第二話「仕事しようぜ。このままじゃ死ぬだけだし」
「私の船で働きませんか?」
……え?いや、なして?
俺、得体の知れない人物だぞ?戸籍とか無いただの変質者(仮)だぞ?え?いや、え?なんで!?
「あの……どうでしょうか?」
「え、あ。えっと、君……名前は?」
俺はなに聞いてんだ。テンパってるのは分かるけどさ、なんでこの子の名前を聞いてんの?バカなの?俺?
「私はジャンナ。ジャンナ・エバルメシア。エバルメシア家の一人娘です」
「エバッ!?エバルメシアってあの大貴族のエバルメシアか!?」
「え?ティジーさん、この子が何か知ってるんですか?」
見た感じ、脳筋で頭が悪そうなティジーさんでも知ってるってことは、この子……と言うか、この子の家、相当有名な家なのか?大貴族とか言ってたし……。
「あぁ、知ってるもなにも、エバルメシアっつったら、イルキスで最大の貿易商、更に言えば王族にも顔が利く大貴族、戦争が起これば何人もの英雄を輩出しているとか何とか聞くんだよ。しかも、その一人娘となれば……」
そのエバルメシアから最大の支援を受けられるってことか……。
おまけ付きに、イルキス最大の貿易商の船に乗るってことは、普通の何倍もの賃金を稼ぐことも可能……。まぁそれはどうでもいいとして、上手くいけば大貴族とのコネクション、更に上手くいけば王族とのコネクションを得ることが可能ってことか……!
元々 俺はこの街、というか国で偉い人に掛け合えるコネクションとか無いし、偉い人に話をつけようとしても、まぁ間違いなく門前払いだろうな。
なら、この子の船に乗って、この子の家とコネクションを得れば、日本に帰れる可能性も上がるかもしれない……。
……それなら、うん。俺は仕事もねぇし、このままずっと適当に過ごしていても、死ぬだけだろうし。なら……やるしかないか。
「えっと、ジャンナちゃんだよね?俺は戸田十字。んで、君の船に乗ってもいいと思うんだけど、具体的な報酬とかの話をしていいかな?」
「はい、構いませんよ」
「んじゃ、どれくらい払える?俺としてはコレくらいは払ってほしいんだけど……」
指を5本立てて、ジャンナちゃんの顔色を伺う。その顔色は凄く意外そうなもので……。
……この国の価値観がよく分からないから、適当に吹っかけてみたけど、どうやら失敗だったみたいだな。それじゃあこれから適当に下げながら、交渉してついでにコネクションを得られれば……。
「え!?たった月5コルドでいいんですか!?私、月10コルドくらい払おうと思ったんですけど……!」
「じゅ、10コルド!?嬢ちゃん正気かよ!?」
え、えぇ!?え、なに!?ティジーさんのリアクションを見る限り、何か相当な額みたいだけど、具体的にどんなもんか俺分からないから、リアクションしずらいぞ……!?
と、とりあえず驚いたようなリアクションを取って……。
「えっと、ジャンナちゃん。正気?一般的な船医の月々の給料って4コルドくらいだった気が……」
「えぇ、そうなんですが。エバルメシア貿易会社は今回、大規模な貿易を開始することにしたんです。なので船員の方々には倍の額を払ってでもこの貿易を成功させたいと思っているのです。その証拠に」
ジャンヌちゃんは懐に手を入れて、一枚の紙を取り出す。すると、そこにはよく分からない文字が長々と書かれていた。……なんか、この文字が偉く光ってるような気がするんだけど、気のせいかな?
あれか?蛍光塗料でも塗ってあるのか?
「この通り。ギアスの書物に誓い、私ことジャンナ・エバルメシアを船長とし、更にグラン・ソマルニアを副船長とした貿易船を出すことを誓っています。そして、船員達には通常の倍の給金を払うことを誓っています。これでも信じられませんか?」
「……ギアスの書物。誓ったら、絶対に実行しないといけない契約の書物だ。それに誓ったとなれば……どうやら、この嬢ちゃんら本気のようだぜ?ジュウジ、ティジー」
……よく分からないけど、凄いものだということは分かった。
「わ、分かった。それじゃあえっと、今回の契約としては月々10コルド払うこと、それとその貿易が終わり次第、君のお父さんに聞きたいことがあるんだけど、それを約束してくれるかな?」
「それくらいでいいなら、構いません。父様に面会を求められた場合、許可すると父様は言っていましたし」
……よし、これでコネクションを入手することは出来た。あと問題なのは俺が生き残れるかどうかだけど、まぁ問題ないだろう。そんな気がする。
後は色々と聞きたいことを聞こう。
「ねぇ、ジャンナちゃん。君が船長をやるって言ってたけど、出来るのかい?荒くれ者共を纏めるには腕っ節も必要だし……」
「ご安心を。私は魔法を嗜んでいるのです。そこら辺の荒くれに負ける通りはありません」
……アハハハ、魔法か。魔法ってか。おいおい、ついに別の世界って可能性も出てきたじゃんかよ。てか、そっちの方が納得いくから困るわ。
この世界に日本という名前が知られてないのは、イルキスって何処か。そもそもなんで俺はこんな所にいるのか=異世界とか魔法とかで何とかなるんじゃね?で解決できるもんなー。可笑しいなー、俺 神様転生とかしたっけ?そもそも、そんな予兆とかあったっけ?
俺、殺されてなんかいないし、事故起きたわけでもねぇぜ?ただ単に先輩の家で飲んでたら、トリップって……ハハハ、なにそのハード人生?
「……?なに泣いているんです?」
「あ、うん……なんでもないんだ。気にしないで」
……あーうん。とにかく気を取り直そう。まず第一に魔法とかがあるんだったら、保存の魔法とか氷の魔法とかがあるはずだよな?
なら、壊血病対策としてレモンを何十個か買っておかないと……。あ、これってジャンナちゃんの方で買ってもらえるのかな?
「なぁ幾つか治療の為に買っておきたいものがあるんだけど、そっちが金を負担してくれるかい?」
「はい。10コルド以内ならこちらが負担しましょう」
「なら、レモンとレモンを保存する為の魔法を何とかしてくれないか?あとは熱病に効く薬、傷に効く薬、腹痛に効く薬、あと酔い止め辺りの薬を。あとは骨折した時の為の布を何枚か。それを10コルド以内で済むように買ってくれ」
「分かりました。では、一週間後 港の第十二番倉庫に来てください。そこが私の船の置き場です」
「オーケー、分かった。それじゃあ一週間後に会おうな」
そういうと、ジャンナと皮鎧の金髪女性は酒場を出て行った。どうやら、彼女らの今の役目は船員を集めることだったみたいだな。……てか、俺みたいな医者もどきで船医が務まるのだろうか?
まぁ彼女らが問題ないなら、俺は構わないけど。とりあえず、まずは……。
「マスター。一週間の間、ここに寝泊りさせてくれませんか?お店とか手伝いますから」
「……あぁ、構わないぞ」
アレから一週間たった。一週間たって、色々と分かったけど、第一にこの国、というかこの世界は俺のいた世界と間違いなく違うということだ。
理由としては幾つかあるけど、まず第一に魔法の存在。この世界には外魔力と言うものが存在するらしい。で、魔法を使うにはその外魔力を自分の中に取り込んで、世界を改変するとか何とかで魔法が使えるようになるらしい。俺も詳しい話を聞いたわけじゃないんで、よく分からない。
次に魔物と魔獣と複合種と接続種の存在だ。魔物は所謂一般的なファンタジーに存在する魔物と同じらしい。ゴブリンとかスライムとかコボルトとかその辺りの存在がこの世界には普通に存在する。事実、俺も仕事初日にスライムとであった。……お客として。
この世界では魔物を迫害することなく、普通の人間と一緒に暮らしているし、人間と魔物での結婚もありえる。一言で言えば、魔物という人種のようなものであった。種族は人間で言えば、部族みたいなものだろうか?まぁどうでもいいが。
魔獣についても、大体は一般的なファンタジーと同じような存在だ。人に害をなす者。それが魔獣。これはこれで元いた世界と変わらないらしい。
次に複合種と接続種について。これについては簡単。複合種は人間と魔物の間に出来た子供のこと。
そして、接続種は特殊な魔法で自身の体の一部が危険な魔獣と繋がったもの、また命を共有することになった人間のことを言う。接続種と繋がっている魔物は人間側の命令をよく聞くらしく……その、接続種の力を利用する為に、接続種を奴隷にすることが多いらしい。……あんまり気分がいい話ではないな。
一週間で調べられたのはこれくらいだな。うん、よく頑張ったよ、俺。
さぁてと……ここは第十二番倉庫か。ここにジャンナの船があるんだよな?
「……んで、なんでティジーさんがここにいるんです?」
「いや~、あはははは。実はな、この前の航海で貰った金、全部賭博ですっちまってよ。んで、ジュウジさんの伝手で何とか、この船に働かせてもらえないかなーと思いまして……」
「まぁ、別にどうでもいいけど……。働けなくても俺を恨まないでくださいね?」
倉庫の扉を開けて、倉庫の中に入ると――。
「うぉ……なんだこれ、流石は異世界……」
――――そこには摩訶不思議な空間が広がっていた。
空中に浮かぶ全長300mはあろう巨大な帆船。その周りには十何人もの空を飛ぶ小さな魔物、妖精が宙を舞い、船を整備する。何人もの魔物達が船の中に荷物を運び入れている。
その傍らには人間が作業を指示し、その中でも筋肉質な男達は魔物に混じり、荷物の船に積み込んでいる。……こんな光景を見ると、俺は本当に異世界に着たんだなーと実感させられる。
「あ、船医さん。お久しぶりです、一週間ぶりですね」
「あ、あぁジャンナちゃん。久しぶりだね」
呆然と倉庫の中を見ていると、魔物達に作業を指示していたジャンナが話しかけてきた。どうやら、指示が大体終わったようなので休憩も兼ねてこちらに話しかけてきたみたいだ。
「えっと、こちらの方は?」
そう言い、ティジーさんに対して指を刺す。
……あぁ、そう言えばティジーさんの名前とか言ってなかったんだっけ?
「こっちはティジーさん。俺の先輩みたいな人かな?」
「よっす、船長。俺様はティジー。この船で働かせて貰いたいんだけど、いいかよ?」
その言葉に対してジャンナは微笑みながら。
「はい、構いませんよ。丁度、一人船員が欠けてしまったことだし。丁度良かったです」
「おぉ!ありがとよ!船長!」
うん、ティジーさんが船員になってくれてよかったわ。流石の俺も見も知らぬ人間と直ぐに仲良くなれるかと聞かれたら微妙だったし、少しだけと気が知れた人がいれば俺としては安心だ。
「それじゃあティジーさん。早速ですけど、ゴブリンさん達とうちの船員達の手伝いとして荷物を運び入れてくれませんか?船医さんは私と副船長が話があるので、船まで来てください」
「おうよ、任せときなよ!」
「うん、了解」
そのままティジーさんは他の船員達に混ざり、荷物を運び入れに行く。
そして、ジャンナは俺に向かって、「こちらへ」と小さく言うと、そのまま船の方向へ歩いていく。それに小さく頷き、俺はジャンナの後ろをついていく。
空へ浮かんでいる船と地上を繋ぐ橋を渡り、船の中に入っていく。
船の中はランタンの様な物も無いのに明るい。多分だけど、魔法を使ってどうにかしているのだろう。部屋は軽く船内を歩いただけで10部屋以上確認されている。
この大きな船を見ていると、この貿易にエバルメシア財閥?いや、貿易会社は本気でこの貿易を成功させるつもりなんだな……。
「つきましたよ。ここが船長室兼副船長室です。ちょっと待っててください。tg@03:.……」
ジャンナは扉の目の前に立ち、小さく言葉を詠唱する。多分、あれは魔法を使う為の儀式みたいなものだろう。何となく分かった。
何故かと言うと、言葉を詠唱すると同時にジャンナの身体が光ったから、何となくそうなんだろうな、と思ったのだ。
「よし……副船長、ジャンナです。船医さんを連れてきたんで入ります」
「あぁ、分かった。入ってくれ」
ジャンナの言葉に扉の奥にいる人物は答えた。それに対して、ジャンナはこちらを見て、小さく首を振る。それに釣られ、俺も首を縦に振ると、ジャンナは扉を開けた。
その部屋は船長室というよりは何処かの家の執務室と呼べる部屋に近かい。飾り気は無く、部屋には本棚が一つと机が一つしかない。しかも、その本棚も半分も埋まってなかった。多分、この部屋の主は几帳面かつ綺麗好き人物なのだろう、俺は思ってしまうほど。
そして、部屋の中心には一人の男性がいた。多分、年齢は見た目から察するに20代後半くらい。髪の色は赤く、肌は浅黒い。身の丈ほどの蒼い燕尾服を纏って、俺達の方を見ていた。
「君が、トダ・ジュウジ医師だね。私はグラン・ソマルニア。この船の副船長を務めている」
「あ、はい。戸田十字です。その、よろしくお願いします」
差し出された右手を握り返し、俺は改めてグランさんの顔をみる。……顔立ちは日本人に近いけど、微妙に違う。多分、日本人とイギリス人辺りのハーフだって言われたら、俺は信じそうだ。
「とりあえず、まず契約の確認から。その後、船の航路を話したいんだが、構わないかな?」
「問題ないです。それと、私が頼んでおいた荷物は?」
「それに関しては、心配しなくても結構です。ちゃんと薬は医務室に運び込んでおきましたから。レモンに関しては、食料庫に他の物と一緒に保存の魔法をかけています」
よし、それなら問題ないな。
それじゃあまずは契約の確認からか……。
※この小説は中世大航海時代をベースにして書いています
因みに中世大航海時代に医学にちょっと詳しい人がトリップした場合、多分余裕で船医にはなれます
戸籍とかに関しては、中世はその辺曖昧なので割とマジで何とかなります