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冷静なツキヨはちょっと口の悪い、普通の男の子だった。
「馬鹿じゃねぇの」
「もっとよく考えろ」
「そんなわけあるか」
「本当使えねぇな」
……いや、前言撤回。とても口の悪い男の子でした。
どこから回ったらいいかよくわからないので、とりあえず町と町との境界の辺りをずっと歩いている。
私は田舎から出てきたので、この辺りの地形はよくわからない。
でもツキヨは、いや、心也はもともとこの辺りの人らしく、彼の足が覚えているのだろうか、ツキヨは迷いなく道を歩いていた。
「右に小さい山があるだろ」
「え? ああ、うん」
いきなりのことで驚いたが、右を見ると確かに小さい山があった。あれがどうかしたの?
「あそこによく行ったんだ、心也が小さい頃」
ふうんと相づちを打つと、ツキヨがまた口を開く。
「たまにオレが出てくるもんだから、同級生に怖がられたんだと。で、たまにあそこに行って泣いてた」
……やっぱり心也も苦労してたんだね。
私はなんと言っていいかわからずに黙って隣を歩く。
「でも」
ツキヨは幸せそうに言葉を紡ぐ。
「いなくなれ、とは言われなかったな。お前なんか嫌いだ、とかも」
本当に心の底から嬉しそうに笑うツキヨに、少し目を奪われた。
心也はふんわり笑うから、屈託なく笑う彼の笑顔が新鮮だったんだと思う。
「……心也って優しいよね」
「そうだろ!」
ツキヨは私の言葉にいきなり食いついてきた。
「オレ、こいつに取り憑いてよかったと思ってる。半分以上偶然なんだけどな」
「偶然なの?」
「そうさ。でもこいつ優しいし、オレのこと嫌わないし……そりゃ怒った時は怖いけどさ。すごくいいヤツなんだ」
ツキヨは無邪気に笑って私と目を合わせた。
「だから心也にしろよ」
……はい?
「なんの話?」
「いーのいーの、こっちの話」
上機嫌になったツキヨは私の手をがしっと掴むと、ずんずん歩き出した。
ああ、そんなに速く歩かれたら足の長さを思い知らされるじゃない……。
私は心也に比べて短い足を一生懸命動かした。
暗くなってきた。日は、今にも沈もうとしている。景色が全部、オレンジ色のベールを被ったみたい。
ツキヨに掴まれたままの右手が熱い。
少し長い爪が手のひらに食い込む感覚が、離れない。
「ねぇ、ツキヨ」
「集中してるから話しかけんな」
……はい。
そんな訳で離して、というタイミングもよくわからないままツキヨに引かれて歩く。
半歩くらい遅れて歩く私の目には、彼の癖のついた茶色い髪が揺れているのをぼんやりと眺めていた。
どうやらツキヨはゴムで髪を束ねるのが窮屈で仕方ないらしく、心也が折角綺麗にしばっていてもすぐにとってしまう。
髪を下ろした彼は、もともとの顔立ちもあるだろうが、ずっと大人っぽく見えた。
なのにツキヨは屈託なく笑うから、参ってしまう。
軽く手を握り返してみる。ツキヨはそれに気付かないくらい集中してる。
暖かいぬくもりが私を包んでいる。
それに酷く安心して、浅く息をついた。
その安堵に水を差すように私の携帯が鳴り響いた。
「ちょっと、ごめん」
少し名残惜しかったが、ツキヨの手から自分の手を引き抜き携帯を取り出す。
着信だった。相手は……
「もしもしっ! 何かあったの?」
結だ。
向こうはなんだか大変な事になっているらしい。後ろで物凄い風の音がして、何かが折れる音。
それと同時に、さっきツキヨが教えてくれた小さな山から物凄い音がした。
反射で振り返ると最初に薄い三日月が見え、そのずっと下の方から土煙が上がっているのをとらえた。
電話はいつの間にか切れていた。
「ツキヨ!」
「わかってるっつの」
ツキヨは素早く私を横抱き……つまりお姫様抱っこをして、走り出した。
これ、恥ずかしすぎる……!
「ね、ねえ、なんだ私抱えられてるの?」
「だってお前走るの遅いだろ」
……ごもっともでございます。
私は落ちないように、ツキヨに必死でしがみついていることしかできない。
周りの景色はどんどん流れていく。大分長い距離を走っている筈なのに、ツキヨは息一つ乱していない。寧ろ軽々と、軽快に走っていく。
「おい心也」
ぶつりとツキヨが呟く。
「お前の友達が危ねぇんだろ。緊急事態だ、乗っ取るからな」
乗っ取る……? どういうこと?
不思議に思っていたら、背中に抱き直された。
「え?」
ツキヨは姿勢を低くして、ほとんど四足で走り出した。振り落とされそうになる。
狼みたい。
そう思ったけど、そうだった、ツキヨは狼男なんだった。
手のあたりが妙にごわついているな、と思って下を向くと、そこにいるのは大きな一匹の狼だった。
「ツキヨ……?」
「なんだよ」
狼の口が開いて言葉が出てくる。ああ、やっぱりツキヨなんだ。
人よりもずっと暖かい彼の体温が、触れているところ全てから伝わる。
伝わってくるのは体温だけじゃなくて。
「飛ばすぞ、落ちんなよ」
「うん」
結たちを助けたい。




