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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第5章 その関係はピンチ!?
32/50

第31話  ハートエイク 2



 気まずい雰囲気になって、それを壊すように手に持っていた紙袋を差し出す。


「あっ、そうだこれ。シューアイス持ってきたの」

「気を使わせちゃってごめん。じゃー、冷凍庫しまっておいた方がいいかな、ちょっと待ってて」


 紙袋を受け取った小坂君が廊下の奥に消えて、その間、私は玄関を上がった所で家の中を見回す。壁にはドライフラワーの花輪や絵が飾られて優しい雰囲気が漂っていて、ここで小坂君が育ったんだって思うとなんだか不思議な気持ちになる。

 うちも両親共働きだから土日に家に親がいないのは慣れてるけど、虎太郎ちゃんの家に行くといつもおばさんが笑顔で出迎えてくれるから――私が女の子以外で家に行った事があるのは虎太郎ちゃん家だけだから――なんとなく小坂君の家も虎太郎ちゃん家のようなのを想像していたけど、雰囲気がぜんぜん違う。違う家なんだから当たり前だけど、違うことに驚いてしまう。

 小坂君が戻ってきて、玄関横の階段を上がって二階に上がってすぐの部屋に案内される。

 虎太郎ちゃんの部屋は二階の奥だったな――いちいち、そんなことを考えてしまって首を振る。

 小坂君が扉を開けてくれて、私を先に部屋に入れてくれる。六畳のフローリングの部屋には正面の窓側に勉強机と低い本棚、その前に木のベッドが置かれてる。壁紙はブルーの空模様、ベッドの前に敷かれたラグマットはブルーのお洒落なストライプ柄。ブルーを基調に揃えられ室内は鮮やかで、空を飛んでいるような気分になる。


「わぁ―……」


 思わず感嘆の声が漏れて、口元に手を当てる。

 私が唯一知っている男の子の部屋とはあまりに違いすぎて、目を大きく見開く。五つ年の離れた兄がいるけど、兄の部屋もあまりカラフルじゃなくて、小坂君の部屋が想像と違ってびっくりする。でも。


「すごく素敵な部屋だね」


 心からそう思って言う。


「ありがとう」


 くすりと笑って小坂君が言う。


「ごめん、テーブルこれしかないんだけど良いかな……」


 そう言って小坂君がさしたのはウォーターブルーの折りたたみのテーブル。二人で向かい合って座って教科書とノートを広げたらいっぱいいっぱいの大きさ。


「大丈夫だよ」


 私は笑って返事をする。


「これ、座布団使って」

「ありがと」


 小坂君の部屋は緊張するけど、小坂君のさりげない優しさが身に沁みて、だんだんと緊張が和らいでいく。

 小坂君が持ってきてくれた冷たいお茶を飲んでから、試験勉強に取り掛かる。最初の一時間はお互いに黙って問題集をやって、その後の一時間は英単語とか歴史とか一人が問題を出してもう一人が答えるって感じで勉強をした。



「もう十二時か」


 勉強机の上に置かれた時計を見ながら小坂君が言う。お腹もちょうどすいてきている。


「どうする? ピザかなんか出前取るか、近くのファミレスに行くか」


 小坂君に聞かれて、小坂君の家の周りを歩いてみたくて、ファミレスに行くことにする。歩いて十分くらいの場所にあるファミレスでご飯食べて、涼しいからすこし涼んで。小坂君の家に戻ってからまた勉強をした。

 四時を過ぎた頃、小坂君がお茶のお代わりと一緒に私が持ってきたシューアイスを持ってきてくれた。


「少し休憩しよう」


 優しい笑みで言われて、シャーペンを置いてノートを片づけてテーブルの上をあける。


「シューアイスって初めて食べるけど、美味しいね」


 シューアイスにかぶりついた小坂君がふわりと笑って私を見る。 勉強の時は向かいあって座ってたけど、今はベッドの前、寄りかかるように並んで座っている。


「うんっ!」


 私は力強く頷いて、力説してしまう。


「普通のシュークリームも美味しいけど、凍ってシャクシャクしてるシュー生地とアイスが絶妙で美味しいよね。マイブームなんだ、シューアイス」

「へぇー、そうなんだ。これから暑くなるからいいかも、俺もまた食べよう」

「コンビニにも美味しいのが売ってるから、今度一緒に食べよう」


 私が言うと、小坂君が少し首を傾けて色っぽい笑みを浮かべる。


「うん」


 小坂君とこうして一緒に笑える事が夢みたいに幸せすぎて、時々、胸がきゅーっと苦しくなる。

 視線を合わせてるのが恥ずかしくって、横に座る小坂君から視線を正面に移して床を見つめる。

 私は手に持っていたシューアイスを黙々と食べ、食べ終わってから口を拭く。

 長い沈黙を挟んで、どうしたらいいか分からなくて視線を上下にさ迷わせていると、体の横に放り出していた右手に、小坂君の左が触れた感触に、ぴくりと肩を揺らす。

 優しく宝物を包むように手を握られて、体が急激に熱を帯びる。

 休みの日に二人で会う時は手を繋いだりする。初めて握られた訳じゃないのに、場所が小坂君の部屋だと思うと――部屋に二人っきりだと思うと、ドキドキと胸が早鐘を打ちはじめる。


「あっ、あの……」

「芹沢さん……」


 私の声と被さって小坂君に甘い響きで名前を呼ばれ、ドキンっとする。

 胸の高鳴りを誤魔化すように言う。


「小坂君って……お洒落なんだね」

「えっ?」

「この部屋、ほんとに素敵だから。趣味がいいって言うか……」

「芹沢さん」


 繋いでいる手に力が込められて優しく名前を呼ばれるから、そのギャップにドギマギして胸が飛び出しそうな程緊張する。

 甘い雰囲気に耐えられなくて、しどろもどろ。とにかく喋らなければって一生懸命になって――


「こっ、虎太郎ちゃんの部屋とは全然違うからビックリしちゃった。家具が少なくて黒で統一されてるからさっぱりしてるって言うか無機質な感じで小坂君とは……」


 そこまで言って、はっとする――

 繋がれている小坂君の手が震えているように感じて小坂君を振り仰ぐと、すごく驚いた様な表情で、目を大きく見開いて固まっている。


「こ……さか、君?」


 どうしてそんなに驚いた顔をしているのか分からなくて、でも私が何か変なこと言ったのかなって思ってばつが悪くて首をかしげる。

 小坂君もじぃーっと私を見つめていたことに気づいたのか、はっとしたように顔を動かし斜め下に視線を移す。


「田中の家……行ったことあるんだ?」

「うん」

「……そっか、幼馴染って言ってたね。家、近いの?」


 小坂君にこんなこと聞かれるのは初めてで戸惑う。だけど、体力測定の日、それまで私と虎太郎ちゃんが幼馴染って秘密にしてた事を虎太郎ちゃんが皆の前で言ったから、私から小坂君に直接幼馴染だって話したことがないことに気づいて、聞かれた質問に素直に答える。


「隣の隣の家だよ。お母さんとおばさんが仲良しでね、私と虎太郎ちゃんは同じ病院で同じ日に生まれたらしいの」

「芹沢さんと田中って……仲良いよね?」

「んっ……そうかな?」


 喧嘩って訳ではないけど、虎太郎ちゃんに一方的に拒絶されているから、仲良いとは言いきれなくて、歯切れの悪い返事になる。

 一方的と言えば――ファンクラブからの敵意もそうだな。そう考えて、虎太郎ちゃんが私を避けるのもファンクラブと関係あるのかな――っとか考え込んでしまう。

 ぎゅっ――と指が食い込むくらい強く握られて、眉を顰める。


「イタッ……」


 小さな私の悲鳴は、小坂君のいきなりのキスによって声になることはなかった。

 突然強く握られた手に小坂君の方を向いた瞬間、小坂君の顔が迫ってきて唇と唇が触れ合う。小坂君の右手が艶めかしく頬に添えられて、びくっと肩を揺らす。

 初めは優しく触れただけの唇が、一度離れて、今度は強く押し付けられる。

 突然の事に私はただただびっくりして目を見張ることしか出来ない。触れそうな程すぐ目の前にある小坂君の顔を見つめ、睫毛がすごく長いなぁなんてのんきなことを考えながら、頭の半分は何が起ったのか分からなくててんぱっている。

 私の頬に触れていた手が顎に移動し、舌で強引に唇を開かされて。


「ん……っ、……!?」


 なにがなんだか分からないのに甘い声が漏れて、頭の中が真っ白になる。


「や……っ!」


 衝動的に掴まれていた手を振り払って、両手で小坂君の胸を押しのける。

 ファーストキス――

 小坂君とのキスは嬉しいはずなのに、なんだか強引な仕草に怖くて拒絶してしまって。直後に我に返って、一気に後悔が押し寄せてくる。


「あの……」


 繋がれていた口から荒い呼吸がもれ頬が上気している小坂君は、瞳に鋭い光を宿して私を見据えている。

 その表情があまりに怖くて、びくっとする。


「田中と俺を――比べてるの?」


 吐き捨てるように言う小坂君は苛立ちを露わにしている。小坂君が怒るなんて滅多にないのに、怒らせてしまったことに胸が苦しくなる。


「違っ……」


 そう言ったのに、小坂君は私から視線をそらして唇をかみしめる。その表情は苛立ちが溢れ、触れたものを切り裂きそうな鋭さがある。

 こんな小坂君は見たことがない――そう思って、以前にも小坂君を怒らせてしまったことがあることを思い出す。あの時も、私は小坂君が何に怒っているのか気づけなくて、余計に小坂君を怒らせてしまった。

 どうしてだろう――こんなに小坂君の事が好きなのに、私は小坂君の気持ちが分からない。小坂君が何に対して怒っているのか分からないなんて。


「虎太郎ちゃんのことなら目を見ただけでどんなこと考えてるか分かるのに……」


 頭の中で考えていた事を言葉にしてしまい、はっとする。小坂君が苛立ちの浮かんだ瞳でこっちを見てて、それなのに私と目が合った瞬間そらされ――体中が凍りつくような感覚に襲われる。

 泣きたい訳じゃないのに、じわりと瞳に涙が込み上げてきて。


「ごめんなさい……っ」


 そう言うのが精一杯で、私は鞄を掴んで部屋を飛び出す。玄関を出て全速力で駅まで走っていく。

 ただ小坂君の側にいるのが辛くて、逃げ出していた――




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