第33話 傷だらけのエンジェル
小坂君とは、あのキス以来、なんだかしこりが出来たようにギクシャクしている。いつも通り朝一緒に登校して部活して――表面上は分からないかもしれないけど、お互いあの日の話題に触れようとはしない。
本当は話さなければいけないことだって分かってる。小坂君は私に何か不満がある、だから怒っていたんだ。
でも、喧嘩じゃないから謝るのも変な気がするし、もし謝ってまた「何に俺が怒ってるか分かってる?」って聞かれたら、私はその答えを持っていない。このままじゃ解決できない――
だから謝る事も、先に話を進める事も出来なくなってしまった。
普通でいるようで、普通じゃなかった。
バイトの事も、なによりの理由はメイド服を見られたくないってことだけど、小坂君の誕生日プレゼントを買う為のバイトでもあって、サプライズでお祝いしたくて、バイトの事も黙っていることにした。
去年は誕生日だって知らなくてお祝いできなかったから、今年はちゃんとお祝いしたいんだ。
朝練を終えて教室に戻る途中、一、二組と三、四組は渡り廊下のところで左右に分れる。三、四組の小坂君、福田君、越智君、馬渡君は左へ、一、二組の小笠原さん、虎太郎ちゃん、夏凛、私は右に歩き出す。二組の教室に入る直前に、夏凛が興味津々で尋ねてくる。
「芽依、それで土日のバイトはどうだったの?」
バイトの事は他の人には内緒にしたいって言ったのに、虎太郎ちゃんがいるすぐ側で夏凛に聞かれ、あたふたとてんぱってしまう。
「なんだ? 芽依、バイト始めたの?」
虎太郎ちゃんの無表情の中に、少し興味を引かれたように色を変える瞳に気づき、ぎこちない動作で頷く。
「うっ、うん。えっと、社会勉強を兼ねて……」
そんなのは嘘だけど、バイトについて質問されるのはゴメンで“社会勉強”って言葉ですべて誤魔化す。
「ふーん、芽依がバイトな。ドジして迷惑かけてないか?」
「わっ、私、そんなにドジじゃないし」
「コンビニのバイト? ファミレスのバイト?」
片眉を上げて、好奇心丸出しで尋ねてくる虎太郎ちゃんに戸惑う。
「えっと……」
私は嘘が苦手だから、その質問に答えられないでいると、夏凛が私に代わって答えてしまう。
「喫茶店のウェイトレスよ」
「ふーん、どこ? 家の近く?」
私よりも夏凛に聞いた方が話が早いと判断したのか、私から夏凛に視線を向けた虎太郎ちゃんは、なんだか野生の獣が狩りを楽しむような鋭い雰囲気になる。
「船橋駅よ」
止めなければ、べらべらバイトの事を喋ってしまいそうな夏凛の口を慌てて押さえる。
「ちょっと、夏凛っ! 勝手に私のバイトの事ばらさないでよっ!」
鬼気迫る勢いで言った私に、虎太郎ちゃんがくいっと視線を向ける。
「なんだ? 言えない様なやましいバイトしてるのか?」
なんだかお父さんの様なセリフに笑いそうになりながら、笑いを堪えて眉根をぎゅっと寄せる。
「そんなんじゃないしっ、虎太郎ちゃんには教えないんだから」
もし虎太郎ちゃんにメイド服姿なんて見られたら、一生笑われ続けそうで怖い。
私はぷいっと顔をそらして自分の席へと急ぎ足で向かう。その後ろを夏凛が追ってくるから、これ以上虎太郎ちゃんにバイトの情報が漏れることはないと安心する。席に座って。
「夏凛! バイトの事は他の人には言わないでって言ったでしょ。夏凛がどうしてもって言うから私は嫌々……っ!」
教室の中で“メイド服”って言うのも憚られて言葉を飲み込み、苛立ちを込めて指を無意味に動かす。
「とにかく、余計な事は言わないでよね!」
って、釘を指す。それなのに――
「なっ、なんで、虎太郎ちゃんがここに……!?」
土曜のバイト中、お店の入り口から現れた虎太郎ちゃんに仰天する。
虎太郎ちゃんがこのお店の常連とは考えられないし、船橋駅でバイトしてると知っただけでここまで来れるような場所ではない。
「柴田に聞いた」
夏凛――っ
一人憤慨している私をよそに、しれっと言った虎太郎ちゃんはぐるりと店内を見回して、最後に私に視線を戻し、じぃーっと見て――ふっ、て鼻で笑ったのよ!?
「席空いてるの?」
「えっ?」
「ここのオススメ出して」
虎太郎ちゃんがなに言ってるのか分からなかったけど、まだ帰る気がなくてお客としてケーキを食べるんだって分かって、渋々席に案内する。
「こちらの席へどうぞ」
営業スマイルなんてできなくてぎこちない顔で言ってキッチンへ戻っていく。
オススメって言われたから、お店の名前と一緒の“リトルローズ”っていう薔薇の形をしたチーズケーキとダージリンティーのケーキセットを持っていく。紅茶はカップ二杯分入った一人用ポットを提供する。お店で出す食器はすべてローズ柄が描かれていて可愛い。
「お待たせ致しました。ケーキセットのリトルローズとダージリンティーです」
言いながら音をたてないように虎太郎ちゃんの目の前にセッティングする。
虎太郎ちゃんはそんな私を凝視してて。
「なかなか様になってるんじゃないか? 初めお店に入った時は、服に驚いたけど結構雰囲気のいい店だな」
なんて言って、ケーキを一口分すくって食べる。
「おいしい」
「虎太郎ちゃんって甘党だったんだね」
立っている私は、座っている虎太郎ちゃんを自然と見下ろす形になって、なんだかいつもと立場逆転、優位に立った気分になって上から目線で行ってみる。
「いや、甘いものはあまり好きじゃない」
その言葉に、ファンクラブから時々手作りお菓子の差し入れを貰っている事を思い出して首をかしげる。
「じゃあ、ファンクラブからもらう差し入れはどうしてるの?」
クッキーとかマドレーヌとか、差し入れって甘いお菓子だった気がする。
「食べてるよ、貰った物はちゃんと」
少し頬を染めて言う虎太郎ちゃんの言葉が意外で、目を見張る。
「へぇー、ちゃんとファンクラブにも優しくしているんだ」
そう言って私は伝票を置いてキッチンへと下がる。
「ねえ、芹沢さん」
バイトの先輩に当たる山岸さんに声をかけられて振り向く。
「はい、なんですか?」
山岸さんは大学二年生で黒目黒髪の綺麗なお姉さんって感じの人。
「今話していたお客さまって知り合い?」
「えっと、幼馴染です、けど?」
どうしてそんなことを聞かれたか分からなくて首をかしげると。
「そーなの? 彼氏じゃなくて? 彼、モデルみたいに格好良いわね」
横で他のバイトさんも頷いて虎太郎ちゃんにうっとりと視線を向けている。
虎太郎ちゃんは、黒い丸椅子に深く腰掛け、左手をテーブルの上に投げ出し、右手でカップを持って紅茶を飲んでいるところだった。今日の虎太郎ちゃんの格好は、白に近いブルージーンズ、赤紫のTシャツの上にブラウンのチェックのシャツを合わせている。服装はお洒落だし、顔はもちろん言うまでも無く――きりっとした奥二重、細い鼻と唇、男子にしては白い肌が中性的な印象で、十人に聞いて九人が格好良いって言いそうなくらい整っている。
初めて訪れた喫茶店で従業員に格好良いって囁かれるくらいだから、学校でファンクラブがあっても納得――と思ってしまった。




