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FAINT SUNSET  作者: 長村 八
ようこそ夕暮れ会へ!
6/22

 寮の部屋に帰って、しゃがみ込んだ。我慢していた涙が次々に流れ落ちる。

 喧嘩をしても、この前みたいに後悔はなかった。

 だって今回は私、ちゃんと冷静だったし。……最初は。

 それに、(ゆえ)を傷つけるようなことも言っていない、はず。うん、言ってない。

 だから、悪いのは全部結だもん。

 あんなに酷いこと言うから、私だって我慢できなかったんじゃない。

 それ以上考えると自分のボロを発見しそうだったので、私はおにぎりの包装紙を破る。そりゃもう、ビリビリに。もう海苔が破けてようが、気にしない。でも、ちょっと買ってきてくれた夜人(より)に悪いかなと思う。

 そしてそのままかじりついた。

 梅の酸っぱさがなんだか私をもっと泣かせる。

 二つ目は鮭だった。優しい味が、もっともっと泣かせる。

 袖で目尻の辺りをぐいと拭ったら、痛くなってしまった。それもなんだか情けない。

 もうなんだか全部どうでも良くなってベットに倒れ込んだ。

 久しぶり泣いて疲れたらしい。目を閉じたらそのまま眠りに落ちた。



 気が付いたら夜になっていた。

 嘘だろ、一日の半分もふて寝に費やしてたのか、私。

 しかも三時からの会議、思いっきりすっぽかしてしまった……!

 誰か呼びにきてくれてもいいじゃんか。そう思ったけど、女子棟は男子禁制、そうなると呼びにくるのは結になる訳で。

 それなら、来なくても当然かもしれない。

 自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 とりあえずお腹が空いた。人間、寝てるだけでカロリーを消費するというのは本当だったらしい。

 食堂へ行こうと起き上がると、向かいの机に結が座っているのが見えた。

 何かを必死に書いてる。……勉強だろう。熱心なことで。

 私は音を立てないようにベットから降りる。

 でもここは静かな部屋の中だ、気付かれてしまったらしい。結がはっとしたようにこちらを見る。そして何か言いたげに口を開く。

 今結から何も聞きたくない。聞いてしまったら、もっとこじれてしまいそうな気がする。

 私は黙って部屋のドアを開けた。



 もう遅い時間だったからか、食堂に人はいなかった。

 ちなみに春咲(はるさき)高校の寮は、男女で棟が違い、その棟は向かい合わせに建っている。食堂はその真ん中に建っている建物だ。

 食堂は共同で使い、男女交流を深める……だかなんだか、配られた『寮生の心得』という冊子に書いてあった。

 男女交流って何、彼氏彼女でも作れってことですか。

 イライラしているからか、全てを斜めに見てしまう。気にくわない。

「あらあら、どうしたの、こんな時間に」

 無言でテーブルに座る私に、食堂のおばさんが話しかけてくる。

「ちょっと寝てたら遅くなっちゃって。まだ何か作ってもらえますか」

 人に当たるのはよくないことだと思う。

 この前の心也(しんや)の件で学習したから、なるべく笑顔で。それでも引きつってしまったのは、しょうがないよね。

「ええ、勿論。そのためにあたしたちはここにいるんだからね」

 目を細めて優しく微笑むおばさんに、思う。

 お母さんって、こんな感じなんだろうか。

「誰かと喧嘩でもしたの?」

 厨房から投げられた質問に、ぎくりと体を固くする。

 なんだこの人、超能力者か。心読めちゃったりするのか。

 恐る恐るおばさんを見ると、その優しい笑顔で更に心の中を読まれた。

「しかも喧嘩の原因は相手にある、でもあんたはお人好しだから自分にも非があるんじゃないか、とか思い始めちゃってる」

「……その通りです……」

 確かに、今でも結には腹が立っている。

 でも能力のことが微塵もわからない自分にも、腹が立っている。

 何か手がかりがあればいいのに。その手がかりを見つけ出せないことにも腹が立っている。

「もう、なんなのか全然わかんなくって。人に訊いても自分自身のことだから何ともならないし」

 溜息混じりにそう言うと、おばさんはハハハ、と明るく笑い飛ばした。

「自分自身のことだったら自分で解決するしかないじゃないか」

「それは、そうなんですけど……」

 どうやって解決したらいいのかわからない。

 何か大きなことでもしてみればいいのか? それこそ、事故に遭ったときのような。そうしたら何かわかるのか?

 ……嫌だ、あんなに怖い思いをするのは、もう二度とごめんだ。

「お待たせしました」

 おばさんがごはんを運んできてくれた。

 ご飯に味噌汁、漬け物が少しと豚の生姜焼き。いい匂いが鼻をくすぐる。

「いただきます」

「はい、どうぞ〜」

 一口味噌汁を啜ると、温かい美味しさが体に染み渡った。

「……美味しい」

「そう? よかったよ。落ち込んでるときはとりあえずお腹いっぱいにしないと。余計寂しい思いになっちゃうからね」

 おばさんは私をしっかりと見つめる。

 その目は優しさに満ちている目だけれど……なんだかとても怖い。

 人が傷ついても何とも思わないような冷たさが、欲にまみれた汚い色が、その奥に見えた。

 絡みとられたように目が離せない。

「え、あ」

 急に体が思うように動かなくなる。箸を落とす。

 腕に力が入らない。頭も下がる。

 瞼がどんどん重くなり、目を閉じた。

「なんだい、ちょろいもんだね。難しいかと思ったんだけど。アホだねぇあんた、人のこと簡単に信じてさ」

 おばさんの声が遠くに聞こえる。

「……珍しいものが手に入ったね。どこに売ろうか」

 売る? 私を?

 それに珍しい? それって、能力のこと? それとも別のこと……? でも他にこんな人に狙われる理由なんて持ってない。

 わからない。声を上げたくても、のどが上手く使えない。乾いた息が漏れるだけだ。

 私はそのまま誘い込まれるように眠りに落ちていった。

「ねぇ、アザリア。あんたはどこに行きたい?」

 おばさんの声は、もう聞こえなかった。

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