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第一章:龍太と、その妹(その1)

 政令指定都市である神ノ(こうのみや)市内にある県立北桜ケ(きたさくらがおか)学園高等部に、俺は休むことなく健康に通っている。

 中等部の入学式から四年と二カ月。つまり高校二年生である。

六月でもあるので、そろそろ夏休みと、そして夏休み前の学期末テストの準備に差し掛かっている頃だが、俺はまだこの学校に色々と慣れてない点があった。

 この学校の敷地面積はかなり広い。中等部と高等部、二つ分の校舎や体育館、グラウンドが存在する。そのため学校の外周を一周ぐるりと回るだけでも、マラソンの練習としては充分になる。そのため、毎朝登校時に学校が見えてきても教室からは遠いというのは気が遠くなる。

 またその建物たちとは別に、北桜ケ丘学園は大きな理科校舎がある。

 そこでは他の学校とは違った理科の授業が行われたり、贅沢な実験器具を使った実験授業が行われたりする。その成果もあって、理系分野の研究で活躍する先輩たちがこの学校には多いそうだ。

 ちなみにそのうちの一人にオレの父さんがいる。

 オレの父さんは理系分野の中でも生物学の研究に勤しんでいて、生物学界の中ではそれなりに有名な研究者らしい。

 オレも昔から、父さんが読む本を見よう見まねで読んでみたことはあったが、父さんの知識には追いつきそうにない。そして研究所で出会ったという母さんの知識にもオレは驚かされるばかりだ。二人ともシュレーディンガーという人に影響を受けたらしい。ほら、見えなければ箱の中の猫は生きているか死んでいるか、どっちかわからないって言うアレ。

 あと、この学校は理科だけでなくクラブ活動にも力を入れている。弓道部や陸上部においては、全国大会で優勝する程の実力を持っていたりする。

 しかし我が学園のことをここまで語った所で、オレとはあまり関係がない。

理科は確かに大好きだけど、どうも楽しく学べない。正直、父さんの本を読む方が、何十倍も面白い。

 そしてオレは今、帰宅部に所属している。ついでに部長だ。

 帰宅部に所属する人間は40人程度いるこのクラス中で、二人しかいない。

 気になる部活内容と言えば放課後、帰宅すること。

 ……ごめん。

 つまり、何も所属してないに等しいというか、ぶっちゃけそんな部活なんて公式には存在しない。

 いざ部活に入ろうと思ったら時期を逃したらしく、気付けばどこも本気モードになっていて、入部希望者だと言うのに相手にしてもらえず、せめてもと思い、帰宅部を脳内で作り上げるに至っていたのが去年の今頃の話。

 結果は同じような境遇にあったクラスメイト、卜部(うらべ)純一(じゅんいち)の勧誘に成功した。

 卜部のことはいつも親しみを込めて俺は「トベ」と呼んでいる。

 そんな日の放課後。

 いつも通りオレとトベは部活動(帰宅)に勤しもうとしていた。

「改発。お前またやってしまったな」

「またって何だよ?」

 部活準備(鞄の中に教科書を入れる)をしているオレに、卜部がニヤニヤと気持ち悪い笑顔を見せながら言ってきた。

「何ってそりゃ、『妹大好き宣言』だよ。今日もなかなかに面白かったぜ?」

「別に受けを狙って言った訳じゃないぞ」

「わかってるって。でも本当に改発って、妹好きだよなあ」

 くつくつと笑うトベ。

 そんな気持ち悪い笑みばかり見せてくるトベに対し、オレは真剣に妹に対しての熱き思いを披露した。

「そりゃ当然だろ? 妹ってさ……お兄ちゃんに対して無垢で純朴な存在で、助けてあげたくなって、それでいて蠱惑的なぐらい可愛くて、猫なで声で、家族で、一歩踏み越えれば禁断の愛が芽生えてしまうかもしれないなんて考えたらさ……すごく魅力的に感じるんだよな。それは感情論だけじゃなくて純粋に、そして理屈で言っても結論としては妹が欲しいって思うんだけど……トベはそう感じないか?」

 トベはふりかかる火の粉を払うがごとく手を振り、拒否を示した。

「全然。そして賛同すら出来ん。そしてオレはお前と違って現実の妹がいるから、そういう変な妄想に走ることは絶対にないし、欲情なんてありえない。だいたいオレの妹なんて、寝っ転がってポテチ食って、ケツかきながらテレビ見てるんだぞ? 『どこのおばさんだよ!?』って突っ込まない方が難しいぐらいさ」

「……いいじゃないか、そういう妹も」

「黄色い救急車呼ぼうか?」

 オレの立派な妄想を、都市伝説な代物で流さないで欲しいな、親友よ。

 しかしこれも、トベとの他愛もない、いつもの会話だ。

 妹が好きという話をオレがして、自分の妹がウザいという話をトベがする。

 互いの噛み合わない主張をただ垂れ流すだけのそんな会話。

 でもこうやってオレの胸の内を明かしてもなお、親友でいられるのは正直トベぐらいだ。

 いや、クラスの他の人も、オレを受け入れてくれてない訳ではない。

 ただ、距離は完全に置かれてしまっている。

 中等部の頃はまだみんなカワイイものだった。でも変わってしまったのは高等部になった直後だ。

 前年とかなり違う人が入学したり、クラスで一緒になったりして、新しい人と会って話す機会が増えたことで、少しオレは浮かれていた。そんなクラスが始まってから数日が経ち、みんなが趣味をカミングアウトし始めた時、オレはハメをはずした。

クラスのある男子が「僕はAK48が好き」と、銃の名前のような国民的アイドルの話をした辺りだったか。

 アイドルグループの話が出たなら、妹好きな話も出来るだろうと思って喋ってみたんだが、これが周囲をドン引かせた。

 だいたい喋った内容は、トベにさっき言った話と同じようなものだ。

 翌日、学校に行ってみるとクラスの中で噂になっていた。「妹が大好きで、頭が変なやつがいる」という声が少し耳に入ってきた。クラスの女子の冷ややかな視線を感じる度に、心にチクッと小針が刺さる心境にもなった。

 しかし「好きなものを好きで何が悪い」という持論が、既にオレの中で構築されていたおかげで、落ち込むどころか逆に開き直った。

 これはオレの長所と言って良い、気持ちの切り替え方は大事だと思う。

 そして翌月にまでなると、さすがにクラスのみんなも慣れたもので、オレを特異なものとして見なくなるようにはなった。

 そんな日からもう一年以上も経つ。二年になったことでクラスの面子は少し変わったが、距離感そのものは依然として同じだった。

 だからクラスメイトの会話はだいたい、必要最低限の事務的な会話だけに留まるようになってしまった。

 でも、色々と好きなことを喋れるトベという大親友がいるから、それでも良いかな、なんて軽く考えていたのがオレだった。

 そうしてオレとトベは、校舎一階の正面玄関までやってきた。

 その時、

「こら、改発! あんた今日掃除当番でしょっ!? ……もしかしてサボる気?」

 後ろから声が聞こえてきた。

 鞄を持って帰ろうとしたオレを制止させるかのような、教室内に響き渡る女の子の声。

 声の主の正体はすぐわかった。

 こうやってオレに話しかけてくる女の子は珍しいというか、一人しかいない。

 このクラスの委員長を務めている杜若(かきつばた)花音(かのん)だ。

 委員長としてオレとは事務的な会話が多いけどそれ以前に、そもそも幼馴染として小学校の頃から今の高校まで腐れ縁って感じの関係だ。

 なので、他の女の子と違ってよく接してくれるし、変に遠慮することもしてこない。逆にこんな感じで追いかけてきたりする。

 仕方ないなといった感じでオレは振り向いた。

 杜若は凛としたいでたちで、ギュっと片手で箒を持っている。険しい表情でオレを凝視してくる。黒髪のロングヘアーが風でさらっと綺麗にまとまってなびいて、髪のツヤがしっかりと見てとれた。学校指定の赤いチェックのスカートもなびくがその中は……余計な情報だったな、うん。

 そんな姿は、神秘的なものすら感じるほど美しい。しかし、この状況では何とも言えず、ツリ目な瞳がより怖さを増していた。

「ほら教室に戻って、箒を持ってさっさと掃除!」

「いや……あ、うん。ごめん。じゃあトベ、すまないが今日の部活は中止だ」

 箒を受け取ったオレは、軽く「ゴメン」とトベにポーズだけ取る。

 トベは声に出さず口パクで「了解」と言って、校舎から出ていった。

 ちなみに、こうやって部長のオレが帰宅出来ない時は帰宅部の活動は中止だ。

 中止した所で何の支障がないのも、帰宅部の強みでもある。


 杜若委員長の掃除は厳しい。

 この学校の委員長はクラスの掃除を監督する役割を司っているのだが、毎日行われる学校の掃除だというのに、杜若は注意が細かいのだ。

 例えば掃除が終わったことを告げると、杜若は床をスッと指でなぞり指先についたホコリをジッと見る。特に何も付着しなければOKなのだが、目立ったものが少しでも付着するとアウト。

 アウトになる確率はとても高く、また誰も注目しないであろう教室の隅を確認対象とするから厄介なのだ。

 ちなみにスリーアウトでチェンジはない。フォーアウトだろうが、ファイブアウトだろうが、「掃除終わり」の言葉が出るまで、掃除は続く。

 そしてオレはそういった細かい作業が苦手で、だいたい最後まで残ってしまう。

 実の所、杜若に呼ばれなくても今日が掃除当番だということは知っていた。

 逃げることが出来ればなあ――と思っていたのだが案の定、捕まってしまったということだ。我ながら最低な発想だ。

 そして予想通り、教室で掃除をやっている人間はオレだけになった。

 他の人たちは雑巾や箒を片付け、さっさと帰っていく。外の廊下だとか別の場所をやってた人達も教室に戻って帰り支度を済ます。一番遠いグラウンド周りの掃除チームも戻ってきた。

 掃除ぐらいで何故こうも個人差が出てくるのだ。

 杜若に何か恨みを買うことでもしたかな……いや、普通にしてしまってるけどさ。

 悔しいながらも箒に八つ当たりしても意味がない。それどころか、そんなことすれば、掃除の時間がさらに伸びるだけだ。

「どう、そろそろ掃除は終わりそう?」

 それはこっちが聞きたいし、それを決めるのは杜若本人じゃないか。

 ……とは言えず。

「あー……そろそろ終わるよ。もうこのホコリをチリトリに運べば終わりだし」

 そのホコリがチリトリに入らないぐらい少ないから、今、苦戦している。

「そう、あとそれだけね」

 フフっと床を見ながら、満足そうな笑みを浮かべる杜若。

 そして、

「改発って、妹さんはいないんだよね?」

 と、杜若は掃除を監視しているだけじゃ退屈になってきたのか、突然オレに会話を振ってきた。

 オレは驚いて、動きを止めた。

 杜若とはいえ、少なくとも女の子からオレに妹の話題を振る人なんて今までいなかったからだ。

「いないけど、どうして急にその話題なんだ?」

「どうしてって、改発は妹が大好きじゃん。だからさ……もしかしたら、本当はいるのかなあと」

 オレに妹がいないことは、周知の事実。それはオレをまだよく知っている杜若なら、なおさらわかっているはずの事実なのだが。

 それに杜若の様子がさっきと違って、すごく清楚な女の子っぽく見える。

杜若はなぜか頬を少し赤く染め、視線もオレからそらしている

 その様子に少し不思議さを感じながらもオレは答えた。

「いやいや、そんな妹がいたらいいなあって話をいつもしているだけだよ。今日は叫んでいたんだっけ? ……まあ想ったことをそのまま言っているだけさ」

「へえ~。ちなみに、どんな妹さんだったら、いいなあって思う訳?」

「従順で、下から見上げるように『お兄ちゃん』って言ってくれる感じだけど、それがどうかしたか?」

 女の子に面と向かって、こういうこと言うのは初めてだけど、恥じらいなく言えるのがオレの特徴だ。

 そう自己満足に浸っていたら突如、杜若は大きく一歩を踏み込んだかと思いきや、オレの目の前まで迫ってきた。

 近い近い。てか、突然どうしたんだ?

 そう驚いていると今度はオレの目の前でしゃがみ込んだ。

 さっきまでお互いほとんど同じ位置にあった顔だったけど、杜若の顔だけオレのズボンとの距離を考えた方が近くなっていた。

 これは……マズくないか!?

 何を考えているんだ杜若。

 杜若は委員長。ここは教室。

 今は部活に行っている人がほとんどで、掃除の人もいない。教室には誰もいないけど、それでも教室に誰も入ってこないという保証は出来ない。

 なのに杜若、まさか――。

 杜若は座りこんだその姿勢からオレを見上げ、首を少し傾げてみて、口元を緩め笑顔を作り、澄んだ瞳をこちらに向けながら、ゆっくりと口を開き言った。


「掃除、早く終わるといいね。お・に・い・ち・ゃ・ん」


 三秒ぐらい固まっていたと思う。

 でも体感時間は、一時間に感じられた。

 杜若がオレを――お兄ちゃん?

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 ありえないって。これは聞き間違いだ。

 しかし、ジッとこちらを見つめる杜若の様子は一向に変わる気配を見せない。

 それより頭上に「?」を乗せてさらにカワイさをアピールしてくる。

 それに杜若の制服の間からは本来、あまり見てはいけないものまで見えてくる。

 制服の谷間の神秘。その空間からはブラジャーがチラッと見える。

 しかもスポーツブラではなく通常のブラジャーらしく、肌との密着の緩さが垣間見える。

 その様子は杜若が淫靡と言う風に見える。

 これはワザとか?

 もしかしてオレを誘っているのか!?

オレがそう悶々と考えていると、

「ああーっもう! やっぱり恥ずかしい!」

「へっ?」

と、杜若は突然、立ちあがってみせた。

オレは杜若の行動にまたしても、固まる。

「いや……あっ、あんたは妹が大好きだって言うからさ、じゃあ好きな妹のフリを演じてやるよって思ってやってみたんだけど……ナニこれ!? 超恥ずかしい!」

「いやー……そう言われてもな」

「こんな妹さん、絶対いません! 高望みしすぎっ!」

 個人の趣味を勝手に聞いては、それを演じて文句を言う。

 杜若の行動は意味不明だが、それよりもここまで言われてしまう理由の方が意味不明だ。

 さらに杜若は言葉を続け、オレを畳みかけた。

「入学早々のカミングアウトから始まり授業中の発言といい、あんたってホント、救えない変態ね」

 その言葉に少しだけカチンときた。

「へっ、変態じゃねえよ! 好きなことや望みがあって何が悪い。それに、変態って言った方が変態なんだぞ」

「なにその理屈。ガキっぽい」

「理屈じゃなく、事実だ。そうじゃなかったら、胸元をチラっと見せてくる角度で、変に誘ってくるはずがない」

「胸元? ――っは! ま、まさか改発……見てたの?」

「あっ!」

 このことに関しては言うつもりはなかった。

 口が滑ったんだ。

 そう何とか訂正しようと思ったが杜若は涙を浮かべて教室からそそくさと出て行った。

 それにしても杜若は何がしたかったのか、オレにはわからなかった。

 なんでオレの趣味を聞いて、その通りに演じてみたのか。

 落ち着いた頃に本人に聞いてみればわかるかも……と一瞬考えたが、今はとりあえず難しそうだ。

 今度聞いて涙をまた浮かべられて、それがクラス全員のいる前だったらオレは今以上にクラスに居づらくなる。

 それにオレは涙を流す杜若の様子が頭の中で鮮明に記憶された。その時、意外とブラジャーのことはどうでもよく、杜若の涙のことだけが気になって仕方がなかった。

 でも今、色々と考えてもラチがあかねえ。

 それよりも今は、掃除を終わらせよう。

 ……って、掃除監視役の杜若委員長がいないんじゃ終わらなくないか?


 杜若花音クラス委員長基準としても掃除完了だろうっていうぐらい教室を綺麗にした。

 教室の隅を指でなぞっても、ホコリがつかない。

 もう帰ってもいいだろうと脳内で合格判定。帰宅、承諾。

 というか、待っていても杜若が本当に帰ってこなかったので、帰宅せざるを得ない。

 杜若はどこへ行ったのか。

 そういう疑問は確かにあり、帰宅準備が一通り終えてから一応、色々と探してみたもののこの学校はバカでかい。その学校から人を一人探すのは骨が折れる。

 携帯電話という連絡手段が現代には存在し、それで杜若と連絡が取れれば良かったのだが、通じず。校内での携帯電話使用はご法度。まあ、オレは持ってきてはいるし、他のみんなも持ってきてはいるけど、杜若は委員長だからたぶん持ってきてはいなかったのだろう。

 そう考えたオレは、鞄を持って教室をあとにした。

 もし至らない点があったのなら、後日、謝罪しよう。

 勝手に泣かれたような気がするけど、泣かしてしまったことも含めて謝ろう。


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