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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第1章 はじめの一歩
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第3話  二人のインターバル



「芽依、遅かったね」


 校庭に行くと、二百Mインターバルを走り終えた夏凛が額に汗を浮かべて言った。


「うん、ちょっとトイレに行ってて」


 ほんとは色々あったんだけど、心配かけるだけだし、今話すのはやめておこう。


「そう。もう走トレ終わるわよ? 早くアップしてきな」


 夏凛に言われて、私はトラックの中央にいる先輩の元に急いだ。私を呼びに来てくれた田中君も、なぜか黙って私についてくる。


「すみません、委員会で遅刻しました。急いでアップしてきます」


 そう言って走りだそうとしたら、田中君に腕を掴まれて引き止められる。

 えっ、なに? 疑問に思って田中君を振り仰ぐと、田中君はとんでもないことを言いだした。


「部長、芹沢は今日、早退します」


 えっ、早退!? ってか、まだ部活始めてもいないから、早退とは言わないような……って、突っ込むとことそこじゃないか!?


「何言ってるの、田中君? 私、部活出るよ?」

「その足じゃ、無理だろ?」


 田中君は言って、じろりと私の足元を見下ろした。

 あっ、そーいえばさっき、左足首捻ったんだっけ……でも、痛みもちょっとだし……


「これくらい大丈夫だよ? 私、練習休みたくないし」


 だって、一日練習を休むだけですごい体力落ちちゃうし、他の子に置いてかれたくないもん。


「大丈夫じゃない、今無理したら余計ひどくなるぞ?」

「大丈夫だって……」


 田中君って、意外と過保護? 本人が大丈夫だって言ってるんだから、余計なお世話なんだけどな……


「大丈夫じゃない!」

「だいじょぶだよー」


 お互い意見を譲らず、同じことの言い合いになってると、相川部長が「ストーップ!」と言って、私と田中君の間に割って入ってきた。


「はいはい、やめなさい。なんだかよく事情は分からないけど、芹沢、足痛めてるって本当?」


 静かな、だけど威圧的な声で相川部長に尋ねられ、私は渋々頷く。


「はい、さっきちょっと捻ったみたいで……でも、腫れてないし、だいじょ――!」

「わかった」


 最後まで言い終わる前に、有無を言わせず相川部長に遮られる。相川部長は、私から田中君に視線を向け。


「それで、芹沢の怪我は田中が原因なの?」

「はい」


 田中君はまっすぐに相川部長を見つめて頷いた。

 えっ、違うよ。田中君のせいじゃないよ。


「俺のせいです。だから早退して、芹沢を家まで送って行こうと思います」

「分かった。武には伝えておくよ」


 私が言葉を挟む隙もなく話は進み、田中君は先輩達に「お疲れ様です」と言って、部室に歩き始めた――私の腕を掴んだまま。



  ※



「待って……待ってよ!」


 そう言って、掴まれていた腕を必死に振りほどく。田中君の力は強くて、ずんずん引きずられるように歩き、校庭から部室棟の前まで来てしまった。


「私、帰らないよ?」


 田中君が心配して言ってるのも分かるし、責任感じてるのもわかるから、その気持ちはありがたいんだけど……


「私はちゃんと、毎日練習したいのっ!」


 ユニホームの裾を両手で掴んで、ぎゅっと唇を引き結んで下を向いた。


「私は……もっともっと早く走れるようになりたいの……憧れの人に追いつけるように。いつまでも遠くで見てるだけなんて、いやなの! だから……」


 こんなこと、田中君に言っても仕方がないって分かってるのに、なんだか感情が高ぶってきて涙が出そうになる。こんな弱い自分なんて大嫌いだ――

 きっと田中君は困ってる、そう思ったら。


「わかるよ」

「えっ?」


 顔を上げて見た田中君は、どこか儚く微笑んでいた。


「芹沢の気持ち、よくわかるよ。練習は大事だし、早くなりたいって気持ちも。でも、だからこそ」


 そう言った田中君の顔から一瞬前の悲壮な笑顔は消え、その瞳に挑戦的な光を宿してきらりと光る。


「自分の体調管理も大事だと思う。いま腫れてなくても、少しでも痛みがあるならちゃんと休ませないと。今無理したら、一日だけじゃなくて何日も練習出来なくなると思うけど?」


 確かにその通りだ。田中君に言われ、納得してしまった。子供みたいに意固地になって練習するって言ってた自分が馬鹿みたいに思えてしまう。

 それに――ほんの少しだけど、その痛みを我慢して平静を装ってたの、どうして田中君には分かっちゃったんだろう?

 田中君の言葉は不思議とすーっと体に溶け込んできてしまって、言うことを聞こうという気になる。


「うん、わかった」


 私が静かに頷くと、田中君はにやりと女の子みたいな顔で笑って。


「じゃ、着替え終わったら、またここで」


 そう言って、男子部室に入って行った。



 女子部室に一人入って、ロッカーから鞄と制服を取り出す。手早くユニホームを脱ぎ、制服に袖を通し、スカートを履こうと片足立ちになった時、ズキンっと今までになかった強い痛みが走り、よろけて床に尻もちをつく。痛みの原因を探し、左の靴下をくるぶしまでめくると、熟れたトマトのように真っ赤に腫れていた。


「あーあ……」


 無意味な声を上げて、情けない気持ちになってしまう。ちょっと捻っただけ、そう思い込んでいた自分が恥ずかしくなる。もし田中君が止めてくれなかったら、悪化して……最悪な事態になっていたかもしれない。

 去年から同じ部活に所属していたけど、全く存在を認識してなかった田中君――今日一日、ほんの少し話しただけなのにその存在感は大きくなっていた。



  ※



 通学路を駅に向かって歩く私の横、田中君は二人分の鞄を持ってゆっくりと歩く。たぶん、私に気を使ってゆっくり歩いてくれてるんだ。


「芹沢って、家どこ?」

「うち、海神だよ」


 私は最寄駅の名前を言う。

 そーいえば、田中君は家どこなんだろう? 部活後はだいたい皆一緒に帰るんだけど、田中君と一緒に帰ったことないんだよね――ってか、記憶にないだけかもだけど。


「一緒だ」


 ぽつりと田中君が言うから、聞き返してしまった。


「えっ?」

「俺も海神だよ。どの辺? 駅の近く?」

「えっと、黒龍神社の近く」


 まさか田中君と最寄駅が一緒だなんて思わなくてビックリ。


「黒龍神社……もしかして、カラオケすなふきんの近く?」

「あっ、そうそう!」


 家の近くにあるカラオケ屋さんの名前を言われて、気持ちが盛り上がって勢いよく頷く。だけど。


「じゃー、俺んちとすっげー近いかも……」


 田中君のその言葉に、首をかしげる。

 だって、そこまで家が近いならば、一つのズレが生じる。そんなに近所なら……小学校と中学校が同じはずでしょ? 同じ部活なのに一年間存在に気づかなかった私が言えることじゃないけど、さすがに小・中と同じだったら顔を覚えてないわけがない。それに中学が同じなら、夏凛がそう言ってるはずだもの。


「もしかして、田中君って引っ越してきた?」

「よくわかったね? 高校入学と同時に横浜から引っ越してきたんだ」


 それで納得する。

 だよね……、いくらなんでも、近所にずっと住んでて知らないとか、ないもんね。突拍子もない考えをした自分が馬鹿らしくなって……だけど、なんか引っ掛かるんだよね。

 そんなことを考えてたら、あっという間に海神駅に着いちゃって、電車を降りて歩き出す。

 黒龍神社とカラオケすなふきんの方向に歩きながら、時々田中君は「どっち?」と道を確認してくる。それ以外は、迷いなくするすると道を曲がって進んでいく。

 なんだか、胸の中に得体のしれない不安が渦巻く。なんだろう……このまま田中君と一緒に家に帰ると、とんでもないことが起きそうな――

 そう思った私の勘は的中してしまう――




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