第23話 キングのジンクス
小坂君は頭いいし運動神経もいい。絵の才能もあって、性格は優しく思いやりがある。まっすぐな瞳は印象的で、笑った顔は天使のように穏やかで――
だから、虎太郎ちゃんが言ったことなんて関係ないんだ。
小坂君はすごく魅力的な男の子で、私以外にも小坂君のいいところを知っている女の子はいっぱいいて――ただ、私がその存在に気づいていなかっただけなんだ。
頬を染めて小坂君を見つめる女子と少し照れたように私を見た小坂君に――私はどうしたらいいか分からなくて逃げ出してしまったけど、きっと小坂君はあのクッキーを受け取ったんだろうなぁ……
仕方ない――そう思いながらも、実際にはその場面を見てはいないのにすごくショックで。
こんなことなら、止めれば良かったのかな――そう思って、それも違うと思ってしまう。
だって人を好きになる気持ちは――誰にも止める権利はないでしょう……?
たまたま私が先に告白して付き合ってただけで、何かが違っていたら私があの子の立場だったかもしれない――そう思うと、止められなかった。
沈んだ気持ちを隠せずしょんぼりしている私に、前の席に座った夏凛が小さな声で話しかけてきた。
そう、今は理科の実験の最中で……
「どうしたの芽依? さっきから変だけど?」
「んー、お昼の時話す……」
隣の机には虎太郎ちゃんがいて、黒板に顔を向けた虎太郎ちゃんと視線が合ってしまい、慌ててそらす。
うぅ……あからさまに避けすぎちゃったかな。でも、こんな顔見られたら、またなんて言われるか分かんないもの……
※
「ふーん。私も知ってるよ、そのジンクス有名だから」
立春を過ぎ暦上は夏に突入して、今日は天気予報で25度を越える予報だった。カラッと晴れた空気は清々しくて、肌に当たる太陽の熱はチリチリと肌を指して痛い。
クラスで虎太郎ちゃんに話を聞かれたら困るから、今日は中庭でランチタイム。
「えっ、私知らなかった……」
「まぁ、芽依はそうかもしれないけど。ってか、だから田中君は教えてくれたんじゃない? そーゆうジンクスがあって小坂君の周りに女の子の気配が増えるかもしれないから気をつけろ! って」
忠告――
そう考えて、あの時の虎太郎ちゃんの顔を思い出して、私はぶんぶんと音が出そうな勢いで首を左右に振る。
「そんな感じじゃなかったっ」
せいぜい頑張るんだな――そう言った虎太郎ちゃんの顔は、面白いものでも見るみたいに好奇に輝いていた。
小坂君の周りに女の子が増えて、私がヤキモキする様子を楽しむつもりなんだ。
「そう? 芽依の考えすぎじゃない」
「考え過ぎだといいけど……」
ちょっと興奮していたのが自分でも分かって、気持ちを落ち着けるようにパクリとお弁当の肉団子にかぶりつく。
「小坂君だって、他の子にちやほやされたくらいでなびくような男じゃないでしょ?」
夏凛が私を慰めるように言って、頭を撫でてくれるから。その優しさに甘えて、目を瞑る。
分かってる――小坂君を信じてない訳じゃないの。ただ、自分に自信がないだけ。
「小坂君があまりに格好良いから、その格好良さに他の子も気づいちゃったんだって思うと不安なの」
ずっと憧れていた王子様。 私の硝子の靴は拾ってもらえる――?
小坂君の隣に立つ私はどう写る?
釣り合いは取れてる?
ダメな子すぎない?
自信がなくて、怖いんだよ――
「大丈夫でしょ。てか、アレ」
ふぅーっと夏凛がため息をついて、遠くの方を見つめるから、つられて顔を上げると。
中庭の向こう、渡り廊下の角で十数人の女子に囲まれている虎太郎ちゃんの姿が見える。話声は聞こえないが、虎太郎ちゃんの顔はいつものクールな無表情じゃなくて笑みが浮かんでいるように見える。
笑ったらきっと可愛いのにな――虎太郎ちゃんの顔をはじめてちゃんと見た時、そう思った事を思い出す。
「虎太郎ちゃん?」
私が首をかしげると、夏凛が無表情のまま虎太郎ちゃんの方をじぃーと見つめて。
「なんか田中君の雰囲気、変わった気がしない?」
「あー、笑顔だね」
私は苦笑する。虎太郎ちゃんと話すようになって一ヵ月も立っていないけど、虎太郎ちゃんが他人に笑顔を見せる事は滅多にないと知っている。
「あのジンクス……」
少しの沈黙を挟んで夏凛が口を開く。
「キングのジンクスって言うんだけど、今年は例外が起りそうね」
私が首をかしげると、夏凛が昼食のサンドイッチを食べながら話す。その視線はもう虎太郎ちゃんには向けられていない。
「確かに総合一位は小坂君で人気に火がつくだろうけど、そんな火はすぐに消えるわ。それよりも、その“キング”に選ばれた小坂君と対等に張り合っていた田中君はどうなるのかしら」
どうなるか――疑問を投げかけておいて、夏凛は興味なさそうに昼食を終えて、読書を始めちゃう。
そんな夏凛がなんだか珍しくて、急いでお弁当を食べ終えて一緒に教室に戻る。
途中の渡り廊下で、いつだったかいちゃもんをつけてきたファンクラブの四人組が話している所に遭遇してしまう。
「あー、体力測定の時の田中君格好良かったなぁ」
「それに最近、よく笑う様になったよねっ!」
「つんとして笑わなくてクールだったのもいいけど、俺様な笑顔の田中君も最高―!」
そう言った時に、グループのリーダー核のロングヘアの子が横を通り過ぎる私に気づいて、わざと聞かせるような口調で言う。
「それにしても――田中君が芹沢さんをかけて小坂君と勝負だなんて噂、嘘だって分かり過ぎて笑っちゃうわ。誰が流したのかしら――あの噂。折角の苦労が水の泡ね、田中君は誰かさんの事好きでもないし興味もないって言ってたもの」
誰かさん――ってのはもちろん私を指して言っている。
だけど、その噂を流したのは私じゃないし、苦労って何? なんか嫌味な感じ!
私は歩いていた足をぴたりと止めて、彼女をまっすぐ見据える。横を歩いていた夏凛が突然立ち止まった私にびっくりして、諭すように言う。
「芽依、構わない方がいいよ」
分かってるけどさ、こんな言い方されて黙ってるなんて、負けてるみたいで気分悪いじゃない。一言、言ってやんないと気が済まない。
「だから何? ああ――虎太郎ちゃんが私の事好きじゃないって言ってて安心したんだ?ファンクラブですって言って虎太郎ちゃんの周りにまとわりついて、みんなできゃっきゃ騒いで満足なんだ? それって、本当に虎太郎ちゃんの事好きって言えるの? 薄っぺらい気持ちね――」
ぱん――っ!
言い終わると同時に、小気味良い音が渡り廊下に響く。
ロングヘアの子が屈辱で顔を真っ赤にして、私の左頬を叩いていた。
ひりひりと痛みの感覚が襲う頬を横目で見て、私は彼女をまっすぐに見据える。
「図星なんだ――」
悪い事を言ったつもりはない。
好きだって言いながら、ライバル同士で固まって想いを伝えないって縛り合ってそれで満足してるファンクラブが、私には理解できない。
好きなのに、どうして気持ちを言わないでいられるの――?
そんなの、恋じゃない――!
何も間違ったことは言っていないし、謝るつもりもない。恋に怯えて逃げてる彼女に、私は何も恥じることはなくて、嫌味を言うだけの資格が彼女にあるとも思えない。
悔しさに顔を歪める彼女から、私は顔をそむけずにまっすぐに見据えたんだけど。
「芽依……」
戸惑った様子の夏凛が、歯切れ悪く私の肩を揺さぶる。その瞳は切なく揺らいでいて、どうして夏凛がそんな顔をするのか分からなかった。まるで、私が間違った事を言って悲しんでいるようで、心が苦しくなる。
騒ぎに私とファンクラブの四人組を囲む見物人が増え出し、その中に、すべての元凶が現れる――
「芽依――?」
虎太郎ちゃんが駆けつけてきて、私とファンクラブの子を見比べて、以前に私を呼び出した子達だとすぐに気づいて眉根を寄せる。それから私の左頬が真っ赤に腫れてることに気づいて、ファンクラブの子達に声をかけずに私に近寄る。
「芽依、何があったんだ。その頬……」
私は一方的にぶたれたのだから言いつけても良かったんだけど、これは私と彼女達の問題だと思ったから、ふいっと虎太郎ちゃんから視線を外して歩き出す。
「虎太郎ちゃんには関係ない」
いつもだったら、そんなつっけんどんな言い方はしないのに、気持ちが高ぶっていてつれなく言い放つ。
「夏凛、行こう」
虎太郎ちゃんが困ったように立ちつくしているのが分かったけど、虎太郎ちゃんには言いたくなくて。
「田中君、ファンクラブの子達は少し勝手にしすぎなんじゃないかな? ファンだって騒ぐのはいいけど、芽依を巻きこませないで……」
文句と言うよりもお願いといった感じで夏凛が囁いて、私の後を追ってきた。
本当に、お待たせしました!
一ヵ月以上間があいてしまい、申し訳ありません(>_<)
次話は近いうちに更新出来ると思います。