薬物療法以前の精神科
他の方の話を読んで思い出したので書いてみました。
平成4年にD病院へ配属されてすぐのオリエンテーションで、D病院の成り立ちについての話から、過去の「精神科治療」についての話がありました。
昭和40年代前半に改築された、当時築30年の建物でしたが、改築当時は「ホテルのような病院だ」と言われて全国から見学者が訪れていたとか。
昭和初期に国体が開催されることになり、天皇陛下もご臨席。
その前に会場近くの精神病患者を閉じ込めるために作られたのが始まりだったとか。
開院当時は「統合失調症」「うつ病」「そう病」「てんかん」などの区別も十分に行われていなくて十把一絡げに「精神病」。
昭和35年にクロルプロマジンが登場するまでは、精神科では拷問と紙一重の治療が行われていました。
そのいち、水療法。
現在は取り壊されていますが、初配属当時はまだ昭和初期の病棟が廃屋同然の状態でしたが2棟残っていました。
事務長が「使わない建物だけど火災保険を払わなければならず、高い!」とぼやいていたのはさておき。
窓から中を覗き込むと、細長い建物の窓側には幅1m弱の廊下、木製の鍵がかかるドアの個室が続き、奥には風呂場のような設備。
そしてそこには天井から鎖で人が1人2人入ることが出来る大きさのケージ(檻)がつり下げられていました。
どうやらここがオリエンテーションで聞いた「水療法」を行っていた場所のようです。
オリエンテーションでの話では、患者をゲージに入れてそのまま水に落とし「苦しいっ!」ともがく時に心が正常化する、と言われていたそうです。
当然今は精神科治療としては実施されていません。
そのに、インスリン療法。
インスリンを過剰に注射して低血糖からの昏睡にさせ、頃合いを見計らってからブドウ糖注射をして目覚めさせる、と言う治療法。
現在は販売されていませんが、40単位/mlのインスリン製剤の添付文書の適応欄に「精神科のインスリン治療」と書かれていたモノがありました。
まあ、「うつ病は心と体が疲弊しきっていることを気がつけていない状態」と言う解釈もあり、「抗うつ剤と抗不安薬の服用で2週間から数ヶ月の間「喰う・出す」以外の時間は大爆睡状態が続くとスッキリと治って予後が良い。」と言っていたドクターもいます。
そう言う意味では悪くない治療だったのかも知れませんが、昏睡から目覚めない事故も多く、現在は実施されていません。
そのさん、電気ショック療法、若しくは電撃けいれん療法。
精神科でのステロタイプの治療法で、半ば懲罰的にも行われていたらしいです。
説明していたドクターは、この治療法を勧められてもしなかったそうですが。
ただまあ、重度のうつ病には有効だと言う事で、現在は事前に全身麻酔と筋弛緩剤を使い、通電による筋肉のけいれんを予防してから実施されています。
血圧が急激に上がることもあるので、降圧剤をすぐに注入できるように用意して医師もそばに待機。
その他、マラリアを故意に感染させてその発熱による治療とか、薬物で故意にてんかんを発生させての「精神病」治療とか。
現在の視点で見ると、拷問とどう違うのか判らない治療法ばかり。
現在は、クロルプロマジンにハロペリドール、オランザピンにリスペリドンと、まだまだ欠点はあるとは言え良い薬が出てきているので、患者さんたちは、少なくとも拷問まがいの治療法からは解放されました。
論文1つで治療法が変わることもあるので、もしかしたら10年先20年先には「そんな危険な薬を使っていたの?」と、現在の治療薬が否定される時が来るかも知れません。
それでも、今できる最善の治療法を精一杯。
精神科に限らず、現在は否定されている治療法が山ほどあるのが医学です。