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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第6章 それぞれの心理
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第42話  ワンウェイ <秀斗side-7>



 七月二十五日、夏休み初日の部活。

 芹沢さんは田中と一緒に部室にやってきて、先に着替え終わった田中は部室の前で芹沢さんが着替え終わるのを待って校庭まで一緒に来た。

 その様子を見て、やっぱり――そんな風に落胆する自分がいたことに酷く動揺する。

 三日前、自分から芹沢さんに別れを告げた。芹沢さんが本当は田中のことを好きなんじゃないか、そう感じて。他に好きな人がいる芹沢さんの側にいるのが辛くて突き放したのに、現状はあまり変わっていない様な気がする。いや、むしろ悪化してると言うべきか……

 せっかく突き放したのに、俺と芹沢さんの距離はあまり変わっていない様に感じる。週五日部活で顔を合わせなければならないのは今まで通りで、田中と芹沢さんが二人でいるのを目の当たりにして苛立たなければいけない。

 ただ、芹沢さんが田中の側にいることに、どこかでほっとしている部分もあった。俺に遠慮して田中の所に行けなかったらどうしようかとも心配していたが、いらぬ心配だったのか――

 芹沢さんと田中は、夏休み前よりも距離が近く、ほとんど寄り添う様に一緒にいた。

 その様子を見るのは苦しいけど、自分で選んだ結果だから仕方ないと思っていた。

 いますぐには受け入れられないけど――いつか……



「なあ……」


 走トレを終えて日陰で休んでいる俺のところに、福田がやってきて声をかけた。

 俺は頭にかぶってたフェイスタオルをどけて、立っている福田を見上げる。


「なに?」


 尋ねると、福田は遠慮がちに俺から視線をそらして校庭の中央を見て、俺の横に腰を下ろす。


「芹沢さんと喧嘩でもしたのか?」

「なんで?」


 俺は平静を装って素っ気なく聞き返す。


「なんでって……朝もろくに挨拶してなかったし、部活中だって一言も話してないじゃないか」


 朝、校庭にやってきた芹沢さんと目が合ったけど、お互いすぐにそらしてしまい、挨拶すらしていなかった。

 別に無視した訳じゃないんだ。ただ、どんな顔して会えばいいのか分からなくて、なんて声をかけたらいいか分からなくて。

 別れた――そう言おうとしてやめる。


「別になんでもないよ……」


 なんとなく言えなくて。

 福田は納得いっていない様に唇を尖らせて俺をしばらく見ていたが、ふぅーっとため息をついて。


「小坂がなんでもないって言うなら無理には聞きださないけど……お前って、結構内に溜めやすいタイプだから、どこかで息抜きしないと持たないぞ?」


 そう言って去っていったた。福田なりに心配してくれているのだろう。だけど、こんなこと、どんな顔して相談すればいいんだ。

 立てた膝に顔をうずめて、苦痛に顔を歪める。



 それから――芹沢さんとはほとんど話さないで日が経っていく。時々、視線が合うのは俺も芹沢さんもお互いを気にしているからだろうか――

 だけど、視線が合うとすぐにそらしてしまう。

 何か話したいけど話しかけられなくて、一週間が経ってしまった。俺は試合の遠征で二泊三日で岩手県に赴く。試合は例年と変わらない熱気に包まれていて、どの学校も生徒も、全国一位を目指して必死になっていた。

 本当ならば今年は芹沢さんも一緒に――

 そんなことを考え集中力が途切れてしまい、がむしゃらに走り込んで調整をする。

 他校と違って、熊猫高校から出場するのは武先輩と俺の二人だけ。学校単位で表彰があるから、うちはほとんど表彰とは縁がない。だから勝ち負けよりも自己ベストを尽くすことだけに意識を集中する。

 男子四百Mは初日に予選、準決勝、決勝まですべて行う。俺は準決勝まで残って、たった数秒の差で決勝には残れなかった。まぁ、決勝に残った時点で八位入賞、最終日の表彰式に参加しなくてはならない。そんなことは想定外で、俺と先輩は二泊三日の行程で来ているから試合二日目に、係の仕事のある顧問を残して一足先に自宅へと戻った。

 僅差で決勝に残れなかったのは悔しいけど、その悔しさを糧に、これから一年間頑張って、来年こそは――とエネルギーに変える。

 東京駅について乗り換える時。帰りの電車からずっと黙っていた武先輩がぽんっと俺の肩を叩くから、ビックリして振り仰ぐ。


「小坂、お疲れ。来年も、頑張れよ――」


 来年――それがあるのは俺だけで、三年の武先輩には今年の総体が高校最後だった。予選敗退、悔しくて、やりきれない――まだ、未練はあって、だけど来年こそはと未来に夢を託す事も出来ない――

 だけど。


「俺は今年が最後だった。準決勝に進めなかったのは悔しいけど、悔いはないよ。俺、大学でも陸上続けるからっ。今度小坂と走れる日は――次は負けないからな」


 そう言って笑った武先輩の笑顔は希望に満ちあふれていて、眩しかった。

 ああ、諦めたりしないんだな――

 自分の限界を決めるのは自分で、先輩は簡単に見切りをつけたりはしない。前だけを向いて、全速力で駆け抜ける――

 なんて格好良いんだろうか。

 それに比べて、俺はどうだ――? うじうじ過去にばかり囚われて、前に進めていない。前を向いているのに、俺には未来なんて見えていなかった。

 俺の進む道は一本道。引き返せないし、別れ道も無い。それなら突っ走るだけだろう――


「来年も頑張れよっ」


 ばしっと力強く背中を叩かれて、痛みに涙が滲む。だけど、先輩が大事な事を俺に授けてくれたようで――先輩の勇気を分けて貰って、俺は駆けだす。



 噂? 他に好きな人がいる?

 そんなの関係ない。それは全部、俺が逃げるための口実でしかなかった――

 俺は芹沢さんが好きだ。例え芹沢さんが田中に惹かれ始めていても、俺が一番だって思ってもらえるように、もっと努力すればいいだけの話なんだ。

 離れて思い知る――俺がどんなに芹沢さんを好きだったか。傷つくのが怖くて逃げたけれど、側に君がいないだけで世界は灰色になって面白味も何もなくなってしまった。

 側にいたい――今度はどんなことがあっても、この手を離したくない。

 俺はがむしゃらに走り、国府台駅で電車を降りて学校を目指す。三時なら、まだ部活中のはずだ。

 校門をくぐり、一直線に校庭を目指した。グランドの中央に、大好きなさらさらの黒髪をなびかせた芹沢さんを見つけて、駆けよる。


「芹沢さん――」


 だけど。

 俺の声が届く前に、芹沢さんの体がぐらりと傾いだ――




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