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FAINT SUNSET  作者: 長村 八
ようこそ夕暮れ会へ!
2/22

 午後三時。小さい子はおやつを食べているだろうか。

 だが、私みたいな高校生はおやつなんて食べている暇などなく。

 私は今、西棟の一番端の選択教室Cの前で立ち尽くしていた。

 来いと言われたから来たが、これは入会するためじゃない。きっぱりと断るためだ。おばあちゃんも怪しい呼びかけには応じず、冷静に、そして丁寧にお断りしなさいと言っていた。

 でもここに入ったら全てが思い通りにいかない気がする。特にあの美形長髪眼鏡。あれは絶対に押しが強い、そしてしつこい。

 それでどうしようとうじうじ悩んでいた時、

「あれ、君も入会希望者? いやー嬉しいな。ここ、全く人通りないでしょ? 選択教室Cってわかんなかったんだけど、道聞けるような人いなかったから。君が立ってて安心したよ、やっぱりここだったんだね」

 随分と饒舌な人だ。声から判断すると男子だろうか。

 確かめようと思って横を一瞥して、驚いた。二度見してしまった。

 髪が、真っ白だ。いや、黒が混じっていないから、元からこういう髪の色なんだと思う。髪だけじゃない。目は澄んだ赤色。宝石みたい。

 呆気にとられていた私に気付いてか、ああ、と軽く自分の髪を触る。

「僕、ちょっと珍しくって」

 外国の方を親に持っていたりするのだろうか。ハーフか? いや、こんなにはっきりしてるんだったら、純粋に外国人の子供なのかもしれない。日本語上手いな、それにしては。あ、日本生まれの外国人……とか?

「こんにちはー」

 彼が勢いよくドアを開けた。

 え、まだ断る方法、思いついてないんだけど!

 でも男子はそんなことお構いなしで教室の中に入っていく。

 そして、固まった。視線の先には……先に来ていたらしい(ゆえ)の姿。

 結も戸惑ったように左目を見開いて彼を見つめている。

 私が注意深く隣の彼の様子を見やると同時に、彼は光のような速さで結の前に立つと、そのまま彼女の両手を握り込んだ。

「ねぇ、好きなんだけど。付き合ってくれない?」

 倒れるかと思った。あまりにも衝撃的過ぎて。

 一目惚れにもほどがあるだろ……!

「ゆ、結? その人、知り合い?」

 一応聞いてみる。

 すると結は手を振りほどきながらブンブンと首を横に振る。

 顔が真っ青だ。

「知らない、知らないわよ! 純血の吸血鬼のしかも男なんて!」

「ひっどいなぁー、純粋な一目惚れってヤツなのに。僕が純血だから、そんな言い方するの? だったらやめちゃおうかなぁ、純血」

 ん? きゅうけつき? じゅんけつ?

 私がその言葉を『吸血鬼』と『純血』なんだと脳内で漢字変換が出来た時、結がこちらに向かって人差し指を向けた。

「それと! あんた、人のこと軽々しく名前で呼ばないでよね!」

「いいじゃない、別に」

「よくない! あたし、あんたの名前だって知らないのよ」

 そういえば名乗ってなかった。

 さっきから結えの隣でにっこりと笑っている彼の名前もわからない。

 とりあえず適当な席に座って自己紹介でもしようということになって、私たちは手近な椅子を引いた。



「私は、天羽(あまは)七和(なお)。『あまは』は天の羽、『なお』は七つの和って書きます。ここに来た理由は……勧誘セールにはしっかり『嫌です』って言えって、おばあちゃんが言ってたから」

 私がそう言うと、男子がからからと笑った。

「もしかして君、夕暮(ゆうぐ)れ会って知らないのかい」

「ええ、全く」

 二人は顔を見合わせた。そして私を見て小さく笑う。

「なるほど、だから通知も行ってない訳なのね」

「思いっきりの素人だしね。自己紹介の中身に能力紹介じゃなくて、名前の書き方をいれてくる所が何かズレてるというか、卓越したセンスがあるというか……」

 私はそんな言い方にムッとしたので、言い返す。

「じゃあ、あんたたちも自己紹介してみてよ」

「いいわ」

 名乗りを上げたのは結だ。

 例の小鳥みたいな綺麗だけれどどこか自信に満ちあふれた声で滔々と話す。

「あたしは蛇ノ目(じゃのめ)結。能力はメデューサの目。右目で人や物を見ると、見たものの時間を最高で三〇分、止めることが出来るわ。……貴女に習うなら、『じゃのめ』は蛇の目、『ゆえ』は結ぶよ」

 最後は完全に馬鹿にされた。腹立つ。

「結、かぁ。ふふ、可愛い名前だね」

 ニコニコとした笑顔で男子が言う。

「いいからあんたは黙ってなさい」

 一刀両断。

 って、ちょっと待ってよ。いま、メデューサの目って言った? メデューサって、あのメデューサ? さっきこの男子生徒が吸血鬼だって言っていたのと、なにか関係があるの?

 頭の中が混乱してきたのに更に追い討ちをかけるようにして男子が自己紹介を始めた。

「僕は睦立(ちかりつ)夜人(より)。『ちかりつ』は睦月の睦に立つ、『より』は夜の人だよ。うーん、初心者さんにはよくわかんないかもだけど、僕は純血の吸血鬼なんだ。あ、でも血なんて吸わないから安心してね。トマトジュースの方がよっぽどマシ」

 何でもないことのように物凄いことを言った彼、夜人のちらりと見えた犬歯は、確かに吸血鬼と言われても頷けるようなものだった。

「わかった? で、あんたの能力は何なのよ」

 興味の色に少しだけ染まった結の瞳が私に向けられる。

 能力って言われても……。

「私、能力持ちなんかじゃないと思う」

「そんなことないわよ。だって、あの男が持ってた煙管がミエタんでしょ?」

 即答で否定された。

「ああ、あの煙管は一番手っ取り早い能力持ちの見分け方だからね。こっちでは有名なんだよ、アレ。能力持ち以外にはポッキーに見えますって、開発した会社の煽り文句で書いてあったかなぁ」

 ポッキーって。

 あの人とポッキーがどうも結びつけられなくて私は小さく吹き出した。

 がらがらとドアが開く音がして、噂をすればなんとやら、煙管を吸っていた男が姿を見せた。後ろには……体育館に行く時にいた背が高いチャラい男子がいる。

「ぴったり三時だな。始めるぞ」

 男はそう言って、どっかりと机の上に腰を下ろし、足を組んだ。

 男子生徒は私の隣の席を陣取る。

 そしてビニール袋からチョコレートバーを取り出す。そういえば最初に見かけた時にも同じ物を食べていた。好きなのかな?

「俺は一角(いっかく)征司郎(せいじろう)。ちなみに」

 そこで私に視線を向けてにやりと例の意地悪そうな笑みを向けた。

「『いっかく』は一つの角、『せいじろう』は世界征服の征に司会者の司、桃太郎の郎だ」

 ……まさか、立ち聞きしてた? 

 うっわ、性格悪!

 それに世界征服に桃太郎って……どんな組み合わせだよ。

「ほら、お前も」

「俺ー?」

 さくさくと隣でチョコレート菓子を頬張っていた男子は、少々面倒くさそうに一角さんを見る。

 もう一度サクッとお菓子をかじってから、渋々自己紹介した。

日向(ひゅうが)心也(しんや)。『ひゅうが』はお日様に向かう、『しんや』は心に本日晴天(なり)の也ね。狼男に……うーん、取り憑かれてるって言ってもいいのかなぁ〜?」

 何処か間延びした声に一角さんは頷く。いちいち仕草が偉そうだ。

「さて、今年度から開かれた夕暮れ会春咲支部にようこそ。天羽は夕暮れ会を知らなかったんだろう? 説明してやろう」

 そんな上から目線で説明されるなら罵倒されながらも結に教えてもらいます。そう言おうと思ったが機嫌を損ねるのも面倒くさいので言わないことにした。

「『夕暮れ会とは真っ当な人間でもなく、ましてや腹の奥まで真っ暗な人間でもなく、非科学的かつ怪異的なものをもつ人間又は怪異自体の集まる会である』

 これは夕暮れ会の入会時に配られるマニュアルの一番最初に書いてある言葉だ。今の会長が考えた。はい、これ」

 バサリと渡された文庫本くらいの厚さの紙の束。これがそのマニュアルとやらだろう。

 『腹の奥まで真っ黒』なんて表現考える会長ってのは、よほど性格の捻くれたおじいさんなんだろうか。

「で、こんなメデューサとか吸血鬼とか狼男とかがごっそり集まっている訳だが。こういう怪異に関わっている奴らのことを全員まとめて能力持ちと呼んでいる。ちなみに夕暮れ会の会長は魔法使いだ。本部はロンドンにある。で、この会は世界中の怪異絡みの事件を解決している」

 へぇ。

 性格のねじ曲がったおじいさん魔法使い……できれば会いたくない。

「部署がいくつかわかれていてな。この春咲(はるさき)支部は実行部隊に属する。

 定期的に本部から任務が回ってくることになっているから、しっかりと取り組むように。俺も必要なようなら手を貸してやらないこともないが、基本的には自分たちで何とかなるように努めてくれ。

 ……質問は?」

 そう聞かれて私は勢いよく手を挙げる。

「私、絶対違う! 能力持ちなんかじゃない!」

 だって、そうでしょう?

 生まれてからこの歳になるまで……まぁ、他人とは結構違う人生を歩んできたつもりだけれど、そんな結みたいに特別なことが出来る訳でもないし。

 強いて言えば、保育園の年中の頃から一回も風邪を引いてないっていうのが異常なことだし。

 皆は同時に顔を見合い、声をそろえて

「それはないな」

「そんなはずないわ」

「そんなことないね」

「……ない」

 大体ね、とおどけて口を開いたのは夜人だ。

「煙管は今までに一度もハズレを出したことがない程高性能なものだ。もしも間違えたんだったらそれは会社の信用問題だよ? DNA鑑定の結果が間違ってました、とかいうのと同じくらい大問題だよ?」

 ……うーん、確かに大問題かも。

「でも、何の能力持ってるか全然わかんないし、心当たりもないよ?」

「それは変だね〜?」

 チョコレート菓子を食べ終えた心也にばっさりと切り捨てられる。

 面と向かって変と言われるのは流石に傷つく。

「大体、能力持ちっていうのは直感的にそれを知るか、家系的なものかのどちらかなんだよ。そのどっちもが当てはまらないなんて、普通はありえない」

「そうだな」

 一角さんも頷く。

「本当に心当たりはないのか? 両親とか、祖父母とか。先祖の話をされたりしたことはなかったか?」

 おじいちゃんもおばあちゃんも、そんなこと言っていなかったしごく普通の人間だ。

 両親は……わからない。もうそんなことも覚えていないような昔に、いなくなってしまったから。

 表情が曇らないように顔の筋肉をつり上げる。

「ないですね。異常なことと言えば、免疫力の高さくらいですし」

 きっぱりと言い切る私に、全員本当に知らないんだと納得したらしい。

 少し不思議そうな顔をしながらもそれ以上の詮索をやめた。

 気を取り直すように一角さんが古くてよく使い込まれた羽根ペンを取り出した。

「まぁ、天羽の能力はそのうちわかるだろう。それよりも、これだ」

 そう言ってから今度は紙を出す。

 この紙がまた古いしわしわな紙で、所々が茶色っぽく変色している。

「ここに名前をかけ。このペンでな」

 その二つを渡された結がさらさらと綺麗な文字で自分の名前を書く。

「書いたらそこに手をかざして言うんだ。復唱しろ、『夕暮れ会本部、ロンドンの地下奥深くまで』」

「『夕暮れ会本部、ロンドンの地下奥深くまで』」

 結がそう言って手を避けると、書かれていた筈の名前が、インクの染み一つなく綺麗に消えていた。

「え、すごい……!」

 思わず私が口にすると、一角さんがやれやれといったように説明してくれた。

「一種の魔法だ。これで蛇ノ目の名前は夕暮れ会本部の会員名簿に転送される」

「へぇ〜」

「ほら、詰まってないでさっさとやれ」

 そこで夜人、私、心也の順にさっきの動作をする。

 自分でやっているのに、手品を見ているみたいで面白い。

「通知を持っている奴はそれを出せ。と言っても、天羽以外は持っていて当然なのだが」

 一角さんは三人が出した薄い橙色の封筒を懐へ入れた。

 なんだか、どうも仲間はずれな気分がする。わからないことだらけだし。

「……それで、早速仕事だ」

 その言葉に結が猫のようにぴくりと反応する。

「仕事?」

 私の声に一角さんは面倒くさそうに答えた。

「お前らの初任務だ。まぁ、さほど難しくないから安心しろ」

 いや、それどころじゃないでしょ。私、絶対に違うし。

 そう否定する間も置かせず、一角さんは続ける。

「ここら辺で最近、黒い何かがよく目撃されている」

「黒い何かって……黒猫とか?」

「そうだ。前はそうでもなかったのに、烏もよく集まるようになったと言う。あまりにも数が多いので不気味だと言う意見が夕暮れ会に来た」

 たまたまじゃないのと思ったが、その言葉にほかの皆が真剣な表情になる。……そんなに深刻なことなの?

 不思議に思っているのが顔に出たのか、夜人が説明してくれた。

「黒って色は不吉なんだよ。わかるでしょ? 黒猫が通ったら不吉なことが起こる、とか。特に烏はよくない。とってもよくない」

「そうなの?」

「うん。烏って群れで行動するでしょ。その分黒が密集して不吉さが増しちゃうんだ。不安な気持ちがよけいに怪異を引き寄せたりするから、危ないんだ」

 ふぅん。

「まぁ、睦立の言った通りだ。このままにしておくともっと大きなものをおびき寄せかねない。だから」

 私たちに解決しろ、ってことか。

 事情はわかったけど、どうやってやればいいの? そう言うと、結が呆れたように答える。

「それをこれから探すんでしょ。ほんと、なにも知らないのね」

 むっ。

 だってわかんないんだもん、そんな言い方しなくてもいいじゃん。

 大体さっきから何なの、私なんかした? なんでこんなにキツいこと言われなくちゃいけないの?

 一度思うと、もう止まらなくなった。よくわからない、ぐちゃぐちゃの言葉が口から飛び出る。

「あのね、そんなに偉そうにものを言うならちゃんと説明してよ! なんでこんな分けわかんない部活に無理矢理はいらないといけない訳? もうわかんない!」

 ちらりと見えた結の顔が、なんだか酷く傷ついているように見えて。

 何よ。先に酷いこと言って来たのはそっちじゃない。

 一気に頭に血が上がる。

 なんだかなにもわからなくなって、私はそのまま教室を飛び出した。

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