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第二章:改発龍太の驚愕(その1)

 オレが起床し、両親が帰宅した夕方から途端に忙しいことになった。

 唐突ながら我が家でさっそく歓迎パーティーが開かれることになったのだ。

 新しく出来た妹二人の歓迎パーティー。

 パーティーと言っても家族三人と新たに迎える妹たち二人の計五人で行うので小規模だ。しかしケーキや申し訳程度の装飾ぐらいは準備したいと言うことなので、オレは近くのケーキ屋に行って母さんに言われた通りのケーキを買うことになった。

 数十分前の驚愕な出来事を振り返りながら、オレはケーキ屋までの道のりを歩んだ。


 ――数十分前。

「妹だって!? 何? オレ聞いてないよ!?」

「あれ、母さん。伝えてくれたんじゃなかったっけ?」

「あら、それはあなたに任せたはずですよ?」

 居間に入るや否や、お茶を一杯飲むという当初の他愛もない目的を忘れるぐらいにオレは驚いた。

 その様子を驚きもせず、そして笑いもしないオレの妹らしい二人。

 二人とも髪は茶色でオレの肩幅ほどの身長しかない。大きく無垢な感じのエメラルドグリーン色に輝く瞳で、チラッとこちらを見つめただけだった。

 この二人の姿にオレは何とも言えない既視感を感じる。

 ……ああ、そうだ。

 この髪の色といい瞳といい、風格も含めほとんど『俺も妹も』のマナとカナじゃないか。

 ……ということはもしかして、空想の世界の住民が現実にやってきたという、小説とか映画とかでよくあるアレなのか?

 そんなバカなことがオレの身にも――?

 頭の上に「?」を並べるオレ。

 そんな様子を察したのか、親父は色々と説明してくれた。

「あー……すまん龍太。少し遅くなったけど、この件に関して詳しく説明するとだな――」

 少しではなくかなり遅いと感じつつも、オレはその説明を聞き入った。

 だいたい、こういうことらしい。

 とある事情により、我が改発家はこの二人の姉妹を養子として迎え入れ、家族として引き取ることにした。この話が出たのはつい最近で、仕事をしながら手続きを済ませていっていたので、オレには伝える暇がなかったとか。

 そういえばここ数日ただでさえ忙しそうな両親が、食事を食べる暇もなく忙しいのには、そういう理由があったのか。そして暇が少し出来たからと言って「妹が出来るぞ。じゃあ仕事に戻る」と言われても、余計に混乱を招くだけだから賢明な判断と言えるかも。

 そしてオレは彼女たちの名前を教えてもらった。

 マナっぽいと思っていた子の名前は(あかね)。地面に向かって真っすぐ伸びたロングヘアーが特徴的で、黒を基調としたロリータファッションを上手く着こなしている。その様子はまるで精巧な人形を見ているようで、顔立ちがそれに合ってとても綺麗だった。うつむいていて話しかけにくそうにしている辺り、ますます人形っぽく感じる。

 カナっぽいと思っていた子の名前は(あかり)。髪はショートカットヘアで、足がよく見えるショートパンツを穿いて上着はシャツと、茜とは対照的にオシャレよりも動くことを重視しているような格好だ。少しそわそわしている辺り、何か動きたいのだろうかと考えてしまう。

 パッと見の雰囲気も、やっぱりマナとカナそっくりなんだよなあ。

 ホント、アニメから飛び出してきたような奇妙なものを感じる。

 今日からそんな彼女たちは『改発茜』と『改発明』となり、オレの妹となる。

 ちなみに歳は二人とも同じ。オレとは割と年齢は離れていて中学二年だそうだ。通う学校は北桜ケ丘学園の中等部で、そこの編入生ということになるみたいだ。

 とりあえず続々と聞かされた新着情報を脳内で咀嚼し、一応の理解を親父に示す。

 そんな中で一つだけ、気になったことがあった。

「あのさ、親父。その『とある事情でやってきた』って言うのは……」

 そう喋る途中。親父は人差し指を口の前で立て、「静かに」のポーズをオレにした。

「養子として迎え入れるなんてことは、当人たちにとっても辛いことがある。だから……わかるな?」

 なるほど、と首肯してみせた。

 彼女たちがいる前で、彼女たちが今、辛い思いをしている理由を聞いてしまうのは、野暮というものだ。今は前に向かって進むべきことだもんな。

 そして今やるべきこと。それは兄として喋りかけるべきなのではないか?

 緊張しているのか、彼女たちから喋りかけてくる様子もないし。

 とりあえず、それにはまずオレから自己紹介だ。

「えーおほん」

 自己紹介ではお決まりのワザとらしい咳払いをしてみせる。

 少しだけ居間の空気が入れ替わり、両親がこちらの方を見る。そして両親だけでなく、彼女たちもこっちを見はじめた。

 エメラルドグリーン色の眼差しで、こちらを見つめてくる二人。

 …………。

 ヤバい。何だか途端に緊張してきた。

「えーっとだな、オレがそのー……あのー……何だっけ? えーっとここは改発家の居間なんだけどー」

 ダメだ、完全に緊張してしまっている。

 この時の心境は非常に複雑だった。「わあ、カワイイ妹たちだー」と喜ぶ余裕はなく、「妹が出来ただと!?」と驚くばかりで、妹とはいえ赤の他人でしかも今まであまり喋ることのなかった女の子に対して、家族として喋るなんていうことを考えだしたら、思考回路はショート寸前となってしまった。

 いや、結果はショートだ。

 そんなオレの様子を見かねた母さんは両手をパンと叩き、「パーティーを開きましょう」と言い、オレにケーキのお使いを頼んだ。

 まあ、「少しは外に出て落ち着いてね」ってことなのだろう。

 緊張でショートしてしまったオレは「了解」とだけ言い、両親から必要経費だけもらうと、ケーキ屋へと向かうことにした。


 ――現在。

 オレは色々と考えている間に、ケーキ屋に辿りついた。

 ケーキ屋は学校とは逆方向にあり、駅前の喧騒からは遠く離れた静かな場所に立っている一軒家であるが、ここの店がまた美味い。特集番組でよく紹介されたり、店長がテレビのチャンピオンを取ったりと、何かと有名だったりもする。

 とりあえず、母さんが何を買うか指定してくれたので、その通りに買う。

 オーソドックスな感じだけど、いちごケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ合わせて5人分。

 そういえば、彼女たちは何が好きなんだろう。

 ……ん?

 『彼女たち』ってなんだ?

 実妹となった二人をまだ『彼女たち』と呼んでしまう辺りこう喉の奥に何かつっかえている気分になる。

 このまま一緒に暮らすことになるんだろうけど、何か不安だ。


 帰宅したオレが居間で見たものは、本当に申し訳程度の飾り付けされている空間だった。

 折り紙を縦に切り輪にして、それを一つ一つ繋ぎ合わせ、両端を壁にくっつけることでアーチのようなものを作り出す。

 まあ、即席で出来る代物ではあるけど、何故か歓迎される側の茜と明も手伝っていた。

「ただいまー。母さん、言われた通りケーキ買ってきたよ」

「ケーキ!?」

 と、素っ頓狂な声を上げて答えたのは母さんじゃなくてのは茜だった。

 ここにきてやっと茜の声を聞いた気がする。

「うん、ケーキ……だよ?」

 オレは買ってきたケーキの入った箱を机の上に置き、ケーキを皿に一つずつのせていく。

 初めての会話を交わしたオレと茜。

 そんな茜はその頬を赤で染めていた。

「じゃあ、ケーキも揃ったことだし、あとは飲み物を各自準備してパーティー始めちゃいましょうか! みんな席に座ってー」

 母さんはそのままテーブルの周りにある椅子を引っ張りだし、「ここに座って」という風に、家族みんなを座らせた。

 その合図に従って座る、母さんを含めた五人。

 席を選ぶ時、オレは何も考えずに座ったのだが、これが余計に緊張する結果となった。

 対面の席には両親が二人。

 オレは真ん中に座る――ということをしてしまったので、必然的に両隣に妹たちが座る結果となってしまった。

 これがいわゆる、「両手に花」というやつなのだろうか。

 いや、それは兄妹に適用されるべき言葉ではないはず。

 しかしその様子を見た母さんは「フフフ」とほほ笑む。「まあ! 早速、仲が良くなったのねえ」という笑みであることを切に願いたい。

 

 緊張感で周辺の空間が歪みそうな中、パーティーは始まった。

 右側に茜、左側に明がいる。オレが少し姿勢を正そうとするだけで、どちらかの肩にあたるほど近い。

 緊張で額から汗が出続ける。

 そもそも自己紹介とかするぐらいなら、オレが対面にいた方が良いと思う。親父たちは紹介しあっているだろうし、今更話しかけやすい位置にいる必要もないだろう。

 そう考えながらオレは何をする訳でもなく、気を紛らわしたくて周りをキョロキョロした。

 その時、ふとあることに気付いた。

 茜が犬のように……しかしその大人しそうな性格に合う清楚な感じに、よだれを垂らす勢いで何かをジッと見つめている。

 その視線の先にあるもの――それはチョコレートケーキだった。

 そういえばケーキ、欲しがっていたな。

「あ……あの~、茜さん(・・)? チョコレートケーキ、食べる?」

「え……あ、はい」

 茜は妹である以前に年下とわかっていたけど、まさかの「さん」付け。

 合コン(想像)でも、もうちょっと気軽な感じでやると思うけどこの緊張感は、余計に悪化している気がする。

 とりあえずチョコレートケーキがのっている皿を、茜の手前にまで持ってくる。

「あ……ありがとうございます。お兄ちゃん」

 頬を赤らめ、下を向きながらペコリとお辞儀をする茜。

 その小さくも可愛らしい動作。そして「お兄ちゃん」という発言に、オレは心を奪われかけた。

 ドクリと大きく心臓が鼓動するのを感じる。

そして、こっちも茜に負けないぐらい頬を赤く染めてしまった。

「ちょっと、茜。あんただけずるい! ……ねえ兄貴。あたしにはチーズケーキをお願い」

「あ、ああ……わかった。明さん」

 先ほどの茜との会話が口火を切る流れとなったのか、明もオレに対してケーキを要求してきた。

 初対面の初会話で、まさかの「兄貴」発言。第一印象だけでなく、本当にカナっぽくボーイッシュなのかもしれない。

 言われた通り、チーズケーキがのった皿を、明の前まで運ぶオレ。

「あと兄貴。『さん』は、いらないから。 『あきら』って呼び捨てでイイよ。なんかそうじゃないと、兄妹として不自然じゃん。 茜のことも、『あかね』でイイよ。ね?」

「う、うん。そっちの方が何だか兄妹っぽくって嬉しいかも……」

「『兄妹っぽく』じゃなくて、あたしたち三人は、今日から兄妹なの!」

 ――三人は、今日から兄妹。

 兄貴であるオレがリードして言うべき言葉を明が先に言ってくれた。

 その瞬間、スッと今までの緊張感が一気に溶けて、オレの頭の中で清々しい風が吹いた。

「そうだな……兄妹だもんな! 茜、明! 改めてオレこと改発龍太をよろしくな!」

 そう言って、オレは傍にあったアイスカフェの入ったガラスコップを手に持った。

 茜も明もその意図がわかったらしく、オレンジジュースの入ったガラスコップを持つ。

 互いのガラスコップをカンと少し当てて、

「「「乾杯――!」」」

 と、パーティーらしく振る舞った。

 その時、オレはやっと固くならず笑顔になれた気がした。

 もう、緊張感という歪みはない。


「そういや、オレと同じ学校に通うんだってな?」

 先ほど打ち解けあったオレは、もう緊張することもなく普通に喋れるようになっていた。

 明は同じノリで、茜はうつむくことなく頬を染めながらではあるけど前を向いて喋っている。

 妹と喋っているというか、友人と話しかける感じに似ている気がする。

 それと性格や風貌は似ているものの、マナとカナのようなアニメのキャラとはやっぱり違うなと何となく感じた。確かにアニメのキャラには近いんだけど、それは実在する人間がどんな創作キャラと似ているかと考えた、ただそれだけの話でしかない。

「うん。まああたし達は中等部に配属される訳だけどね。ちなみに茜とあたしは一緒のクラスなの」

 そう言ってケーキを豪快にフォークで刺しては、そのまま大きく口を開いて入れ込む明。

「そうなの。私と明は一緒のクラスなんだよ、お兄ちゃん。私と明が一緒のクラスだから、今後、明の居眠りとか先生に注意されることなく起こすことが出来るの」

「ちょっ。そういう恥ずかしい話はなし、なーし!」

 断固抗議の姿勢で立ちあがる明。

 フォークを持って、なおかつ頬にケーキの欠片をつけたまま立ちあがるものだから、何だかとてもダラしないことになっている。

 仕方がない。ここで兄の威厳を発揮しますか。

「おい、明。顔にケーキついているぞ」

「え?」

 テッシュを取りだして、明の顔についたケーキの欠片を拭くオレ。

 むにゅっと明の頬の感触がテッシュ越しに伝わってくる。

 男にはない、女の子ならではのやわらかさだ。

「もっとお上品に食べろよなあ。仮にも女の子なんだし」

「あ……うん。ありがとう、兄貴」

 ポッと頬を染める明。

 茜と似たような反応をするんだなあと、少し感じた。

 その時くいくいとオレの服を引っ張る感触が後ろから伝わってきた。

 何だろうと思って後ろを振り向くと、

「あの……お兄ちゃん。あたしの口元も、汚れてしまったんで……拭いてくれませんか?」

 と言う茜がいた。

 しかし、茜の質問にオレは少し「?」となってしまった。

 確かに口元にケーキがついている。

しかし不自然というか上品というか、皿の隅にあった欠片をそのままワザと口元につけたのではないかと疑ってしまうような絵がそこにあった。

 気付いているのに口を拭かないという辺りの矛盾もその証拠だ。

 どうしてそんなことを茜がするのか。

 ロリータファッションを身にまとった人形らしい不思議さが、この行動にも表れているのか?

 しかし断る理由がない。

 まあ妹のワガママだと思って、聞いてあげようではないか。

「あーわかった、わかった。んじゃ拭いてやるよ」

 テッシュを取り、茜の口元にあるケーキの欠片を取り除こうとする。

 その時、茜は少し顔を横に動かす。

 テッシュを押さえていたオレの指先が少し外へと飛び出す。

 ――ぷにっ。

 今度はテッシュ越しではなく、これは直に伝わってくる皮膚の柔らかさ。それも唇のだ。

「あっ……」

 オレはそれに少しだけ恥じらいを感じ、その指をすぐ引っ込める。

 その時、指先に茜の唾液が少量ついた。

 少量の茜のそれは一本の細い糸を唇と指の間に形成していたが、指を遠ざけるとその糸は力弱くちぎれた。だが、湿り気だけは指先に微かに残った。

 マズい。

 一瞬、オレはその唾液を拭きとらないでおこうと本気で考えてしまった。

 さっきまで緊張してて完全に忘れていた「妹が好き」という本能的情動。

 それを今、思い出してしまった。

「うん? どうしたの龍太お兄ちゃん」

「いや、どうもしないさ。ワハハハハ……」

「?」

 茜は首を傾げた。

 明も兄貴であるオレの様子に対し、疑問符を浮かべていた。

 唾液のことを少しでも悟られないように、平常心を保たなければ。

「とりあえず茜も明も、あんまり汚い食べ方をしないよう、上品にな」

「そうだね。私の食べ方、少し汚かったかも」

「まあ、あたしは美味しかったから、良しって感じだけどなー」

 対面で見ていた両親も含め、みんな笑う。

 良かった。全く気付かれていない。

 とりあえず、気持ちを落ち着かせよう。平常心。平常心。


 少しオレの中でハプニングがありつつも、みんなケーキを食べ終えて、パーティーも幕が降りる感じとなった。

「さて、じゃあ私は片付けでもしようかな」

 母さんは立ち上がってそう言った。

「あ、じゃあオレは装飾をはずそう」

「いや、龍太には別にやってもらいことがあるのよ?」

 母さんはそう言うと、居間の端の方にある物を指さした。

 いつもは整理されているはずのこの部屋だが、そこだけやたらと物が山積している。

 その正体は、

「あ、これあたし達の荷物なの。これから暮らすんだから、お引っ越しの品々ね」

 そう。茜と明の荷物だった。

 単純な泊まりではなく、完全に我が家へお引っ越し。

 故に、パーティーの最中に気付かなかったことがおかしいと思えるほどの荷物がそこにあった。

 空き部屋というか、人が住むスペースはすべて二階。

 つまり――。

「それ全部、持って上がってね。あと空き部屋の掃除もお願いね。とにかく、今日から龍太はお兄さんなんだから、ファイト!」

「ファイトだ、兄貴!」

「ファイトです、お兄ちゃん」

 妹たちに声援をもらうなんて、嬉しい事この上ない。

 しかし、

「でも、少しは自分で持つ物は持つんだぞ」

「「はーい」」

 可愛い妹たちに荷物を持たせるのは、あまり考えたくない。

 でも少しは手伝ってもらわないと、こちらの体がもたないので少量は持ってもらおう。


 掃除の後に、階段の昇り降りをかれこれ五往復。

 一階から二階という超短距離ではあるが、服や何やら一杯入った鞄やダンボールを一人で持ったので五往復だけでも相当キツかった。普段、運動してないことが祟ったか。腕も痛いが腰も痛い。この年齢でギックリ腰はシャレにならんぞ。

 ちなみに空き部屋のスペース確保はさっさと終わらせた。特に何もなさそうな空き部屋の一つを妹たちの部屋にしようと考え、その部屋にある邪魔なものをとりあえず隣の空き部屋へと全部突っ込むだけで済ませた。

 あとは窓を全開にして、掃除機をかけるだけで、いつでも使用出来る部屋へと様変わりする。これが映画に出るホラーな洋館とかであれば、話は別だっただろうが、そこまで汚い家ではない。

 オレがやるべき作業がひと段落したので、少し休憩。

 そんな時、うしろから「よいしょ、ふぅー」と汗をかきながら、一段一段、何かを確認するかのような足取りで上がってくる茜が見えてきた。

 肩にかけられそうな小さな鞄だが、茜にとっては重いのかもしれない。

 いや、そもそもロリータファッションな服装が作業に合っていなさそうだ。

「茜、大丈夫か?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。このぐらいなら何とか……何とかあぁーっ!?」

 長いスカートの裾を茜は自分で踏んでしまい、階段の上で後ろ側に傾き始めた。

 荷物を手から離してバランスを取れば、ケガはしなくて済む。それが出来なければ大ケガに繋がる。

 しかし、茜が荷物を手放そうとする気配がない。

「茜っ!」

 オレは茜の方へと急いで駆け寄った。

 ――がっ!!

 間一髪だった。

オレは何とか茜を抱いて、支えることが出来た。

「茜、危ないだろ! 大丈夫じゃないと思ったら、オレに頼めばいい!」

「ご……ごめんな……さい、ぐすん」

 茜の瞳はだんだん滲み始めていた。

 もしかして……泣いちゃう?

「あー……いや、ゴメン。もうちょっと軽い荷物を持たせて上げれば良かったんだよな。オレの配慮が足りなかったし、突然叫んじゃったのも悪かった」

「ううん、いい。だってお兄ちゃんは正しいこと言ってるから。それに、私だってこういった服を着ながら荷物を運んだりするのは、無茶をしていたと思うの」

 そう言ってオレに抱かれながら、服のスカート部分を持ちあげヒラヒラさせる。

「そうだな。出来れば明みたいな服装がいいかも」

「私、ちょっと動きやすいような服装に着替えてくる。お兄ちゃんは、服を二階に持って上げてくれたんだよね?」

「ああ。重たいやつから持って上がったからな」

「そっか……ありがとう」

 支えになっていたオレの腕をほどく茜。

 そのまま服を置いた場所に行くのかとオレは思った。

 でも茜は、こちらを一度振り向く。

 何だろうと思った次の瞬間――。


 ――チュ。


 茜はオレの唇にキスをした。

 茜はえへへと笑いながら頬を赤く染めて言った。

「お礼のキス、あげるね。兄妹なんだから」

 ぽかんとしてしまった。

 そんなオレに茜はウインクをして、服が置いてある部屋へと向かう。

 兄妹なんだからキスはお礼……になるのか?

 いやいやいや。

 えーーーーー!?

 兄弟って、そういうものなのか?

『俺も妹も』とかフィクションより大胆な感じだぞ!?

 混乱している中、ふと走馬灯のように一つの記憶が思い出された。

 鮮明と残っている、茜の唇の感触。そして唾液。

 ……いやいや。本当に素直なお礼なんだ、きっと。話をしていても純粋そうじゃないか。

 何かオレが変に意識しすぎているに決まっている。

 妹願望が強すぎたオレの過剰反応。

 保て、平常心。頑張れ、平常心。


 空き部屋にとりあえず荷物を運んだオレたち三人。

 オレも茜も明も、三人揃ってまだ生活感のないこの空き部屋でだらんと座っていた。

「ふぁー! 疲れたね、茜」

「そうだねー。重たい荷物が多くて大変だったよ」

 まあ、オレがだいたい運んだんだけどな。

 背伸びをする明に、ロリータファッションから『動きやすいような服装』ということで体操着に着替えた茜。

 その体操着には、胸の辺りに「あかね」と大きく、そして可愛く名前が書かれている。

 ロリータファッションを着ている時には気付かなかったけど、年齢の割に茜の胸は成長していた。巨の字がつくほどではないにしろ、「あかね」の文字がその胸の凹凸によって大きく歪んでいる辺り、その大きさを視認することが出来てしまう。

 さらに、下に穿いているのは何と赤ブルマ。

 そのブルマのおかげで先ほどの服装からは見えなかった、細くてスラっとした綺麗な足がはっきりと確認出来た。

 ……なんというか格好なんだ。

 北桜ケ丘学園は中高共に絶滅危惧種と化したブルマをあえて採用し続けていることでも一部有名な学校で、マニアにはその存在が喜ばれていたりする。最初はオレも「すごい!」と感嘆した。だけど、さすがに何年も通っていると、その光景は見慣れたものとなってしまう。

 しかしそんなオレも間近で、しかも家の中で体操着+ブルマ姿になる女の子を目にするのは、さすがに見慣れてはいなかった。

 というか初めてだ。僥倖すら感じて、「眼福、眼福」と少し拝みたくもなる。

 それに、胸も「巨」といかない程度に成長している辺りが、何とも言えばいいのやら。

「どうしたの、お兄ちゃん。顔、真っ赤だよ?」

 しまった。

またぽかんとしてしまったのだろうか。

 ……何だかさっきから、茜に調子狂わせられっぱなしだな、オレ。

 ただこうも調子が狂ってしまっては、作業がはかどらない。

「大丈夫だ、問題ない。荷物をせっかく運んだんだから、一番良い家具配置を頼むって考えていたんだ」

 嘘もいい所だ。

だけど荷物をそのままにしたり、家具をちゃんと並べたりしないといけないのは事実だ。

 この部屋はとりあえず、茜と明、二人の部屋となる。しかしこの部屋にはベッドが備え付けられて寝ることが出来るだけで、それ以外の生活はまだ出来そうにない。

 とりあえず寝るまでにやることとして家具を綺麗にする。その上で部屋にあるタンスの中に服を入れたり、勉強机や本棚に物を配置したり、最低限気持ち良く暮らせるようにしたいと考える。

 そういったことは早く終わらせたい。

とりあえず家具を綺麗にする所から始めよう。

「よし、じゃあ茜も明も雑巾もって、家具を拭いていこう」

「ういーっす」「はい」

 二人と一緒にオレも一階へと降りて行き、洗面所にある雑巾を取る。

 オレだけはとりあえず、水が入ったバケツも持って部屋へ行く。

「よし、じゃあ掃除開始!」

 オレのその合図とともに、みんなで一斉に拭き掃除が始まった。

 雑巾で拭いてホコリを取り除けば、どれも新品同様に使える家具ばかりだったから使わないと勿体ないしな。

 そう思ってオレは隅々まで綺麗にするつもりで拭いた。

「兄貴は細かい所も拭くんだね。端っこだとか、隅の方だとか」

「えっ? これぐらいは普通じゃないのか」

 明にそう言われて学校の掃除のことを思い出した。

 杜若の厳しい指導のおかげか、いつの間にか杜若スタイルの掃除方法が定着してしまっていたのか。

「ああ、この掃除の仕方はオレのクラス委員長独自のやり方でさ、結構これが厳しいんだよな。それが身についてしまった人だと思う」

「委員長の掃除が厳しいって……クラス委員長が掃除を監視するんですか?」

 何だか少し困惑気味に茜は尋ねてきた。

「おう、そうだな。うちの学校ではそういうことになってる」

「厳しい委員長だったら、どうしよう」

「大丈夫だって。オレの所が特別厳しいってだけだからさ」

ただ、他の学年が厳しくないという保証はない。

「茜、大丈夫だって。あたしがクラス委員長になれば、掃除なんて適当に終わらせても大丈夫なようにするからさ! 良いアイデアだろ?」

「それは……良いアイデアなのかな?」

 茜の不安を、明が根拠のない自信で励ました。

「良くない良くない。さすがに委員長が掃除を監視するからって、汚かったら先生が今度は委員長を注意するだろう。それにそんなテキトーなこと考えてるやつは委員長に選ばれるはずがない」

 ビシッとオレは言ってやった。

 それにそもそも、この時期に編入するということは既に委員長の席は誰かが座っている。

 委員長になるとしても、来年の話だろう。

「テキトーなんかじゃないもん。よし、じゃあテキトーじゃないっていうことを証明するために、今日の掃除は一生懸命頑張るぞ!!」

「おっ……おお。頑張ってくれ」

 よくわからん理屈だけど掃除を頑張ってくれると、みんな助かる。

 そして明は、その宣言通りものすごい勢いで拭き掃除をこなしていく。

 正直、オレよりも早く、そして丁寧な感じだ。

 その身のこなし、手の動きからして無駄がない。見た目だけじゃなくて、本当に運動の出来る女の子なのだとオレは感じた。

「よーし、ここも終わり。次は本棚だ!」

 元気よく本棚の方へと移動し、、あだ本が何も入っていない本棚を拭く明。

 ゴシゴシゴシ。

 前屈姿勢を取りながら、雑巾を持った右手を大きく横へ前後させて、本が入る空間を拭いていく。

 そういう拭き方、オレには真似出来ないなあと感心しているその時、チラリと明の何かが見えた。

 それが何であるか。一目でオレは理解した。

 すかさず、目をそらす。

「どうしたの、兄貴。顔が真っ赤だぞ?」

「いや、別に何でもないからー……そ、掃除続けてていいよ」

「うん? ……よくわからないけど、わかった」

 そう言って、明は掃除を再開する。

 その大きな動きのおかげか……いや、そのせいで見えてしまうんだよなあ。

 Tシャツの間から、まだ発展途上段階な乳房を抑えるための、明のブラジャーが。

 しかもその明のブラジャーは見栄を張っているのだろうか、明の体格に対して少し大きいサイズになっている。

 茜に対抗しているつもりなのだろうか。

 そのためはっきりとは見えないものの、ブラジャーのその奥にある健全な男子が見てはいけないものまで、見えてしまいそうになる。

 ああ、でも気になる。

 我が妹のことながら、気になる。

 健全な男子でありたいと願い、そして妹をそういう目で見ないぞと思いつつも、見たくなるという本能に流されてしまうというのもまた、人間のあるべき姿なのだろうか。いや、そうだ。見れる時には見てみるものである。そもそも、減るものじゃないし――。

 そうだんだんとオレは、己の衝動を抑えきれなくなってきていることを頭では理解しつつも、感情の抑えが効きそうになかった。

 えい、ままよ!

 何とでもなれと思ったオレは、明に気付かれないようゆっくりと顔の角度を変える。そして目で明のシャツを追ってみる。

 見えてきそう……かな?

 そう思った瞬間、明は手を止めた。

「……なにコソコソ、こっちを見てるの?」

「ん……んん!? いや、あの、本棚には何が入るのかなあ何て考えてたんだよ、うん」

 うわっ! バレたっ!?

「あーそうなんだ。ふうん。あたしは本とかほとんど読まないから、茜の本ばっかりになるだろうね、ここ」

「あ……あーそうか。オレは同人……じゃなくて、割と薄めの本を集めてたりするなあ。へー、茜は本が好きなんだ」

 良かった。バレてない。そして薄い本蒐集をあえてただの本好きとしてアピールも出来た。

 とりあえず明には変に疑われたくないから、話題を変えてみよう。

「茜はどんな本とか好きなんだ?」

 話題を振られた茜は、タンスを拭いていた手を止めて話しかけてくれた。

「うん。私も薄めの本とか集めてるかな」

 オレは驚いた、マジか。

女の子だから、やっぱりそのB――。

「特に絵本とか、不思議な世界に浸れるから大好き。絵本じゃないけど、不思議な世界っていう点で、海外の童話とかも好きかなあ」

「あ……あぁ、絵本と童話ね」

 薄い本がオレと同じじゃなくて良かった。妹には清く正しく美しくいて欲しいからね。

「オレは、絵本とか童話とかほとんど読まないけど、スタジオギブリの作品は童話っぽい感じの表現ですごく面白いなあって感じるんだ。ああいうのって、本当に絵本のような不思議な世界が好きだからこそ創ることが出来るんだなって感心したりもするんだ」

「私もそれ、すごく感じる。あの雰囲気って、絵本っぽくてワクワクするの」

「だよな、夏休みに映画またやるみたいだし、みんなで一緒に観に行こうか。あと、茜の好きな絵本も読ませてくれよな」

「うん、わかった。ところでお兄ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃんが読む本ってこういうのだったりするの? 私は漫画とかは読んだことあるけど、何だかサイズも違うし本当に薄そうだし」

 そう茜が何気なく取り出してきた本は、オレの薄い本の数々だった。

 茜はそれを束ごと持っていた。

 なぜと一瞬だけ考えたが答えは明白だった。

 空き部屋なんて誰も使わないことを利用し、オレの部屋に置くことをためらった薄い本。つまり同人誌とかイヤらしい本の類。その束。

 そしてオレは妹が大好き。

 つまり、オレの妹好きが全部入ってると言っていいぐらいの本を今、茜が手にしているということになる。

 妹に、妹をアレコレするような本を読まれるのは、どんな事態か。

 それは国家的な緊急事態と同等と言える。

 好きなものに対して堂々な姿勢を貫いてきたオレとはいえ、さすがにこればかりは耐えられない。

 さっさと茜から本を取り上げないと。

 だが、

「茜、なにそれー?」

 掃除の手を突然止めて、茜の元へとやって来る明。

 明は、茜がまだ何を持っているのかわかってなく、興味津々の様子だ。

 本日何度目かわからないが、またもやマズい!

「ストーップ、ストーーーップ! 茜も明も掃除を続けよう! なっ!?」

 しかしその説得の声はむなしく、部屋に響いただけだった。

 オレが慌てふためく間、茜と明はジ~ッとオレの薄い本を一生懸命読んでいた。

 右から左に、お互いに同じタイミングで視線を移動させ、次のページをめくっては、また同じことを繰り返す。

 薄い本だからすぐ読み終えそうとはいえ、そのスピードでもオレは多くの汗を垂れながさして、脱水症状に陥らせるには充分だった。

 とりあえず、このタイミングで取り上げるのは、余計に怪しまれそう。

 そうこうしている間に、妹たちは薄い本を読み終えた。

 しかし、ほっとしたのもつかの間。束になってた本から、もう一冊を取り出してきた。

「へー……へえー。そうなんだー……」

「ふむ、なるほど」

 二人とも何かを納得した様子で読破していく。

 ……妹として何か納得出来ちゃう所があるのか?

 そしてまたも真剣な眼差しで一コマ一コマを凝視していく。

 ドン引きの嵐が来るのかと思ったけど、何もやってこないし、そもそも今、この場におけるオレの存在が希薄になりつつある。

 そして二冊目を読み終えたらしく、そっとそれを置く。

 改めて表紙を見ると、やっぱりこれはセクハラまがいではないかと感じてしまう。

 しかしながら妹たちの様子はどちらかというと、子どもが新しいオモチャを見て、興味津々に遊ぶといった情景を思い浮かべる。

 でも、茜も明もオレより小さいとはえい、中学二年生の女の子だ。

 それがそういったオモチャではないことぐらい、わかるはずだ。

 だけど、そのまま三冊目に手を伸ばそうとする。

「ちょっ!」

 このタイミングにきて、やっとオレは本を取り上げた。本の束も回収。もう遅い気がするけど、これ以上はいけない。

「いやー……何なんだろうね、この本は。こういうのは茜と明の部屋には相応しくないだろうから、オレが責任を持って処理しておくよ。ハハハ……」

 乾いた笑いが、部屋の中で虚しく響く。

 処理とはもちろん、自室に持ち帰ることだ。捨てるのはさすがに忍びない。

 オレはとりあえず、本を抱えて部屋から出ようとした。

 その時、茜たちの表情をチラッと見た。

 その表情は、何とも意味深なものを感じた。

 恥ずかしがっている訳でもなく、兄を蔑んでいる訳でもなく、じっとただオレが抱えた本を見つめているだけだ。

 もしかしたら、あとで両親に何か言うのかもしれない。

 いや、表情に出さないだけで、オレにとてつもなく落胆しているのかもしれない。

 今日一日……いや、会ってからまだ数時間か。それでも一応、兄妹として仲良くやってきたけど、こういうのを見られたんじゃ、その仲にヒビが入っても仕方がない。

 そういう視線なのかもしれないとオレは感じた。

 しかしながら理由はともかく、茜も明も住む場所はもうここにしかないんだ。

 だから、

「茜。明。今まで手を止めてた分、一生懸命掃除しろよな。オレも手伝うから」

 部屋の掃除はさっさと終わらせようと思った。

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