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なんとか全員の連絡先を貰ったその後は作戦会議だ。
「力の差的に俺と七和、夜人と結で行動した方がいいと思うんだー」
「そうね、あたしと七和はたいしたことできないから……」
「大丈夫、結は僕が守るからね」
「夜人、うるさいわよ」
結にどれだけ冷たくあしらわれようと、夜人は気にしていないようだ。「冷たいなぁ」とニコニコ笑っている。
「心也、ツキヨに頼って大丈夫なの?」
結が私を見ながらそう言った。……心配してくれてると思っていいのか?
すると、心也は困ったように笑った。
「アイツも俺にあれだけ言われたらもう何もしてこないと思うよー」
そんなに怒ったの? ちょっとツキヨに申し訳なくなってきたな……。いやまぁ、悪いのはツキヨなんだけど。
心也って怒ったら怖そう。
「じゃあ明日からにでも七和も混ぜて調査に行こうか」
夜人がそう締めくくって、会議は終わった。
「あの、さ」
自然に口が動いて小さく声が漏れた。きっと、誰も気付いてない。
きっと、言いたいことはあの傷のことなんだと思う。やっぱり仲間なんだし、言っといた方がいいよね。
でもそこでもう一人の私が待ったをかける。気持ち悪いとか思われたらどうするの。
いや、でも夕暮れ会の中にはそんな人沢山いるだろうし。
確信がないのにどうしてそんなこと言いきれるの。
そんなことをうじうじと考えていたら、夜人が立ち上がった。
「じゃ、そういうことで」
そしてナチュラルに結の手を取る。……あ、振りほどかれた。
結が怒ったように立ち上がり、そのまま二人は話しながら(夜人が結に罵倒されながら?)教室を出て行った。
「……仲いいよね、なんだかんだ言って」
「……そうだねー」
いいなぁ、ああいうのって。青春してるって感じ。
溜息をつきながら机に額をつけた。
「どうしたの?」
「んー、なんか私って本当に高校生なのかなーって思った」
不思議そうに首を傾げてるんだろうな、心也は。
だってさ、こんなよくわからない会に入って任務やってるんだよ? なんかもう立派な社会人の気分。
田舎からいきなり出てきてこんなに大層な役目に就いたら、そりゃあ疲れるよ。
また大きな溜息が口から出そうになった時、頭に何かがのった感覚がした。
「そうだねー、忙しいもねー。昼は学校で放課後は調査だもんね。ましてや宿題にテストもあるし。社会人でもこんなに忙しくないと思うよー」
はははと笑いながらポンポンと頭を撫でられる。
ちょっとくすぐったくて口元が緩んだ。急に元気が漲ってくる予感。
「明日からはもっと忙しくなるよ。覚悟しておくことー」
「……うん」
私の声を聞いて、心也は元気になったね、ともう一度頭を撫でた。
授業なんて頭に全然入ってこなかった。考えるのは怪異のことばかり。
夜人はコウモリだって言ってた。しかも凶暴だって。怪我の一つや二つは付き物だろう。
自分の能力のことを何もわからない状態でいきなり挑むのは、ちょっと怖いなぁ。まぁ、しょうがないんだけど。
怪我が早く治るっていったって、怪我した瞬間はやっぱり痛いんだし。
しかもそれを皆に気付かれないようにしなきゃ……気持ち悪いって思われたくないもん。
コウモリの位置を探す時はツキヨに頼るんだよね。うまく話せるかなぁ。
また食べられそうになったら、心也には悪いけど思いっきり殴らせてもらおう。
問題は山積みだ。
でも、
「おい天羽、聞いてるのか?」
今は数学の問題の方が重要みたい。
SHRの終わりのチャイムが鳴るのとほぼ同時に、私と結は教室を出た。
荷物を置いて、学校の校門前集合ということになっている。
時間がないので、なるべく急ぐ。
結の説明によると、怪異は一番夕暮れ時に活動をしやすくなるらしく、その時間が最も発見できる確率が高いらしい。
学校が終わるのは三時半くらい。しかも今は春になったばかりで、日が沈むのは早い。
急いで寮に行って鞄を置き、動きやすい格好に着替えて外に出た。
校門前はがらんとしていた。当たり前だ、全寮制なんだから。しかも寮へと続く道は校門とは逆方向。
だからだろうか、見慣れた制服を着ていない二人もすぐに見つけることができた。
「こっちこっち!」
夜人がいつものニコニコ笑顔で手を振る。
横には心也がむすっとした表情で立っていた。……あれは、
「いやー、話してたんだけどツキヨって面白いやつじゃない」
いつも異常に夜人がご機嫌なのはそのせいらしい。
バンッと心也……いや、ツキヨの背中を叩く。
「いてぇ」
ツキヨは大して痛くもなさそうに呟く。目にこの間みたいなぎらついた光は、ない。
不機嫌そうにしながらも、攻撃はしてこない。ほ、本当に大丈夫かなぁ……。
おどおどして彼の様子をうかがっていると、ギロリと睨まれた。
「……もうしねぇよ。心也に怒られるのはもう御免だ」
想像よりも数段優しい声でそう言ったので、ちょっと安心する。
結が驚いたように心也に駆け寄る。
「……本当に外見は心也のままなのね」
感心したように溜息をつく。
「んだよ、文句あんのかよ」
「いいえ、なんでもないわ。とにかく、これからよろしく」
そう言って真っ直ぐに手を差し伸べる結。
ツキヨは目を見開いて固まっていたが、ワンテンポ遅れてその手を握り返した。
「あ、ああ、よろしく」
たどたどしく言ったその言葉が、普通の男の子みたいでちょっとおかしかった。
結は満足したらしく、夜人の腕を掴んだ。
「じゃあ、私たち東側を探すから。あんたたちは西側を回ってね」
「何かあったらすぐ連絡すること。一角さんもすぐに出られるようにしておいてくれてる筈だから」
こう……二人から指示をされると、妹的立場になってしまう気が……。
私がしっかりしてなさすぎるだけなんだろうけどね。
ぼんやりと二人の遠ざかっていく背中を見送る。
「おい」
ぶっきらぼうな声で我に帰る。
「行かないのか?」
ツキヨは二人が歩いていった方向とは反対の方を指差した。ああそうだ、早く出発しなきゃ。
「ツキヨはどれくらい鼻が利くの?」
「オレは所詮狼だからな。狼並だ」
「うーん? そうなんだ」
そんな会話をしながら一歩を踏み出す。
ツキヨとぴったり一歩目が揃って、ちょっと嬉しかった。




