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第三章:さらにつづくエデン(その1)

 妹たちが来てから、三週間ほど経った。

 ここの所、オレは一人で起きてない。

 原因というより理由として、起こしに来る人間がいたからだ。

「兄貴、起きてー! 朝だよー!」

 カンカンカンと、金属のぶつかり合う高い音が部屋に響いて、オレを起こしにきた。

「あー起きる! 起きるから、その音だけは勘弁してくれ明! み、耳に響くぅ~」

 目をあけてみると、ベッドに上がってオレの胴を足で挟んだ状態でいる明が見えた。

 寝まき姿ではなく、もう制服に着替えている。そして一方にフライパン、もう一方に金属のお玉。

 耳鳴りがする……。

「今日も一番遅く起きたのは、兄貴だったね」

「いや、だって仕方ないだろ。お前らが起きる時間って、まだ寝てていい時間なんだから」

「早起きは三文の得って言う言葉、知ってる?」

「知ってるけど、早く起きすぎて学校で寝てしまえば、得どころか損だ。まぁ、わかったわかった。着替えてすぐ朝飯食べるよ」

「はーい」

 そう言って明はオレの部屋から出て行った。

 そうそう。最近何だかわからないけど、妹たちは常識的になりはじめていた。

 来たばかりの頃は本当にベッタリで、何度も一緒に寝たりお風呂に入ったりした。まあ、やましいことは結局一切しなかったし、見たりも見られたりもしなかったけど、兄妹の絆というやつは、より固く結ばれたに違いない。

 それとここ一週間はちゃんと自分たちの部屋で寝るようになったし、お風呂も「一緒に入るか?」とあえて聞いても、「あとでー」と投げやりに聞こえる答え方をして、別々に入るぐらいだ。そういや、お礼のキスもあれ以来、全くない。

 今ぐらいが丁度良い距離関係だと思う。ムリヤリ慣れる必要もなくなった訳だしな。

 ちなみに起こしにくるのは明がほとんどで、時々、茜ということもある。

 茜の起こし方は相変わらず下着が見えそうなネグリジェ姿ではあるけど、ペチペチとほっぺを軽く叩く感じ。ただオレはいつも近寄ってくる茜の息吹で目が覚める。

「兄貴、まだー?」

「今、着替えてる最中だからちょっと待ってくれ」

 そういや、もう一つ変わったことがあった。

 両親が一週間、家に帰ってきていないのだ。

 多忙な両親なので朝になっても帰ってきてないことはよくあるけど、一週間という長期間留守にするのは珍しかったし、連絡もこちらからすると、留守電にしかならなかった。

 ただまあ、何かあれば連絡が来るはずだ。

 両親ともに、すごい生物学者だし、仕方がないさ。


「「「いってきまーす」」」

 三人は同時にその声を発してから家を後にする。

 オレたちは出会った次の日からずっと一緒に登校をしている。

 同じ学校の中にある中等部の方に茜と明は通っている。中学と高校で校舎がわかれているが、校門辺りまではオレと同じ道を通る。

 ゆえに妹たちと一緒に通学する訳だが、そんなオレは必然的に他の学生からも目立つこととなっていた。

「おお。あれが噂のカワイイ妹二人組かあ。相変わらず兄と仲が良いんだなあ」

「両手に花ってやつか。……ったく、羨ましいぜ」

「『俺も妹も』のマナとカナ、そっくりじゃね?」

 そんな声が次々と周りから聞こえてくる。

 話題の的となっている当の本人たちはというと、オレの肩に寄りそうギリギリの姿勢で歩いている。

 ちなみにこの状況はまだマシな方で、一緒に通学しはじめた頃は公序良俗に反してしまうギリギリまで、もうベッタリとくっついていた。おんぶをせがんでくることもあったかな。とりあえずその時は学生から近所のおばちゃんまで、目が全員、点になっていることが容易に確認出来るほどすごい状況になっていた。まあ、一番すごいのはそんな視線があってもしばらく辞めようとしなかった茜と明だが。

 ちなみにその様子は、あの妹歴十数年のトベでさえ、驚いた顔を隠さなかった勢いだったし、杜若から風紀の乱れとして注意されかけることもあったくらいだった。

 まあこれに関しては、今はマシになったし慣れもしてきたので、別にどうってことなかったりする。

 それに教室に入ってしまえば互いに校舎が違って遠い分、妹たちとは離ればなれになる訳だしね。

 これがアニメでよくあるシチュエーションであれば一つの校舎に兄妹がいて、休み時間になる度に「お兄ちゃーん! 一緒にご飯食べよー」と言ってきたんだろうなと考える。

 クラス中に「妹が大好き」と知られている分、そこまで来ると家族単位で救いようがなくなる。

 ちなみに妹が出来た時のクラスの反応は、普段オレに興味を持たない人であっても、驚いた表情が隠せない感じだった。

 あと、そんな話題を通じて今までオレを避けていた人とも喋るようになった気がする。

 ただ、オレは妹のことをあまり喋らなかった。人にそうプライベートなことを離す気もないし、そもそもオレ自身がまだ妹たちのことを聞けずじまいだったし。

 教室に入る。

 すると、教室の中は何だかいつも以上にザワついていた。

 とりあえずそのザワザワ感が気になりながらもオレは席につく。

 すると呼びもしてないのに向こうから、大親友トベがやってきた。

「おい聞いたか。今日、うちのクラスに転校生が来るんだって!」

「どこ情報よ、それ? 眉つばな話、オレは好きじゃないんだぞ」

「いやいや、杜若がちょっとだけ言ってたんだよ。そんな杜若は先生から聞いたってさ」

 さすがクラスの委員長と言った感じか。

 でもクラス中に知れ渡るっていうのは、あんまりよくないんじゃないのか?

 ちなみに杜若には泣かれてしまった次の日、オレは誠心誠意の謝罪をしたら、

「あの日起こったことすべて忘れろ」

 と、すごい剣幕で言われて悪い意味で一生の思い出となりそうだった。

 結局、何がしたかったのやら。

 そんな杜若が教室へとやってきた。

 そして、ホームルーム開始のチャイムが鳴る。

 そのチャイムと同時に教室に急いで入ってくる生徒たちと、出席簿を持ってゆっくり入ってくる担任の三出先生。

 三出先生の後ろに誰かがいた。教室に入る扉の手前で止まっているようだ。

 顔はよく見えない。しかし、肌色の足とチェックのスカートが見えるので女の子だろう。

「あれが噂の転校生か……」

「見ろよ、あの足。きっとすっげー美人に違いないぜ」

「もー男子は黙ってて」

 クラス中、転校生の登場に湧きあがっていた。

 ちなみにオレはというと、割とどうでもよかった。

 たぶん、仲良くなることはないだろうと思っているからだ。

 その転校生がオレに対する偏見を持っているはずがない。

 それはわかるがいざクラスに仲間入りすると、オレの趣味に関してはすぐ耳に入るだろうなと思う。ただ、今は本当に妹がいるので「妹が大好きなんだって」というのは普通に聞こえるのかもしれないので、もしかしたら偏見は生まれないかも。

 ただそれ以前に、その転校生は女友達を作るだろうな。

「えーそれでは……今日からうちのクラスに編入してくる、転校生を紹介しようと思う。中ノ(なかの)(はら)()()。教卓の方へ」

「はい」

 そう言って一人の女の子、中ノ原真夜が教室に入ってきた。

 男の子でも身長負けする人が多そうな長身。オレと同じぐらいの身長だ。そして細くて綺麗な長い足。その体躯には、男女関係なくうっとりしていた。。

 カツカツと女性の靴ならではの靴音を鳴らしながら、清楚な感じに教卓の方へと歩く。その歩みに合わせて、長い茶色の髪のポニーテールが左右に揺れる。

 教卓の前に立つ。

 杜若ほど鋭くはない瞳だが前をしっかりと見据えている様子を見るに、しっかりしてそうだと感じる。

 クラス全員、彼女が何を言い出すのか、声をのんで待った。

「あー……。滝崎(たきざき)高校から転入してきた中ノ原真夜と言う。色々込み入った事情があって、こんな変な時期に編入することになった。もうすぐ夏休みになり、受験の話題も出てくる忙しい時期になるとは思う。だから短い間だと思うが、よろしくお願いします。……これでいいですか、先生?」

 教室内に凛々しいと感じるハスキーボイスとその言葉が響き渡った。

 言い終わるとたちまち、教室内は拍手喝さいで満ち溢れた。

 歓迎を意味する拍手。

 見た目だけじゃなくて、本当にマジメそうな子だと思った。

 きっと良い友達を早速作るのだろう。

「はい、じゃあ中ノ原さんの席ですが――」

 と、出席簿を覗いている途中の三出先生を尻目に、何とオレの席の前にやってきた。

 驚き戸惑うオレ。こっちを見てくる中ノ原の視線が何か怖い。

 いや、オレだけじゃなくてクラスのみんなが、その行動に驚き、そしてその意味に関心を持っていた。

「先生。言い忘れていたことが一つありました。付け加えてもいいですか?」

「はい……? まあ、どうぞ」

 そう言われた中ノ原は、ビシッとオレの顔を指さして宣言した。


「私、中ノ原真夜は改発龍太の妹だ。その辺もみなさん、よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をする中ノ原。

 ……へ?

「「えええーーー!?」」

 教室にどっと喚声が上がった。

 その中にはオレも含まれているし、事情を知ってそうな先生もなぜか含まれていた。

 杜若も普段絶対見せないような、驚愕した表情を見せている。

 クラスのみんなは、オレと中ノ原の話題ばかりになった。

 オレ自身がその話に交われない辺り、台風の目の状態だ。

 この台風を退けるためにはオレが何か言わなければいけないのか。しゃーない。

「な……中ノ原さん。オレには妹が二人いる。茜と明だ。それ以外の妹は知らない」

 一瞬でムッとした表情に中ノ原はなった。

「妹が二人いるとはどういうことなんだ? 私は兄さんに妹がいるなんて聞いたことがないぞ!?」

 まさかの「兄さん」かよ。

 でもそれに関しては、今の中ノ原の剣幕を見てると文句を言う気力が出ない。何か怖い。

 でも事実は言わせてもらうぞ。

「いや、実際いるんだ。一緒に暮らしていたりするんだが――」

 そこまで言ってオレは一度周囲を見渡した。

 クラスの全員が期待の眼差しでこちらを見ている。

 さしずめみんなの中では、オレと中ノ原の関係を知りたがってるに違いない。そして最近出来たオレの妹たちに関しても。

 結局、オレはみんなの質問に対して回答をはぐらかしてきたからな。

 しかしだからと言って、みんなの前で色々と喋る訳にはいかない。ただ、このままいくと個人情報が教室内限定でダダ漏れになる。それは非常にマズい。

 オレは中ノ原に耳打ちするようジェスチャーをした。

 それを理解してくれたのか、中ノ原は顔をこちらに近づけてくれた。

「あー……あのさ、中ノ原さん。今は色々な人が注目してて話しにくい。だからあとで……昼休みか放課後ぐらいに、いい?」

「……そうだな。これは家族の問題だから、ここで話すようなことではないか。ただ、私はこの学校の構造はよくわからない。どこで話し合うかは兄さんが決めてくれ」

 そう言うが早いか、やっと先生に指示された席に中ノ原は、堂々とした態度で座った。

 教室は何事もなかったかのように、一度静まりかえる。

「おい。マジであの美人さんの兄貴なのかよお前」

「実際に妹いるのも驚いたけど……」

「ねえねえ。あと何人妹いるのよ。実は二人ぐらい、いるんじゃないの?」

 そういう声が少し聞こえてきたけど、オレは無視を決める。

 トベが何だかソワソワして、杜若が何か考えてそうな難しい表情をしていたけど、それも無視。

 みんな何か考えているんだろうけど、当事者であるオレもよくわかってない。

 そもそもオレは当事者なのかどうか。

 兄さんというのは、人違いだったりするのでは?

 三出先生は「オホン」と咳払いをすると、何事もなかったかのように出席簿を開いた。

「えーっと、それでは朝のホームルームとして、出席を取りたいと思います――」


 本当は昼休みに中ノ原と話し合いがしたかったが、どこへいっても誰かがいるので、放課後に校舎の屋上へ行こうということになった。

 放課後の屋上では時々遊んでる人や不思議な実験をしている人はたまにいるが、基本は誰もいない。屋上なんて、行った所で何もないしな。

 放課後。

 今日は掃除当番じゃないオレは中ノ原が廊下へと出て行ったことを確認し、少し間をあけてから廊下へ出る。

 一緒に出たんじゃ、後をつけられたりして怪しまれるかもしれないから、この辺の段取りは事前に一緒に決めたことだ。

 屋上へと続く階段を登っていく。

 校舎に響いていた生徒たちの声が、廊下では残響となってワーンワーンと聞こえてくる。

 そうして階段が途切れる所までのぼり、その目の前にあった屋上へ続く扉を開けた。

「うっ」

 突然の風にオレは手で顔を覆った。

 屋上というより高い所にそもそも行くことがないので、強い風が吹くことをあまり想像してなかった。

 一瞬だけど目が開けにくい……そんなまぶたの隙間から、中ノ原真夜の姿が見えた。

 屋上の端、手すりにもたれかかりながらオレを待っている。

 風が収まったので周りを確認。

 よかった、誰もいない。

 ホッと胸をなでおろすオレは、中ノ原の方へと向かう。

 深刻な話をする訳でもないオレは笑顔を作って、まずは他愛もない話から入ろうと口を開きかけたが、

「どういうことなんだ? 妹が二人もいるなんて、本当はハッタリなんだろう!?」

 中ノ原は既に剣幕全開。教室でオレを挑発している頃と変わらないどころか、疑い方がより酷くなっている。

「待ってくれ、本当なんだ。オレには二人の妹がいる。茜と、もう一人は明。今は二人とも中学二年で一緒の学校に通っている。ちなみにこの学校の中学な。だから、校門まではオレと茜と明、三人一緒でもある」

「茜と明……知らない名前だ。昔から一緒に住んでいたのか?」

「いや、それが……実は先月出来たばかりの妹なんだ」

「先月? 歳が近い妹がそう簡単に出来る訳ないだろ!? やっぱりおかしいじゃないか!?」

「うわっ!?」

 オレにつかみかかる中ノ原。

 確かに他人からしてみれば、おかしな話だとは思う。

 しかし何をそんなに怒っているのかよくわからない。

 襟を手でつかまれているので、何とか離させようとオレはもがいた。

「だからちゃんと最後まで話を聞いてくれって。茜と明は訳あって養子としてうちで引き取った女の子たちなんだ。だから、血は繋がってない義理の妹ということになるんだよ」

「ほう、なるほど。で、その訳っていうのは?」

「えーっと……折角仲が良くなったのにその辺、掘り下げたら傷ついちゃうかなと思って、まだ聞いてない……」

 てへって感じの苦笑いをするオレ。

「なんだそれは? 聞いたら案外、軽く言ってくれると思うぞ」

「そういうものかな?」

「そういうものだと思う。でももう、だいたいわかったから」

少し安堵したかのような表情を見せる中ノ原。

 中ノ原の中では、今回の議題は解決したそうだ。

 ただ、こっちはすっきりとしない。

 妹がいることでここまで怒ってきた理由がわからない。これじゃ何か理不尽じゃないか。

「なあ……えーっと、中ノ原さん」

「兄妹なんだから、『まや』って呼んでくれたら私は嬉しい……」

 その瞬間、中ノ原……いや、真夜の顔が少し赤く染まる。

 その態度の急変っぷりに焦りながらも、オレは言葉を続けた。

「いや、その兄妹ってことなんだけど、オレも何が何だか訳がわからない。なんで今日、転校してきた中ノ原がオレのことを『兄さん』って呼ぶんだ?」

 アニメなら「兄貴っぽいポジション」というだけで「兄さん」と呼ぶ場合は時々ある。

 しかしながら、これはそういうことじゃないだろう。

「本当の兄妹だからな」

「だからそこがわからないんだ」

 心当たりがない。脳内にある思い出だけじゃなくても、写真とかで残っているファイルを全部あさってもたぶん見当たらないと思うぐらいに。

「あー……ほんっとに信じないんだな! 疑り深い男はモテないと思うぞ。じゃあ証拠!」

 真夜は鞄の中に手を入れ、ゴソゴソと何かを探し始めた。

 そうして出てきたのは、五枚の茶褐色に染まった写真だった。端の方は欠けていたり、所々曲がっている。いかにも古い写真といった感じだ。

 それを真夜はオレに渡してきた。

「これは?」

 写真には今よりも若く見える男女の写真。そして小さな男の子と女の子が写っていた。少なくとも、若い男性が父さんだってことはわかる。

 若い女性は誰だろう。親戚か誰かか?

「それはみんなで撮った写真だ。その男の子が兄さんだ。撮った年月も右下にちゃんと写ってるから、何年前かはわかるよな?」

 そう言われて年月を確認したオレ。

 それは十年前だった。

 だいたいオレが六歳ぐらいの時ということになる。

「……ということは、十年前までオレと中ノ原は一緒に兄妹として暮らしていたってことなのか?」

「いや、暮らしてはいない」

「え? でも兄妹……なんだろ?」

「そう、兄さんは兄さんだ。でも、私は兄さんのお父さんの隠し子だったんだ」

 衝撃的な一言だった。

 どこにでもあるような家庭。

 変わっているのは少しばかり、両親が忙しいとかその程度。

 そう思っていたんだが――そんな大きな隠し事があったのか?

「オレは……その……隠し子がいたっていう話の方が信じられないな……」

「そうか。ちなみに、この写真に写っている若い女性は私のお母さんだ。そしてその横が、私のお父さんでもあり、兄さんのお父さんでもある。これ以上ない証拠なんだぞ」

 そんなことは言われなくてもわかっている。だけど。

「中ノ原をオレは見たことがない。こうやって写真を撮った覚えもない」

「それは単に覚えていないだけだ。ただ、それは仕方がないことだと思う。私は兄さんと今日を含めても三回ぐらいしか会ったことがない上、そのうちの二回目がその写真だ。それ以降はずっと……違う家で暮らしていた……。たった二回しか、兄さんに会えないなんて……」

 少しだけ、真夜の言葉と言葉に、間があいた。

 何かを呑みこんでいるかのような、そんな感じがした。

「私がお父さんとお母さん……まあ、兄さんのお母さんとは違う人の子だってことは、すぐに知った。そして腹違いの兄さんの存在も聞かされた。でも……それを聞かされたのは、その写真を撮った随分あと。残酷だ……ホント、馬鹿みたいに」

 そう言うと真夜は目頭を押さえはじめ、嗚咽をもらした。

 オレはそれを黙って聞くしかなかった。

 オレも苦しいけど、真夜の方がもっと苦しんでる。

 励ませる言葉が見つからないオレは、自分にイライラする。

 でも、

「ハンカチとテッシュ……これ、使えよ」

 これぐらいなら出来る。いや、これぐらいはしないとダメだと思った。

「ありがとう、兄さんは優しいな」

 ハンカチで丁寧に涙を拭き、真夜自前のテッシュで鼻をかむ。

「はー……久しぶりに泣いた。泣いたらすっきりするものなんだな。ちょっと……まだ、涙が少し止まらないけど……開き直った感じがする」

 少しだけヒックと息を吸い込む真夜。

 どうやら落ち着いてきたようだ。

「どうしたんだ、兄さん?」

「えっ?」

「顔つきがちょっと怖い」

 オレは眉間に皺を寄せて視線を落とし、神妙な顔つきとなっていたようだった。

 色々と真夜のことを考えていたからだろうな、きっと。

 真夜に言われて気付いたので、慌てて元の顔へと戻そうとする。

 でも、顔を戻すことを意識しすぎてか、上手くいかない。

「あ……ごめん。真夜」

「やっと真夜って呼んでくれた。私は嬉しい」

 真夜の頬はまた赤く染まった。

 泣いたあとで顔が赤くなっているけど、嬉しさの赤さも混じっているように思える。

「でもやっぱりわからないことは一杯あるんだ。……色々と聞いてもいいか?」

 そう、疑問はまだ尽きてはいない。

「言ったはずだ。私もそうだが兄さんの妹たち二人も、たぶん質問には軽く答えてくれるって」

「そうか。じゃあ遠慮なく聞くけど、今まで会えなかったのに、会えるようになったっていうのは、どういうことなんだ?」

 その瞬間、真夜は鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきをした。

「安心して聞けると思ったら、突然直球な質問をしてくるんだな。まあ簡単に答えるとあれだ。お母さんが死んだ。だから、一人になった私はいつでも出ていけるようになった。住所はお父さんのものを拝借して前々から知ってたんだ」

 重い話題を軽く飛ばすかのように、フッと笑う真夜。

 オレはそんな重たい話題が出てくるなんて思わなくて、少し申し訳なくなった。

「そ……そうだったのか。何か聞いちゃってゴメン」

「大丈夫だ兄貴。泣く時に泣いたからもう泣かない。あと、軽く聞けただろ?」

「ああ、そうだな」

「じゃあ今度はこっちの番。頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「何でもって訳にはいかないけど、どんなこと?」

「兄さんの家で暮らしたい」

 さっきまでのオレの暗い気持ちはどこへやら。屋上の突風に吹き飛ばされたかのように、ただオレの中には「驚愕」の二文字が浮かび上がった。

「ちょ……ちょっと待った! さすがにそれは難しいと思う」

「どうしてなんだ? 養子じゃなくて、血は半分一緒の妹なのに……もしかして、兄さんはイヤなのか?」

「いや、そういう訳ではないんだけど……けど、他の家族がなんて言うのか、オレの一存だけじゃ判断出来ないんだ」

 オレはいいけど、両親や茜や明が何て言い出すかわからない。

 そう慌てふためいていた時、屋上の扉がバンと大きな音を立てて豪快に開いた。

 誰かが来た。二人いる。

「私はいいですよ、一緒に暮らしても」「あたしも! 家族が増えるのは良いことだ!」

「え……? その声はもしかして」

 オレは扉の方を注視した。

「茜です。お兄ちゃんの妹の一人です。初めまして」

「明でーす。兄貴の妹の一人だから、家族になるならお姉ちゃんってことになるのかな? よろしく!」

「よ……よろしくお願いします」

 茜と明に、丁寧に頭を下げる真夜。

二人は扉の方からこちらへと、揃ってズカズカとやってきた。

「お前ら、どうしてここに!?」

「兄貴を迎えに行こうとしたら、兄貴。屋上に向かっていくんだもん。不思議だなって思って、茜と一緒についてきた」

「私は、ちょっとだけ明に『辞めよう』って言ったんだけど……」

 力が抜け、呆れ顔になるオレ。

「茜も明も、どこからどこまで聞いてたんだ?」

「『妹がいるなんて、ハッタリなんだろう』って真夜さんが言う辺りから」

「明。それ、全部じゃねぇかよ!」

 誰にも聞かれてないと思った行動がすべて身内だけには筒抜けだった訳だ。

 全部聞かれたかと思うと、何だか居たたまれないぐらい恥ずかしくなってきたぞ。

「ただ、全部聞いてもらったのはありがたいかもしれないな」

 真夜は両手を腰にあてる姿勢で、堂々と言ってのけた。

「どういうことだ、真夜?」

「これで一緒に暮らせる許可は貰えたも同然だからだ」

「へ……ああ、そうか。家族の許可がこれで二人分おりたからか」

「二人分だと、妹さんたち二人だけになるが、兄さんは私の入居をやっぱり許可してくれないのか!?」

 険しい顔でこちらに近づく真夜。やっぱりその表情は怖い。

「いやいや、オレも許可してるよ。でも、両親の許可がないとさすがにダメなような気もするんだけどなあ」

 うーんと考え込むオレ。

 そんな時、茜が、

「でもお父さんもお母さんも帰ってきてないから、許可貰えないっていうのは仕方がないと思う。だから、帰ってきた時に許可をもらうっていうのはどう?」

「それ、賛成ー。茜、賢いっ!」

 ――って、それはただの事後承諾ってやつだろ。

 でも、それ以外に道はなさそうだ。今、親には電話が通じないしな。

 それに家を出てきたってことだから、ここで拒否をしたら女の子一人を野宿させることになる。それは忍びないし真夜も本当に妹なんだ。

「真夜はこれでいいのか? 軽く決まっちゃったけど……」

「兄さんに異存がなければ、構わないさ」

「「じゃあ、けってーい」」

 喜ぶ茜と明。

 ふふっとほほ笑む真夜。

 オレもそれにつられて笑った。

 先月まで妹がいなかったオレだけど、また妹が増えた。

 今度は三人の妹。

 まあ同年代の女の子な訳だけど、それはそれでいいかもしれない。

 妹が増えたことに関して、何だか不思議な縁があって、その縁が何か繋いでくれているんじゃないかってオレは思う。

「よし、じゃあみんなで帰るか!」

 日が落ちかけ空が紅く染まる時間に、オレたち四人は仲良く帰った。


「「「ただいまー」」」

 帰宅したオレは、とりあえず暗くなった部屋や廊下の明りをつけて回った。

 玄関の前で、少しもじもじしている真夜をオレは見た。

「何してるんだ、真夜。さっさと上がろうぜ。空き部屋の掃除とかしたいし」

「私は何て言って入ればいいのか……『ただいま』というのは、何か変な気がするし」

「これから家族になるんだから『ただいま』でいいと思うし、別に言い方なんてそんなに気にする必要ないって」

「そうか……じゃあ遠慮なく」

 真夜はすうっと息を吸った。

「ただいま」

「おかえり」

「……おかえりって言ってくれる人がいると、気持ちが良いな」

「……そうだな」

 真夜は靴を脱いで玄関に綺麗に揃え、オレと一緒に部屋の方まで上がった。

 二階の空き部屋は二つある。

 茜と明が家にやってきた際に、いらない家具とかを空き部屋に運びまくったので、空き部屋は二つともぐちゃぐちゃなので、どの部屋を使おうか迷う。

 仕方なく、オレと妹たち三人で整理しやすい部屋ということになった。


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