第20話 必然的な恋 2 <虎太郎side-5>
また季節は移ろい――春、上級生が卒業し、俺たちは三年になった。
大庭の口からはっきり聞いたわけではないが、大庭の彼氏は卒業し、二人は別れたんだと思っていた。
中学生の俺たちが過ごす箱庭で、俺と大庭が付き合うのを不思議に思う者はいなくなって。
だから四月――一年ぶりに同じクラスになった大庭に俺は二度目の告白をし、俺達は付き合いだした。
大庭は明るい笑顔で俺を暖かい気持ちにさせ――
時々、不安げに瞳を揺らして俺の胸で泣き――
そして、俺たちは心だけでなく体の関係を結び――
何も問題なく普通の中学生として、彼氏彼女として一年を過ごして――再び、父の転勤が決まった中三の冬。
転勤場所が千葉県で横浜から通えない距離じゃなかったことと、俺の中学の卒業が間近だったことから、引越しは中学を卒業した三月、高校は千葉県内のところを受験するように言われる。
通える距離だからこのまま横浜にいてもいいじゃないかとも思ったが、この機会に父方の祖父母が住む家――俺が三歳まではそこで暮らしていたらしい――で同居をすることにしたと言われては仕方がなかった。
それでも、俺だけ横浜に住むかこっちの高校に通うか――大庭と離れたくなくてそう考えたが、一人暮らしも横浜の高校に通うことも許されなかった。
※
そして高校二年の春、幼馴染の芽依と再会する――
意思の強い瞳は大庭と似ていると思ったが、纏う空気がぜんぜん違う。大庭はどこか人を寄せ付けない孤高な感じがしたが、芽依は物事をはっきり言うけど毒気のないというか素直な性格が人を寄せ付け癒す力があると思う。
高一で同じ陸上部に入り、ほとんど話すことはなかったが、なんだか気になる存在で、幼馴染と知って、そんな記憶はないけど――そうだったと思うほど、俺の心の中にするりと入り込んできた。
だから、気になって、目を離せなくて。
俺のせいで足を怪我させてしまった時も、小坂と喧嘩したと聞いた時も責任を感じて。
俺がちゃんと見てないと――そんな俺の心を占拠しはじめた気持ちに戸惑って。
俺は大庭のことが好きで大庭と付き合ってて、芽依は小坂と付き合っているから恋愛対象外で、妹みたいな存在の幼馴染で――そう心の中で言い聞かせてること事態がおかしいとも気づかず、じくじく痛む胸に気づかないふりをして俺はわざと小坂を挑発した。
半分心を隠して。ちっちゃな噂一つで揺らぐ程度なら、ぶち壊してやろうと――そんなことも思うほど、俺の心は芽依に傾いていて――
「田中は――本気で芹沢さんのことが好きなんだね?」
小坂にそう問われて――答えなかったんじゃなくて、答えられなかったんだ。
芽依のためと言いつつ、本当は自分のための勝負だったのかもしれない。
だから柄にもなく持久走で熱くなって、自滅して――本気で勝負したからこそ本当に悔しくて情けなくて。
そんなところに芽依が俺の様子を心配して来てくれて、胸がぎゅっと締めつけられた。
俺は、自分のことをよく分かってくれる芽依を――
だから……
勝負を決める五十メートル走で負けて、周りに集まるギャラリーに釘を刺すように言ったんだ。
「芽依をかけて勝負? ふんっ」
わざと見下すように鼻で笑って。
「芽依は小坂と付き合ってるんだろ。なのに、なんで俺が小坂と勝負するわけ? 芽依のことは別に好きじゃないし?」
そう言ってファンクラブの子達に最高の笑みを向ける。
ファンクラブの子達が芽依に敵意を向けないため。
小坂に安心させるため。
芽依に誤解させないため。
そして、俺の心を偽るため――
※
大庭のことは好きだ……った。
心から大切にしたいと、側にいたいと思った。それは偽りじゃなく。
だけど本当は知ってたんだ――大庭がまだ、元彼のことを好きだと。元彼がよりを戻したがっていて、ずっと悩んでいたことを。
だから俺は、親の説得に折れたようにみせかけて千葉の高校を受験した。
離れてみないと――お互い自分の気持ちに気づかないような鈍感な俺たちだから。
俺はそれでも大庭のことが好きで、月に一回は大庭に会いに行った。だけどその回数がだんだん減って、電話やメールの回数が減って、中学の同級生から大庭が元彼とよりをもどしたという噂を聞いた。
だけど俺は待っていたんだ――
大庭の口から、直接聞くのを。本人から聞いた言葉を信じると決めていたから。
そして、終わりと始まりを告げる着信音があの日、鳴り響いた――
必然的な恋――
虎太郎とまりか。
秀斗と芽依。
芽依と虎太郎。
さあ、どれが必然的な恋なのでしょう――