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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第1章 はじめの一歩
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第1話  空白の一年間



「では、係・委員会はこれで決まりです」


 そう言って教壇に立ち黒板を指さしたクラス委員を、私は呆然と見つめた――ジャンケンの名残を残したチョキの手のまま。

 ウソでしょ……、簡単な係を狙ってたのにジャンケンで負け続け、残った体育委員になってしまった。

 私はマジでへこんで机に顔をつける。そんな私の肩をぽんっと叩いて親友の夏凛(かりん)が言った。


「ドンマイ。まっ、相方が田中君ならいいじゃん」


 えっ……?

 夏凛のその言葉に、声を失っていると。


「これから、それぞれの係・委員会同士で集まってこの用紙を書いてください。前に取りに来て」


 クラス委員の指示に従って、ガヤガヤと生徒が席を移動し始め、夏凛も行ってしまった。

 私はぽつんと自分の席に取り残され、黒板に視線を向ける。そこには、「体育委員」の文字の横に田中・芹沢と書かれている。

 田中君――って、どの人だろう……?

 田中君のとこに行って、一緒に用紙を書かなきゃいけないんだけど、どの人が田中君なのか分からないから動けなくて、困ってしまう。



 高校二年生になって、一週間が経つ。初日に自己紹介とかしたけど、私、人の顔と名前覚えるのすごい苦手なんだよね。さすがに去年同じクラスだった人はわかるけど、初めて一緒のクラスになった人はいまだに誰が誰だか分からない。

 こんなんじゃ、だめだ!

 そう自分に言い聞かせて、クラスを見回す。

 きっと田中君も私を探してるはず。一人でいる男子がきっと田中君だわ。

 教室の前の方を見ると、ペアになって用紙を書いてる人、すでに書き終えている人。後ろを振り向くと、やっぱりペアになってる人……その中、一人で座ってる男の子と目が合った。耳より少し長い癖のある髪は無造作に流され、毛先がくるんっと跳ねている。目元はきりっとした奥二重、細い鼻と唇、男の子にしては白い肌が中性的な印象の子だった。その子は立ちあがるとつかつかと私の方に歩いて来て、すっと紙を差し出した。


「芹沢。これ、俺のとこは書いたから」


 机の上に置かれた紙を見ると、そこには田中と書かれてて――この人が田中君か。頭にインプットするように見つめてると、田中君はすぐに自分の席に戻って行った。

 なっ、なんか、愛想悪いな……

 田中君のとこにすぐに行かなかった私も悪いかもしれないけど、なんだか素っ気ないし、きりっとした目がちょっと睨んでるようで怖い。笑ったらきっと可愛いのにな。そんなことを考えてぶつぶつ呟きながら、用紙の空いてるところを書き始める。



 しばらくすると夏凛が私の前の席に戻ってきて、振り返った。


芽依(めい)、一人で書いてるの?」

「ううん、半分は田中君が書いて、渡してきたの」

「えー、なにそれ。なんで、一緒に書かないの?」


 そう聞かれて、用紙から顔をあげて、夏凛を見た。


「さあ? 私が誰が田中君か分からなくてぼーっとしてたからかな?」

「えっ……!?」


 夏凛が急に大きな声を出して、慌てて口に手を当て――囁いた。


「なに言ってるの!? 芽依も田中君も同じ陸上部でしょ!」


 その言葉に、私は再び声を失う――



「うそ……」


 私は絶句した。そんな私を見て、夏凛ももともと大きな黒い瞳をさらに大きく広げて私を見てる。


「えっ、ウソでしょ、芽依? ほんとに田中君のこと分からないの? もう一年間も同じ部活に所属してるのに……マジで言ってんの?」


 私はコクンと頷く。


「だって、部活ではほとんど男子と話さないし……」


 そう言った私に、夏凛は呆れた口調で同意した。


「あーそうね。芽依には、“小坂(こさか)”君しか、目に入ってないもんね~」


 最後はニヤニヤと頬を緩めて言ってくる。

 私はわずかに顔が赤くなるのを感じて、横を向いて言った。


「そんなんじゃないけど……」

「なーに言ってんのよ! 入学してすぐ、小坂君と同じ高校だって分かって、大はしゃぎしてたのは、どこのだれよ?」


 はい、私です……

 えーっと、小坂君っていうのは、陸上部の同級生で、憧れの人で――


「だって、小坂君ってすごいんだよ! 中一の時から中体連の常連で、かならず決勝に残っちゃうほど足早くて! そのくせ、絵も上手だし、頭もいいし、私の憧れでっ」


 小坂君の賛辞は言いだしたらきりがなく、勢いが加速してく私の顔の前に夏凛が手を出す。


「ストーップ! 分かってるよ、『私の憧れで、私の自慢の彼氏なの!』でしょ?」


 天井をキラキラした瞳で見つめ、私の口真似をして言った夏凛が、ちらっとこっちに視線を向けた。


「いや、私、そこまでは言ってないけど……」


 鋭い眼光で見られ、たじろぐ私。


「でも、彼氏なのは本当じゃない?」


 そう言って夏凛はにやりと笑う。私の顔はとうとう、真っ赤になってしまった。きっと頭から湯気でも出てるんじゃないかな……あー熱い。必死に、両手で顔を仰いで誤魔化す。

 そうなのです、よ。実は、その憧れの小坂君と先月から付き合い始めたのです! ほんと、ウソみたいに幸せで、夢なんじゃないかっていうくらい幸せすぎて怖くて……

 中学までは大会でトラックに立つ小坂君を遠くのスタンドで見るだけだったのに、今は同じ高校になって、同じ部活で、同じ校庭で走って、話すことができて、それだけで幸せだったのに、なんと、付き合うことになったのです!!

 あーなんて幸せなんだろう……


「おーい、芽依? 戻って来てよぉ」


 夏凛に言われてはっと気づくと、一人立ち上がって頬っぺたに両手をあててぼーっと自分の世界にトリップしてた。


「あははっ」


 私は笑って誤魔化し、席に座る。


「で、話を元に戻すけど、小坂君に夢中になってたから、田中君のことは全く覚えてないと?」

「うーん……」


 そういえば、あのくりっと跳ねた髪の頭、見覚えがあるような……

 去年一年間の部活を必死に思い出してみる。確かに男子と話すこともあったけど、小坂君以外の男子の顔はぼやけてて、その記憶の中に田中君を見つけることは出来なかった。


「話したような気もするけど……覚えてない」


 開き直って笑顔で言うと、夏凛が僅かに眉を寄せ。


「芽依が人の顔と名前覚えるの苦手なの知ってるからしょうがないけど、本人には覚えてないとか、初めましてとか、言うんじゃないよ! そんなこと言ったら絶対傷つくから!」

「はい……」


 怒られて、ちょっとへこんでしまう。しょぼんとした私を見て、夏凛はふーっとため息をつく。


「はぁーあ、ほんと、芽依は小坂君一筋なのね。まあ、行動が見ててバレバレだったけどさ」

「えっ、うそ!?」

「あんた、隠してるつもりあったの?」

「うーん……」


 そう聞かれて、苦笑する。どうだろう……?


「なにかあると、すーぐ小坂君に聞きに行くし? 芽依の体から小坂君にラブラブ光線出てたのは、明らかに皆分かってたと思うよ?」


 うーん、ラブラブ光線とかはよくわかんないけど、私はただ、自分に正直に行動しただけで……

 だって、遠くから見てるだけの憧れの人が目の前にいるんだよ! 話して、仲良くなりたいって思うのは、普通でしょ?


「それにしても、もったいないなぁ~」


 はぁーっとため息のような声を漏らして、夏凛が私の机に肘をついてその上に顔を乗せる。


「えっ、何が?」


 またまた、トリップしてた私は、夏凛のその言葉に疑問を持つ。


「田中君! 彼、かなり格好良いでしょ?」

「そうかなぁ~、小坂君のが……」


 そう言いかけた私の頭に、夏凛のゲンコツが降ってきた!


「いったーい……」

「あんたのそれは欲目。どー良くみたって、小坂君の顔は十人並みでしょ。それに比べて、田中君は、格好良くて頭良くて運動神経良くて」


 小坂君だって、頭いいし運動神経いいもん。

 声に出して言うとまた、ぶたれると思ったから心の中で呟いたんだけど、ギロリと夏凛に睨まれてしまった。


「噂によると、ファンクラブもあるらしいし」


 へぇー。ファンクラブ、それはすごいかも。思わず、拍手してしまった。

 でも、小坂君にはファンクラブなんてなくてよかった。私だけの……

 そう考えて、また鋭い視線で睨まれ、縮こまる。


「芽依、ちょっと気をつけなさいよ」


 夏凛はそう言って、顔を私の耳元に近づける。


「田中君と同じ委員会ってことで、やっかみ言われるかもしれないんだから、十分行動には気をつけなさい!」


 そんなこと言われても、好きで同じ委員会になったわけじゃ……ブツブツ、心の声を漏らしてると。


「いい?」


 念を押すように夏凛に言われて、渋々頷いた。

 でも、気をつけるって、一体なにを……?




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