1.赤茶けた大地
ガンガンと脳髄に響く、頭の割れそうな痛みと共に目を覚ます。
見渡す限りの荒れ地。360度の地平線。赤黒く広がる空。壮大すぎる。
「どこ?」
こんな場所に見覚えはない。山もなく、樹木もなく、雲も見えなければ星も見えない。もちろん人工的な建造物など一つも見当たらない。というか日本にないだろ、こんなとこ。火星にでも飛ばされたか?
頭痛がひどくて辛いけど、記憶を呼び覚ましてみる。
俺は、タロウ、杵島タロウ、17歳。
よし、名前も年齢も思い出せる。
職業は火星探索員。
うん、違うな。普通の高校3年生だったな。
たしか普通に家に帰ろうとして……ちがう、放課後に買い物に行って、サキと待ち合わせて……
頭が回転を始めると痛みも徐々に引いてきた。そして、完全に想い出す。
サキの姿が見えた。狭い歩道を傘をさして走る自転車のアホがいた。サキが自転車に接触して、車道に押し出されて、トラックが……俺は思わずサキとトラックの間に飛び込んだ? ような気がする。すごい衝撃を受けたような……気がする。この先は思い出せない。記憶がない。サキは無事なんだろうか?
慌てて俺は辺りを見回す。サキの姿はない。トラックもいない。車道もビル群もない。なにもない。赤茶けた岩が広がるばかり。
だからどこだよ、ここ。いや、場所はどうでもいいか。よくないか!
あっ!
閃く。
これは、もしかして。
とうとう俺にも順番が回ってきてしまったか?
おなじみの……使い古された設定の……でもみんな大好き俺も大好きだった……
そう! 『異世界』に来てしまったのでは!
彼女を救うためトラックに飛び込み、現世での死亡とともに異世界に召喚される。ベタだぜ、さすがにベタすぎる。しかし、そうかー、異世界転生かー。まあ、日本にいる時から高スペックな俺だったからなー、異世界ではどんなチート能力身につけて世界を救っちゃうのかなー。あ! ハーレム設定は困りますよ! 俺にはサキがいるからね!死んだら終わり……ではなかったので転生目指してがんばりました。 サキラブ!! きっとこのバターンなら俺の死亡転生と引き換えにサキは助かってるはずだ。というか助かっててほしい。そして願わくば、この異世界は日本に帰れる設定もあってほしい。行き来できるのが望ましいな。せっかくの転生も楽しんどきたい。向こうではサキともラブラブしたい。サキもたまにはこっちの世界に来れたりして。ラブラブ異世界デート! まてよ、この世界では当たり前のように一夫多妻制度が取り入れられていたらどうだろう。サキはもちろん好きさ! でもここに褐色エルフの超絶美人なむちむちお姉さんが出てきたとしよう。どうやら褐色エルフのお姉さんはお困りのご様子。そこに俺颯爽と登場。超絶ハイパーなチート能力を駆使して難なく解決。俺に見惚れるお姉さん。尖った耳まで真っ赤に火照ってやがるぜ! 「タロウさん……ありがとうございます」潤んだ目で見つめるエルフさん。「大丈夫、たいしたことじゃないよ」頼もしさ溢れる俺。見つめ合う二人。「……」エルフさんはそっと目を閉じて……。やめてくれよ、俺にはサキがいるんだ。俺の本当の世界に残してきた、最愛の女がいるんだ。そう言ってエルフ姉さんの両肩をそっと支える俺。一筋の涙が褐色の肌に流れる。「それでも……それでもいいんです。私は何番目でもタロウさんのお側にいられれば……」きたー! やっぱり異世界来たー! 複数イチャラブの許された世界。最高です! もちろん俺にはサキがいる。浮気なんてするつもりはないさ。しかし、こうも言うな? 『郷に入っては郷に従え』。先人たちの残した言葉の重さよ。まさにここは日本とは習慣もタブーも違う世界。そう異世界。違う郷である。サキへの操を立てつつもこの世界のルールに則ったうえで、このムチエルフさんに恥をかかせるわけにもいくまい。もう仕方ないやつだな……君の名は? 「私はララノア……妖精王オベロンの一人娘ララノア申します」ララノア! かわいいー!! そして妖精王来たー! 新しい物語始まるー! 高まるテンションをおくびも見せず、俺は余裕の表情を崩さない。「ララノア……」「タロウさん……」再びそっと閉じられる瞳。近づいていく二人のシルエット。それはやがて重なってひとつになって……。
……。
…………。
………………。
おっと、ちょっと2秒ほど妄想の世界に行ってしまったぜ。
もちろん褐色なムチムチな超絶美人なエルフのお姉さんの姿など影も見えない。だれだよ、ララノア。妄想に一瞬で名前付きで登場するなよ。
とはいえ、この火星(仮)の大地。日本ではなさそうな感じはする。本当に異世界に来てしまったような気もするが……。くそっ、もっとお城とかに召喚されるとか、神の前に召喚されてチートを授けられるとかイージーな設定が良かった! ここ! 誰もいない!
とりあえずどこかに移動してみようにも360度の火星の大地である。ひとっつも目印がない。そうだ、持ち物。今の俺の所持アイテムだけでも確認しなくては。
……。うん。かばんもないな。財布もない。制服は着ている。スニーカーも履いている。持ち物と呼べるものはそれ以外何もなかった。まさに着の身着のまま。ノーアイテム。薬草ひとつ持ってない。むしろ裸じゃなくてよかった。ポケットには昼休みにサキにもらった飴ちゃんと、携帯電話があるのみ。
携帯電話! 電話! 普通真っ先に考えなきゃいけないのはそれだろう。ララノアと乳繰り合ってる場合ではない。とりあえずサキに電話を……。
ですよね。圏外ね。そりゃそうだ。見渡す限り火星の大地だもん。ここ日本にある風景じゃないもん。基地局あったらびっくりするわ。
予備充電池はかばんに入ってたからなくなっちゃったものの、幸いまだ90%ほども充電は残っている。いつ必要になるかもわからない。もしかしたら時空を超えて戦国時代に飛ばされてしまっているのかもしれない。
殿を説得するためにスマホを掲げ、
「いかがですかな、殿?」
「むっ、面妖な……そのような妖術を使えるとはお主……」
みたいなやりとりがあるかもしれない。
いちおうただの板切れになる前にスマホの電源を落としておく。どうせ着信もあるはずないしね。
そうだ! 異世界といえば! ステータスウィンドウ!!!
そう。異世界設定、またはVRゲームに入っちゃった設定の王道。集中すればステータスウィンドウを現れるアレ。あれがあれば現在地なんかがわかるかもしれない。そういえば腕に見覚えのない端末が巻かれて!
……はいなかったし、指輪とか他のターミナル端末なんかも持ってなかったので、とりあえず集中してみる。いでよ! ステータスウィンドウ!! 眉間に力を込める。今こそ! 俺の秘められし能力を開放すべき時っ!
……。
さて……途方にくれるしかない。どのくらい時間が経っただろうか。目印もなく、歩きまわることもできないまま、感覚的にはもう一時間ぐらいこの場所でぼーっとしてる気がする。よし、このままここにいても埒が明かない。その時。
バリバリバリ!
目の前の空間が青白いスパークを放つ。轟音とともに裂けていく空間。ありえない超常現象。やはりここは異世界だったかー!
やがて裂けた空間は人一人通れるほどの空間を形成する。真っ暗闇のその中からゆっくりのっそり姿を一人の……いや、一匹のウサギ? いやそれも違うな。
現れたのは、ウサギの顔と少年のような体を持った一人(一匹?)のウサギ人間だった。
※様々な宗教や神話からの語句の転用(煉獄や輪廻)がありますが、各宗教の意味を正確に踏襲したものではございません。フィクションとしてお楽しみいただきますと助かります。