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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第5章 その関係はピンチ!?
33/50

第32話  リトルローズガーデン



 家に帰ってきてからは胸が苦しくて何も考えられなくて、ベッドに潜り込んで抱き枕を抱えて寝転がる。

 あんなに怒った小坂君は初めて――

 怒らせたのは私。それなのに何に対して小坂君が怒っているのか、私は分からない。胸が苦しくて苦しくて、涙が枯れるまで泣いて、それでもどこか冷静な部分があって明日から試験なんだから勉強しなきゃって、私を律する。

 泣き腫らした顔のまま起き上がり、机に座る。

 鞄から問題集を取り出して、明日の数学の勉強をする。問題を解いている間は、そのことで頭がいっぱいになるから――難しい事を考えなくて済んで、ひたすら勉強をする。

 そのまま疲れて机で眠ってしまって、酷い顔のまま登校する。登校時間ギリギリの電車に乗って。

 急げばいつもの――小坂君と待ち合わせしてる電車に間に合ったけど、どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、小坂君には「寝坊した」ってメールした。学校に行けば、一学年四クラスしかないから会ってしまう確率は高いけど、会う勇気がなくいて、一人で登校した。

 試験期間中は部活はもちろんないし、休み時間中も教室から出ないようにして、試験が終われば一目散に学校を出て帰宅する。



 四日間の試験期間が終わり、週末に迫る大会に向けて陸上部は試験最終日から部活が再開になる。

 初日にあった数学と英語――夏凛が毎回赤点になってた科目は、この日には顧問の元には結果が届いていて、夏凛は赤点を免れ大会出場の許可を得る。

 体育教官室に呼び出された夏凛に付き添って教官室の前で待っていた私は、うきうきとして出てきた夏凛を見て、何も聞かなくても大丈夫だったって分かった。

 久しぶりに機嫌のいい夏凛の横を歩きながら、私はぎゅっと奥歯を噛みしめる。

 部活がある――つまりそれは、小坂君と会うと言う事で。考えてみれば虎太郎ちゃんとも先週の金曜日以来話してなくて。気まずい雰囲気の二人に会ったらどうしようと、憂鬱な気分になる。

 それなのに――

 すでに校庭に集まっていた二年陸上部の輪の中に行くと、小坂君と虎太郎ちゃんは何事もなかったようにいつも通り声をかけてくるから、拍子抜けしてしまう。

 いつもどおりって言っても、虎太郎ちゃんは普段から無愛想だから笑顔を見せるとかそういうのはないけど、この間みたいな「話しかけるな」オーラは漂ってなくて。小坂君もほんとにいつもみたいなふんわりと優しい笑みで話しかけてくるんだ。

 もしかしたら、みんながいるから変に思われないようにいつも通り振る舞ったのかもしれないけど、私には判断しかねる。



 虎太郎ちゃんの部屋で起きた事も小坂君の部屋で起きた事も何もなかった事のように、今まで通りの日常を過ごす。

 大会は二日間、真夏日の様な暑さの中で行われた。

 小坂君は四百M決勝二位。虎太郎ちゃんは百十Mハードルで決勝七位。夏凛は八百Mで自己タイムを大きく更新、決勝まで進んで十五位だった。私は二百Mで決勝八位、それ以外の人もこの大会は成績が良くて、部活創立以来はじめて熊猫高校が総合三位になった。



  ※



 中間試験も大会も無事終わり、一ヵ月後にやってくる休みを待つばかりで、いつも通り――不穏なくらい穏やかな日々に、私は少し暇を持て余していた。


「バイトでもしようかな~」


 高校に入ってすぐは部活だけで精一杯でバイトする余裕なんてなかったけど、高校になったらバイトしてみたいと思ってたんだよね。うちの学校は社会経験として申請さえ出せばバイトOKだから、全体の三分の一くらいの生徒がバイトをしている。

 陸上部二年でも、小笠原さんと越智くんはバイトしてて、週に一、二度バイトで部活を休んでいる。

 部活の練習で手一杯だし、練習をおろそかにしたくはないけれど――私にはバイトをしたい理由がもう一つあるんだよね。


「なに? 芽依、バイトするの?」

「うん。もうすぐ夏休みだし、とりあえず大会も終わったから。それに――」

「それに?」

「八月にね、小坂君の誕生日があるの。プレゼント買うお金をバイトして貯めようかと思って」


 私の席の前、後ろ向きに椅子に座った夏凛が机の上に広げていた求人誌をぱらぱらと捲る。


「あっ、ここのお店! 求人募集してるよ、高校生可だって」

「どこ?」


 瞳を輝かせて求人誌を見つめてるから、夏凛の視線の先を覗きこむ。


「これ、カフェ・リトルローズガーデン。制服がちょー可愛いんだよ」


 夏凛の言う可愛い制服ってのが想像できて、苦笑して言う。


「そんなに好きなお店なら、夏凛がバイトしたら?」

「ノンノン! 私の青春は陸上に捧げるの。バイトは大学生になってからでも出来るし、今は一時間でも練習の時間を減らしたくないの」


 夏凛の言うことは分かる。私だって、ちょっとの捻挫ぐらいだったら部活に出ちゃおうとか、一日でも練習を休んだらみんなとの差が開いちゃうから嫌だって思ってるくらい部活大好きだから。

 でも、今は少し部活から距離を置きたかった。このまま部活を続けていたら、私は何か大きなことを見逃してしまいそうで怖くて――


「……だからさ、お願い!っ」


 考え込んでいた私は、夏凛のその言葉にぱっと顔を上げる。


「芽依がここでバイトしてよ。そしたら今まで以上にお店に行きやすくなるし」

「私がバイトしなくても、そんなに好きなお店ならたくさん行けばいいじゃん?」

「そーもいかないの! ねっ、お願いよ、芽依っ!」


 強引に夏凛に押し切られ、面接だけ受けてみることにした。

 未経験者だし、きっと落ちるだろうって思ってたのに――


「週末からきてね」


 面接受けたすぐ後に二十八歳の美人店長さんに言われて、私はその場で顔をひきつらせて挨拶するのが精一杯だった。



 バイトは水曜と土曜、隔週の日曜のシフトになり七月二日、土曜日、初めてのバイトが始まった。

 制服は面接の時も見たけど、十九世紀のメイドさんの様な床に着くくらい長いロングスカートの黒いエプロンドレス。肩もふんわりとして、スカートもギャザーたっぷりでふわふわしている。エプロンの部分はレースたっぷりの白で、頭にもエプロンと共布のカチューシャをつける。襟部分は詰襟で、黒い細いリボンを結わく。

 いまはやりのメイドさん――って言うよりはクラシックで落ち着いた感じだからいいけど、ふわふわのスカートというのが落ち着かない。

 こういう服は可愛い人がっ、着たい人が着るべきでしょ――っ!

 こんなぶりぶりの服は私の好みじゃないよ――っ

 って叫びたくても叫べない。周りの従業員さん達は可愛い系から綺麗め系まで、メイド服が似合う素敵な女性ばかりで、呆然としてしまう。

 だけど、切り替えが早いのも私の長所なの。お金のため、小坂君の誕生日プレゼントのためって思ったら服なんて気にならなくて、必死に仕事内容を覚えて働くので一杯一杯だった。

 初日、二日連続で入って、どうにか出来そうになった感じ。

 カフェ・リトルローズガーデンは船橋駅前から少し入り組んだ場所にある、知る人ぞ知る喫茶店ってカンジ。外観からは喫茶店って分からないくらいシンプルで、店内入ってすぐにケーキのショーケース、右手に二十四席のテーブル席があるだけのこじんまりとしたお店。奥の厨房にはパティシエが二人、キッチン兼ホールとケーキ売り場に店員が四人。

 お店に入ってくる客層は真っ二つに分かれる。

 馴染みのお店と言う様に笑顔で入ってくるお客様。入ってきて、メイド服を来てることにびっくりしてオロオロするお客様。

 確かにね、外見からは店員さんがこんなクラシックメイドだとは想像もつかないんだよ。

 夏凛は性格がさばさばしている割には可愛いものが大好きで、このお店はお姉ちゃんと通りかかった時に偶然見つけて、それ以来大好きになったらしい。家が反対方面だから滅多に行けない――っていうのが理由らしい。私は隣の駅だから通いやすいし、時給もいいから条件的にはいいけど、メイド服じゃなければね……すごくいいのに。

 夏凛が可愛い制服って言った時点で、ふりふりなスカートはイメージしてたけど、まさかメイド服とは思わなくて。こんな姿、知り合いには絶対に見られたくなくて、バイトを始めたこと自体、夏凛くらいにしか言っていなかった。




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