらー、来週の火曜日は何の日だ?」

「知らないです」

「三月十四日だろ。先月お前は俺に何くれた?」

「知らないです」

「引っかかんないか。ところでお返し何だと思う?」

「指輪ですか?」

「そ、んなわけないだろ、ホワイトデーだぞ! ……あ」


04

 実は私も時々やってしまいます。

「桧山さん、生地見本揃えました」

「ありがとな。お前はどれがいいと思う?」

「私は、このファー生地が――」

「ん? 雪浦、何て言った?」

「……ふあふあっとした生地が、いいと思います」

「往生際が悪い。はい、罰金百円!」

 仕事柄、横文字禁止は大変辛いのです。


05

 そもそも横文字禁止になったのは、うちの社長が英語かぶれだからです。

「我が社では新たにレディスをターゲットにしたラインをスタートアップすることにした。コンセプトは『ラグジュアリーでコンフォートなオフィス空間』だ」

 企画会議でのこの発言に、企画室では横文字アレルギーが起きたのです。


06

 我が社は事務機器メーカーです。企画室では、豪奢で快適な女性向け事務椅子を設計しています。

「けど、ふあふあっとした生地はないだろ。夏は暑い」

「桧山さんは何がいいと思います?」

「縮緬かな。季節を選ばないし、色バリエも豊富だ」

「バリエ?」

「……あー! 頑張って『縮緬』っつったのに!」


07

「罰金、結構貯まってきたな」

「ですね。私、この企画が片づいたら行きたいお店があるんです」

「へえ、どんな店だ?」

「えっと……異国風の、食堂と言うか……」

「なるほど。打ち上げは罰金でそこ行くか」

「はい。楽しみにしてます」

「じゃ、頑張って罰金貯めないとな」

「なんか変ですね、それ。ふふ」


08

「俺もな、この企画が片づいたら、お前を誘おうと思ってたんだ」

「へえ。どこに連れて行ってくれるんですか?」

「それは内緒だ。言うと罰金だからな」

「横文字禁止、全く不便ですね」

「まあな。でも、お蔭で目標ができた」

「罰金刑があると気が引き締まりますよね」

「……それだけ、じゃないけどな」


09

 うちの企画室では、横文字を禁止しています。

 それは上司とて例外ではありません。

「桧山と雪浦、コーヒー飲むか?」

 角谷(かどや)室長はそう言って席を立ちました。

 しかし私達が見つめているのに気づき、

「いや『珈琲』! 漢字だから! 横文字じゃない!」

 優しい上司ですが、罰金率も一番高いです。


10

「こんな罰則、おっさんには辛いよ」

 貯金箱に百円を投入した室長が嘆きます。

「そもそも横文字の拒絶反応なら、根源を断つべきじゃないか君達」

「室長が先陣切るならついていきます!」

「是非とも陣頭指揮を!」

「君達、俺を陥れる時だけ仲いいよな」

 いえいえ、私と桧山さんはいつも仲いいですよ。


11

 桧山さんは優しい先輩です。

「雪浦、食べたがってただろ」

 そう言って、チョコレートをくれました。

「ずっと考えてたんだ。黒くて甘くて豆からできてるものって何だ、って」

 どうやら気にしてくれていたみたいです。

「正解です。さすが桧山さん」

 私が誉めると、桧山さんはとても嬉しそうでした。


12

 私は貰ったチョコを桧山さんと半分こしました。

「ずっと考えててくださったようですから」

 感謝を込めて告げると、彼はなぜか慌てます。

「いや、考えてたってのは違うからな!」

「何を考えてたんですか?」

「だからチョコのことだって――あ!」

 慌てた末に自爆しましたが、優しく愉快な先輩です。


13

 優しい先輩に私は仕事でご恩を返します。

 今は一緒に椅子のデザインを詰めています。

「雪浦、設計はどうだ?」

「あとは枠の色合いを決めるだけです」

「やっぱ職場に調和する色じゃないとな」

「はい。週明けには試作品の発注できそうですね」

 横文字禁止も徹底しています。近頃では慣れたものです。


14

 ただ、どうしても和訳しにくい単語もあります。

「背面をあみあみにしたのはよかったよな」

「ですね。あみあみだと夏場も背中が涼しいです」

「設計もしやすいしな。豪奢な意匠にできる」

「あみあみ、本当に素晴らしいですね」

「……桧山と雪浦。『あみあみ』って何?」

 それは言えません、禁句です。


15

 罰金払うから教えてと言われ、私は快く説明します。

「あみあみとは、メッシュのことです」

 背面メッシュ、座面は縮緬のクッションです。デザインもラグジュアリーを目指しました。

「なるほど。よし、完成に向けラストスパートだ!」

「……室長、罰金です」

 室長は項垂れて、二百円を投入しました。


16

「しかし頑張ってるな、桧山も雪浦も」

「雪浦は打ち上げが楽しみなんですって」

「はい。実は行きたかったお店があって」

「そんなの、今夜でも桧山が連れてってやれよ」

「な、何で俺に言うんすか!」

「そうですよ。仕事終わってないのに打ち上げなんて駄目です」

 だからこの仕事、終わらせましょう。


17

「なんであそこで『俺が連れてくよ』って言わないかな桧山は」

「だから! 室長はなんで俺に言いますか!」

「なんでかなあ。ま、俺はオフィスラブには寛容だよ」

「あ、罰金ですよ」

「おお、払う払う。喜んで払うよ」

「しかもにやにやしてるし。何なんですか」

「なんでかなあ。ともかく頑張れよ、桧山」


18

「桧山さん、室長に呼び出されてましたね」

「ちょっとな。あとこれ、室長の罰金」

「室長、またですか。今度は何て?」

「……気にすんな。それより、今度誘いたいって言ったの覚えてるか?」

「もちろんです。楽しみにしてます」

「だよな! ほら見ろ、気回されなくても誘えてんだよ!」

「何の話です?」


19

 発注していた試作品が企画課に届けられました。

「雪浦、座ってみろよ」

「私でいいんですか、桧山さん」

「女性向けだからな。テストモニターを頼む」

 そう言うと桧山さんは、自ら貯金箱に百円を投入しました。

「打ち上げ近いし、上乗せしとこうと思ったんだよ」

 完成を控え、浮かれているようです。


20

 ラグジュアリーでコンフォート。そんなコンセプトに沿って作られた椅子です。

 座った瞬間、溜息が漏れました。

「……こ、これは!」

「どうした雪浦!」

「ら、ラグジュアリー……!」

 軍資金を上乗せしたくて言ったのではありません。

 そうとしか言えない座り心地に、思わず言葉が零れたのです。


21

「桧山さんも是非! この座り心地、まさにラグジュアリーです!」

 罰金を払いつつ訴えると、桧山さんは疑わしげに椅子に座ります。

「またまた、そう言って罰金払わせる気――おおおお!」

「すごいですよね!」

「ら、ラグジュアリー、だと……!」

 どうやら我々は理想の椅子を作り上げたようです。


22

「室長も座ってください!」

「この座り心地を体感してください!」

「じゃあ、せっかくだから……」

 室長は満更でもない顔で椅子に座り、おずおず言いました。

「ら、らぐじゅえりー……?」

「ラグジュアリーです、室長」

「ごめん、おじさんには横文字も辛くて」

 涙を拭う室長。本当にお疲れ様でした。


23

「完成したからには乾杯と行こう」

 室長も上機嫌で、私に向かって言いました。

「雪浦、ひとっ走り飲み物買ってきて」

「あれ、打ち上げしないんすか?」

 私より先に桧山さんが尋ねます。

「それもやるけど、まずは皆を労わないとな」

 室長の仰ることもごもっとも。私は社食まで飲み物を買いに行きました。


24

 飲み物を三人分買って戻ると、企画室には桧山さんしかいませんでした。

「あれ? 室長はどちらに?」

 私の問いに、桧山さんはきまり悪そうにします。

「帰った。これ書き置き」

 書き置きには室長の字でこうありました。

『雪浦へ。打ち上げは桧山に連れてってもらいなさい。理由は本人に聞くように』


25

「どういうことですか?」

 私の問いに、桧山さんは天井を仰ぎます。

「あー……本っ当お節介だよな、うちの上司!」

 それから一呼吸ためらった後、スーツの内ポケットから財布を取り出し、百円を貯金箱に投入してから、真面目な顔で言いました。

「雪浦!」

「は、はい」

「今夜、俺とデートしてくれ!」


26

 そのお誘いは私にとって、全く予想外のものでした。

 でも、桧山さんです。いつも私を構ってくれて、ずっと私のことを考えてくれて、私の食べたいものまで当てられる桧山さんのお誘いです。

 だから、答えは決まってます。

 私は貯金箱に百円を入れ、思い切って答えます。

「オーケーです、桧山さん!」


27

「私を誘いたいって話、デートのことなんですね」

「ああ。横文字禁止だったからな」

「『逢い引き』と言う手もありましたよ」

「古風すぎるだろ」

「むしろ言われてみたいです」

「……じゃあ、するか。逢い引き」

 耳元で囁かれ、どきっとしました。

 次は横文字禁止を禁止にしないと、身が持たないです!


28

「……ここか、雪浦の来たかった店」

「はい。童話テーマのコンセプト居酒屋なんです」

「どうりで、すっげーメルヘン……」

「桧山さんはお嫌いでしたか?」

「いいや。室長ならそわそわしてただろうけど」

 桧山さんはそう言って笑います。

「俺は雪浦となら何でも楽しい。横文字禁止ってルールだってな」


29

「あれ、楽しかったですか?」

 私が問うと、桧山さんは照れます。

「俺はな。好きな子と会話の糸口、掴み放題だった」

 振り返れば、私も確かに楽しんでいたような。

「と、ところで『好きな子』って言いました?」

「今更だろ。これ逢い引きだぞ」

 私は今夜、日本語の破壊力を目の当たりにしています!


30

 私と桧山さんは、楽しく幸せな夜を過ごしました。

 ただし翌日、角谷室長には訳知り顔をされました。

「雪浦、オフィスラブは禁止にしないから安心していいぞ」

 恥ずかしくて返事はできませんでしたが、安心したのも確かです。

 それを禁止されると横文字禁止より大変です。

 今、恋をしていますから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] バラエティあるあるの罰則が、こんなラブコメになるんですね。 これ、ラジオドラマで聞いてみたいです。
[良い点] 面白い企画ものでした。 こういう書き方でも恋愛が書けるんですね。
[良い点] 横文字禁止のやり取りだけでも楽しいのに、恋愛もあって、すごく面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ