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『七和、泣かないで』
この状況に不釣り合いなくらい優しい声が、雨の音に紛れて聞こえた。
さっきまで嵐のように騒がしかった心がだんだん落ち着いていく。初めて聞く声なのに、ずっと前から知っていたような感覚に陥る。
「……誰?」
『二人を、見つけてあげる』
え?
足が、ほんの少し暖かくなった気がした。
あっと声をあげる間もなく、足が勝手に動く。
「ねぇ、あなた誰なの……?」
尋ねる声には答えてくれない。
導かれてついたのは、さっきまでいた場所から少し離れたところだった。
『早く、助けてあげて』
声はそう言い残して、もう聞こえなくなった。
助けてあげて? 二人は怪我でもしてるっていうの?
「結? 夜人? いるの?」
恐る恐る暗闇に声を投げてみる。すると、
「七和?」
とても小さい声だったけれど、私の耳はしっかりそれを拾った。
……結の声だ!
「結! 夜人は?」
そう言いながら、声の聞こえた方に足を進める。幸い暗闇に目が慣れてきていて、探しやすかった。
「怪我してるの」
結の声は少し震えてる気がした。それを隠そうとしてる必死さもわかった気がした。
耳を頼りに二人の方へ向かっていく。
「結! 夜人!」
木に囲まれて死角になりそうなところに、結と夜人が身を寄せあっていた。
結のふわふわの髪の毛が雨で顔に張り付いている。その隣で夜人が力無く笑っていた。
「夜人が足を怪我しちゃって。もう戦ってられなくなってここに逃げて来たの」
夜人の足首には結の手が置かれている。きっとそこを捻ったりしたんだろう。
乾いたように笑って、夜人は溜息をついた。
「もう馬鹿みたいだね、久しぶりにちょっと暴れたらこれだよ」
「いいから、動かないで」
立ち上がろうとした夜人を、結が止める。
私も夜人の足に触れてみる。軽く圧がかかると痛そうに顔を歪めてはいるが、腫れ具合などから判断するに骨は折れていないようだ。
『手に力を集めて』
……まただ、さっきの優しい声。
周りをふるふると見てみても、誰もいない。私の耳に直接囁いている感じの声だ。いるとしたらすぐ近くだと思ったんだけど……。
「七和?」
「どうしたの?」
しかも、私以外には声が聞こえていない……?
でも、この声の人物は信用してもいいみたいだ。さっきも二人のところまで案内してくれたし……。
「手に、力を集める……」
小さく呟いてスッと目を閉じる。
力なんて集めたことない。どうやってやればいいのか、わからない。
一つ大きく深呼吸。全神経を右手に集中させる。
すると嬉しそうに弾んだ声が聞こえてきた。
『そうそう、うまいわ』
手が少しずつ熱を帯びてくる。暖かい日光に照らされている感覚がする。
「光ってる……」
夜人の声が聞こえて、集中をとぎらせないように注意しながらそっと目を開いた。
自分で驚いた。
手のひらが光っている。
え、なんで? もしかしてこれが私の能力?
『集中して』
一人で色々考えていたら声に注意された。気を取り直してもう一度深呼吸して、同じように。
そうしてしばらくたったとき、また声が聞こえた。
『もういいわ、お疲れさま』
光がだんだん弱くなっていく。
結が夜人の足首に手を乗せる。軽く押す。
「痛くない……」
夜人の呆然とした声が聞こえたとき、物凄い疲れが襲ってきた。
頭痛が酷くて頭を抑えると、二人に肩をつかまれた。
「大丈夫?」
「初めて力を使った時はそうなることが多いんだ。力に体がついていけてないから」
「夜人の足が……どういうわけか治ったみたいだし、七和、あんたここに残ってた方が……」
「い、いいのいいの、大丈夫だから」
痛みは台風のように去っていく。どうやら一時的なもののようだ。
ツキヨを放っておいてここに来て、しかも自分は体調が優れないので待っている、なんてできるわけない。
なんとか一つ能力がわかった訳だし、どうにかして私も役に立ちたい。
「行く。私も、戦う」
直接コウモリと戦うことはできなくても、せめて……。
胸の前で拳を握ったとき、ツキヨがいるであろうところからドオンという音がした。
何かがすごいスピードで地面に落ちたような……。そこまで考えてハッとする。
「ツキヨが危ないわね」
皆考えていることは同じらしい。




