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心也と別れて寮へ向かうと、部屋割りが玄関に張り出されていた。
そういえばまだ見てなかった……。
荷物はもう運んでくれている筈。
込み合っている玄関の中、私は一番上からさっと視線を落としていく。
一年F組、天羽七和……あった! 二一七号室。
ルームメイトは一年F組、蛇ノ目結……って、ええ!
結って、あの結? さっき私が怒鳴った相手?
え、他にルームメイトっていないの、え、二人部屋? それにF組ってことは、同じクラスってこと?
少し狼狽えてしまったが、さっきの心也の声を思い出す。
その場で大きく深呼吸、気分を落ち着かせる。
大丈夫、おばあちゃんだって気持ちをこめて謝ればちゃんと伝わるって言ってたし。
私は自分の気持ちを確認する。
……うん、謝りたい。結に悪いって思ってる。
そう思ってるってことは、私は結に謝れる権利があるってことだ。そして、わかってくれる可能性もあるってこと。
もう一度深呼吸をして、前を向く。
いざ行かん、二一七号室へ!
そう思って部屋へ来てみたけれど、結はいなかった。
なんでだろう、時間的には結の方が先に帰ってる筈なのに。
急に心配になってきた。
もしかして急に具合が悪くなったとか? それとも誰かに絡まれてるとか? 結美人だからなぁ……。
「……探しに行こう」
夕飯の時間まではあと一時間ちょっと。それまでにはきっと見つかるだろう。
私がドアを開けて外に出ようとしたとき、
「ゔっ!」
「え」
私の額にドアがクリーンヒット。結が外側から同じタイミングで開けたらしい。
思わず額を押さえてしゃがみ込む。
結は何か言いかけたけど、ツーンとそっぽを向いてしまった。
「鈍臭いわね、それくらい気配でわかりなさいよ」
「じゃあなんで結は気配でわかんなかったのよ!」
ぐっと言葉に詰まるってことは結も気付いてなかったということだ。
彼女はもう一度ふんと鼻をならすと、私の横をすり抜けて自分の荷物へと歩み寄った。
しばらくガサゴソと音がしていたけれど、結がしつこい程こちらを気にしているのが見なくてもわかった。
もしかしてちょっとは悪いと思ってくれてるのか……? これは、ひょっとして。
私は今の姿勢からぴくりとも動かずにいた。とても痛いですー、というように、額に手を当てて。
ちっとも動かない私に、ついに結が歩み寄ってくる。
「あ、あの……その、大丈……夫? わ、悪かった、わね」
ぎこちないながらも私の聞きたかった言葉が彼女の口から出てきて、思わずにんまりとしてしまう。
その笑みを見たのか、結はカッと顔を赤くして、私から離れた。
その結の顔を見て、私の頭の中に一つの推測が浮かび上がる。
「卑怯だわ!」
「じゃあさっさと謝ってくれればよかったのに」
「こういう性格なのよっ!」
あ、認めた。
「結ってぇ……ツンデレ?」
「だ、誰がっ!」
はい、決定。
そう思うと、さっきの教室での出来事も納得いかないこともない。
きっと私のことを「何も知らない」と言ったのは、何か意味があったんだ。それがなんなのかはわからないけれど。
……というか、そう思ってないとまたくじけそうで怖い。
気を取り直してニコッと結に笑いかける。
「それで、結はさっきまで何してたの? 私よりも早く帰ってると思ったんだけど。いないから心配しちゃった」
「そんなこと、あんたに関係ないでしょ」
つれないなぁ。教えてくれてもいいじゃないか。
ちょっと粘ると、結は面倒そうに話してくれた(どうやら押しにも弱いらしい)。
「一角さんの言っていた通りなのか、調べて来たの。学校の前の大きな通りを少し歩いてきたんだけれど、それだけで七匹くらいの野良の黒猫、群れの烏を見たわ。確かに、異常よ。空気もなんだか淀んでるし」
そんなに沢山……。
私が息を呑んだのがわかったらしい。結は頬にかかった髪を払いのけながら言う。
「黒いものと言えばヴァンパイアだけれど……あの夜人って奴、どうも信用できないわ」
「そうそう、それ!」
純血だとか、なんだとか言ってたけど、あれ何?
そう訊くと、そんなことも知らないのかとお決まりの皮肉と一緒に、答えが返ってきた。
「純血のヴァンパイアっていうのは、もう絶滅寸前よ。世界中に二〇人くらいしかいないわ。真っ白な白髪と赤い瞳はその証。
他のヴァンパイアは大体人間とのハーフだったり、血が薄くなっているのがほとんど。根っからのヴァンパイアじゃないわ。
純血は夕暮れ会の中でものすごい権限を持っていて、重役にも多くついている。
しかも消えそうだっていうんだから、扱いももうトップスターレベルよ」
そんなに大層な人だったとは。
結が初対面であんなに狼狽える筈だ。
「でも結好かれてるよね、よかったじゃない」
「よくないわっ!」
結の手が、思いっきりばんっと近くの家具を叩く。ああそれ、私の本棚なのに……。
「なんであんな奴があたしなんかに惚れなきゃいけないのよ? 本当は一目見るのも難しいくらいの人なのに! 恋するならあたしじゃない人にしてほしいわ、全く!」
そんなに怒ることだろうか。私は他人から好意を持たれたら嬉しいけどなぁ。
「そういうことじゃないの。大体、あたしのこと好きになるなんて、純血のヴァンパイアを減らすって言ってるようなもんよ」
「そんなに血って大事なの? 好きなら好きでいいじゃん、面倒くさいなぁ」
「大事なのよ。しかも、あたしじゃあいつに釣り合いもしないのに、どうしてそんなこと言うんだか」
「そうかな? 結美人だし、夜人もなかなかでしょ。釣り合うと思うけど」
「違うわよ、能力的な意味で! ……って、どうしてさっきから、あたしがあいつを好きなこと前提で話が進んでるのよ!?」
いやいや、誰もそんなこと言ってないし、そんな風に物事を進めようとしてないけど。
でも口に出すと結に怒られそうだったのでやめた。
「あーもう、むしゃくしゃしてきたわ。ほら、さっさとその邪魔な段ボール、片付けちゃいなさいよ」
「そんな無茶言わないでよぉ」
段ボールはあと三つ程残っている。
私のもともとの性格である面倒くさがりも手伝って、これをさっさと片付けるなんて無理だ。
結は大きく息をつくと、私の前にしゃがみ込んだ。
「だらしないわね。手伝ってあげるから、早くしましょ」
……なんだかんだで優しいじゃん、結って。




