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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第1章 はじめの一歩
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第5話  君の一番になりたい <秀斗side-1>



 生まれてからこれまで、何かに熱中したり執着したことって、ほとんどないと思う――

 特別金持ちとか、母親が元華族だとか、そんなことはなくて、ごく普通の家庭で育った俺。父親も母親も共働きで家にいることはほとんどなく、小さい頃は家ではずっと絵を描く日々だった。だけど、それも、好きだからじゃなくてただ暇で他にすることがなかったから――

 もう一つ、俺の日常で欠かさなかったことは、日曜日になると必ず父に競技場に連れられて、走ること。父は学生時代、それなりに足が速かったらしく、それで今は高校で体育教師をしてる。そのため、体力づくりと言って、毎週ランニングに付き合わされる。

 それが普通で、当たり前で、小学校に上がった時には、クラスで一番足が速かった。特別何か努力したわけでもなく、早く走れるようになりたくて練習してたわけでもなく――走ることが日常の一部で、だけど、走る時の風を切るような感覚は大好きだった。

 だけど、基本的に運動は好きじゃなくて、同じ年の男子がサッカーや野球に夢中になってる中、俺は一人、蚊帳の外で眺めているだけだった。だからか、友達もいなくて、学校から帰って来るとひたすら絵を描いて時間を潰した。

 小学校高学年になると、父の勧めで市の陸上クラブに通うことになる。初めて同年代で自分より足の早い人に囲まれ、早く走れるように上達するように必死になって練習してる他の人を見て――俺はなんで走ってるのかと、目的も持たず漠然と父に言われるまま走ってることに違和感を感じ始めたけど、自分にはそれくらいしか秀でてるとこはなくて、なんとなくそのまま陸上クラブを続ける。

 陸上クラブで友達もでき、走ることは苦でもなくて、同じ中学に上がったその友達――福田――と一緒に陸上部に入る。偶然、その中学の陸上部は強豪で大会の優勝常連で、練習もハードだったけど、陸上漬けの日々はそれなりに充実していた。初めて行った四百Mでの中体連は、陸上一色の場所で、トラックに立って初めて――自分がどんなにちっぽけで、陸上の奥深さを思い知らされて――でも、“陸上”が俺の一番になることはなくて――

 いつでも心にぽっかりと穴が空いてるような空虚感と満たされない悲しみがあった。

 その空間を埋めてくれたのは、陸上でも絵でもなくて――



 高校は、陸上部の顧問が勧めた陸上の強豪校を断り、家から近くて競技場の近くにある熊猫(くまねこ)高校に美術の推薦で進学する。

 桜が散り、また流されるまま高校生活が始まると思っていた俺の前に、君が現れる。

 大して賞歴のない熊猫高校陸上部の先輩達にとって、中体連に三年連続出場したという俺は目の上のたんこぶというか、「なんで、うちみたいな弱小部に?」そうゆう視線で煙たがられ、他の一年にはフォームの指導や助言などをするのに俺に対しては「小坂君には今更私達の指導なんていらないでしょ」そう言って。その様子を見た一年も遠巻きにして俺を見、話しかけてこなくて孤立していた。俺の世界は灰色だった、ただ流されるまま過ごして。

 だけど一人なのは慣れてるし、わいわい仲良しごっこがしたいわけでもないから気にしてなかったけど――気にしてない人物がもう一人いて――それが君だった。

 君はなにかっていうと俺に話しかけてくるし、部活内で俺に挨拶したり話しかけてくる数少ない人物だった。

 君が俺を見る目は、一点の曇りもなくキラキラと輝いてて、いつもにこにこと笑いかけてくれる。



「はじめまして、小坂君。私、芹沢芽依って言います。中体連で四百走ってる姿見てから小坂君はずっと私の憧れで、翼が生えたみたいに風と溶け合って走る姿が大好きなの。一緒の高校に通えて嬉しい。これからよろしくね」



 グラウンドに座ってスパイクの紐を結んでいた俺に、春の日差しの様な笑顔を向けて手を差し伸べた君は――一瞬にして、俺の心に溶け込んでしまった。

 あんな眩しい笑顔を自分に向けられたのは初めてで、心がどうしようもなく揺さぶられて――

 君がいるから、孤立した状態の部活の練習も楽しくなって。

 君が話しかけてくるから、他の一年や先輩も話しかけてくれるようになって。

 君のお陰で、俺の世界は七色に輝き始めて――

 何かをほしいとか、何かを極めたいとか、何かの一番になりたいとか。そんなこと考えたことすらなかったけど、俺は――君の一番になりたいと思った。君が笑ってくれるなら、もっともっと速く走れるようになろうと思った。

 俺が持っていない何かを君は持っていて、君は俺の心を埋めてくれる存在で――惹かれたのは必然というか自然な成り行きだったんだ。

 俺と君は高一の冬、付き合いだした。



 ※



 その日は、陸上部と掛け持ちしている美術部に週に一度、顔を出す日だった。新学期に入ったばかりで制作物が決まっていなかったことと、顧問が委員会の方に行っていなかったから、いつもより早く部活が終わって、陸上部に途中から参加しようとグラウンドに向かう。

 部活に出るなら部室棟に行って着替える必要があるけど、先にまだ部活が終わってないか確認しようと思って、 昇降口を出てすぐ目の前にある校庭に向かった。

 校庭の周りにはぐるりと大きな木が植えられ花壇がある。校庭沿いにしばらく歩き、陸上部が練習してる場所を目指してる途中、木の間から、芹沢さんが見えた。


「芹沢さん……」


 声をかけようとしてあげた手を半ばで止める。

 校庭の中央、先輩達の前に立った芹沢さんは、同じ二年の田中に腕を掴まれて何か言い合っていた。一見、険悪そうな雰囲気だったけど、芹沢さんの顔は生き生きとしてて――そんな顔、俺には見せたことがなかった。

 俺は空虚感に襲われ――呆然とその場に立ちつくす。言葉に言い表せないけど、なんだか胸が苦しくなった。

 しばらくして、芹沢さんが田中に腕を掴まれたまま校庭を出て行く後ろ姿が見えた。

 俺は踏み出していた足を戻し校庭に背を向けて、駅を目指して歩き出した――



 翌日。もやもやと得体のしれない不安が胸を渦巻いてた俺だったけど、朝、待ち合わせた駅で会った芹沢さんはいつもと変わらない眩しい笑顔を俺に向けてくれて――すぐに不安は吹き飛んだ。

 だけど俺の感じた不安は、杞憂でもなんでもなくて――

 廊下で、昨日までは田中君と呼んでたはずなのに「虎太郎(こたろー)ちゃん」と親しげに呼び無邪気な顔で話す芹沢さんを見て、俺はどうしようもなく胸がざわついた――



 何かに執着したことなんてなかったのに。

 君の一番になりたい――

 初めて胸に抱いた感情に翻弄されるように、俺の中に新しい感情が一つ――




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