EPILOGUE
真っ白な世界が広がっている――
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、自分の息を飲む音を聞いてしまって、虎太郎は少し苦笑する。
広々とした部屋の中央には、雪よりも白い純白のドレスを着た芽依が背を向けて座っている。目の前の鏡越しに、虎太郎が部屋に入ってきた事に気づいて、満面の笑みで振り返る。
「虎太郎ちゃんっ!」
高校を卒業してから四年。春にそれぞれ大学を卒業し、芽依は薬剤師として小児科併設の薬局に努め、虎太郎は体育教師として春から高校の教師を務めている。
一ヵ月前まではすぐ隣の家に住んでいても、ここ数年はあまり顔を合わせる事がなくて、数ヵ月ぶりに顔を合わせた二人。
芽依が立ち上がろうとして、衣装の最終確認をして裾を直していたスタッフが少し困ったような声を出す。
「小坂様、まだ座っていて下さいね」
「あっ、はい……」
芽依は申し訳なさそうに言い、ばつが悪そうに頬を染め、斜めに虎太郎に視線を向ける。
虎太郎は大股で部屋を横切り、鏡の前に座った芽依の斜め横、ドレスの裾を踏まないような位置に立つ。
「おめでとう、芽依」
「ありがとう」
そう言った虎太郎と芽依は、同じでいて少し違う気持ちで笑いあった。
ふぅーと息を吐いて手をまっすぐ伸ばして指を汲んだ芽依は、立っている虎太郎を見上げ。
「まだ、慣れないな……小坂さんって呼ばれるのは」
くすりと苦笑する。
芽依と秀斗は大学を卒業した年の夏、結婚を決め、約半年の間にあっという間に結婚準備を整えた。
良い夫婦の日と言われる――十一月二十二日。芽依と秀斗は午前中に役所で婚姻届を提出し、夕方からの披露宴の為に準備をし、時間まで待機していた。
「もう、小坂は見に来たのか?」
そう聞いた虎太郎は、優しげに目元を細める。
「ううん、まだ。小坂君は、今着替え中」
「いつまでその呼び方をするつもり? 芽依――」
ふんわりとした太陽の様な温かな声に、虎太郎と芽依が扉の方に視線を向ける。
透けるような白のタキシードに身を包んだ秀斗が、くすっと笑って部屋に入ってくる。
秀斗は芽依のウェディングドレスと同じ純白のタキシード、ベストはグレーのドット柄で、胸にはブーケと同じガーベラのオレンジ色の花が飾られている。
芽依と秀斗はお互いの姿に見とれて僅かに頬を染める。
「芽依――綺麗だよ」
ふんわりとした笑い方は昔から変わらないけれど、“芹沢さん”から“芽依”と呼ぶように代わっていた。
「ありがと……小坂君も素敵だよ」
頬を真っ赤に染めて言う芽依を見て、秀斗は僅かに肩を落とし、眉尻を下げて首をかしげる。
「芽依ももう小坂だろ? 結婚しても名字で呼び合うのか?」
秀斗の心を代弁するように虎太郎が言い、にぃーと意地悪な笑みを浮かべる。
こんな風に二人を温かく見守れるように――虎太郎も変わっていた。
「そろそろ、お時間です」
最後まで念入りに芽依のドレスを確認していたスタッフに声をかけられ、裾を持つのを手伝われて、芽依はゆっくりと立ち上がる。手にはオレンジとピンクのガーベラのブーケが握られている。
「田中、また式場で」
「ああ」
秀斗が虎太郎に言い、虎太郎がぽんっと秀斗の肩を叩いて、秀斗は部屋を先に出ていく。その後に芽依が続き、最後に虎太郎が部屋を出る。
しばらく廊下を進み扉を出て、教会へと続く晴天の石畳を歩く。
「芽依――っ!」
虎太郎は大きな声で叫ぶ。四年前、伝えられなかった想い、伝えなかった想いをこめて。
「幸せになれよ――っ」
芽依は一瞬振り向き、女性の様に華やかな笑みを浮かべる虎太郎の顔を見て、泣き笑いの笑みを浮かべる。
「虎太郎ちゃん……」
その声は小さくて、風に流されて消えそうだったけど、確かに虎太郎の耳には届いていた。
泣きそうになる目元を押さえて、芽依は前を向いて歩きだす。
芽依のその先には秀斗がいて、二人はこれから同じ未来を見つめて歩いていくだろう。
虎太郎とは違う未来を――
芽依……
愛おしさと切なさをこめて、虎太郎が心の中で呟く。
大事な大事な幼馴染。
好きだからこそ、伝える事が出来ない恋だった――
諦めようと思えば思うほど、好きだという気持ちが強くなるような、そんな焦がれる恋だった――
虎太郎は手に持っていたカメラを構え、ぱしゃりと一枚の写真を撮る。
胸を切なく締め付けるけれど、あの日よりも心が軽くて、泣きたいような不思議な気持ちだった。
自分ではない違う人と未来を歩いていこうとする、大好きな人――
虎太郎の心の呼びかけに答えるように、前を向いたままブーケを持った手を大きく空に伸ばしてふる芽依の、純白のドレスの裾がはらりと風に舞う。
視線を手元のカメラのディスプレイに落とした虎太郎。その先には、幸せそうにブーケを持って手を振る純白の花嫁がいた――




