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FAINT SUNSET  作者: 長村 八
正体
20/22

 冷静なツキヨはちょっと口の悪い、普通の男の子だった。

「馬鹿じゃねぇの」

「もっとよく考えろ」

「そんなわけあるか」

「本当使えねぇな」

 ……いや、前言撤回。とても口の悪い男の子でした。

 どこから回ったらいいかよくわからないので、とりあえず町と町との境界の辺りをずっと歩いている。

 私は田舎から出てきたので、この辺りの地形はよくわからない。

 でもツキヨは、いや、心也しんやはもともとこの辺りの人らしく、彼の足が覚えているのだろうか、ツキヨは迷いなく道を歩いていた。

「右に小さい山があるだろ」

「え? ああ、うん」

 いきなりのことで驚いたが、右を見ると確かに小さい山があった。あれがどうかしたの?

「あそこによく行ったんだ、心也が小さい頃」

 ふうんと相づちを打つと、ツキヨがまた口を開く。

「たまにオレが出てくるもんだから、同級生に怖がられたんだと。で、たまにあそこに行って泣いてた」

 ……やっぱり心也も苦労してたんだね。

 私はなんと言っていいかわからずに黙って隣を歩く。

「でも」

 ツキヨは幸せそうに言葉を紡ぐ。

「いなくなれ、とは言われなかったな。お前なんか嫌いだ、とかも」

 本当に心の底から嬉しそうに笑うツキヨに、少し目を奪われた。

 心也はふんわり笑うから、屈託なく笑う彼の笑顔が新鮮だったんだと思う。

「……心也って優しいよね」

「そうだろ!」

 ツキヨは私の言葉にいきなり食いついてきた。

「オレ、こいつに取り憑いてよかったと思ってる。半分以上偶然なんだけどな」

「偶然なの?」

「そうさ。でもこいつ優しいし、オレのこと嫌わないし……そりゃ怒った時は怖いけどさ。すごくいいヤツなんだ」

 ツキヨは無邪気に笑って私と目を合わせた。

「だから心也にしろよ」

 ……はい?

「なんの話?」

「いーのいーの、こっちの話」

 上機嫌になったツキヨは私の手をがしっと掴むと、ずんずん歩き出した。

 ああ、そんなに速く歩かれたら足の長さを思い知らされるじゃない……。

 私は心也に比べて短い足を一生懸命動かした。



 暗くなってきた。日は、今にも沈もうとしている。景色が全部、オレンジ色のベールを被ったみたい。

 ツキヨに掴まれたままの右手が熱い。

 少し長い爪が手のひらに食い込む感覚が、離れない。

「ねぇ、ツキヨ」

「集中してるから話しかけんな」

 ……はい。

 そんな訳で離して、というタイミングもよくわからないままツキヨに引かれて歩く。

 半歩くらい遅れて歩く私の目には、彼の癖のついた茶色い髪が揺れているのをぼんやりと眺めていた。

 どうやらツキヨはゴムで髪を束ねるのが窮屈で仕方ないらしく、心也が折角綺麗にしばっていてもすぐにとってしまう。

 髪を下ろした彼は、もともとの顔立ちもあるだろうが、ずっと大人っぽく見えた。

 なのにツキヨは屈託なく笑うから、参ってしまう。

 軽く手を握り返してみる。ツキヨはそれに気付かないくらい集中してる。

 暖かいぬくもりが私を包んでいる。

 それに酷く安心して、浅く息をついた。

 その安堵に水を差すように私の携帯が鳴り響いた。

「ちょっと、ごめん」

 少し名残惜しかったが、ツキヨの手から自分の手を引き抜き携帯を取り出す。

 着信だった。相手は……

「もしもしっ! 何かあったの?」

 ゆえだ。

 向こうはなんだか大変な事になっているらしい。後ろで物凄い風の音がして、何かが折れる音。

 それと同時に、さっきツキヨが教えてくれた小さな山から物凄い音がした。

 反射で振り返ると最初に薄い三日月が見え、そのずっと下の方から土煙が上がっているのをとらえた。

 電話はいつの間にか切れていた。

「ツキヨ!」

「わかってるっつの」

 ツキヨは素早く私を横抱き……つまりお姫様抱っこをして、走り出した。

 これ、恥ずかしすぎる……!

「ね、ねえ、なんだ私抱えられてるの?」

「だってお前走るの遅いだろ」

 ……ごもっともでございます。

 私は落ちないように、ツキヨに必死でしがみついていることしかできない。

 周りの景色はどんどん流れていく。大分長い距離を走っている筈なのに、ツキヨは息一つ乱していない。寧ろ軽々と、軽快に走っていく。

「おい心也」

 ぶつりとツキヨが呟く。

「お前の友達が危ねぇんだろ。緊急事態だ、乗っ取るからな」

 乗っ取る……? どういうこと?

 不思議に思っていたら、背中に抱き直された。

「え?」

 ツキヨは姿勢を低くして、ほとんど四足で走り出した。振り落とされそうになる。

 狼みたい。

 そう思ったけど、そうだった、ツキヨは狼男なんだった。

 手のあたりが妙にごわついているな、と思って下を向くと、そこにいるのは大きな一匹の狼だった。

「ツキヨ……?」

「なんだよ」

 狼の口が開いて言葉が出てくる。ああ、やっぱりツキヨなんだ。

 人よりもずっと暖かい彼の体温が、触れているところ全てから伝わる。

 伝わってくるのは体温だけじゃなくて。

「飛ばすぞ、落ちんなよ」

「うん」

 結たちを助けたい。

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