第2話 ファンクラブの規定
「ちょっとっ!」
そう言って、私を囲んだ女子四人。
「田中君が優しくしてくれるからって、調子に乗らないでよね」
「そうよそうよ、田中君はみんなに優しいんだから、あんただけ特別だなんて勘違いしないでよ」
「田中君と仲良く話してるからって、いい気になんないでよね!」
初めに口を開いた子に続いて、次々とそう言う女の子達。
えーっと、私、田中君とは全くと言っていいほど喋ってないんですけど……
でも、そんなこと言っても聞いてくれるような状況じゃ、ないよね。
なんでこんな状況になってるかというと、数時間前の帰りのホームルームに遡る――
※
「あー、今日は放課後に委員会の集まりがあるからな。委員になった人は、それぞれ指示された場所に行くように!」
「えーっ」
委員になった人達が、一斉に非難の声を上げる、私もその一人。
さよならの挨拶を済ませ、ぱらぱらと帰る人の中、夏凛も荷物をまとめ立ち上がる。
「やっぱ、こういう時は、係にして正解だって思うわ~」
「私だって、係が良かったのにぃ……」
去年もジャンケンで負けて委員になって大変な思いをしたから、今年こそ絶対係がいいと思って、選り好みせずに片っ端から係に立候補したのに……全部負けてしまって、残ってた体育委員になちゃったんだよね。
はぁー、三分の一の確率なのに、どうしてこうもジャンケン弱いのかしら。ある意味、負け続けるってのも、すごいかも……いやいや、こんな力はいらないか……
「まっ、仕方ないわよ、芽依」
そう言って、ぽんぽんっと私の肩を叩いた夏凛。
「部長には、委員会で遅れるって言っておいたげるから」
夏凛は立ち上がり、教室の後ろの方に片手を上げる。
「田中君のことも委員会だって伝えておくね」
「おう、頼む」
振り向くと、夏凛の視線の先に田中君がいて、こっちを見てた。
「じゃ、先に行くね。頑張れ」
“頑張れ”は私にだけ聞こえるように耳元で囁き、夏凛は教室を出て行った。
もう一度振り向くと、田中君が私の方に向かって歩いてきている。私は前に向き直り、荷物をまとめる。
「芹沢、体育委員は、三-Aの教室だって。行こう」
「えっ?」
行こうって、一緒に……って意味かな? そう思って顔を上げると、田中君は教室の扉を出ているところだった。
えっ、一人で行くの? でも、だったら、声なんかかけないか……?
私は荷物を右手で掴むと、慌てて田中君の後を追いかけた。田中君は階段を登るところでちらりと振り返り、私と目が合うと、また前を見て歩き出した。
???
私の頭の中は、ハテナマークだらけ。田中君ってなんか、ミステリアスだなぁ~。
三-Aの教室にはすでに体育委員の人たちが集まっていた。その中、なぜだか、私の隣には田中君が座ってる。まあ、同じクラスの委員なんだから、それが普通なのかな、と思う。周りを見ても、だいたいが同じクラス同士で並んで座ってるし。
しばらくして体育の先生が来て、体育委員会の集まりが始まった。内容は一年間にある体育委員が関わる行事の説明や体育委員の仕事など、大まかな説明がされる。六月に行われる体育祭の種目や係の希望を紙に書いて提出する。
うちの学校は秋じゃなくて、進級してすぐの六月に体育祭やるんだよね。あんまり、まだ仲良くなってないうちに、どの種目に出るとか決めなくちゃいけないから大変なんだけど、まあ、この体育祭でクラスも一致団結するというか。で、体育祭の前の四月半ばに、体力測定がある。だいたいは、この体力測定の結果で種目決めるんだよね。
陸上部に所属してるだけあって、“体育祭”って響きからもう大好きで、わくわくするなぁ~。そんなこと考えてたら、委員会は無事終了。
さて、部活に行くかな。そう思って立ち上がると、隣に座ってた田中君と目が合う。
「行くか、部活」
そう言って、スポーツバックを肩から掛けて歩き出した田中君の後について部室棟へ。それぞれ、男子部室、女子部室に入って着替えて……
もしかして、着替えて待っててくれてる? そんなことが頭をよぎって外に出たら、部室の前には誰もいなくて。
まっ、当たり前か。私のが着替えるの遅いし、待ってるわけないよね。そもそも、「行くか、部活」の言葉も私に向けられたものじゃなくて、単なる独り言だったのかも……あっ、トイレ行ってから、部活行こう!
そう思ってトイレに行って出てきたら、そこに知らない女子四人が待ち伏せてて――今に至ると。
※
知らない子にちょっと話があるからついてきて、そう言われてのこのこついて行った私も馬鹿だったと思う……
「あんた、田中君と同じ委員会になって、親しくしようっていう魂胆なんでしょ!?」
「いいこと? 田中君はみんなのものなのよ」
「そうよ! 田中虎太郎君ファンクラブの規定第一項、田中君と一対一では話してはいけない、って知らないの?」
なんだか突っ込みどころが満載で、どこから突っ込んでいいのやら……
「えーと、私は田中君のファンクラブの会員じゃないからそんなこと言われても……」
「ファンクラブのメンバーじゃないって、言い逃れるつもり?」
「言い逃れじゃなくて、そもそも“田中君はみんなのもの”っておかしくない? 田中君は……」
そう言いかけた時、一番最初に声をかけてきたロングヘアの子がきっと眉を吊り上げて言った。
「もー! 同じクラスの上、同じ委員会になるなんて許せない!」
いや、そんなこと言われても、好きで同じ委員会になったわけじゃないし……クラスのことは……文句は先生に言ってよ?
「なんか、誤解してるみたいだけど、私、田中君には興味ないから、安心して」
言ってその場を立ち去ろうとしたら、思わぬところで反論された。
「なにそれ!? あんたの目おかしいの? 田中君はあんなに格好良くて眉目秀麗運動神経抜群なのに、興味ないって言うの!?」
いや、興味ないって言ってんだから、それでいいじゃん……。なに? 興味なきゃ駄目なの……?
「あんた、ちょっと可愛いからって、田中君なんて目じゃないって言うの?」
「ちょっと足が細いからって、キーッ!」
なんかそれってほめてない?
とにかく、彼女たちの怒りの矛先がおかしな方向に向かいはじめたので、その場をそーっと離れようとしたんだけど。
「待ちなさいよっ!」
急に腕を引っ張られ、変な方向から足に体重がかかって、よろけて――!
ドサリッ。地面に倒れたと思ったら、誰かの胸に手をついて上に乗っていた。顔を上げると、その人は田中君で――
「きゃっ、田中君よ」
私を取り囲んでた女子四人は小さな声で囁き合って、もじもじと体をくねらせ、四人固まるように集まる。
私は田中君に支えられるようにして立ち上がる。
「ありがと、田中君。でも、どうしてこんなとこに?」
素朴な疑問が浮かんで、そのままぶつけてみる。ここは体育館の裏、陸上部が練習してる校庭と目と鼻の先ではあるけど、フェンスと高い木越しで見える場所ではない。
「どういたしまして。なかなか部活来ないから、探した」
田中君はだるそうに言って立つと、鋭い視線を彼女達に向ける。
「芹沢に、なんか言うことあるんじゃないの?」
そう言われた彼女達は、驚愕の表情を浮かべ、一人は涙ぐんでいる。
「わっ、私達はなにも……」
うーん、何もされてないってことはないけど――ただの言いがかりつけられただけだし――ぶたれたとかそういうんではないから、別に気にしてないんだけどな。
「田中君、別に何でもないよ。ちょっと彼女達とは話してただけで……」
田中君のトレーナーの裾をちょいっと引っ張って言うと、田中君はちらりと振り返っただけで、すぐに彼女達に向き直る。
「芹沢に、謝れ」
感情を露わにしてるわけでもない静かな声なのに、なんか威圧感があって、彼女達は怯えた様な目で田中君を見つめ縮こまる。
彼女達は――ただ田中君が好きなだけなのに。それがちょっと行きすぎた行動になっただけで、決して彼女達が悪くないとは言わない。でも、好きな人にこんな風に責められたら辛いだろうな。なんだか身につまされて――そんな彼女達が不憫で、必死になって田中君に言い募る。
「いいよ、田中君。謝ってもらうことなんて何もないんだから」
両手を振ってなんでもないとアピールすると、またちらりと振り返った田中君は、私の足に視線を向けた。
「足……」
そう言われて、何のことかわからなくて首をかしげる。
「捻ったんじゃない?」
その言葉に左足首を動かすと、ツキンっと僅かに痛みが走り、顔をしかめる。
「ごっ、ごめんなさーい」
私と田中君のやり取りを息をのんで見ていた彼女達は涙声でそう言うと、校舎に向かって走って行ってしまった。
はぁー。なんだかどっと疲れて、私は大きなため息をついてしまった。そんな私は。
「ごめん」
なぜか、田中君に謝られてしまう。
「えっ、なんで田中君が謝るの?」
「足首ひねったの、俺のせいだから。俺のせいで、彼女らに呼び出されたんだろ?」
「えっ、違うよ……いや、呼び出されたのは違くないけど、これは私の不注意で。バランス崩して捻ったのは、私の不注意のせいだよ?」
そう言って小首をかしげると、なぜか田中君は目を大きく見開いていて、それからくすりと笑った。
「芹沢っておもしろいな」
ですって。
なにが面白いのかしら……私に言わせれば、田中君のが謎よ。
だけどその笑顔は、思った通り女の子みたいに可愛いかった。