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寮の部屋に帰って、しゃがみ込んだ。我慢していた涙が次々に流れ落ちる。
喧嘩をしても、この前みたいに後悔はなかった。
だって今回は私、ちゃんと冷静だったし。……最初は。
それに、結を傷つけるようなことも言っていない、はず。うん、言ってない。
だから、悪いのは全部結だもん。
あんなに酷いこと言うから、私だって我慢できなかったんじゃない。
それ以上考えると自分のボロを発見しそうだったので、私はおにぎりの包装紙を破る。そりゃもう、ビリビリに。もう海苔が破けてようが、気にしない。でも、ちょっと買ってきてくれた夜人に悪いかなと思う。
そしてそのままかじりついた。
梅の酸っぱさがなんだか私をもっと泣かせる。
二つ目は鮭だった。優しい味が、もっともっと泣かせる。
袖で目尻の辺りをぐいと拭ったら、痛くなってしまった。それもなんだか情けない。
もうなんだか全部どうでも良くなってベットに倒れ込んだ。
久しぶり泣いて疲れたらしい。目を閉じたらそのまま眠りに落ちた。
気が付いたら夜になっていた。
嘘だろ、一日の半分もふて寝に費やしてたのか、私。
しかも三時からの会議、思いっきりすっぽかしてしまった……!
誰か呼びにきてくれてもいいじゃんか。そう思ったけど、女子棟は男子禁制、そうなると呼びにくるのは結になる訳で。
それなら、来なくても当然かもしれない。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
とりあえずお腹が空いた。人間、寝てるだけでカロリーを消費するというのは本当だったらしい。
食堂へ行こうと起き上がると、向かいの机に結が座っているのが見えた。
何かを必死に書いてる。……勉強だろう。熱心なことで。
私は音を立てないようにベットから降りる。
でもここは静かな部屋の中だ、気付かれてしまったらしい。結がはっとしたようにこちらを見る。そして何か言いたげに口を開く。
今結から何も聞きたくない。聞いてしまったら、もっとこじれてしまいそうな気がする。
私は黙って部屋のドアを開けた。
もう遅い時間だったからか、食堂に人はいなかった。
ちなみに春咲高校の寮は、男女で棟が違い、その棟は向かい合わせに建っている。食堂はその真ん中に建っている建物だ。
食堂は共同で使い、男女交流を深める……だかなんだか、配られた『寮生の心得』という冊子に書いてあった。
男女交流って何、彼氏彼女でも作れってことですか。
イライラしているからか、全てを斜めに見てしまう。気にくわない。
「あらあら、どうしたの、こんな時間に」
無言でテーブルに座る私に、食堂のおばさんが話しかけてくる。
「ちょっと寝てたら遅くなっちゃって。まだ何か作ってもらえますか」
人に当たるのはよくないことだと思う。
この前の心也の件で学習したから、なるべく笑顔で。それでも引きつってしまったのは、しょうがないよね。
「ええ、勿論。そのためにあたしたちはここにいるんだからね」
目を細めて優しく微笑むおばさんに、思う。
お母さんって、こんな感じなんだろうか。
「誰かと喧嘩でもしたの?」
厨房から投げられた質問に、ぎくりと体を固くする。
なんだこの人、超能力者か。心読めちゃったりするのか。
恐る恐るおばさんを見ると、その優しい笑顔で更に心の中を読まれた。
「しかも喧嘩の原因は相手にある、でもあんたはお人好しだから自分にも非があるんじゃないか、とか思い始めちゃってる」
「……その通りです……」
確かに、今でも結には腹が立っている。
でも能力のことが微塵もわからない自分にも、腹が立っている。
何か手がかりがあればいいのに。その手がかりを見つけ出せないことにも腹が立っている。
「もう、なんなのか全然わかんなくって。人に訊いても自分自身のことだから何ともならないし」
溜息混じりにそう言うと、おばさんはハハハ、と明るく笑い飛ばした。
「自分自身のことだったら自分で解決するしかないじゃないか」
「それは、そうなんですけど……」
どうやって解決したらいいのかわからない。
何か大きなことでもしてみればいいのか? それこそ、事故に遭ったときのような。そうしたら何かわかるのか?
……嫌だ、あんなに怖い思いをするのは、もう二度とごめんだ。
「お待たせしました」
おばさんがごはんを運んできてくれた。
ご飯に味噌汁、漬け物が少しと豚の生姜焼き。いい匂いが鼻をくすぐる。
「いただきます」
「はい、どうぞ〜」
一口味噌汁を啜ると、温かい美味しさが体に染み渡った。
「……美味しい」
「そう? よかったよ。落ち込んでるときはとりあえずお腹いっぱいにしないと。余計寂しい思いになっちゃうからね」
おばさんは私をしっかりと見つめる。
その目は優しさに満ちている目だけれど……なんだかとても怖い。
人が傷ついても何とも思わないような冷たさが、欲にまみれた汚い色が、その奥に見えた。
絡みとられたように目が離せない。
「え、あ」
急に体が思うように動かなくなる。箸を落とす。
腕に力が入らない。頭も下がる。
瞼がどんどん重くなり、目を閉じた。
「なんだい、ちょろいもんだね。難しいかと思ったんだけど。アホだねぇあんた、人のこと簡単に信じてさ」
おばさんの声が遠くに聞こえる。
「……珍しいものが手に入ったね。どこに売ろうか」
売る? 私を?
それに珍しい? それって、能力のこと? それとも別のこと……? でも他にこんな人に狙われる理由なんて持ってない。
わからない。声を上げたくても、のどが上手く使えない。乾いた息が漏れるだけだ。
私はそのまま誘い込まれるように眠りに落ちていった。
「ねぇ、アザリア。あんたはどこに行きたい?」
おばさんの声は、もう聞こえなかった。




