第22話 輝かしい勲章
熊猫高校四月のイベント体力測定後、大型連休一回目の三連休を終えた月曜日の朝礼で、体力測定の男女それぞれの各競技の成績上位三名と競技総合一位が表彰される。
私は体育委員でその集計を手伝ったから、もう結果を知っているんだけど……
『立ち幅跳び……二位、二年三組小坂秀斗、……反復横とび一位、二年二組田中虎太郎と二年三組小坂秀斗、……上体起こし一位、二年二組田中虎太郎、二位、二年三組小坂秀斗、……持久走……二位、二年三組小坂秀斗、……五十メートル走一位、二年三組小坂秀斗、二位、二年二組田中虎太郎、……』
種目ごと上位三名の名前を発表する体育委員会委員長の声がマイクを通して、体育館に響く。名前を呼ばれた人は、クラスごとに整列した中から壇上に上がっていく。その読み上げられる名前に、小坂君と虎太郎ちゃんの名前がほとんどを占めていることに私は一人苦笑を漏らす。
『……男子総合一位は、二年三組小坂秀斗』
総合一位の発表に生徒が盛大な拍手を贈り、私も壇上の小坂君を見つめて力一杯拍手する。壇上の前に並んだ表彰者達の中から小坂君が中央に向かい、校長先生から賞状と盾、景品を受け取りお辞儀をして列に戻り、表彰が終わって順々に壇上の生徒が下り始める。
私は、壇上から階段を下りクラスの列に消えるまで小坂君をずっと目で追い、その視界の端に戻ってきた虎太郎ちゃんを見つけ視線が合う。
一度、二度、瞬きをして虎太郎ちゃんを見ると、虎太郎ちゃんがくいっと壇上の方に首を振って前を向いた。
なにあれ、前を向け……ってことかしら?
私は首をかしげながら、渋々正面に視線を戻す。さっきまで壇上にいた校長先生はもういなくて、生活指導の先生が残りのゴールデンウィークの過ごし方について話してて、表彰はすごく興味があったけど先生の話は退屈で私はぼんやりと話を聞く。
朝礼が終わりぞろぞろと生徒が体育館を出始める中、私は前に立っていた夏凛に先に行くと声をかけてから慌てて体育館の出口に向かい、人ごみの中から小坂君を探す。
去年に続いて、五十メートル走一位だったことに加えて今年は総合一位だったことに、“おめでとう”って早く伝えたくて、私は人ごみを掻き分けて進む。
視線の先に小坂君の後ろ姿を見つけて、私は上手に人ごみを避けて駆け出す。
「小坂君っ!」
小走りしながらそう呼んだ時、つまづいて転びそうになって――後ろから腕を引かれて転ばずにすんで。
引っ張られた勢いで振り向くと、虎太郎ちゃんがすぐ後ろに立っていて、ぶすっとした顔をしていて、私は呆然とその顔を見上げる。
「小坂!」
虎太郎ちゃんが大きな声で言って私がぱっと前を振り向くと、小坂君がちょうど振り返ったとこだった。虎太郎ちゃんは私の腕を掴んだまま小坂君の方に歩いて行くから、私は床に足がつくかつかないかの状態で引っ張られてバランスを失った時に、ぽんっと放るように小坂君の方に押され倒れ込む。
またまた転びそうになってよろけた私を、今度は小坂君が両手で受け止めてくれた。
「忘れ物」
って、虎太郎ちゃん。
物を扱うみたいに私を扱って……私は物じゃないんですけどっ!
だけど、虎太郎ちゃんのお陰で小坂君を捕まえられたのは事実で、私は怒りを抑えて小坂君に話しかける。
ってか、感謝なんかしないもん! 虎太郎ちゃんなんか、無視無視!
「小坂君、五十メートル走二年連続一位と総合一位おめでとう」
私はにこりと笑顔で小坂君を見て言う。小坂君は照れたようにふわりと笑って。
「ありがとう。五十メートル走、去年も一位だったって覚えててくれたんだね」
「もちろんだよ」
話しながら教室に向かって歩き出した私と小坂君だったんだけど、なぜか横に虎太郎ちゃんもついてくる。
「芽依、俺には賛辞の言葉はないのか?」
上から目線で偉そうに言う虎太郎ちゃんを無視して、私は小坂君に話しかける。
「それにしても、総合一位とるなんて本当に小坂君すごいね!」
「いや、俺一人の力というよりも……」
そこで言葉を切った小坂君は、私の頭越しに虎太郎ちゃんを見て苦笑する。
「田中のおかげかな」
「えー、なにそれ、そんなことないよ、小坂君の実力だよ!」
小坂君が虎太郎ちゃんに恩を感じるなんてなんか嫌で、全否定する私。
そんな私の肩にぼんって、思いっきり力を込めて肘を置き体重をかけてくる虎太郎ちゃんは笑っているけど目が怖い。
なっ、なんだろう、何か嫌な予感がする……
「なぁー芽依、知ってるか?」
知らないぃ……
何のことか分からなかったけど、次に虎太郎ちゃんの口から出てくる言葉を聞いてはいけないと本能で感じて、青ざめた顔で勢いよく左右に首を振る。
知りたいだろう、教えてやるよ――そんな意地悪な瞳でにぃーっと笑う虎太郎ちゃん。
「体力測定で総合一位になったやつは、人生最大のモテ期に突入するらしいぜ」
意味がわからないというようにぽかんとして私と小坂君は顔を見合わせる。
「まっ、せいぜい頑張るんだなっ」
虎太郎ちゃんは極めつけに意味深な言葉を残し、私の肩をばしばし叩くと不敵に光る瞳で笑い去って行った。
なんだか呪いの言葉をかけられたように背筋がぞわりと震えた、次の瞬間――
「こーさーかー君っ」
甘ったるい声で小坂君の側に駆けよってきた女の子二人組。ちらりと小坂君から横にいる私に視線を向け、小坂君に向き直って可愛らしい笑みを浮かべる。
「先週の体力測定すごかったね! しかも、総合一位なんて! うちのクラス、体育祭も優勝狙えるかもね~!」
媚びるような可愛らしい話し方で女の子の一人が小坂君に話しかける。
どうやら小坂君と同じ三組の子みたい。
「優勝、できるといいね」
ふわりと笑い返す小坂君を見て、もう一人の子が目を見開き顔を真っ赤にする。
「あの……、これ」
どこから取り出したのか、小さなピンクのハート柄がプリントされた透明の袋を小坂君に差し出す。その中身は手作りお菓子のようだ……
つぅーっと背中を汗が流れていく。
「私が作ったクッキーなんだけど、よかったら食べて下さいっ!」
「あー……」
小坂君は困ったような声を上げ、後頭部を掻き、横にいる私を見る。
必死な声、真っ赤な顔を見て――ああ、この子も小坂君のことが本気で好きなんだなっていうのが分かって、胸が締め付けられる。
まっ、せいぜい頑張るんだなっ――なぜだかさっきの虎太郎ちゃんの言葉が蘇ってきて、ドキリと胸がはねて。
「あっ、うち一限目移動教室だから、もう行くね」
私は小坂君から顔をそむけ、早口に言って、その場を逃げ出していた――
更新遅くなりました<m(__)m>
いよいよ第4章……折り返し地点というかここからが山場です!!