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二話 黒幕のあがき

「……ち、違うっ、俺じゃない!」


 ――ありゃ? じゃねーよ、止めてろよ、数瞬前の俺!

 

 怨霊もかくや、といった多大なる悪意の込められた視線を直接に受け、内心頭を抱えつつ、直行は弁解に舌を回す。

 しかし、どうするか。そう思ったところで、己が手にする剣がチラと視界に入った。


「こ、この剣だっ! この剣が勝手に……」


 そして、剣へと責任転嫁。

 傍から見れば、滑稽な事この上なく、正気の沙汰ではない。

 実際、直行もそんな言い訳をされた側であったなら、そのあまりにひどい言い訳に大爆笑も止む無しであっただろう。勿論、信じるはずもない。

 ……もっとも、刺されて大爆笑できる余裕があるかは別としてだが。


 が、事実。

 腕が――剣が、勝手に動いたのだ。まるで明確な意思を持って、一直線に女性の身体に向かっていったかのように。


 だが、その真実を知るのは、剣を手にしていた直行だけ――の、はずなのだが。 


 しかし、その直行の正しくにして苦し紛れの言い訳を聞いた瞬間、女性はカッと目を見開き、憎悪の視線を直行から彼の手にある剣へと移す。

 重く、深い怨嗟の声。


「おのれ……」


 ゴクリ、と直行は唾を呑む。


 ――もしかして、信じた? 


 胸に抱くは、一縷の望み。

 そんな直行が、見守る前で。

 女性は、視線と同じほどの憎悪を声にのせ、叫んだのだ。


「おのれ……既に目覚めていたというのかっ、ブラック・カーテン・キラー!!」

「……プッ」


 噴き出す。

 次いで、直行は恐れ、そして慄いた。――ある意味で。

 心を凍らせるような、芯より来る恐怖ではない。いや、先程まではそれもそこそこ感じていたが、今の一瞬にして全てが吹き飛んだ。

 むしろ、冷静に考える余裕ができたくらいである。


 ……信じたよ。

 つーか、何だって? かっこいいを完全に通り越してむしろダサくなってる感が半端じゃない。


 そんな単語を叫んだ女性を見て、直行は感心する。――ある意味で。

 こいつ、凄えな。むしろ、こいつが勇者なんじゃね?


「くっ……だが、だが、この私を――黒幕のただ一人、倒しただけで終わると思うな、小童っ!」

「……倒……した?」


 確かに、女性の容姿は激変して、苦しそうにはしているが。

 血も出ていなければ、倒れる気配もさほど見られない。

 年老い、纏う衣服のみが変化したのだ。剣が貫いた時は焦ったが、よくよく考えてみればそれで済むのはおかしい。


 危うく、彼女の演技に騙されるところであった。

 ほら、よくあるではないか。刺そうとすると、剣先が引っ込む玩具のような剣が。


 拙い設定の茶番に、玩具の剣。或いは、手品、マジック。ここにきて直行の認識は、その程度になっていた。

 つまりは、今までのやりとりの全てが、茶番。いや、まあ茶番でなかったらなんなんだ、という話になる。

 それよりも、だ――。


「え、やっぱり俺が何かしたこと(設定)になってんの?」


 仮に茶番じゃないとして、責任転嫁は成功していない。茶番だとしても、既に巻き込まれてる。

 もはや、げんなりするのを禁じ得ない。

 まあ、黒幕という設定がいきなり倒されるのは、斬新かなと思っている。その点は、充分評価し得る、と直行は無意識に頷く。


 それに、一瞬騙されかけたほどの、気合いの入った演技をした女性だ。

 このまま放置するのもあれだし、少しはのってやろう。んでもって、さっさと出口を聞き出そう。こっちがのったなら、満足して演技を終わらせてあっさり教えてくれるかもしれないし。

 手の中にある剣は、どういうわけか未だに離れようとしないので、取り敢えず持っている。


「はいはい、俺のせいね。んじゃ、それでいいから、さっさと出口を――」

「――この、世には」

「…………」


 ――こっちがのれば、案外簡単に口を開いてくれるかもしれない。

 そんな直行の思惑は、一瞬にして散った。……まあ、かなりおざなりであったので、のったかどうかは非常に微妙であるのだが。

 閉口する直行をよそに、女性は言葉を続ける。


「この世には……人の数だけ、事件がある。事件の数だけ、黒幕がいる。最後の黒幕たるこの私は敗れたが、しかしまだ……まだ、終わらぬ!」

「終われ」


 堂々とした、終わらない宣言。それを直行は、即座に切って捨てる。


 いい加減ここまでくると流石に鬱陶しい。……いや、考えれば最初から鬱陶しかったか。


 ――つうか、なにか? 彼女みたいな(役者)が、まだ何人も控えてるってことなのか?

 というか、やられた振りにしては、随分元気ではないか。


 一体あと何人、こんな類の相手をしなければならないのか。

 そう考え、辟易とする。そんな面持ちの、直行の前で。


「だが、我とて黒幕としての矜持がある! このまま何もせず倒れてなるものかっ!」


 渾身の大絶叫。


 一瞬の、できごとだった。

 直行が口を開く間もなく、白い空間が、溶けるように消え去る。

 現れたのは、石造りの部屋。冷たくひんやりとした灰色を映すのは、壁に括られ煌々と照る松明。


「……随分、手の込んだ仕掛けで」


 しばし、呆然。

 一般人である自分にこれほどのことをして何になるのかと、直行は驚き、呆れる。


「キャァァァアアアアッッ!!」


 そして、すぐ近くより発せられた甲高い悲鳴に、ビクリと思わず身を竦ませた。

 なんだなんだ、と直行がそちらを見れば。そこには、再び若く美しい容姿に戻った女性が、倒れ込むようにして床に横たわっている。

 単純に別人なのか、あるいは同一人物が変装しているのか。


 同一人物なら凄いなあ、とどこか場違いな感想を浮かべる直行に、女性はその美しき顔ばせに似合わぬニタリとした邪な笑みを浮かべた。


 ――刹那。

 バァン! と大きな音が響く。見れば、この石造りの部屋の扉が開かれ。そこより武装した男性が二人、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら入ってきた。


「ひ、姫様っ!?」


 その内の一人が、目を大きく見開き、驚きの声を上げる。

 彼の視線の向く先は、床に倒れ込む演技をした女性。それはそうだ、この部屋にいたのは直行と女性のみ。直行が実は姫様設定――などというのはどう考えても無理だ。 


 ――ああつまり、これからは逃げる演技をしろと。


 女性の先程の意味ありげな笑みから、直行は悟る。

 が、言われずとも元より、そのつもり。といっても、演技ではなく、本気でだが。


 倒れ伏す女性にかけよった二人の兵士役と思しき男性達の横を、すすっ、と何事もなかったように、直行は通り抜ける。向かう先は、開かれた扉。


「ば、馬鹿者っ、何をしておる! あの者だ! あの者を捕えるのだ! 妾に危害を与えた者ぞ!」 


 扉を出た直後、後方から罵声。

 めんどくさく思いながら、取り敢えず走る。

 まあ、どうせ演技だ。捕まったとして、演技に付き合わされるだけだろう。

 だが、こちとらそんなのは願い下げ。この場から脱走するため、直行は見も知らぬ場所を駆ける。


「……なんというか、豪勢なセットだな。まるで本物の城みたいだ」


 赤金に染められた、無駄に華美な装飾。調度品においても、漂ってくる高級感がとてつもない。

 加えて、徘徊している、武装した面々。

 なんと大がかりな、と思いつつ、直行はその一人に話しかける。


「すみません、出口はどっちですか?」

「むっ!? あ、ああ、出口ならばあちらだが――」


 突然走って現れた直行に驚きつつも、素直に出口への道を指し示してくれる兵士役? の男性。

 ありがとうございます、と直行は教えられた方に向かう。

 その、背後で。


「……ま、待てっ! 貴様は何者だ!?」

「その曲者を捕えろっ! 姫様に危害を加えた大罪人だ!!」

「な、なにぃっ!?」


 追ってきた兵士が合流し、数が増えて直行を追う。


「すみません、出口は?」

「むっ!? ああ、出口か。出口なら――」

「ありがとうございます」

「……ハッ!? ま、待て、貴様は――」

「曲者だっ!」

「な、なにぃっ!?」


 そこに追ってきた兵士が合流し、更に数が増えて直行を追う。


 ――その後、同じような光景が、二、三度繰り返された。

 兵士ではなく、侍女役のような女性に訊ねたのも含めて。


 どんだけワンパターンな脚本だ、と呆れると同時に、そんな脚本であるからこそ上手くいっているのか、と気を取り直す。


 そんなこんなで、舞台セットを駆け抜けること、数分。

 元来足は遅くない方である直行は、結局捕らわれることなく、外へ繋がる扉を跨ぐ。


「……本当に捕まえる気、あったのかねぇ?」


 幾度か聞こえてきた「な、なにぃっ!?」の声。

 素に聞こえた気がしないわけでもないが、そこはやはり役者。演技だったのであろう。

 自分がその立場であったら、笑わないでできる気がしない。そう心の内で断定する直行は、直後に足を止めた。


「…………」


 目の前に展開されたのは、全く見覚えのない風景、街並み。

 日本には、見えない。いや、日本にもあるのかもしれないが。――その様は、まるで。

 

「……まさか、外国に拉致されていたとは」

主人公絶賛勘違い中。……まあ、すぐにとけるんですが。

ざる警備は、コメディということで。まあ、侵入者の報もなしに城内にいたら、油断というか。

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