第四章:混沌へようこそ!(その1)
夏休みが明けた九月の二学期の教室。
教室内はいつもより一段と賑やかになっていた。積もる話がたくさんあるのだろう。
夏休みどこに旅行しに行ったと自慢げに語るやつ。
宿題はまだ終わってないと嘆くやつ。
日焼けしてない様子からひきこもってゲームばかりしていたんだろうという、トベみたいなやつ。
中にはお土産を配る人間もいた。学校内でのお菓子は恐らく先生に没収されるぞ。それか、杜若委員長に。
そういうオレはというと、もう妹について言われることもなくなったので、「妹が大好き」と連呼していた頃の日常に戻りつつあった。
流行りの話題としても賞味期限切れなのだろう。親しいのは相変わらずトベぐらいだ。
真夜がやってきた次の日は三出先生が後付けのように、そしてプライバシーをある程度、隠してもらいながらオレと真夜が兄妹であるという事実をクラスみんなに話してもらった。
「あんな美しい妹がいるなんて、羨ましいぜ」
という声がその時は聞こえたが、今は特になし。
ちなみに今の所は、中ノ原真夜の名前のままいくそうだ。
あと三出先生には真夜自身が直接、オレに言ったことと同じことを喋ったそうだ。ここに来るまでの過去の話。三出先生はオレに「大変だろうけど支えてあげろよな」と言ってくれた。
そんなこんなで、オレはぼーっとしながら妹たちのことを考え二学期を謳歌するつもりでいた。
しかし、親からのファックスの内容が嫌というほど頭に残っていた。
「もう一人の妹がそっちに向かっているんだって」
まるで他人事のような口調で、さらっとトンでもないことを書いていたあのファックス。
以前なら妹が出来たら喜んだり恥ずかしがったり、そんなノリだった。
しかし妹が増え続ける現状は、何かが奇妙だ。
妹たちは本当に妹だけど、何かが変だ。
そもそも、普通は妹が一人増えることすら珍しいことなんだ。
あと母さんには、真夜という妹が出来たことをオレは伝えてはいない。電話連絡がいつまで経っても通じなかったからだけど、ファックスの文面を見る限りではそれは何故か伝わっている。
どこかで何かの歯車が狂いかけている気がする。
そして「そろそろ会えると思う」と、若干は日程がわかっている様子。
しかしそれ以上は不明。
考えてみよう。
オレの目の前に突如、妹が現れるとすればどこか。
――学校の教室の可能性が一番高いか?
根拠としては弱いかもしれないが、真夜は転校生としてここにやってきた。なら、同じように転校生っていうことも考えられるのではないか。
それに、茜や明のように連れてくるにしても、連れてくる役目を負うはずの両親が今不在だ。
転校生の情報といえば、真夜の時は杜若が情報源だったので、オレはそう思いつくと同時に席から立ち上がって、杜若の方まで行った。
杜若はホームルームの準備として、色々と物を机に広げはじめている所だった。
「杜若、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに? ていうか、改発君から話しかけて来るなんて珍しいわね」
オレが呼びかけたことで、少しビクつく杜若。何か妙に大袈裟な反応だけど、いいか。
「そうか? 割と今まで普通に話しかけてきた気はするんだがな」
「んーそうか。それより聞きたいことって何? またしょーもないことだったりするの」
「いや……あー。割としょーもないかもしれないけど、また転校生来ないかなあって」
「『そしてその娘が妹になればいいのになあ』とか考えてたり?」
オレは驚きのあまり大きく後ずさってしまった。読心術があるのかと思ってしまった。
……けど、妹になればいいなあっていう部分は少し違う。そこは読まれてない。
「どうしたの、改発。あんた何か様子が変だよ……っていうか、妹さんが三人もいるにも関わらず、まだまだ欲しいって本当に思っちゃってる訳?」
「いや、そんなことはない……かな」
ここは否定といきたい所だけど、否定しきれない。欲しくない訳はないんだが、増えていくこの状況がおかしいと思っているだけなんだ。
「……はあ、本当に改発って妹が好きなのね。ド変態って言っちゃうと、真夜さん含めた妹さんたちに対して失礼になっちゃうから、言わないけど」
それは言っているのも同じだ、杜若。
「いや、そんな話より杜若。結局、転校生が来るのか、来ないのか、教えてくれ」
「来ないわよ、私の知る限りではね。でも、もしかしたら先生が突然連れてくるかもしれないわね」
先生が連れてくる可能性はあるかもしれないが、クラス委員長の杜若がこう言うなら、ほぼ間違いなく、「転校生はなし」だろう。
ホッとし、胸をなでおろすオレ。
「ありがとう、杜若。少し胸のつかえが取れた気がするよ」
「妹が増えたらどうしようっていう改発の妄想は、そんな深刻な悩みなの?」
うん、そうなんだ実は本当に妹が増えるようなんだ――そう言いかけた。
だけど辞めた。
幼馴染を何かよくわからない事に巻き込んでしまうような気がする。
今みたいに聞いたりはしたいけど、あくまで解決するのはオレだ。
もっとも、どう解決するのか全く方向が見えてないのが、今は怖い。
その時、朝のホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。
とりあえず杜若の席から自分の席へとオレは戻る。
わずかな可能性とはいえ、先生から転校生紹介があるかどうかが気になる。
冷や汗が止まらない。
ガラっと扉の開く音が聞こえ、オレはそれにビクッとなる。
三出先生が教室に入ってきた。
先生はそのまま教卓の方まで歩いていき、そして出席簿を広げた。
入ってくる時に使った扉を、たとえ目に汗が入ることになろうが瞬き一つもせず凝視し、誰が入ってくるのかをじっと確認した。
出席を取り始め、取り終える。時間だけが過ぎてゆく。
……誰も入ってくる気配がしない。
そうしているうちにチャイムは鳴り、一時間目の授業が始まろうとしていた。
つまり、少なくとも「今日会う」という線は消えた気がする。
複雑な心境だけど正直ホッとしたし、同時に汗も引いてきた。
四時間目の授業が終わり、昼休みを迎えた。
さて、待ちにまった昼飯タイムだ。
オレは鞄の中から弁当箱を取り出した。
その時、トベがこちらに向かってやってきた。
「改発、食堂で一緒に食べないか?」
「いや、すまん。オレは今日も弁当を持ってきているから、わざわざ食堂に行く必要がないんだ」
「えっ、弁当? 毎回食堂に行く改発が急にどうして弁当を持ってきてるんだ?」
オレの弁当をジッと見つめるトベ。
「なに、妹が最近、料理に凝っててな。ついでにつくってもらったんだ。しかもゴージャスな弁当で正直、その辺のレストランの料理よりかは旨いからな」
「なあ、そこまで言うならオレにもくれよー」
と、トベは箸をおもむろに取り出して、オレの弁当を物色しようとした。
「お前には自慢の妹の弁当はやらないよ」
「ちぇ……なんだよ、ケチなシスコンが」
そうオレに捨てゼリフを吐いて、トベは舌打ちして食堂へとトボトボと行ってしまった。
孤独に食べるのは少し寂しいが、食堂で食べる弁当はもっと寂しい。弁当をわざわざ食堂で食べる必要性を感じのと、疎外感が予想以上にすごい。
ちなみに真夜は真夜で、机の周りにいる親しい人達と一緒に食べているようだ。オレと違ってちゃんと友達が出来ているんだろう。
そしてオレはどんな料理が出てくるか楽しみにしていて、弁当の中身は確認していない。
もちろん弁当をつくったのは茜だ。
初めての妹からの弁当だけど、すげー楽しみで仕方がない。
オレはワクワクしながら、フタを開けた。
「――え?」
その中身にオレは絶句した。
中に何も入ってない。ただの箱だけ。
食べられた跡はなく、普通に綺麗な箱。つまり、最初から何も入っていなかったのだ。
茜の初めての手作り弁当がこんなことになるなんて、予想外だ。
「あー……オレも食堂にでも行ってこようかなあ」
頭がフラフラし、ショックを隠す気すらなれないオレは、食堂に向かったトベの後を追う形で食堂へと足を向けようとした。
その時、ものすごい勢いで教室の扉が開かれた。
バンッと、教室中の誰もがそこに目がいってしまうのも当然と思える、そんな大きな音が響いた。
「お兄ちゃん!」
その扉を開けた張本人はなんと茜だった。
「あっ、茜!? どうしたんだ!?」
オレは茜のいる扉の方へとかけ寄った。
茜は息づかいが荒くなっていて、額に汗を流していた。
中等部の校舎から高等部の校舎まではだいぶ遠い。全速力で走ってきたのだろう。
「……はぁはぁ……お弁当の中身、入れ忘れてたこと今気付いたの。ゴメンなさい。あと、ちゃんと中身の入った方を持ってきたから」
そう言って茜が差し出してきたのは、オレがいつも使っているやつとはまた別のお弁当箱だった。
ピンク色と可愛い刺繍が目立つ袋に入っている。
「茜、これはお前の弁当箱じゃないのか?」
「そ……そんなことないです。これはちゃんとお兄ちゃんの……お弁当です」
何だかウソっぽいぞ。
その時、お腹がグ~っとなる音が、どこからともなく聞こえた。
腹は減っているけど、オレじゃない。
その時、茜の方を見ると明らかにお腹を押さえている様子が見えた。
オレの視線に気付くとその手をどけて、何だかとぼけて見せた。
……苦しい。
この弁当が茜のもので、自分が食べないことによって兄に食べさせようっていう優しさがダイレクトに伝わってくる。
何というかここで、「おっ、サンキュー」と言って弁当をもらうなんてことは出来ない。
食堂に行けば飯はいくらでもあるから、茜もそこで食べればいいかもしれないけど、茜が一人食堂で食べている姿を想像するのは、何か辛いものがある。
ここはこう言うしかないだろう。
「じゃあその弁当……分け合って食べようか」
「……ホント!?」
ちゃんと弁当を食べることが出来そうと思ったのか、この上なく嬉しそうな表情をする茜。
「じゃあ、早速わけあって食べようよ」
「早速って、ここで?」
そう言われてオレは教室を見渡す。
みんなお互いに喋っているフリをしているだけで、実際にはこちらを垣間見ている。
その興味津々な視線をすぐに感じ取ることが出来た。
妹大好きなオレが今、まさに真夜以外の妹と接しているという、貴重な光景だろう。
登校時に一緒にいる所を見たと言う人は多いと思うけど、それとはシチュエーションとしての重みが違う。
こんな状態で、弁当を食べられるほどオレは出来てはいない。
とりあえず注目されてしまっているので、何とかしなくては。
「あのさ、茜。一緒に食べるなら別の場所にしないか?」
「えっ、どうして?」
「えーっと……そっちの方が美味しく食べられるから……だな。それにオレとしては人が少ない方が食べやすかったりもするしさ」
「うん。お兄ちゃんがそうしたいなら、私もそうする」
順々な妹である茜は兄の提案に乗ってくれた。
教室から階段で少しのぼると屋上に着く。
昼休みの屋上には人がいるけどまばらで、教室みたいに密集はしていない。みんな、思い思いの姿勢でご飯を食べたり、談笑したりしている。
それにしても広々とした青い空が一望出来るので、何だか心地良い開放感に包まれる。
「これなら美味しく食べられそうだね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
この屋上は何にもないので、とりあえず地面に座ろうとすると、
「あっ、お兄ちゃん待って。今からシート敷くから」
と言って茜はその場でシートを敷いてくれた。
「用意がいいなあ」
「うん。こんなこともあるかと思って、お兄ちゃんのために準備してたの」
ハハハとオレは笑う。これは少し、準備がよすぎる気がしなくもなくてね。
まあそんなことは置いといて敷かれたシートに素直に座り、茜に渡された弁当を取り出した。
弁当のフタを取って、中身を確認。
何だかちょっとドライカレーっぽいご飯の黄色が、何とも辛そう。そして米粒が少し細長い。また見たことない料理が飛び出してきた。
「茜……これは?」
「チキンビリヤニっていうインド料理なの。お米もインディカ米を使って、カレーのスパイスも染み込ませたから、本場の味も堪能出来ると思うよ。あ、でもスパイスは薄めだから本場とは少し違うかな」
「へ、へえー」
相変わらず茜の料理の技術には舌を巻く。
しかしこの料理なら、わけて食べることは簡単に出来そうだ。
「じゃあ、まずオレから一口貰おうかな……」
「はい」
屈託のない笑顔で答える茜。
オレは箸でそれを口に含んで、噛みしめ舌で味わった。
そしてゴクンと嚥下した。
「旨い! 舌に少しだけピリっとする食感がドライカレーとは全然違ってていいよ。やっぱり茜は料理の天才だなあ」
と、いつものことだけど、大袈裟に聞こえるぐらいに褒めまくった。
ちなみにお世辞ではなく、本音のつもりだ。
「ありがとう……褒めてもらえるのはすごく嬉しい。ちなみにお兄ちゃん、毎日そう感じてくれたの?」
「ああ、そうだな。どの料理も毎回、楽しみにしてるんだ。これからは昼飯も楽しみだなあ。あっ、次は茜が食べろよ」
そう言ってオレは、さっきまで自分が使っていた箸を茜に渡す。
茜はそれを受け取ると、オレより遥かに少ない量のチキンビリヤニを口に運んで、すぐオレに箸を渡してきた。
「それだけでいいのか?」
「うん、私、少食だからそこまで食べなくても平気」
「そうか」
そしてオレと茜は代わりばんこに一人前のチキンビリヤニ弁当を食べている最中、ふとオレは新しく出来る妹のことについて思い出した。
転校生として現れるとしたら、他のクラスだって学年だってあり得るぞ。
「あのさ、茜」
「ふへ?」
「転校生とかやってこなかったか?」
「そういえば、ほ(お)んなの子が一人やってきは(た)よ」
茜はご飯を口に含みながら返事をする。何だかいつもと違った妙なカワイさを感じる。
……って、転校生いるじゃん! しかも女の子の!
「で、その女の子はオレたちの妹だったかっ!?」
オレは問い詰めるような感じで茜に迫った。
その様子にびっくりしたのか、茜は「ごほごほ」とむせてしまった。
「あっ、悪い。つい取り乱してしまった……ごめん」
むせながらも「大丈夫」と片手で示し、水筒を取り出し、中に入っているお茶を飲んだ。
「ううん。私達の妹って訳じゃなく、普通に女の子だったよ。新学期のシーズンだしね」
「はーそうかそうか、良かった」
胸をなでおろすオレ。それに対し、茜は不満そうな表情を見せる。
「……もしかしてお兄ちゃんは、新しく来る妹は歓迎してないの?」
「いや、そんなことはないさ。ただ、来るタイミングが早ければ早いほど、空き部屋どうしようかなって考えててさ」
頭をぽりぽりとかきながら、苦笑いするオレ。
「ふーん……」
と、素っ気なく茜は返事をし、お茶をズズズと飲む。
茜の目が、これまでしてきたことがなかった、人を蔑むような目でオレを見てきた。
たぶん色々と見抜かれている気がする。
はっきりとは言えないけど、オレは感情としては歓迎してない。
妹が増えることは楽しい生活が待ってるかもしれないけど、それ自体が不思議なのだ。
でも、それは妹の前で言ってはいけないし、言いたくない。
「でもお兄ちゃん。新しい妹は『そっちに向かってて、そろそろ会える』っていうことなんだから、転校生とは限らないんじゃないかな? 私たちみたいに、突然来るかもしれないよ?」
「いや、それも考えたんだけど、茜たちはうちの親が付き添ってた訳じゃん。そして真夜は転校という形を取ってたから来れた訳で……つまり、そうやって身を落ち着かせてから来るのって今だと、お父さんたちが帰ってないから、転校生ぐらいかなあってさ」
「あー……なるほどー。でもお兄ちゃん、この学校ですごい数のクラスがあるから、いつの間にか転校生として編入しているっていう確率の方が大きいよね」
「あっ」
言われてみれば確かにそうだ。
何というか、オレは真夜のように目の前に現れることを前提に考えすぎていた。
「それにね、お兄ちゃん。とりあえずやる事がわかったんだから、新しい妹は盛大に歓迎すべきだと思うよ」
「やる事がわかった……?」
「もー、お兄ちゃん言ってたじゃない。『空き部屋をどうしよう』って。来る前に、片づければ済む話だと思うよ」
「うーん、そうだな」
その理由は適当に繕ったものだから、盛大に歓迎する流れは腑には落ちてない。
ただ、これはオレ自身の意識の問題でしかないから、茜の言う通りにするのがベストだ。
それより今意識すべきは、このチキンビリヤニをちゃんと一緒に美味しく味わうことだと思った。
「茜、旨かったぞ。ごちそうさま」
「少なくてゴメンなさい、お兄ちゃん……」
「いいよいいよ。オレは充分満足したし」
それにこれでお互い、腹をすかせることもないだろう。
「さて、じゃあ教室に戻ろうか」
オレがそう言ってシートから立ち上がろうとした瞬間、茜はオレの手を力強く握ってきた。
「うわっ」
危うく姿勢を崩して転びそうになったが、地面に手をつき難を逃れる。
「……ーって。一体何なんだよ、茜。突然、手を引っ張って危ないじゃないか」
そう言われて、すまなさそうにオレの手を離す茜。
「ご……ごめんなさい。でも、聞いて欲しかった話があって」
「聞いて欲しい話って?」
オレはシートに再び座りこんだ。
「私のことを……あの……何というか、妹として優しく接してくれてるでしょ?」
「うん、まあな」
「それのことなんだけど……しばらく辞めて欲しいなあって考えてて……」
「うんうん……え?」
「あっ! 縁を切って欲しいということじゃなくて、むしろ縁を強化したいというか……」
「……?」
「つまりはね……」
「つまり?」
「妹じゃなくて、恋人として私を見て欲しいの」