第17話 勝負の行方・・・
すべての測定を終えた私は、衝撃の真実を聞かされた。
「なんか、芹沢さんをかけて小坂と田中が勝負してるって――すごい噂になってるけど」
そう言った福田君は、背後を親指で指す。そこには、五十メートル走の順番を待つ二人がいた。
反復横とびを見た時、小坂君と虎太郎ちゃんが競ってるって聞いて、何のために競ってるのか疑問に思ったけど。それがまさか、私を――だなんて!?
夏凛に急かされる形で二人の持久走を見て応援して、その時、虎太郎ちゃんの違和感に気づいた。
虎太郎ちゃんって、体力測定なんてめんどくさいって言って適当に手を抜いてやりそうな性格なのに、一生懸命っていうより、むしろ必死になってるのが伝わってきて、苦手な持久走をあんなに必死に走ってる姿を見て胸をつかれた。
だから、走り終わって一人になった虎太郎ちゃんに飲み物とタオルを差し入れたんだけど、虎太郎ちゃんの周りには人を寄せ付けないような沈んだ空気が漂ってていたたまれなくて……何も言えなくて、すぐにその場を離れた。
自分の測定もまだ残ってたから、夏凛と一緒に測定をまわって、そんな虎太郎ちゃんの違和感もすっかり忘れてたのに、終わった途端、福田君が持ってきたビック――というかビックリ? ニュースに唖然とする。
何をどうすれば、虎太郎ちゃんと小坂君が私をかけて勝負――なんてことになるの!?
言葉も出なくて、わなわなと唇を震わせて夏凛を見つめると、夏凛はふーっとため息をつく。
「さぁ? 私にもあの人が何考えてるかなんて知らないわよ」
って、言うのー! ひっ、酷い……他人事だと思って。
「それで?」
くるんと福田君の方を向いた夏凛は、打ちひしがれてる私を横目に話の先を促す。
「今、勝負はどうなってるの? どっちが勝ってるの?」
わっ、確かにそれは重要だけど……聞きたくない様な……
「引き分けみたいだよ。だから、この五十メートル走が正真正銘の勝負になるってこと」
五十メートル……
百メートルのタイムは、小坂君の方が虎太郎ちゃんより早かったと思う。だって、小坂君はうちの部で一番早いし!
でも、五十メートルは? 百が早いからって、五十も早いとは限らない……
いや、そりゃ早いだろうけど、虎太郎ちゃんより早いとは言い切れない……
「とにかく、ゴール地点に行ってちゃんと見届けようよっ!」
私の腕を掴んだ夏凛がずんずん歩き出して五十メートル走のゴール地点に向かう。
メインスタンドの前の直線トラックには、どこから聞きつけたのか反復横とび以上のギャラリーが集まり、いまかいまかと二人のスタートを待っている。
私は死刑台に立って判決を待つ罪人のように胸がちぎれそうな想いで、その時を待った。
「位置について……」
スターターの掛け声に、小坂君と虎太郎ちゃんが、クラウチングスタートの姿勢をとる。丁寧にスタートラインに手を合わせ、膝をつく。
「よーい……」
掛け声とともに、腰をあげ、膝をくっと踏ん張る。その瞬間はスローモーションで。
「はいっ!」
合図とともに、二人は勢いよく蹴り出して、前へ前へと駆けだす。
たった数秒の出来ごと――
スタート地点にいた二人は、あっという間にゴールを駆け抜けていた。
タイムは――
「小坂君、六秒四二。田中君六秒五九」
そのタイムを聞いて、ギャラリーが感嘆の声を漏らす。
「すっげー、六秒四って……」
「きゃー、すごーい。田中君、早い!」
そんな中、走り終えた二人は、ゴール地点を少し過ぎたところで止まりお互い顔を見合わせ、どちらからともなくお互いに手を固く握り合った。
わぁー、っと歓声が沸く。
私は一歩一歩と二人に近づく。
「田中、良い勝負だったよ。ありがとう」
「こちらこそ。小坂のおかげで自己ベスト更新したしな」
二人は友情を深めたように、満面の笑みでお互いを見据える。
ドッテ、ドッテ……って音が出そうなくらい重い足取りで歩く私を軽々と追い越した夏凛と福田君が二人に詰め寄る。
「それで、勝負ってなんなの? どうなったの?」
「もしかして、田中も芹沢さんのこと好きだったの?」
福田君のその言葉に、ドキリとする。
えぇー、なんでそうゆう話の繋がりになるの!?
「勝負? なんのこと?」
虎太郎ちゃんがそう言って、首をかしげる。
いつのまにか虎太郎ちゃんのファンクラブの女子が周りを囲んで事の成り行きを見てて、その言葉に安堵のため息を漏らしてた。
「ほら、やっぱり。芹沢さんをかけての勝負なんて嘘だったのよ」
そんな声が聞こえる。
くすりと笑った虎太郎ちゃんは、小坂君の肩に手を置いて何か囁き、それに対して小坂君ががばっと顔を上げて虎太郎ちゃんを見て――頬を染めて睨んでる。
なに? なに言ったんだろう――
そう思ってたら。
「芽依をかけて勝負? ふんっ」
って! 鼻で笑ったのよ!
「芽依は小坂と付き合ってるんだろ。なのに、なんで俺が小坂と勝負するわけ?」
そう言った顔は女の子のように可愛くて、眩しいくらい男らしい微笑みで――ファンクラブの女子はとろけてる。
「芽依のことは別に好きじゃないし?」
とか言って、歩いて言ってしまったの。
残された私達は呆然とその後ろ姿を見送り、ファンクラブの女子はぞろぞろと後をついていく。
「なぁ、ほんとに、勝負してたんじゃないのか?」
福田君は納得がいかないというように、小坂君に詰め寄る。
聞かれた小坂君は苦笑して。
「どこでそんな話聞いたの? 田中とはただお互いに自己ベストを越せるかって話してただけだよ」
そう言って小坂君が私を見た。その時になって、小坂君と喧嘩してたこと、一週間喋ってなかったことを思い出して、気まずい雰囲気が流れたんだけど。
くすり。
小坂君のちょっと困ったような、だけど優しい笑みを見て、私はごくんっと唾を飲み込んだ。
「芹沢さん、今日、一緒に帰ろう?」
たったそれだけのことだったけど、その言葉が嬉しくて、私は涙が溢れてきた――