第25話 オセロ
「虎太郎ちゃん、手伝うよ」
「おう、じゃ、これ移動させるから手伝って」
出来上がった看板の左右を私と虎太郎ちゃんが持って歩き出そうとしたんだけど、私も右へ、虎太郎ちゃんも右へ――つまり私からすると左へ歩き出して、逆方向に進もうとして、看板をあわや落としそうになる。
「わっ!」
「きゃっ!」
二人の叫び声に、周りで作業していた体育委員が振り返り、また自分の作業に取り掛かっていく。
「芽依、向こうだろ」
「向こうってどっちよ?」
そう言ってまた、逆方向に歩き出そうとする。息はピッタリなのに、なぜか行動がかみ合わない不思議。
この間も――男子は外で作業してたんだけど、女子が花を作ってる教室に顔を出した虎太郎ちゃん。辺りを見回して、何か探している様子だったから、私は思い当ることがあって、自分の鞄の側に置いておいた担当票のプリントを差し出す。
「虎太郎ちゃんのプリント、机の上に置きっぱなしだったよ」
虎太郎ちゃんは目を見開いて私とプリントを見るから、私は首を傾げて尋ねる。
「あれ、このプリント探しに戻ってきたんじゃないの?」
「いや、そうなんだけど……よく分かったな、このプリント探してるって――」
「うん、なんとなく……」
理由なんてない、ただそう思っただけ。虎太郎ちゃんを見ただけで、どんな事を考えてるのとか、何を探してるとか、何を必要としてるとか、言葉にしなくても私には分かってしまう。それは幼馴染だと知ったあの日からひしひしと体に過る感覚で、特に虎太郎ちゃんを注意深く観察してたとかじゃない。
虎太郎ちゃんも同じで、私と虎太郎ちゃんの間には、言葉にしなくても伝わる何かがあるみたい――
不思議だけど、これが生まれてから三歳まで一緒に過ごした、心の中の絆の影響なのかもしれない。
だけど、お互いの事を不思議なほど分かり合えるのに、息ぴったしなのに、行動だけが全く逆さまになってしまうから不思議なんだ――
いやいや、今はそんなことを冷静に考えている場合じゃないよ?
私の前には眉根をぎゅっと寄せた虎太郎ちゃんが立ってる。私も、しかめっ面をしてるに違いない。なんでかって言うと、やってしまったから――
玉入れに使う玉の破けているのを直して数を確認する。袋にしまい台車に乗せて倉庫に運ぼうとした時のこと。途中までは順調だったんだ。
教室を出て渡り廊下を通ってる途中、虎太郎ちゃんが倉庫まで近道しようと言って中庭を通ったのもいけなかったかもしれない。
昨日降った雨のせいでぬかるんでる場所があって、台車がぬかるみにはまって動かなくなってしまった。仕方なく持ち上げてどかそうとして、私と虎太郎ちゃんは息ぴったりに、見事に左右逆に持ち上げて――バランスを崩して転んで袋が落ちて口が開いて、玉をばらまいてしまった。
四色各百個の玉が地面にばらけて、言葉を失う。
「どうしよう――」
思わずもれた言葉に、自分で心の中で突っ込む。
いや、拾ってまた数え直しでしょ。
なんでそっちに持ち上げたんだ――とか、そういう口論をお互いする気はなくて、黙々と玉を拾いはじめる。
「あっ、この黄色の袋破けてる――」
玉を入れてる袋が破れてることに気づいて、ぽつりと漏らす。裁縫セットまだ教室に置いてあるから戻って直すか。一度教室に戻ろうか――そう言おうとした時。
「ごめん、俺のせいだ――」
虎太郎ちゃんが玉を拾いながらこっちを見ないで静かな口調で言った。
「えっ、違うよ?」
「いや、俺が近道しようとか言わなければこんなことにはならなかっただろ」
「そうかもしれないけど、私も止めなかったから、同罪だよ」
そう言って笑った私を、虎太郎ちゃんがじぃーっと見つめてくる。その瞳があまりにも真剣な光を帯びていてドキリとする。
「そんなことない……」
虎太郎ちゃんがぽつりと漏らした声は小さすぎて聞きとれなくて。いつもは不遜なくらい自分に自信満々の虎太郎ちゃんが元気なくて、違和感を覚える。
※
「あはは、それは災難だったね~」
部活を終えた夏凛が体育祭の準備をしている三年生の教室に来て、大きな声を出して笑う。
こぼした玉を拾い数を確認してほつれた袋を直しに教室に戻ってくると、部活を終えた夏凛が来てて、さっきの一部始終を聞いて目に涙をためながら笑っている。
「笑い事じゃないし」
「でも、それって、しょっちゅうじゃない?」
夏凛は私と虎太郎ちゃんと同じクラスだから、クラスで体育委員の仕事をするところを見ているからそう言って笑う。
「まあ、そうなんだけど――」
一通り笑って、笑いが収まった夏凛が、目元を拭いながら私を見上げて言う。
「芽依と田中君って、オセロみたいね」
「オセロ?」
って、あの白と黒のゲームの……
「そう。芽依と田中君って見てるとさ、すごく通じ合っていてお互いをよく理解してる感じがするの。でも、それと行動が伴わないっていうか、背中と背中をくっつけてるから、同じ方向には進めない――みないな?」
首を傾げて言う夏凛。繕い終わった黄色の袋を机の上に置き、私は床に座る夏凛の隣にしゃがみ込む。
「なんか、それって切ない……」
夏凛の言うことは分かる。当てってる気もする。だけどそれって、すごく切ないよ――
理解し合ってるのに、同じ方向を見れないなんて。手を握って一緒に歩けないってことでしょ?
それって相容れない関係みたい。
沈んだ声で顔を伏せる私の頭を、夏凛が優しく撫でてくれるから、目を細め身をゆだねる。
「田中君の事が好きなんだね――」
夏凛が言う好き――は、友達としてとか幼馴染としてとか、そういう意味だったと思う。
虎太郎ちゃんと再会してから約二ヵ月しか経っていないのに、記憶の片隅にある幼い頃の絆が、確かに私と虎太郎ちゃんを繋いでいる。
「うん――虎太郎ちゃんは大事な幼馴染だよ」