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FAINT SUNSET  作者: 長村 八
ようこそ夕暮れ会へ!
9/22

 その日は安静にしておけという保険医の先生からの言いつけがあったので、ずっと部屋にいた。

 でも部屋にいるだけって、とても退屈だ。私だけだと何か起きた時に大変だということで、一緒に(ゆえ)がいてくれるものの、彼女はさっきから手元の分厚い文庫本に夢中になっている。

 さっきタイトルを聞いたら知らない本だったので、何か会話を始めることもできず。

 結って何読むんだろう。ミステリー? ファンタジー? ホラー? もしかして大穴で恋愛話とか?

 ……わからん。そしてつまらん。

 私が退屈に耐えかねて大きな欠伸をすると、結も小さく口を開けた。

「あ、うつった?」

「……うるさい」

 こちらを一瞬だけ見てすぐに本に視線を落としたが、そのうち眉間に皺が寄っていく。

 どうしたんだろう、切ないシーンなのかな? これはやっぱり恋愛だろうか……。

「ちょっと、七和(なお)

「ん、何?」

 やっと構ってくれるのか!

 目をキラキラさせて結を見ると、そこには思いっきり不機嫌な顔をした彼女の綺麗な顔があった。

「あんたが変なこというから集中力が切れたじゃない、どうしてくれるのよ」

 うーん……どうしようもない、かな? というかそれ、私の所為なの?

 でも本を読むのをやめてくれたのは、私にとっては嬉しい。

「ねぇ、結の能力ってどんななの?」

「何急に言い出すのよ」

 そんなしかめっ面で返さなくてもいいじゃん。そんな顔でも美人なのが腹立つよ全く。

「いやー情報集め、みたいな。自分のことだって言われてもよくわかんないし、他の能力についてもわかってた方が考えやすいかなって思って」

 笑顔でそう言うと、結は意外そうに私を見た。

「なんだ、ちゃんと考えてるじゃないの」

「ちゃんと考えてないと思われてたのね、私は……」

 もう私のことはいいから結のこと教えてってば!

 そう言うと、結は渋々ながらも話し始めた。

「あたしは……小さい頃にこの目に取り憑かれたの」

「目って……ああ、結の能力ってメデューサの目……だっけ」

「そう。幼稚園の時だった。ただ道を歩いてただけなの。

 そしたらいきなり右目に何かがぶつかって、痛くて痛くて泣きながら家へ帰ったわ。鏡を見て驚いて、そのまま五分くらい固まってたわ」

 これはきっと、『驚きで固まった』という訳ではないだろう。

 神話にもあるようにメデューサは自分の目を鏡で見てそのまま石になり、倒された。

 つまり結も自分自身を石にしてしまったということだ。

「人に取り憑いて力を使っているだけあって、力が弱くなってたのが幸いだったわ。石にはならなくてすんだの。

 両親に話してみても信じてくれない。だから目を直接見せようと思ったのだけれど、そうしたら動けなくさせてしまうでしょう? だから……」

 結は唇を噛んだ。相当その時苦労したんだろう。

「さすがに母親が変だと思ったらしくて、眼科に連れて行ってもらったの。

 眼科ってことは目を見られる訳よね、それで目を覗き込んだ医者の時を止めてしまって……。彼はそのまましばらく動かなかった。母親も看護士も凄く取り乱して。

 どうにかして戻してって言われても戻し方なんてわからない。

 その後、家の方がお金にものを言わせてどこにも口外しないようにしたらしいわ。そんなことをする家も嫌いだし、親も嫌い。

 でもそうしないでどうやって説明つけるつもりだって言われて、何も言えなかった。

 自分でもその時信じられなかったの。こんな特殊な能力があったなんて。凄く、怖かった」

 その時のことを思い出したのか結は小さく身震いして、私を見た。そして弱々しく笑って、俯く。

 軽々しく聞いてしまったのが恥ずかしい。

 そうだ、私だって事故のことを心也(しんや)に話した時、凄く勇気が必要だった。結もそうに違いないんだ。

 辛そうな結の顔が、少しだけ和らいだ。

「あたしが中学生になる頃に父親が夕暮(ゆうぐ)れ会のことを調べて教えてくれた。あたしは嬉しかった。だって、自分一人で悩んでたと思ったらこんなに沢山、同じような仲間がいるんだもの。安心したわ」

「……それは」

 つまり幼稚園から中学校まで誰にも信じてもらえずに過ごしてたってこと?

 そんなの、

「両親は得体の知れないものに関わってしまったあたしを気味悪がってたから。しばらく遠ざけてたんだけれど、さすがに我慢できなくなったんでしょうね。さっさとここに入って、その訳の分からないものを直して来いって言われたわ。

 で、行ってみたら十六歳からじゃないと入れないんだって言われて。

 春咲(はるさき)高校に新しく支部ができるって言われて、ここに入ったの。寮だったし。両親と顔合わせなくて住むじゃない」

 ……何も言えなかった。

 結がそんな苦労をしてたなんて。

 結がそんなに苦しんでたなんて。

 一人で戦ってたなんて。

 私なんて高校で初めて力のことを知って、しかも既に周りには仲間がいて、理解をしてくれる。

 でも結はそれを知らない期間が長い間あった。

 それって、凄く辛いことだと……。

「ちょっと、何泣いてんのよ!」

「え」

 結に指摘されて初めて気が付いた。

 私、泣いてる。

「同情なんて嫌よ。そんな中途半端に気持ちをわかった風にされるなんて、たまったもんじゃないもの」

 違う、これは、同情じゃない。

「私って、恵まれてるなぁって」

「はぁ?」

「なんか、凄く幸せなんだなぁって思ったの。結と比べるのは悪いことだと思う。でも、周りにはもう仲間がいるし、一人で戦ってない。卑怯かもしれないけど、私、幸せだなって思った」

 ほんと、失礼な話だ。

 私は両親のことが好きだ。おばあちゃんの家も。でも結は、両親も家も嫌いらしい。

 それって、嫌いにならないでよかった環境が私の周りにはあったってことで、だから、つまり。

 自分でも何がなんなのかわからなくなってきた。

「……馬鹿みたい」

「、ごめ」

 ん、と言い切る前に結が口を開いた。

「幸せなのって、いいことじゃない。存分に幸せになればいいわ。誰にでも幸せになる権利はあるんだから。

 そんなことで泣く必要なんてないのよ。卑怯なんてこともない。だって、人間っていつでも自分を中心に考えちゃうから。あたしだってそうだし。こんなことで卑怯なんて思わないでほしい」

 それに、と私の方をちらりと見て表情を柔らかくする。

「勘違いしてるみたいだけど、あたしは自分が不幸だなんて思ってない。こうなるのも人生だし、これはこれでちゃんと楽しんで生きてるから心配しないで」

「……ありがと」

「お礼なんて言うくらいならその汚い顔をどうにかしなさいよね」

 その言葉に私は少し笑う。

「そう、笑ってた方がいいわよ。七和は」

 心也みたいなことを言うなぁ。

 結は話は終わり、というように再び文庫本を開いた。

「……七和。そうやって卑怯だと思ってるところも隠さないで全部話してくれるのは、好きよ」

 しばらく時間が経ってから聞こえてきた小さな呟きは、私を笑顔にさせるのに十分な薬だった。

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