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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第5章 その関係はピンチ!?
38/50

第37話  彼氏の事情 2 <秀斗side-5>



 体育祭の準備期間中、芹沢さんと田中がよく一緒にいるのを見かける。同じ委員会だから仕方ないってのは分かっているけど、部活に一緒に遅れてくる姿を見ると、複雑な気持ちだった。

 体育祭の昼休み、こんな日でもないと一緒にお昼を食べることが出来ないと思って芹沢さんに声をかけたけど、昼休みは見回りがあるから無理と断られてしまう。

 委員会の仕事だから仕方ないと言い聞かせたけど、昼休み、田中と一緒に歩いている姿を見て平静でいられなかった。

 幼馴染だから、同じ委員会だから。どんなにいい訳を並べても、心のどこかで納得できないと言うか――単に嫉妬していただけかもしれない。

 田中は、男の俺から見ても格好良いし運動神経もいいし勉強も出来て、すごいと思う。

 四月に芹沢さんが田中と付き合っていると噂が流れた時は、いてもたってもいられなくて。田中に芹沢さんを好きだと臭わされて、勝負しようなんて言っていた。

 一日で急激に仲良くなった田中に焦りを抱いていた。

 もし芹沢さんが田中を好きになったらどうしよう――って。

 芹沢さんの気持ちを疑っている訳じゃない。ただ、自分に自信がなくて。

 結局、二人が付き合ってるっていう噂はデマで――まあ、俺と芹沢さんが付き合ってるんだから、冷静に考えれば分かったことだけど。

 でも――

 体力測定で勝負をして思った。田中は本気だ――って。

 田中はもしかしたら本当は芹沢さんの事が好きなんじゃないか、って。

 そんなそぶりは見せないけど、田中の芹沢さんを見る瞳は優しくて、俺の勘は当たっていると思った。

 田中は芹沢さんが好き。だけど、気持ちを伝える気はない――本気だから。


『俺は芽依の兄貴分みたいなもんだから……泣きつかれると弱いんだよな、だからもう泣かせるなよ』


 田中はそう言った。芹沢さんの気持ちを優先して側で守るだけだと。俺にもっとしっかりしろって言ったんだ。

 だから俺は、どんな噂にも揺るがず、芹沢さんの隣で笑っていられるように努力しようと決意したんだ。それなのに――



 体育祭が終わって四日経った日。その日は美術部の活動日で美術室に向かっていた。扉を開けようと手をかけた時、中から話声が聞こえて、会話の中に俺の名前があって、ぴくりと手を動かすのを止める。


「……小坂って二股なんだろ?」

「違うって、小坂()二股なんじゃなくて、二股されてんだよ」

「小坂の彼女ってあれだろ、二組の芹沢さん」


 美術室の中から男子三人の声が聞こえる。


「そうそう、小柄で小動物みたいな子」

「さらさらの長い髪がいいよなぁ~」

「で、その小動物みたいな芹沢さんが二股? それってホントなの?」

「さあ、噂だからホントかどうかはわからないけど、二股の相手が田中だって言われれば納得だよな?」

「あー、確かに田中ならあり得るかも」

「クラスの女子が騒いでる時ってだいたい田中の話だよな。ファンクラブがあるぐらいだし」

「あー、あれはビックリだよな。芸能人かってのっ」


 そう言って三人の笑い声が聞こえる。扉にかけたままだった手をだらんと下ろして、美術室に背を向けて歩き出す。

 なんだ今の噂――? 最近、こそこそ周りで囁かれたり視線を感じるとは思ってたけど、この噂が原因か?

 はっ……笑いが込み上げて、苦笑する。

 芹沢さんが二股? あり得ないだろ? 彼女は感情が素直に表面に出る。二股かけるくらいなら、はっきり俺を切り捨てるはずだ。だから、俺は噂が噂でしかないことをはじめっから分かっていてばかばかしいとさえ思った。

 あんな噂流したやつ、どういうつもりだったんだ――

 そう考えて、ここ最近感じてた違和感に思い至る。

 田中が最近、芹沢さんによそよそしい様な気がしていた。もともとクールで誰かと一緒にいる事の方が珍しい。それでも、芹沢さんに対してはどこか信頼し合っている様な優しい雰囲気で接していたのに。

 まぁ、体育祭が終わったから一緒にいる事が少なくなったのかもしれない。体育祭準備期間中、一緒にいることが多すぎて、それに慣れてしまって違和感を感じてたのかもしれない。

 だけど――田中はすでに噂を知っていたら? 噂を広めないために、わざと距離を置いているとしたら――?

 ツキンっと胸が痛み始める。

 田中は芹沢さんのことが好き。そう感じた俺の勘。

 本気で芹沢さんを好きだから、自分の気持ちを押し殺して距離を置いている――そう思ったら強い焦燥感に揺さぶられて、身震いする。

 芹沢さんが好き――その気持ちに変わりはないし、誰にも負けるつもりはないし、自分からこの恋を手放す気はない。だけど。

 好きだからこそ、言えない気持ちを胸に抱えている。それはどれほどの強さなのだろうか。俺はそんな愛し方を知らない――



  ※



 柴田さんの提案で陸上部メンバーで勉強会をすることになった時、思った通り、田中が参加することは一度も無かった。芹沢さん自身は、田中のことを気にしている様子はあるが、噂には気づいていないようだった。

 中間試験を週明けに控えた日曜日。芹沢さんを俺の家に招いて勉強をすることになった。

 小さなテーブルを囲んで問題を出し合ったり、話したりして勉強した。

 四時を過ぎて小腹が空いてきて、芹沢さんが持ってきてくれたシューアイスとお茶のお代わりを持って部屋に戻ってくる。

 初めて食べるシューアイスは新鮮で、美味しかった。隣に芹沢さんがいたから、より一層美味しく感じたんだ。

 あの噂は一部で流れているだけでそれほど気にしていなかったし、田中が距離を置いているのも功を奏していると思う。

 田中には感謝しているけど、芹沢さんを譲るつもりはなかった。

 ベッドの前に並んで座った芹沢さんとは肩が触れそうな距離にいる。芹沢さんの事を思って、愛おしい気持ちが溢れてきて、そっと芹沢さんの右手を左手で包み込む。

 シューアイスを食べていたからお互い黙ってて。触れた瞬間、芹沢さんがぴくりと肩を揺らした。沈黙に、甘い雰囲気が満ちる。愛おしくて名前を呼ぶと、芹沢さんは気まずそうになにか話そうとするから、それを制する。だけど。


「こっ、虎太郎ちゃんの部屋とは全然違うからビックリしちゃった。家具が少なくて黒で統一されてるからさっぱりしてるって言うか無機質な感じで小坂君とは……」


 くすりと笑って言う芹沢さんの言葉に、胸がじくりと痛んで嫌な気持ちが膨れ上がってくる。

 芹沢さんは田中の家に行った事がある? しかもその言い方だと何度も行っているような……

 俺の家に呼ぶのは初めてなのに、田中の家にはしょっちゅう行っている様な事を言われて、胸がざわつく。

 これではよっぽど俺より田中の方が彼氏のようではないか。

 そう思ったら溢れる気持ちを押さえられなくて、握っている手に力を込める。眉根を寄せて俺の方を向いた芹沢さんにキスをしていた――



 芹沢さんは俺の胸を押しのけて拒み、帰って行ってしまった。

 一度目は不意打ちに、二度目は強引にキスをして、後悔が募る。

 なにやってんだ、俺……

 だけど、まるで俺と田中を比べられているような言葉に――傷ついたんだ。

 俺は芹沢さんを好きで、芹沢さんの気持ちを信じている。それなのに、芹沢さんの口から出てくる話は田中のことばかりで、傷ついたって仕方がないだろう?

 気持ちが高ぶって苛立ちを露わにしてしまった。芹沢さんを泣かせてしまった――

 だけど芹沢さんだって悪いんだ。


『虎太郎ちゃんのことなら目を見ただけでどんなこと考えてるか分かるのに……』


 その言葉が胸に刺さって、消えない棘となって心臓に居座っている。胸が苦しくて苦しくて、どうにかなってしまいそうだ……

 明日は、どんな顔して芹沢さんに会えばいいんだ――

 苛立つ気持ちと後悔を胸に、俺は頭を抱えてベッドに座り込んだ。




第31話の秀斗視点です。

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