第28話 プライドレース 2
先生はリレーに同じ人が二回でるのはどうかと渋ったけど、怪我人の代役で、他に出たいという人がいないと説明し、すでにリレーの召集が始まっていて、渋々OKしてくれた。
「ダメというか、一人二回出るのが可能なのか……?」
そんな先生のぼやきを背中に、召集場所に向かう。
松本さんと湯本さんには、橋本さんが私への嫌がらせで出ないと言った事を皆には黙っててもらえるように頼んだ。
皆の不安をあおりたくなかったのと、虎太郎ちゃんに責任を感じて欲しくなかったから――
これは私とファンクラブの根競べなの。
一年生のクラス対抗リレーがスタートする。女子からスタートして、男子、女子と交互にバトンを渡して一人百Mずつ走る。順番を待つ選手は、二百Mトラックの正面席側に女子が、クラス席側に男子が並ぶ。
私が二回走ると言うと、リレーメンバーは驚きの顔をしながらも、松本さんが怪我して代理だと言う事を分かってるし、陸上部だから出来るだろって感じで素直に受け入れてくれた――虎太郎ちゃんを除いては。
虎太郎ちゃんは視線で、どうして他の人が出ないのか――訝しげに私を見つめてきたけど、すぐに入場が始まり男子と女子は別々に待機するから、言葉をかけられることはなかった。
私は第十一走者なんだけど、第一走者の松本さんの代理をするために先頭に並ぶ。アンカーは虎太朗ちゃんで、振り返って並んでいる男子を見ると、虎太郎ちゃんの隣に小坂君。
当たり前だけど、小坂君もアンカーなんだ。
小坂君には頑張ってほしい、けど勝ちたい――複雑な気分になる。
周りでは、同じ色の一年生を応援して白熱している。このクラス対抗リレー、四色対抗リレーは勝負の要になってくる種目だから、皆気合いが入ってる。
一年生、トップの赤組がアンカーにバトンを渡し、第三コーナーをかけて行く。その後ろを、青、白、黄色追いかけて行く。そのままの順位でゴールし、赤組が大きな歓声を上げる。
現在の総合得点は、白組と青組が僅差で白組が勝っている。うちは青組で、小坂君が白組。今更だけど、敵同士だって実感して苦笑する。
だけどね、これは体育祭。クラスのために青組優勝のために頑張るんだ。
第一走者が呼ばれ、スタート地点に向かいながら、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
本気で行かせてもらうよ――
スタート位置を決めるくじ引きで、私はまた、一番最後にくじを取る。
やった、第四レーン、一番外側。残り物には福があるっていうのは当たってるかも。
クラス対抗リレーで走る距離は百M。第一走者とアンカーは十Mくらい距離が長くなるんだけど、直線、カーブ、直線のコース。第一走者は直線の半分のとこまでは各レーンを走って、そこからはレーン関係なく走る。普通だったら第一レーンが最短距離でいいんだろうけど、レーンが一緒になる所で外側からこられたりすると先頭に出にくくって、そのごちゃごちゃっとしたのに巻き込まれないためには一番外側の第四レーンがいいんだ。
聞きなれたピストルの音に神経を集中させ、耳を澄ます。
スタート地点に四色の鉢巻きをした女子が四人、クラウチングスタートで構える。
「位置について、よーい……」
パンッ。合図と同時に力一杯蹴り出す。歓声が耳を通り抜け、ただ目の前のコースだけを見て走る。直線中央の位置に立つ体育委員を過ぎ、インコースに走り込む。内側に少し体を傾けたままカーブを抜け、直線――第二走者にバトンを渡す。
「はいっ!」
陸上部の癖で掛け声をして、想いと一緒にバトンを託す。バトンを渡したらすぐにフィールドの中に入り、後続者の邪魔にならないようにする。
なんとか、先頭でバトンを繋ぐ事が出来て良かった――
同じクラスの男子が「よくやった」って声をかけてくれて、呼吸がまだ整ってないから手だけで答える。
女子はそのままそこに待機なんだけど、私はもう一度走るために正面席側へとフィールドを突っ切るように歩き始めると、最後尾に並ぶ虎太郎ちゃんと視線が合う。
虎太郎ちゃんは、もしかしたら気づいていたのかもしれない――
それで何も言えなかったのかもしれない。だから。
「虎太郎ちゃん、頑張ってね~」
呼吸を整えながらだったから、少し間抜けな声になっちゃったかもしれない。そう言った私に、虎太郎ちゃんがぎゅっと眉根を寄せて、くいっと顎を引いて言う。
「俺は、芽依からバトン貰うんだけど?」
「ん? そーだね、私からだね」
「芽依がバトン繋がないと俺は走れないんだからな? しっかり走れよ」
黒く底光りする真剣な瞳で見据えられて、言葉は厳しいけど頑張っれって言ってるのが伝わってくる。
「うん、分かってるよっ!」
負けられない戦いなんだから。
私は力強く頷いて正面席側に行く。レースは第五走者にバトンが渡ったところで、青組――うちのクラスが先頭を走っている。そのまま先頭を維持してどんどんバトンが繋がれていく。
第十走者の豊島君にバトンが渡り、先頭が青組、後ろに白組がつけている。五十Mほど過ぎたところで差は縮まり青組と白組が横並びで駆けてくる。そのままもつれるようバトンゾーンに飛び込んできて豊島くんが横を走る三組とぶつかってよろけ――
カラン、カラン……
私の手に触れる直前でバトンが地面に落ちてしまった!
白組が第十一走者にバトンを繋ぎ、後続の黄色組、赤組が走ってくる。
豊島君が落ちたバトンを拾ってやっと私の手に渡った時には、四位だった赤組が第十一走者にバトンを渡したところだった。
私は受け取ったバトンを握りしめ、全速力で駆けだす。すぐ目の前にいる赤組を抜かし、二位で走る黄色組を追いかける。
もっと速く走れれば――こん時に限って思う様に手足が動かなくて、ただ必死に地面をけり上げる。
コーナーを抜け、バトンゾーンで待つ虎太郎ちゃんの姿が見える。すでに白組――小坂君はバトンを受け取り走りだしている。二位の黄色組と僅差になり、バトンゾーン数M手前の所で虎太郎ちゃんが駆けだす。
練習の時よりも、ほんの少し駆けだすタイミングが早い虎太郎ちゃんに追いつきそうで追いつかなくて、私は必死を通り越してがむしゃらに足を持ち上げて前に踏み出す。
「虎太郎ちゃんっ!」
名前を呼ぶのを合図に、虎太郎ちゃんが振り向かずに左手を後ろに差し出す。その手に、渾身の一歩を踏み出し、バトンを託す。
バトンゾーン、助走でバトンを受け渡す黄色組を追い越して、虎太郎ちゃんが走っていく。
その背中が――俺に任せろ、って言っている。
力の限り走りきって、足がびりびり痺れて上手く動かなくて、ゆっくりとフィールドに入りながら、視線だけはしっかりと虎太郎ちゃんをとらえる。
先頭を走る小坂君との差は数M――その差が埋まりそうで埋まらない。
そのままゴールテープを駆け抜けた小坂君に続いて、虎太郎ちゃんが胸からゴールに飛び込んだ。