☆
授業スタートとは言っても、初めは全部ガイダンスだ。
基本的に教室でやるのは国語と数学だけで、その他の教科は特別教室で行われるらしい。
朝のSHRで小さな地図をもらったが、それでも広すぎてわからない。更に残念なことに、私は地図を読むのが不得手なのだ。
「結ー、……場所、わかんない」
朝に変な注目を集めてしまったため、普通に話せるのが結しかいない。
彼女も地図とにらめっこをしていたが、私よりは読めるだろう。
「次の授業ってなんだったっけ?」
「音楽よ。二階みたいね、上がればわかるかしら」
そう話しながら、手近な階段を上がる。すると、上からコツコツと足音が聞こえてきた。
「あれ、二人とも。結はおはよう、今日も美人さんだね。七和は朝ぶり、だね」
夜人だった。綺麗な白がふわりと揺れる。
結は、夜人の存在を確認すると同時くらいに私の背後に隠れた。それを見た夜人は少し傷ついたような顔をした。
「酷いなぁ、そんなに警戒しなくてもいいじゃん」
「だってあんた、顔を合わせる度にろくでもないことばっかり言うんだもの」
「ろくでもないなんて……僕の正直な気持ちなのに」
ああ、そうそう、そうだった。
夜人は光のような速さで結に一目惚れしてたんだっけ。きっと息をするみたいに好きだとか言ってたんだろう。さっきもそんなことが聞こえたような……。
「まぁまぁ、結は素直じゃないからさ。きっと愛情の裏返しってやつだよ、夜人」
「ああ、そうか。ありがとう七和。君とはいい友達になれそうだ」
まぁそれは光栄ですわ。
「で、夜人は何でこんなところにいるの?」
「うーん……第二地学室って知らない?」
え、それって確かここと正反対のところにあるんじゃなかったっけ?
結が夜人に地図を突き出す。彼はそれをじぃ、と見つめ、困ったように眉を下げた。
「あれ、間違ってた。えーっと、そっち行けばいいんだよね?」
そう言って夜人が指差したのは、地学室とは全く別の方向だった。
「違う! この廊下を真っ直ぐ行った突き当たり!」
イライラしたように結が怒鳴る。
「わかった、ありがとう」
ひらりと手を振って夜人は歩き出した。……大丈夫かなぁ。
「そういえば朝も道に迷ってたな……」
「そうなの?」
うん。一本しかない道をどう間違えたのか、遅刻ギリギリくらいまで迷ってた。
……もしかして。
「夜人って、物凄い方向音痴だったりするのかな」
「可能性は十分に高いわね」
って、こんなとこで油売ってないで速く音楽室行かないと!
四時間目。これが終わればお昼ご飯だ。
財布は持ってきているから、購買でパンでも買って食べよう。結は……お弁当持ってるだろうな、うん。誘って一緒に食べよう。
あー、お昼のこと考えたらお腹空いたなぁ。
時計を見ると、授業が始まってからまだ十分と経っていない。ああ、なんて長いんだ残りの四十分。
なんて、こんなこと考えてないで集中しなきゃ。
そう思っても体は正直なもので、ぐうとお腹が鳴った。何人かの目が私の方を向く。は、恥ずかしい……!
赤くなって俯いていると、後ろから小さく肩を叩かれた。
「これ、天羽さんに。蛇ノ目さんからだって」
小さく囁く私の後ろの女子。手には小さい巾着袋があった。
『あまは』と『じゃのめ』だ。出席番号順で座ったら当然結の方が後ろになる。
どうして女子高生って、こうやって手紙とか見つからないように回すのがうまいんだろう。あ、私も女子高生か。
なんだろうと思って巾着を開けると、飴玉がこぼれ落ちそうになって慌てて口を締めた。
え、結、これ何?
後ろを振り返ろうとしたら、また肩を叩かれた。
「また来たよ。よかったね」
よかったね? 何が……。
渡されたのは小さな付箋だった。小さく文字が書いてある。
『朝ご飯食べてないんでしょ? 一個か二個、食べなさい。勿論バレないように』
食べなさいって、なんで命令口調なわけ? でも、とてもとてもありがたい。
私は再び巾着袋を開く。中から苺味の飴玉を取り出し、そっと口に放り込んだ。
甘い苺の味は、結の優しさの味だった。




