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FAINT SUNSET  作者: 長村 八
ようこそ夕暮れ会へ!
7/22

 私が次に目が覚めたのは真っ暗な闇の中だった。

 酷く頭が痛い。立たされたまま気を失っていたようで、体の節々が少し動く度に悲鳴を上げる。

 どこ、ここ。

 両腕を横にのばしてみると、すぐに金属の冷たい壁に触れた。どうやらとても狭いところのようだ。

 えっと、落ち着け。落ち着けよ、私。

 深く深呼吸したら埃っぽくて咳き込んだ。

 私は食堂でご飯を食べていた……いや、食べようとしていた。

 おばさんと話してたらとても眠くなって、そのまま倒れた。

 そうだ、あのおばさん。私を売るとか言ってた。

 売るって、どこに。もしかして現在進行形で売られてるの?

 どうしよう怖い。何も聞こえないし、何も見えない。

 気を失っているときの記憶を無理矢理思い出そうとする。でもやっぱりできない。そりゃそうだよね、そんなことできたら人間じゃない。

 ああだめだ、どうでもいいこと考えて現実逃避しようとしてる。

 現実を見ろ、現実を。

 私は今、何処か埃っぽくて狭いところに閉じ込められている。幸いなことに、手足の自由もあるし、口にも何も被せられていない。

 耳を澄ます。……何も聞こえない。

 時間帯的に考えて、今は夜だろう。皆寝てるから静かなのか、それとも私に何も聞こえないようにされているのか。

 現状は把握できた、筈だ。

 次はどうやったらここから出られるかだ。

 あまり派手に動くとあの人に気付かれてしまうかもしれない。

 私はできるだけ慎重に、でも強く隣の両壁を押してみる。びくともしない。

 次は前後を押してみる。……前の方に少し手応えがあった。隙間から少しだけ光が見える。

 私は両手を前の壁に突き、全体重をかける。小さくカタンと音が鳴りびくりとしたが、人の気配はない。

 体の側面を壁に押し付けて、勢いよく押した。

 ……なにかガムテープのようなものが破ける音がしたような気がしたとき、箱ごと私は前に倒れた。

 ガターンと床に金属が叩き付けられる、物凄い音がする。

 うわぁ、やっちゃった。痛いと思いよりも先にそう思った。

 もう私は何処か知らない人のところへ売られていく運命なんだわ。

 バタバタ誰かが走る音がする。

 そりゃそうよね、商品に傷なんてついてたら買ってもらえないもの。慌てて確かめにくるに決まってる。

 心の中で今まで育ててくれたおばあちゃんに謝る。

 ごめんね、入学早々、変なのに捕まっちゃった。最後にもう一回会いたいなぁ。もう一回くらい、おばあちゃんのご飯食べたかったよ。おじいちゃん、もう三年くらい前に死んじゃったけど、私ももう少ししたらそっちに逝くことになるかもしれない。その時は迎えにきてね。

 ドアが開いた。驚いて息を呑む音。

 怒鳴られるかと思ったら、

「いた! いたわ! こっち、はやく!」

 聞こえてきたのは(ゆえ)の声だった。

 その後に何人かの足音がして、心也(しんや)夜人(より)一角(いっかく)さんの声も聞こえた。

七和(なお)、いる? 返事して!」

 切羽詰まった結の声に驚きながらも私は声を上げる。

「いる! どうしたの、私……っ!」

「大丈夫、今出してあげるからねー」

 心也の優しい声が聞こえて安心したら、私は箱と共にもとの直立の状態に戻された。

 重くないかなぁ、大丈夫かなぁ。

 何かを乱暴に剥がす音がして、ドアが開けられる。

 正面には心也と結と夜人と。少し離れたところに一角さんが立っていた。

 喉に大きな塊がつっかかる。飲み込もうと思ったけれど、無理だった。

「こ、怖かった〜……」

 前に倒れ込むようにして泣きながら外に出ると、心也が抱きとめてくれた。

「よしよしー、頑張ったね。もう大丈夫だからね。怖かったねー……」

 髪を梳くように頭を撫でられて、涙が止まらなくなる。

 死ぬかと思った。ほんとにどこか遠いところに連れて行かれちゃうのかと思った。

 心也に抱きついて泣く私を、皆は優しく見守っていてくれた。



 気が付いたら保健室のベットの上だった。

 薬品の匂いが私を包んでいる。

「え、あ、あれ?」

 飛び起きた私の隣には、座ったまま寝てしまったらしい結の姿。

 眼帯をとっていて、顔全体がちゃんと見える。……くそう、やっぱり美人だ。

「……結?」

 起こすのは悪いかと思ったけど、そんな格好で寝ていたら辛いだろう。軽く肩を叩く。

「……あ、ごめんなさい、寝てたみたいね」

 ぱちりと左目だけを開け、右目はさっと手で隠してしまう。

 そしてそのまま隣に置いていた眼帯をつける。

 一瞬見えたその目は、黄色い綺麗な色をしていた。

「心也があんたをここまで運んでくれたのよ。彼の制服ぐしゃぐしゃにしたんだし、後で謝っときなさいよ」

「うん……」

 思いっきり制服握りしめちゃってたしな。ごめん。

 結は居住まいを正し、背筋を伸ばして私を見た。

「あんたが誘拐された理由を話します」

「は、はい」

 私も思わずぴしりと背中を伸ばす。

 結は、ゆっくりと話しだした。

「あんたが部屋から出て行って、いつまでたっても帰ってこないから一角さんに電話したの。そしたら、学校の結界が一部壊れてて、そこから何かが侵入した可能性があるって言われて……。

 夜人からも連絡が入って、あんたを捜そうって話になったの。それで、心也と夜人と合流して、あんたを寮中、学校中探した。

 食堂で低級悪魔を見つけたわ。あんたの居場所を吐かせようとしたら自分で毒薬を飲んで死んでしまったけれど」

 あのおばさん、悪魔だったのか。

 死んでしまった……いくら相手が悪いとはいえ、自分に関わりがある他人の死って嫌なものだな。

 布団を握りしめると、結がそっと私の手に自分の手を添えてくれた。

 少しだけ微笑んで、続きを促す。

「また死ぬ気であんたを捜してたら、いきなり物凄い音が聞こえて。あんただって直感したの。

 駆けつけてみたら掃除用具箱の中に閉じ込められてるじゃない、びっくりしたわ。

 ドアのところに貼られてたガムテープが少し破れかかってたから、自力で脱出しようとしたんだって、ちょっと見直した」

「それって、私はそんなに根性ない奴だと思ってたってこと?」

「だって、すぐに泣くんだもの」

 ……感情が豊かだと言ってよ。

 添えられた手から伝わってくる結の体温が、こんな現実味のない話でも事実なんだってことを教えてくれる。

「結って、やっぱりいい奴じゃん」

 思わずぽつりと呟くと、結はきまり悪そうな顔をした。

「その、あの……昨日は、あんなに酷いこと言って、ごめんなさい」

 俯きながらそう言ったから、結の顔はよくわからなかったけれど、声がとても真剣なものだった。

「いいよ、仲直り。ね?」

 結の手をゆるく握ると、ほっとしたように彼女の手から力が抜けた。

「ところで……」

 さっきから視界の端にちらつくものが一つ。

 私は隣の机においてあったノートを掴む。

「これ、なに?」

「わーーーーーっ、見ないで! 見ないで頂戴!」

 バタバタ腕を振り回して必死にノートを取り戻そうとする結を押さえつけ、ノートを開く。

 えーと、なになに?

『七和ともとの状態に戻るには』……? 何これ。もとの状態に戻る? つまり仲直りってこと?

 続きにはこう書いてある。

『あたしの悪いところ。一、何も考えずにものを言うところ。二、遠回しな言い方ができないこと』など、その数三七個。

 え、これって、私と仲直りするためにはどうしたらいいか一から考えてたってこと?

「結、もしかして私が部屋出てった時に書いてたのってこれ?」

「っ、そんな訳ないじゃない! 勉強してたのよ、勉強っ!」

 そんな顔で言っても説得力がないし、あの時の何か言いかけたのは、たぶん、ごめんと言うためだろう。

 なんだもう、やっぱり結っていい奴だ。

「いいからそれ返してよ」

 真っ赤な顔が可愛い。

「ねぇ、結」

「何」

「私、貴女のこと凄く好きかも」

「な、何言ってんのよ!」

 本当に、そう思うんだもん。

 口は本心と真逆。その心はとても優しいことを思ってる。そのことを知ったら、もう結を嫌な奴だとは思えない。

 私がにっこりと笑うと、結は赤くなって、それから小さく微笑んだ。

 後から聞こえてきた、あたしも好きよという言葉が、とても嬉しかった。

「それで、ね、結……お願いがあるんだけど」

「何よ」

 どこか嬉しそうな声音に、やっぱり結って世話好きのいい子だと思う。

 私はキラキラ光るその瞳に向かって言った。

「お腹空いちゃった。何か食べたい」

 ちょうどいいタイミングでお腹がぐーっと鳴る。

 結が一気に脱力して馬鹿じゃないの、と言ったのは半分聞いて受け流した。

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