[Aix Trine=14 『Aix Trine』]
キャーアミティムスサーン
瓦礫の遺構。
積みあがった曾ての住居は残酷にも崩れ去り、そこは炎盛る山となっていた。
飛び散った硝子片。それらを踏み、割れる音が小さく聞こえる。
遺った紅いレンガが悲劇を証明していた。
「・・・魔理沙・・・私が間違ってたわ・・・あんな非礼な態度を取っちゃって・・・」
あの時の霊夢は何もかも信じられなくなっていた。
全てが残虐に見えた。悪魔にすら見えた。
表面上に見せた優しさも、裏では真っ黒かも知れないと考え、彼女は自分自身を深い闇に追い込んだ・・・。
・・・恐ろしかった。暗闇の中で光る『本性』そのものが受け入れられなかった・・・。
・・・そんな恐怖に―――彼女は打ち勝った。
災厄や穢れを祓うお祓い棒を右手に、彼女は最後の強大なる力へ抗おうとした。
以前に英雄の幻影と戦った地下牢の入り口に、摘まれた花で作られた輪っかが燃えていた。
萎れていた花は勢いよく燃えていた。
「・・・ここは以前からも燃えていた。
・・・つまり、この花が落ちてるってことは―――誰かがここへ訪れたって事?」
あの道をもう1度、彼女は歩んだ。
用途不明のあの地下室へ繋がる道を―――静かな世界に足音を響かせて進んでいく。
喧噪した外界から完全に離れ、水の雫が落ちるトーンが音色を奏でる。
奥の扉の取っ手を手に取り、鈍い音が差し響いた。
◆◆◆
蛍光灯だけが灯る、仄かに暗い部屋。
そこには、何本もの注射器の骸が山となって詰まれていた。
そして性別ごとに壁で隔てられて区別された一つの大きなガラスケースの中に閉じ込められた、今までの親友たちがそこに存在した。
ガラスケースの中はそんな救世主の出現に希望の眼を煌かせていた。
しかし、そんな嬉しい雰囲気とは齟齬するかのように、彼女たちの腕からは血が垂れていた。
そんなガラスケースの前に監視をしていたであろう、1人の男―――
「・・・他の4人を見事打ち倒したようだな。・・・流石は我らが英雄の対極に立ちし存在」
「あんたに褒められたって全然嬉しくないのよ。それよりも・・・」
霊夢は山積みとなった注射器の残骸を指さして問いただした。
「・・・これは何よ!?それよりも、あんたは全員に一体何をした!?」
真剣な眼差しを目の前の男に向けると、彼はそんな彼女にオッドアイの眼を見せた。
燃え行く炎を投影した紅。彼の冷酷さを示唆している蒼。
2つの色が醸し出す残虐な瞳は、全てを喰らい尽すような獣の如しであった。
「・・・我々はエクストラインを行う。その為にも、コイツらには『生贄』になって貰う」
「生贄!?」
「そうだ。・・・コイツらの・・・いや、穢れたコイツらの持つエネルギーを基に、我々は生まれ変わる」
「ふざけないで欲しいわ!・・・じゃあこの注射器は!?」
「コイツらと私をシンクロ・・・調律を行い、エネルギーを全て私に集める。
その瞬間、我らが5人は全て我の体に集い、その瞬間にエクストラインする・・・。
・・・しかし」
彼は丁度いいタイミングにここへ訪れた彼女を見て皮肉を述べた。
「私がエクストラインを行おうと思った時に丁度来るものなんだな。都合良い話だ」
「都合主義者であることに何か難癖でも付けたいのかしら?」
「・・・過去には戻れないことは確かだ・・・いつか、お前と対峙するだろうとは思っていた」
彼は大きな天使の彫刻が彫られたガンブレードの先を霊夢に向けた。
鋼で作られたガンブレードは薄暗い部屋の中で火の粉を撒き散らし、赤と黒のコントラストを作り上げていた。
「・・・英雄の幻影。世界を新たに創り上げる英雄の降誕は誰にも止めさせはさせない。
―――お前が旧世界に於いて最後に抗いを見せる者ならば―――」
ガンブレードをリロードし、火薬を完全にセット、戦闘態勢を整えた彼。
アクアブルーのショートヘアーを蛍光灯に灯らせて、目の前の「最後の敵」を見据えた。
「―――終焉を迎える旧世界と共に、 憫然たる遺骸となって消えろ」
「お断りよ。・・・あんたを倒し、全員を助けるわ!・・・『アミティムス』!」
◆◆◆
「そうか・・・。・・・新世界を拒む、か。『博麗霊夢』」
アミティムスはガンブレードを構え、瞬間移動で彼女に近づいた。
瞬間的に目の前に現れ、炎滾るガンブレードで彼女は一閃されてしまう。
「なっ―――!?」
炎の捺印を身体に刻みこまれた彼女はその勢いに任せ、女性側のガラスケースを突き破り、そのまま中で倒れこんだ。
すぐさま周りに、今までは信じられなかった「闇の塊」が集まってくる。
「だ、大丈夫か霊夢!?」
「そ、そうよ!貴方、服もボロボロだし・・・」
駆け寄った仲間たちは、心身共に傷つけられた歴戦の勇者を心配した。
世界も精神も滅茶苦茶にされた仲間たちはそんな勇者の姿を見ては何かの悲しみか、一気に涙が溢れていた。
―――いつもは笑顔を振りまく仲間たちの見せた、彼女への想い。
壁に凭れ掛かっていた彼女はそんな仲間たちを見て純粋に信じると決意した。
―――笑顔を取り戻す。泣かせはさせない。
しかし身体は言う事を聞かない。動こうとしても、傷ついた自分の身は反応しなかった。
「・・・う・・・うう・・・」
声を上げようとしても、そこから出たのは重い声であった。
そんな彼女の弱った声に魔理沙たちは更に心配する。顔に濡れた一滴、二滴の雫。
「霊夢!生きろ!こんな場所で死んだら駄目だ!」
「そうよ!今の貴方に死は早すぎるわ!」
「お願いです・・・どうか・・・!」
霊夢を思った、純粋な彼女たちの声。
そんな悲しみに包まれた空間を両断するかのようにゆっくりと進む彼。
「・・・他の4人との戦いで力を使い果たしたか。・・・所詮は人間、そんなものだ」
無慈悲な鋼鉄から火の粉が漏れ、トリガーを構えたアミティムス。
傷ついた彼女に近づくため、心配して集まった「生贄」たちを退かそうとする。
「・・・邪魔だ」
彼は霊夢までの道のりを邪魔している「生贄」共にガンブレードで斬りかかった。
刹那、剣戟から放たれた衝撃波が彼女たちを吹き飛ばそうとする。
―――しかし、衝撃波は何者かの結界によって消え去った。
「・・・あんたの好きなようには・・・させないわ・・・!」
親友たちの励みを受け、笑顔を取り戻す為―――重たい身を持ち上げて結界を張った彼女。
眼に映るは自分たちの世界を改変しようとする襲撃者にして幻影。
―――どんな者であろうと、親友を泣かす存在に黙ってはいられなかった。
「・・・ほう、何がお前をここまで強くする?・・・その能力と言い、その根性と言い」
「・・・あんたたちを倒し・・・みんなを助け、『笑顔』を取り戻すこと・・・!
・・・それが今の私の使命・・・与えられた・・・私の果たすべき『使命』!」
「・・・そうか。ならば―――その『使命』を打ち砕こう。・・・アルテマ」
集う青白いエネルギー。全員はそんな攻撃に怖気て壁際に寄った。
彼女の周りからは誰もいなくなったと思っていた―――
―――しかし、金髪の「親友」はそんなアミティムスに歯向かった―――
「あんたの自由にはさせないぜ・・・!」
彼女はアルテマの構えを取っていたアミティムスに一発の蹴りを入れた。
実力さでならば到底敵わぬ敵だが、補助は出来たのだ。
蹴りでバランスを崩したアミティムスはアルテマを外に放ち、紅魔館は完全に崩れ去った。
しかし中にいた誰にも被害は及ばず、蹴りを入れた魔理沙はアミティムスの反撃ガンブレードの一撃を受ける。
「うッ・・・!」
魔理沙もまた、霊夢同様遠くへ飛ばされ、壁を背に倒れた。
霊夢はそんな魔理沙が作ってくれた隙を貰い受け、アミティムスに向かってお祓い棒の一撃を与える。
霊力が籠ったお祓い棒は剣のような鋭さになり、彼を叩きつけた。
彼は男女をガラスケースの中で隔てる壁を貫き、男性側の壁に衝突した。
ボロボロの彼女は彼が突き破った壁をすり抜け、彼にゆっくりと近づいた。
「あんたの自由には―――自由にはさせないわ・・・!」
「それはお断りだ」
アミティムスはすぐに態勢を立て直し、近くにいた小さな男の子を見下した。
紅と蒼のオッドアイが描く恐怖のコントラストに怯えた男の子の頭を左手で鷲掴みし、近づく霊夢の前に見せつける。
里に住んでいた男の子であった。年齢は6歳前後と言えようか。
「・・・お前たちは・・・所詮、過去の産物に過ぎないのだ。過去を生きる、発達遅れな生き物。
・・・我々から見れば、この餓鬼のような生き物なのだ」
「は、離しなさい!」
そんな霊夢の声に対して、彼は飽きたのか鷲掴みしていた男の子を放り投げた。
その男の子を彼の父親らしき人物がしっかりとキャッチし、彼女はひとまず一安心する。
「・・・悪いが、お前は我々の阻害にしかならない。・・・消え失せろ」
アミティムスはガンブレードで彼女に斬りかかったが、霊夢はすぐさまお祓い棒で受け止めた。
その瞬間、青い閃光が解き放たれ、お互いは苦い顔をする。
―――壁を剣戟の中心とした、鍔迫り合いの始まりであった。
「―――未来に希望を築く我々の邪魔は楽しいか?」
「―――あんたは未来のことしか考えていない―――!」
そして彼らは、お互いの最後の力を振り絞った。
人智を超えた、幻想郷で行われた最高峰の力が放出された時でもあった。
「・・・全てを滅ぼせ!『アルテマ』!」
「あんたの自由にはさせないわ!『夢想天生』!」
2人の最後の力が―――今、ぶつかった。
◆◆◆
とてつもない爆風が吹き荒れ、ガラスケースの硝子は完全に砕け散った。
爆発が晴れた中心部に、お祓い棒を構えて自己を保って立っていた霊夢が、仲間たちを喜ばせた。
―――だが、彼もまた、ガンブレードを爆発の影響で失ったものの、その場で傷つきながら立っていた。
オッドアイは、静かな空間に佇む勇者を見ては決心していた。
「―――私のエクストライン、見せてあげよう―――」
その瞬間、周りの「生贄」たちがうめき声を上げ乍らエネルギーの流れが彼の元に集まってくる。
彼に集まる青いエネルギーはやがて1つの大きな流れとなり、彼の肉体に入り込んでいく。
「そんな事は―――させない!」
霊夢はすぐさまお祓い棒を構え、膨大なエネルギーを受け入れるアミティムスに叩きかかった。
崩れた壁の瓦礫を登り、頂点から一気に飛びかかって彼のエクストラインを止めようとした。
ガンブレードを失った彼に集まったのはエネルギーでは無く、幽霊のような他4人の幻影であった。
次々と肉体に入り込み、彼ら5人は完全なシンクロを遂げた。
そして「生贄」から受けたエネルギーが充填した瞬間、霊夢はアミティムスに襲い掛かった―――。
―――しかし、彼女の攻撃は受け止められたのであった。
―――それは西瓜を象った大剣であり、幻影が誇張してエクストライン化し、降誕した姿。
―――彼女は―――世界と世界の狭間で彷徨い続ける英雄は―――蘇った。
霊夢の眼に映った『畏怖』―――それは眼から脳裏へ瞬間的に伝わり、青い閃光が彼女の中で迸った。
幻影が重なり合い、未来の夢と化した英雄は彼女の攻撃をしっかりと―――剣で受け止めていた。
水色のさらさらな髪を流して、襲撃してきた彼女の顔をゆっくりと見据えていたのであった。
「―――久しぶりだな、霊夢・・・」




