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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第7章 未来への一歩
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第45話  チェリーブロッサム



 季節は廻る。冬が来て、春が来て、夏が来て、冬が来て――

 君と高校で出会った春から三度目の春。



  ※



 三月、それぞれの進路が決まり、それぞれが自分の道を歩んでいく。

 私は薬学部へ、虎太郎ちゃんは体育大学へ、夏凛は私と同じ大学の文学部へ、福田君も私と同じ大学の工学部へ、小坂君は美術大学への進学が決まった。

 二年の秋から三年の冬まで、私と虎太郎ちゃんは幼馴染という関係を続けてきた。

 私の心の中には小坂君への気持ちがずっと消えないまま残っていて――夏凛の気持ちを知ってしまって自分の虎太郎ちゃんへの気持ちが友達以上だと認めることが出来なくなったのも、一つの理由かもしれない。

 虎太郎ちゃんは虎太郎ちゃんで、私に好きだとか付き合おうとか言ってくることはなかった。ただお互いに、幼馴染と言いつつそれ以上の感情を抱いている事を分かってて、あえて口には出さなかった。

 三年生になって、ファンクラブの存在を知らない新入生が何人か、虎太郎ちゃんに告白してきた。そういう時、虎太郎ちゃんは決まってこう言ったらしい。


「今はだれかと付き合うとか考えられないから――」


 虎太郎ちゃんに中学から付き合っている彼女がいて高二の春別れたと知った時は、虎太郎ちゃんはまだ彼女のことが忘れられないのかなと思っていた。だから、そう言うのかなって思う反面、少しは私の存在を気にしてくれてるのかな……なんて自惚れてみたりもする。

 時々、私に虎太郎ちゃんと付き合ってるのかって聞いてくる女子がいて、そう言う時は「ただの幼馴染だよ」って答えるようにしていた。

 本当に、幼馴染以上の関係にはなっていないから。

 ただ側にいて、一緒に時間を過ごすだけ。時々手を握ったり手を繋いだりするけど、それ以上の――キスはあの日の一回きりだった。

 お互いに、言えない気持ちを胸に抱えていたのかもしれない。

 いつだったか、虎太郎ちゃんが言っていた言葉を思い出す


『芽依はまっすぐだからな……気持ちを素直に伝えられて、それが普通だと思える事が羨ましいよ。だけど、好きだから伝えられない――そういう好きもあるんだ』


 その時は、好きなのに伝えないってことがどうして出来るのか理解が出来なかった。押し殺した気持ちはどこへ向かうのか分からなくて、ただ胸が締め付けられた。

 好きだから言えない想いがある――

 今だったら、虎太郎ちゃんがあの時そんな気持ちを抱えていたんだと想像することが出来る。

 国谷さんと言い合って、彼女の気持ちを薄っぺらいと言った私を寂しそうに見つめていた夏凛もそんな気持ちを抱えていたんだと――想いを馳せることが出来る。

 ああ、私の恋は単純で幼稚だったんだな。今だったらそういう気持ちもあるんだって分かる。私が小坂君に対して抱えている想いも、虎太郎ちゃんに対して抱えている想いも――



 卒業式の日。

 三年の秋に部活も引退し、卒業式の日には朝練だってないのに、なんだか落ち着かなくて朝早くに目が覚めてしまった。

 つい去年までは、朝が苦手で起きるのにすごい時間がかかっていたのに、今では目覚ましがなる直前に起きて、アラーム一音目で止めるというスゴ技まで見につけてしまった。

 本当は今日も虎太郎ちゃんと行く予定だったけど、あまりに早く目が覚めてしまって、卒業の前に学校を見て回ろうと思いついて、先に行くとメールして一人で学校へ向かった。

 毎日歩いた国府台駅からの通学路も、今日で終わりなんだと思うと寂しくなる。見慣れた風景さえ哀愁に滲んで切なかった。校門の前を通り過ぎ、道路を渡って学校の向かい側にある陸上競技場に向かう。

 この競技場で何度も試合をした。それから、体力測定――

 くすりと思い出し笑いする。三年の体力測定、男子総合一位になったのは――小坂君だった。二年連続一位になったのは熊猫高校始まって以来の快挙だった。

 それなのに、私は「おめでとう」って伝えることは出来なかった。楽しい思い出もあるけど、切ない思い出も多いこの競技場に、次来るのはいつになるのかな――

 学校へ行き、校庭を見る。毎日練習した校庭は、トラックとフィールドの境に草が生え始めていた。校庭を囲む桜並木は私達の門出を祝う様に桜が咲き始めている。

 校門からはちらほらと生徒が登校し始めていた。

 校庭をぐるっと歩き、部室棟、教室棟へ繋ぐ渡り廊下を渡っている時に、中庭に人影を見つけて思わず隠れてしまう。

 そおっと中庭の方を覗くと、そこに立っているのは小坂君と女子だった。


「小坂先輩、あの……」


 こっちに背を向けた女子の声が聞こえる。上履きの色が赤だから、二年生だろう。卒業式の早朝に中庭にいる男女――そのシチュエーションから考えられるのは告白だった。

 このままここにいて盗み聞きするなんてダメだと思ってそぉーっと立ち去ろうと思ったんだけど、体が動かない――

 ちらりともう一度中庭に視線を向ける。中庭にいる小坂君は二年生の頃より背が伸びて逞しい体つきになり、癖っ毛だった髪は縮毛矯正をかけたのかまっすぐになっている。顔つきはどちらかと言えば癒し系の可愛らしい男子だったのに、たった一年で精悍な顔つきの男性になってしまった。側にいなかった一年間で、逞しく格好良くなった小坂君に見惚れてしまう。

 四月からは別々の大学に通う。もう小坂君を近くで見る事がないんだと思ったら、その場を動けなくなった。


「ずっと好きでしたっ……」


 感情の込められた震える声が胸に突き刺さる……

 ずっと好き――

 その言葉を心の中で呟いて、心を守るように体を小さく丸めて腕で抱きしめる。中庭を遮る渡り廊下の壁につけた背中が震えて、ぞわりぞわりと何かが這い上がって来る。桜の枝をさわさわと揺らしていた風が凪いで、小坂君が口を開く気配が伝わる。

 小坂君の返事を聞きたくなくて、だけどこの場所から逃げ出す事も耳をふさぐ事も出来なくて、一年前まではよく聞いていた声よりも少し低くなった声が耳から頭に響く。


「ありがとう、だけど――」


 一拍置いて、小坂君は続ける。透き通った迷いのない声音で。


「ずっと好きな人がいるから、その人以外とは付き合うとか考えられない――」


 その言葉が、虎太郎ちゃんが告白を断る言葉と重なる。今はだれかと付き合うとか考えられないから――

 小坂君には好きな人がいる。新しい恋をして、私とは違う未来を見つめている――その真実に、胸が潰れそうに切なくなる。

 その時になって、ずっと胸に渦巻いていて自分で否定し続けた気持ちが溢れてくる。

 小坂君が好き。いまでもこんなに好きなのに――もう気持ちを伝える事も出来ない。

 切なくて悲しくて、渡り廊下の壁だけの視界が歪んでいく。瞳に涙が溜まり、慌てて手の甲で拭う。

 ざざっと強い風が吹いて、鼻をすする声が聞こえる。私じゃなくて、小坂君に告白した二年生のようだ。


「そう、なんですか。わかりました……」

「好きになってくれて、ありがとう」


 見ないでも分かってしまう。瞼の裏に焼き付いて、思い出さないことのなかった太陽の様なふわりとした笑顔を、小坂君はきっと浮かべているはずだ。


「あの……一つだけ教えて下さい」


 震えを押さえた毅然とした女子の声に、思わず渡り廊下の壁から顔を出して、二人の方を覗いてしまう。


「小坂先輩のずっと好きな人って、芹沢先輩のことですか……?」


 自分の名前がいきなり出た事に、ドキンッと大きく胸が跳ねる。

 小坂君は女子の問いには答えなかった。女子はぺこんとお辞儀をすると、中庭に上履きの音を響かせて駆けていった。

 だけど私は、動けないでいた――

 言葉で答える代わりに、僅かに頬を染めて切なげに笑った小坂君の顔を見てしまったから。

 私――?

 小坂君が好きなのは、私? いまでも……別れてからもずっと好きでいてくれたの……?

 状況が理解できなくて、座って床に手をつき中庭を覗いた格好のまま呆然と小坂君の顔を見つめていた。だから、二年生が去ってふっと顔を上げた小坂君と――視線があってしまったの。

 その瞬間、小坂君の目がかっと見開かれて驚いた顔で私を見て、ぱっと慌てたように視線をそらす。横を向いてしまって顔は見えないけど、耳が赤く染まっている事に気づいて、心臓がバクバクと大きな音を立て始める。

 胸に灯った小さな炎が、温かな太陽の光を受けてゆっくりと大きく膨れてくる。

 一度は引っこんだはずの涙が、ぽろりと頬を伝って一滴落ちる。それを手の甲で拭って、私は慌ててその場を後にした。




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