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不穏な空気が街全体に伝わっているのか、それとももともと人口があまり多くないからなのか、通行人とはすれ違わなかった。
さっきまであんなにすっきりと赤が見えていた空が、私の心を描いたようにどんどん薄暗く曇っていく。
二人に何かあったらどうしよう。大怪我とかしてないよね、大丈夫だよね。
自分にそう言い聞かせるけど、心臓は納得してくれないらしい。どんどん脈が速くなる。
「おい、大丈夫か、怖いのか? 震えてるぞ」
ツキヨにそう言われて気が付いた。
ツキヨの背中の毛を掴んでいる手が、ブルブルと震えていた。
「無理するな、降りるか?」
「降りない」
「でも……」
「大丈夫だから!」
二人が頑張ってるのに、私だけ安全なところにいるなんて、駄目だ。
仲間だもん、助けなきゃ。
山へ入った。
流石に昔よく来ていただけあって、ツキヨはずんずん走っていく。
真っ直ぐに大きな土煙の方へ向かっていく。
「っ! ツキヨ、上!」
なぎ倒された木が私たちに向かって降ってくる。
ちっと舌打ちをして彼は素早く横に飛んだ。ふわりと舞い上がる感覚がする。一気に地面が遠くなった。
思わず目をつぶったとき、ドオンという音とともに気持ちの悪い感覚が終わった。
「おい、怪我ないか」
肩を揺すられる。目を開けると狼の姿ではなく、心也の姿に戻ったツキヨが私を見ていた。……いや、戻ってないか。頭には狼の耳が、腰には立派な尻尾がついている。
いきなり出現したそのリアルな獣耳と尻尾を唖然と眺めていると、ツキヨは焦ったように私の手を取った。
「これが一番動きやすいんだ、ほら、行くぞ」
手を引かれて走り出す。
ぽつりぽつりと降り始めた雨のせいか、足元の土はぬかるんでいて走りづらい。
でもツキヨのしっかりとした足どりにつられて、私も進んでいくしかなかった。
「見えた!」
ツキヨが叫んで見つめた先の光景は、私には見えない。
オオカミの目だけにしか見えないその先で何が起こっているのか、私は不安で仕方がない。
急がないと……!
「結! 夜人!」
木の大群を駆け抜けて、広い場所に出た。……と思ったけれど、そこはもともと広かったのではなく、木が倒されて広く見えているだけのようだ。
いきなり暗くなったと思ったら、雨でただでさえ明るくない空が大きな黒で覆われていた。
これが、コウモリ!
私はいきなりのことに固まってしまい、動けない。あまりの大きさに目を見開いた。
夜人が乗せてくれたのはもっと小さかかった。可愛いとさえ思える大きさだったのに、今目の前にいるのはただただ恐ろしい。
そいつがどれだけ大暴れしたのかはわからないけれど、周りは酷い有様だ。
私は急いで周りを見渡す。結も夜人も返事がないし、見当たらない。
二人は……二人はどこ?
「七和、オレが引きつけるからその間に二人を捜せ!」
ツキヨはそう言ってコウモリに向かって駆けていく。
探せって言われたって、どこをどう探せばいいの!?
考える前に足が動く。とりあえず走り回ってみる。
あ、携帯!
そう思って二人に電話をかけるが、携帯からは録音された『今電話に出られません。ピーという音声の後に……』という無機質な音が聞こえてくるだけだ。
上で激しくぶつかりあっているコウモリとツキヨのせいで、音が紛れて着信音がどこから鳴っているのかもわからない。
五回かけて諦めた。
もしかして、木と木の間にいたりしないよね? つぶれたりなんて、してないよね?
二人の声をもう二度と聴けないなんて、そんなことはないよね?
嫌な想像が思考を支配していく。木と木の間から見える鮮やかな赤と、結や夜人の手……。
………目を醒せ!
自分で自分の頬を叩く。喉に何かが引っかかったような気持ち悪さを感じる。
頭のすぐ上をコウモリの足が通った。
「ツキヨ!」
コウモリの翼にはねとばされて地面になんとか着地したツキヨは、もうぼろぼろだった。
思わず駆け寄ろうとしたとき、彼はぴしゃりと言い放つ。
「馬鹿、はやく探せ!」
そう言ってまたコウモリに向かって飛んでいった。
急かされれば急かされる程、頭はパニック状態になっていく。闇雲に走って、二人の名前を呼ぶことしかできなくなる。
「結……夜人……!」
不安で不安で仕方がなくて、知らずに涙がこぼれる。
何泣いてんの、馬鹿。
おばあちゃんだって言ってたじゃない。泣いて解決できるものなんてないんだ。
「誰か、助けてよ……」
呟く声は、騒がしい音に紛れて消えていく筈だった。




