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第三章:さらにつづくエデン(その2)

 オレの隣の部屋が今日から真夜の部屋ということになる。

「真夜の部屋はオレの隣になるんだな。ただ、これはこれで掃除が大変だなあ」

 そんな空き部屋の扉を開けたオレが言った。

 茜と明が来た時に家具を適当に入れたせいで、家具がどれも変な方向を向いている。

「その辺は、私に任せてもらっても大丈夫」

「いや、だいたいはオレがするよ。今の所、家にいる唯一の男だしな。真夜は雑巾とか絞って、茜たちと一緒に拭き掃除したり、掃除機かけたりしといてよ」

 そう言うとオレはまず、一人で大きな机を持ちあげようとした。

 ――クソ重い。

 床を引きずる感じでしか持ち上がらない机。でもこれさえ移動させることが出来れば、後はスムーズに事が運ぶのはわかっていた。

 とりあえず引きずりながらでも、一生懸命運ぼうとはしてみた。

 でも、床から廊下の間を挟む凹凸がそれを邪魔した。

 そこからが全く進まない。

「んぎぎ……おも」

「大丈夫か、兄さん? 重たいなら私が変わろうか」

「おも……たくはないので、掃除しといてくらはい」

 ろれつが上手く回らなくなるぐらいシンドいけど、女の子に重い物を持たせるなんて、男として何か気が引ける。

 そう苦しんでいるオレの前で、ひょいとまるでバスケットボールでもつかむかのように、軽く家具を持ちあげる真夜。

 スイーっと隣の空き部屋へと家具を持ちながら歩いていくのが、オレの目に映る。

 そして涼しげな顔で真夜は戻ってきた。

「お……おかえり。やたらと……軽く……持ちあげちゃうんだな、真夜って。なんか、重たいものを持つ……コツでも……あったりするのか?」

 ぜいぜいと息を切らせながらオレは真夜に尋ねた。

「あー……ただ、運動部で鍛えたりしたからな。剣道とか柔道とか、色々と」

「鍛えてるのか!?」

 オレは驚いた。

 そのスレンダーな体つきから、オレ以上の筋力が出ていることを。

 そして、

「じゃああの、この机、一緒に持ち上げて下さい。お願いします」

 オレは頭を下げて懇願した。男のメンツなんて、どうでもよくなった。


 真夜とオレが主に動き、茜と明がそのサポート。

 家具の大移動に拭き掃除に掃除機。

 完璧にこなした結果、何とか夕食時には部屋掃除を終わらせることが出来た。

 あとは部屋の模様替えとか、少し汚い部分があるけど、それは後日に回すしかない。

 とりあえず、気持ち良く寝れるぐらいにはなっただろう。

 つい三週間前にやったばかりだから慣れてきているのかも。

「それじゃあ、夕食にしますか」

 居間へと下りたオレたち四人は次に協力して料理をすることにした。

 両親がいない一週間は、お金はあるから材料の購入とかは何とかなるものの、普段料理を作っている母さんがいない分、少し大変になった。

 ――と言ってもオレは調理に関してチンプンカンプンだから、料理が得意な茜に任せっぱなしだ。

 ロリータファッションにエプロンという、まるでメイド服みたいな格好をした茜はテキパキと広々とした台所のすべての場所を利用して料理を作り上げていく。

 とりあえず茜が「ハム」と言えば、オレは冷蔵庫からハムを出してくる。「皿」と言われたら、食器棚から色々な皿をとりあえず出してみる。おかずをのせるための大皿も、醤油とかを入れる小皿もいずれ必要になるし、こういうのは適当に出しておくのが吉。オレが出来るのはそのぐらい。

 そんなこんなで出来あがったのが、

「パヴァロッティ風、子羊肉のピッカティーナが出来たよー!」

 シェフもびっくりな、家庭内本格イタリアンが家庭の食卓に並ぶのである。

 ちなみに昨日は『サーモンのムニエル、トマトとラタトゥイユ添え』を作ってくれた。「バルサミコ酢ー」なんて言うものだから、すごくカワイイものが出来ると思っていたらまさかのフランス料理でびっくりした。

 たぶん……いや、茜は料理人の道を目指すべきだろう。その方が日本の料理界が賑わうにきまっている。

 しかもそのメイドっぽい格好だと、別の需要も考えられる。

 四人一斉に「いただきまーす」と声を合わせて早速、茜の作った料理を食べる。

「うまっ!」

 オレはナイフとフォークを使いながら、慎重に肉を口に運んだ。

 皿に装飾する様子までプロ完全再現なので、普段の料理みたく一気食いなど勿体なくて出来そうにない。

 フォークをカチャンと置く音。真夜だ。

 なぜかこの場で深刻そうな顔をしている。

「まさかこの家では、毎日こういう料理を作っていたりするのか!?」

 それは驚きに満ちた発言だった。まあ無理もない。

「いや、ここ一週間はいつも料理を作ってくれる母さんが出かけてるから、今は茜が代わりに作ってくれてるんだ」

「なるほど。茜はこんなに美味しい料理を家庭の食材から作れるんだな。すごいことだと思う……私は尊敬するよ。将来は料理人にでもなるのか?」

 真夜が茜の方を見て、ふふっとほほ笑む。

 そんな茜は両手を頬にあて、頭から湯気が出そうなぐらい照れだした。

「そんなに褒めないでください……恥ずかしいです。ただ、私は私の一生懸命を尽くしただけなので、『プロ根性』って言うのですか? ……そういうのとは無縁にこれからもやっていきたいと思っている次第なんで、プロの料理人になる可能性はないかと思います」

 日本の料理界はこの瞬間を嘆いてもいい。オレはそう直感した。

 そんな料理を一口一口、味を確かめるようにしてゆっくりと食べていた。

 その時――コツン。

 誰かの足がオレのすねに当たったような気がした。

 たまたま伸びでもしたのだろうと思って無視していたが、もう一度すねに何かが当たる感触が伝わった。今度はさっきよりも明らかに強い。

 そして、三度目は――痛い痛い痛いッ!

 その足の主を確かめようと三人の顔を見渡す。明らかにこちらを見ている人物が一人。

 真夜だ。オレの対面にいて、ムッとした表情でこちらを見つめている。

 今度はなんだ。

 また耳打ちでもするのかと、そういったジェスチャーを送ってみた。

 真夜は「了解」とジェスチャー。

 食事中に無作法なことだとは感じつつも、お互い椅子から少しだけ立ち上がり、机を挟みながら小さな声で会話し始めた。

「兄さん、あのことについて聞かないのか? まだ聞いてないんだろ」

「あのことって……?」

「茜と明の過去のこと。聞くタイミングはいつでもいいと思う。だからいっそのこと、今、聞いてしまった方がいいと私は思う」

「え……でも、折角美味しい料理を楽しく食べている場でそういう会話をするって……」

「食事中に会話なんてものはつきものだ。それに、相手はさらっと言ってくれるはずだ。今日の私のように。ほら……言わないなら私から聞くぞ」

「あっ、言うから、真夜が言うのは待って!」

 耳打ちながらも、オレの顔や動作からはその焦りが出ていたと思う。

 茜も明も、さすがにこのオレたちの行動には不思議に思ったのか、食べる手を止めこちらをジッと見てきたし、聞き耳を立てている感じにも見えた。

「兄貴も真夜姉さんも、何はなしてるのー?」

 興味津々な明。

「仲間はずれは酷いです」

 服を手で握りしめて少しふてくされる茜。

「ま……待ってくれ。ちょっと茜と明に聞きたいことがあってな。ほら、真夜とはさっき会ったばかりだろう? だから茜にも明にも、真夜は色々と聞きたいことがあるだろうなと思ったのと、それと同時にオレも聞き忘れてたことがあったなあと思ってさ。だからこの場で聞いちゃおうかなって」

 長ったらしく意味不明な言い訳めいたことを喋りながらも、とりあえず本題に触れるための入口に立つ。

 でも触れてはいけないものかもしれない――そう一瞬だけ思い留まろうとしたけど、ここまで来たら引き返してはいけない。覚悟を決めろ。

「あのさ、オレまだ聞いてなかったんだけど……茜と明は、この家に来る前って、どういうことしてたのかな?」

 しまった、唐突すぎたか!?

 真夜の時のように、ストレートな回答をさせてしまうような質問だ。

 もっとオブラートに包むことだって出来たはずだが、少し緊張しすぎたか。

「ああ、やっと聞いてくれたね、兄貴。いつ聞いてくれるか、そわそわしてたよ」

 そう言ったのは明。

 どういうことだ?

「真夜姉さんとの屋上の話、だいたい聞いちゃったって、兄貴知ってたよね?」

「……あっ!」

 確かに明はあの時の会話を全部聞いていたし、オレも真夜に対してこの話を振るかどうか、そんなことを喋っていた。

 思い出した。なら、ほとんど聞いているも同然じゃないか。

「まあ……確かに兄貴にはまだ話してなかったね。じゃあ全部この際だから話すよ」

 そう言って、明はすべてを説明してくれた。

「あたし達は両親が交通事故で死んじゃったの。それで上の代の人たちがあたし達をどうするかって話になったんだけど、『男の子なら育てたんだけどなあ』とか旧時代的なこと言って、誰も育てる気がなかったの。それにあたし達の両親、結婚する時、結構ムチャやったらしくて親戚中からものすごく評判が悪かったの。

 そんなダブルパンチがあって、親戚親類に引き取り手はいない……あたし達にはとりあえず食べ物とか衣服とか、そういうのは渡してくれたんだけど、出来ればさっさと手を離したい考えは相手に一杯あって、遂には学校に行かせてもらえないって状況にまで陥って、『あたし達の人生、終わったなー』なんて思ってた。その時はさすがに、寂しくてあたしも涙が出た。で、そんな所に……兄貴の両親がやってきたんだよ。

 『仕事をしていて、小耳に挟んだ。どうか引き取りたい』って何度も家へ訪れて、土下座とお金を上の代の人たちにお金を渡して、あたし達を引き取ったの」

 ――そうだったのか。

 大変だったんだろうなとは思っていた。

 だからあえて聞かなかった。

 そして今はようやく覚悟を決めて、聞いた。

 だけど……やっぱり聞いていて心が苦しくなっていった。

 涙を流すことを堪えるのに、何だか必死になっていた。

 本当にそんなことがあったなんて目の前にいる茜と明を見ても、とても信じられない。

 いや、信じたくないだけかもしれない。

 でも彼女たちは、とても頑張って今の笑顔に辿りついたんだ。

 そう考えると、いてもたってもいられなくなって――、

「はう」「わっ」

 愛おしい妹たちをオレはギュッと力一杯、抱きしめた。

「……話してくれてありがとう」

「兄貴……大袈裟だよ」

 明がギュッとオレを抱きしめる。

「お兄ちゃんは……本当にやさしいお兄ちゃんなんですね」

 茜はそっとオレを抱きしめる。

 オレは涙を何とか見せないように。そして、二人の頭をなでた。

「ちゃんと聞けて良かったな、兄さん」

 真夜の声が聞こえた。

「ああ、真夜も……ありがとうな」

 

 予想以上に長い時間がかかりつつもみんな、パヴァロッティ風、子羊肉のピッカティーナを完食した。

「さて、飯も食ったし……」

 オレは水を飲み、一呼吸ついていると、

「お風呂に入る!」

 明は無駄に言葉を繋げてきた。

「まだ沸かしてないから、いま入っても水風呂だぞ?」

「水……はパス」

 シュンとして縮こまる明。そして明は居間から出て自室へと向かう。

「明、待って」

 茜もそれに続く。

「とりあえず今から沸かすから、ちょっとだけ待ってろよな。沸いたらすぐ呼ぶからな」

 二階の部屋にまで届くような大きな声でオレは言った。

 居間にお風呂を沸かすボタンがあるので、それを押す。

 あとは食器とかの片付けな訳だが、これは料理が出来ないオレでも出来ること。

 なのでオレが一任して毎日やっている。こういう細かい所でやっぱり兄貴としてリードしておかないとな。

 食卓に並んだ皿を集めて、台所へと持っていく。

 今まで三人分だった所が、四人分になったと考えると少し時間はかかりそうだ。

「えっと……兄さん。私も手伝おうか?」

 そう言ってくれたのは真夜だ。

「ああ、助かるよ。頼む」

 並んで一緒に皿を洗うオレと真夜。

 どちらも口を開かず、黙々と作業をしている。

 喋ることは何だか喋りつくしてしまった感じではあった。

 けどそれ以上にこの場は何と言うか、妹という点を除けば同じクラスの異性と一緒に皿を洗っているという状況なので、オレは少なくとも緊張していた。

 茜や明と違って、完全にタメである訳で。

 そんな緊張を感じることが出来るほど部屋は静かで、皿と皿が当たった時のガシャガシャという音と、水が流れていく音しか聞こえない。

 何か話さないと、間が持たないかも。

「「あのさ」」

 真夜とオレ、同時に口を開いた。瞬間に、オレも真夜も顔がカッと赤くなる。

「あ……真夜の方から先に言ってもいいぞ」

「……いや、私は後でいいから、兄さんが先に喋ってくれ」

「いや、真夜からでいいよ。オレのは下らないし」

「私のはもっと下らないから、先に喋ってくれ」

 これじゃ、永遠に「どうぞ」が続いてしまうじゃないか。

 かつて流行ったウエシマ効果というやつか。

 ただ、真夜の性格を考えると下手に折れることはしてくれなさそうだ。

「じゃあ、オレから。……改めて真夜、お礼を言わせてくれ。ありがとう」

 オレは作業の手を止め、妹である真夜に対して頭を下げた。

「いいよ、そんなお礼とか、その……恥ずかしいし、とりあえず頭上げてくれ」

 うわずった声で喋る真夜。

 相当恥ずかしがっているのだろう。

 そう気付いたオレは、頭をすぐあげた。

「何だかんだで、真夜の後押しがなければたぶん話してなかったと思うんだ。茜も明も、屋上のオレたちの会話は知っていても、結局それまでの学校の帰り道とかで話しかけてこなかった訳だし。大袈裟に言えば、あのままじゃ一生知る機会が訪れなかったかもしれないんだ。そう考えると、やっぱりちゃんとお礼を言っておかなきゃいけないなって」

「確かにあのままだったら、兄さんは何も聞くことはなかったかもしれない。でも、これだけに限らず、物事はもう少し単純に出来ているから、あんまり深く考えすぎないでいいと思う。じゃないと、機会を逃すことだってあるかもしれない」

「そうだよな……うん。ところで、真夜の下らないことって言うのは?」

 そうオレが言い皿洗いを再開すると、今度は真夜が作業の手を止めた。

「その……これも、あんまり深く考えずに……でも、考えて欲しいのだが」

「う……うん?」

 妙な言い回しに戸惑いながらも、聞き手に専念する。

「私にお礼といった感じでもいいんだが、あの……その……」


「私と一緒に、風呂に入ってくれ」


「うん、わかった……って、えぇ!?」

 またも兄妹が一緒に風呂に入る。しかも同年齢。一体、どういう了見なんだ。

 それと茜と明とは最近一緒に入らなくなったから、風呂は再度、一人でいられる場所となって安堵していたのに、まさか……真夜とっ!?

「いやいや、冗談……だろ?」

「冗談ではない、本気だ。私はそもそも冗談なんて言わない」

 本気なのかよ。

 そんな真夜の瞳は完全に本気モードだった。顔は真っ赤だけど、あの剣幕と大差ない。

「あの~真夜。理由とか聞いていいか? なんで一緒に入りたいんだ。茜や明ならわかるけど、なんで……オレと?」

「兄さんだからだ」

 ……んん?

 それって答えになってなくない?

「いや、やっぱりよくわからないんだけど。もうちょっと詳しく理由言ってくれよ」

「兄さんと会いたかった話はしただろ?」

「ああ」

「だから……同じように夢だったんだ。兄さんと一緒に……その、またお風呂に入るっていうのも」

「またってことは、オレは一度一緒にお風呂に入ってるのか?」

「入ってる。今日見せた写真の日に一緒に仲良く……その頃の思い出があって……また兄さんと一緒にお風呂入りたいなって思ってて、年月が経ってしまった……ってことなんだ。とりあえず、全部理由は話したぞ! さあ兄さん、決断してくれ! 入るか、入らないかを!」

 随分、気合いの入った指さしと共に、大きな声で決断を迫られた。

 子どもの頃からの夢。お礼。すごい剣幕。

 ここまで来たら選べる選択肢は――一つしか残ってないじゃないか。

「わかった、じゃあ一緒に入ろう」

 そうオレが言うと、真夜は可憐な姿に似合わずガッツポーズを取った。

 オレはその様子をじいっと見る。

「あっ……いや、これは。うん、皿洗いしよう」

 そんなポーズを取ったことが恥ずかしかったのだろう、オレと真夜はまた黙々と皿洗いをこなしはじめた。

 そんな時、ピピっと風呂が沸いたことを知らせる合図が鳴る。

「とりあえず、先に茜たちに入ってもらうから。……その後に、オレたちで」

「あ、うん」

 お互い、視線を合わせずに会話を交わす。

 ……なんかこれって、恋人になった男女の会話みたいだ。

 まあ、恋人いない歴が年齢なので、アニメの知識でしかないんだけどね。


 茜と明が風呂から上がって、すぐさま二階にある自室へと入っていくのがわかった。

 今、オレは二階の自室にいるので、二人分のドタドタと子どもが走り回る時のような足音が、廊下を通じてこちらの部屋まで聞こえてくる。

 そして扉が開く音。そこから閉じる音。

 茜も明も二人とも自室に入ったことを耳で確認すると、オレはコンコンと部屋の壁を小突いた。

 コンコンと、隣の部屋から同じように壁を小突く音が聞こえてくる。

 しばらくして、浴室にもっていくための準備をし終えた真夜が、オレの部屋に入ってきた。

 壁を小突くのは「今から風呂に入るぞ」という合図。

 茜や明とは、何度も一緒にお風呂に入っていたので、今更な感じはするが、だからと言って今から堂々とするのもおかしいと思う。だからひっそりと入ろうということになり、合図なんていうこともやってみた。

 その取り決めは何だか、放課後に屋上へ行った時と似ている。

「兄さんは……準備出来たの?」

「ああ一応な。じゃあ行こうか」

 妹と風呂に入る。

 その経験は何度もして慣れたかと思っていた。

 しかし相手は同じ年齢、そしてクラスメイト。そんな中、妙な取り決めまでしてしまったものだから、緊張するなと言う方がおかしな話。

 オレはそんな心境に陥っていて、傍から見て真夜も同じ心境に陥っている感じだった。

 お互い視線を合わせず、そして浴室へと辿りついた。

「一応、言っておくけど……バスタオルは巻いて入れよ」

「なっ……私のことを、兄さんはもしかして痴女か何かだと勘違いしているのか!?」

「いや、そういう訳じゃなくて……まあ、普通に入るならいいや」

 茜や明がバスタオルを巻いてないことがあったので、もしかしたら真夜もその類かと思ってしまったが、さすがにそういうことはないようだ。

 記憶の刷り込みでもあったかのように、妹はそういうものかと思ってしまっていた。

一緒に入るということなので、洗面所機能も有している脱衣室にて、一緒のタイミングで服を脱ぐ。

 もちろん、背中合わせになってお互い見ないように努力はしている。

 しかし、体と服がこすれ合う音は、狭い室内に響き、耳に入ってしまうので色々と意識してしまう。

 真夜が今、服を脱いでいる。

 ――カチッ、カチッ。

 ブラジャーのホックをはずしている音か……そう一瞬だけ考えたが、ダメだダメだ。

 こんな所で煩悩にまみれちゃいけない。

 そう考えながら、オレも服を脱ぐ。

 その時、ふと室内にある洗面台上の大きな鏡が目に入った。

 鏡に映るのは、ブラジャーのホックをはずしている真夜の姿。鏡には胸部から上が映っており、ブラジャーの色が確認出来た。

「薄紫か……」

 そうオレは呟いてしまった。

 不覚にも程がある。その過ちに「しまった」と気付いた頃にはもう遅かった。

 鏡越しではあるけど、胸を手で隠してこちらを睨みつける真夜の素顔が確認出来た。

 これは怒って何かやられるに違いない。

 そう思ってオレは身構えた。

「……たく、妹に欲情とか、情けないぞ」

 真夜はそう言うと、オレに対して何もすることなく、すぐにブラジャーのホックはずしを再開した。

 何もなかったことに、ホッとした。

 

オレは服をすべて脱ぎ、腰にバスタオルを巻き、入浴の準備を整えた。

「よ……よし、オレは、いいぞ」

「私も準備は出来た……」

 両者ともに声がうわずっている。

 そして黙りこみ、最終的には完全停止した。

 これじゃあ、いつまで経っても誰も風呂に入らないじゃないか。

 そう思ったオレはとりあえず先陣を切って、浴室の扉を開け風呂に入った。

 ――やっぱり風呂は疲れが取れるなあ。今日の風呂は一段と気持ち良い。

 というか、今日が単に色々あって疲れまくっただけか。

 そう今日の思い出について振り返ろうとしたけど、振り返っている場合じゃなかったな。

 まだ、今から起こることもある。

 オレに続いて、タオルを腕でしっかりと押さえた真夜が浴室へと入ってきた。

「だ……誰だ?」

「『誰だ』とか言うのは失礼だ。兄さんの妹の、真夜だ」

 ぎゅっとバスタオルをより強く腕で支える真夜。

 一瞬誰だろうと考えてしまったことは、無理もないことだと思う。

 浴室に入るまでは結わえていた髪を降ろし、ポニーテールから完全なロングヘアーになった真夜は、また別の美しさを放っていたからだ。

 ついでに真夜の体つきは、バスタオルをきっちり巻くことで、より細い体のラインが明らかになっていて、そこもまたオレの視線を惑わせようとしていた。

「兄さん、私も入るぞ」

 そう言って真夜も風呂に浸かる。

 その時オレは、浴槽の端に寄って真夜が入れる空間を作ってあげていた。

 そうしたことによってかどうかわからないけど、オレと真夜は互いに向きあった形で風呂に浸かった。

 広い風呂とは言いつつも、どう姿勢を取ったってお互いどこかが触れることとなる。

 だからこの姿勢の場合は、お互いのすねの部分が絡みあってしまっていた。

 なんかこれ、想像以上に恥ずかしい。

「兄さん……足……すけべ」

 そう単語だけ並べ、端的にものを言う真夜。

「いや、仕方ないだろ。大浴場って訳じゃないんだし」

 しかしオレが少し足を動かすだけで、真夜の体にあたってしまうのは事実なので、そう言われてしまっても仕方がない。

 その度に真夜は「うひゃ」と可愛らしい、普段は聞かないような小さな声を出した。

 その声を聞く度に、オレは動揺を隠せずにいた。

 何だかお互いに、恥じらいの臨界点に来てしまっている気がする。

 またも完全停止。

 口火を切るのは、今か。

「あのさ……」

「何、兄さん」

「夢はこれで達成か?」

 お互い顔を見合わせず、あさっての方向を見ながら会話を交わす。

 達成なら達成で、さっさとこの場から立ち去りたい。正直、ものすごく恥ずかしい。

「そう……いや、そんな訳ないだろ。お風呂でやることは、まだまだある」

 ――と言われても、何も思いつけないのだが。

 そう考えていると真夜は、

「兄さんの背中を洗わせてくれないか。あと、ついでに私の背中も洗って欲しい」

 と言ってきた。

 ついでの方が何気に責任感を覚える。

 でもここまで来たのだから、全部堂々とやってしまおうではないか。

 腹は約束した時にくくったのだから。

「よし、わかった。じゃあ先にどっちの背中から洗うかだが……」

「それはもちろん、私のお願いを聞いてもらっている訳だから、私から先に兄さんの背中を洗うぞ。兄さんはそれでいいか?」

「あ、ああ……いいよ」

 そう言ってまずオレから風呂を出た。あとに続いて真夜が出る。

 オレの後ろに真夜がいる。

 そしてタオルを持った真夜は、そのタオルを泡だて、オレの背中をこする。

 ……すごく気持ちが良い。別にイヤらしい意味ではなく、そう単純に思う。

 茜や明にやってもらったことはあったけど、その時の感覚とは全然違う。茜と明は正直、力任せの粗さがあった。

 しかし真夜は違う。人に背中を洗ってもらうということが、こんなにも気持ちの良いものだとは知らなかった。

「背中……洗うの上手いんだな」

「あ……ありがとう。小さい頃、お母さんの背中を洗うことが多かったから、その時のクセが今も残っているのかもしれないな」

 ふふっと笑いながら言う真夜。その笑っている感じが、オレの背中にも伝わってくる。

 そしてタオルがそっと離れいくのが感じられた。

「次はオレが背中を洗う番か?」

「いや、それはもう少しあとだ。次は……こっちを向いてくれ、兄さん」

「え?」

「いや……背中だけ洗ったって綺麗にはならないだろう。だから、前の方も私が洗う」

「いやいや、ちょっと待ってくれ。それは聞いてない」

「今、聞いた」

 戸惑うも何も、茜たちだってそこまでやらなかったというかやらせなかったし、今聞いたと言われても、さすがにその覚悟は出来てない。

「とりあえず、こっちを振り返って!」

 テコでも動かない様子を感じ取った真夜は、オレが座っている椅子ごと180度回転させ、こっちに向かせた。

 ここまでされたら、なすすべがない。ただ、従うのみ。

「じゃあ、両手を上げて。ワキの方から洗っていくから」

 バスタオル一枚巻いただけの同じ年齢の女の子――妹だけど――が、オレの身体を洗ってくれているのはさっきから続いているんだけど、こう正面から見ると、何だかものすごく妙な気分になって落ち着かなくなる。

「ん? なんか不満な所でもあるのか?」

 オレの落ち着きのなさを感じ取ったのか、真夜は手を止めてこちらをジッと見て言った。

「いや、別に……気持ちいいです。はい」

「気持ちいいって……そう感じてもらえたのなら、私は……嬉しいかな」

「あ……ああ、それはよかった」

 素直に気持ちいいって言っただけ何だが、何か妙な誤解を受けている気がする。

 でも背中とじゃ全然感度が違って、本当に今は気持ちがいいのだ。

 そうして、ワキを丁寧に洗った真夜は、お腹、腕の順番に、丁寧に洗ってくれた。

 その次に来たのは足だ。つま先からじっくりと洗われる。

 オレは何だか、順々な妹を持ったというより、メイドを雇った感覚になりつつあったが、つま先からすね、そしてひざと洗う場所がだんだんと上へとあがっていくにつれて、 ふとある疑問が浮かび上がった。

 こういう疑問はさっさと浮かぶべきだったのかもしれない。

 想像力の欠如を露呈してしまっている。

「あのさ……」

「何だ、兄さん?」

「今、足の上の部分まで洗ってくれてるけどさ……」

「うん」

「そこより上も、洗ったりとかするのかなあと思ってさ。なんて」

 そうオレが言葉を発してから数秒後。風呂からも湯気が出るのと同じ勢いで、真夜は頭から湯気を出す勢いで、顔を真っ赤にした。

 これほどにもない、トマトレベルの赤面。

「バ……バカじゃないのか兄さんってば!! そ、そ、そんなこと、する訳ないだろう!? 常識であてはめてみればわかることじゃないかっっ!?」

「わあっ! 急に大きな声を出すなって」

 突然大声を出した真夜。

 それに驚いたオレは、完全にバランスを崩した。

 このままじゃ盛大にコケる。

 そう思ったオレは、何かつかむものがないか探した。

 浴槽のフチ……はツルツルしててつかめない。

 ああああああああ。

 ――と、その時オレは何を思ったのか、正面にいた真夜の腕をつかんでしまった。

「兄さんっ! 私もコケてしまっ――」

 そう言い終える前にオレと、そしてオレにつかまれた真夜は一緒に椅子から転げ落ちた。

 見事な感じにコケた。

 しかしながら広い浴室だったためか、オレは変に固い部分に頭を打つことはなかった。

 良かった……いや、良くない。

 真夜も一緒にコケてしまったんだ。

「真夜、大丈夫か!?」

 横になっているオレは、立ちあがって様子を確認しようとした。

 その時――ぽよん。

 やわらかい感触が右手に伝わってきた。何だか少しだけなら触ったことがある感触。マシュマロのようで、すべすべした感じでそして温かみのある。これは――。

「ちょっとやめろって……くすぐったいのだ」

 オレがそのやわらかな感触と転倒に混乱している間に、真夜が気を取り戻した。

「真夜、痛い所ないか!?」

「ああ……兄さんか。まさか私がコケてしまうとは情けない。でも、兄さんが支えてくれているおかげで頭を打たずに済むことが出来た。ありがとう」

「え……いや、オレもコケたから、支えられてないと思うんだけど」

 強いてあげるならば、真夜に触れていた部位はただ一つ。上半身の一部分のみ。

 そのことに、真夜もすぐ気がついた。

 オレはさっと手をどけ、そして上半身だけとりあえず起こす。

 そして体を起こしたオレはまた、新たなことに気付いた。

 真夜の顔がとんでもない部分のクッション機能によって支えられていた。

 状況としては膝枕に近かったんだけど、脚部の方に近すぎる。

 故に、タオル越しにはなってはいるがアレが近い。

 そしてタオル越しからはアレの現状が把握出来てしまうだろう。クッション機能を有するほどの反発力を。

 これだけは気付かれないためには、どうすればいいか。

 ……いや、どう考えても積んでいるだろ、これ。

 真夜の顔の向きが逆で頭を支えている程度だったら、まだマシだったかもしれないと言えるか。

 あっと思った瞬間、真夜は目の前にあるオレの大切な凸部分に気付き、凝視した。

「真夜……もう一度聞くけど、そこも洗ったりとかは……」

 もう苦笑するしかない。

 対する真夜は――、

「に……にい……兄さんの……ド変態やろおーーーーー!!!」

 そう叫ぶと共に、真夜は浴室から出て、服だけ持って廊下の方へと出てしまった。

 もうその声は家の中どころか、たぶん近所中に響き渡ったような気がした。

 真夜の絶叫に呼応するように、ワンワンと近所の犬どもが吠えまくる。

 何となく、妹と接するにしては途中まで良い感じになっていたのに、こんなハプニングなんてあんまりだよ、神様仏様。


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