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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第2章 その関係はタブー?
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第16話  たぶん君のため <虎太郎side-3>



 勝負は体力測定の七種目の七本勝負。俺は十時までは体育委員の仕事があるから、その後合流して、一緒に測定を回ってその場で決着をつけることになった。

 勝負を持ちかけて来た時の小坂は闘志を燃やした良い瞳をしていたが、約束をした後は普段通りの優しい雰囲気を纏った小坂に戻っていた。次の日部活で顔を合わせた時も、普通に挨拶してくるし、そのあまりの冷静な態度に少し呆気に取られる。

 他のヤツ――福田にも――勝負のことは言っていないようで、勝負の約束はなかったことのように、不気味なくらい静かに一週間が経ち、体力測定――当日。



 係の仕事を一緒にした芽依も、やはり小坂から勝負のことは聞いていないようで、俺に何か言ってくることはなかった。

 まあ、俺と小坂が芽依を賭けて勝負するなんて他の連中に知れたら大騒ぎになるだろうから、このことが周りに漏れてなくてほっとしてるけど。

 せめて芽依くらいは知ってないで、どうするんだ? 芽依のために頑張る小坂を、応援してやらなくて、どうするんだよ……

 まあ、もし俺が勝っちゃった時は幼馴染だってばらせばいいと思ってるけど。

 競ってるとこ、ちゃんと芽依が見てないと俺の計画は効果半減だな……

 そう思いながらも、自分の口から伝える訳にもいかず、あっという間に約束の十時になる。

 委員の仕事を手早く終えた俺は、すぐさま人気のない場所に行き、軽いアップと準備運動を念入りにする。体をしっかり温めてないと、いい記録は出せないからな。

 小坂との勝負――というのもあるが、去年の自分の記録に挑戦するという意味合いでも気合いが入る。体力測定なんて面倒くさいと思いつつも闘志がみなぎるのは、陸上部員の定めなのかもしれないな。


「田中、ここにいたのか」


 小坂も同じようにアップをしてたのか、僅かに紅潮させた顔で走ってきた。俺たちは並んで準備運動をしながら、測定をまわる順番を話しあった結果、最初にフィールド系を済ませ、体力消耗が激しいトラック系を後に回すことにした。持久走だけ時間が決められていて十時の回はもう間に合わないから十時三十分に出ることを決め、それまでに出来るだけのフィールド系の測定を済ませるためにフィールドに向かった。



 時間節約のため、空いてる測定から回る。

 まずは地味な握力。自然な姿勢で立ち、握力計を力いっぱい握りしめる。ほんと、地味だな……。俺は右が八十、左が六十八で、測定値は左右の平均を取るから七十四。小坂は右が七十六、左が七十二で測定値は七十四……

 偶然の一致に、お互いに顔を見合わせて渋い顔をするが、たまたまだろうと気を取り直して次の競技に向かう。

 次はハンドボール投げ。一歩二歩と決められた円の中で軽く助走し、思い切り振りかぶって力の限りボールを遠くへ投げる。

 俺が投げたボールは風を切るように一直線に飛び、三十五メートルの線を少し超えたあたりに落ちる。

 少し渋い顔をして投げた小坂のボールは、意外と飛距離を伸ばさず、二十九メートルの線に届かなかった。

 次は反復横とび。地面に引かれた三本のラインをサイドステップで踏んでいく。測定係が二人いて、小坂と俺は同時に中央のラインに立つとスタートの合図と同時に右へ左へ、素早くステップする。

 測定は二回で、一回目は俺も小坂も六十二だった。

 いつの間にか、俺達の周りをギャラリーが囲み声援を送られていたが、小坂に勝てないことが思った以上に悔しくて、周りの声をかき消して、測定に集中する。

 二回目の測定が終わり、係がカウントを読み上げる。


「小坂君、六十三。田中君、六十三」


 結果はまたしても同数。決着のつかないことに、焦りと苛立ちが募る。そんな俺の気持ちも知らず、周囲を囲むギャラリーは歓声をあげ、拍手する。

 俺は呼吸を整えて平静を装い、小坂に声をかける。


「また同じだったな」

「ああ、一敗二引き分けだけど、まだ四つ測定が残ってるからね」


 ふわりと笑う小坂は、焦りなどないというように穏やかな声で言う。


「もうすぐ十時半になるから、早めに持久走のスタート地点に行こうか?」


 小坂に促され、歩き出した俺達の背後から、聞き覚えのある声がかけられる。


「小坂君。虎太郎ちゃん」


 芽依だ。俺は立ち止まらずに、視線だけ向け、芽依だと確認する。

 なんとなく、今は芽依に合わせる顔がない。芽依のために始めた勝負だったが、俺の中で何かが変わり始めてて――そのことに、今はまだ気づきたくなかったから。

 小坂も振り返っただけで立ち止まらず、歩いていく。小坂は、何を考えてるのだろうか――そんな風に小坂の思考に想いを馳せ、持久走に集中するため、意識を立ち切った。

 そう、これは芽依と小坂を仲直りさせるための勝負だ。



  ※



 十時半の回の持久走は二十人ほどで、人が少なかったが、そのおかげでスタートを良い位置にとることができた。陸上部男子、福田以外が集まって先頭に並ぶ。越智は中距離選手だから、先頭集団を引っ張っていくだろう、それにどこまで着いていけるかが勝敗を決すると思った。

 振り返ると、第二コーナー横の芝生に芽依と柴田と福田が座ってるのが見えた。きっと持久走を見るために座っているのだろう。そう考えると、胸にもやっとしたものうごめいたが、頭をふってにやりと笑う。

 芽依が見ているのならば、俺の計画も失敗には終わらなさそうだ。俺と小坂の勝負云々までは知らなくても、この持久走で、勝負をかけて見るのもいいかもしれないと思った。



 スターターの合図と共に一斉に男たちが飛び出す。全速力に近いスピードで飛び出した集団に遅れないように、必死に腕を振って足を動かし、前に出る。

 先頭集団は、陸上部四人と他の運動部が三人。先頭を越智が走り、その後ろを俺、水泳部、バスケ部と続く。小坂はハンマー投げの馬渡と共に先頭集団尾行を付いてくる。

 四百メートルを走り、第二コーナーに差し掛かる時、芽依が叫ぶ声が聞こえた。


「越智くーん、虎太郎ちゃーん、頑張って」


 その声援に、思わず頬が緩むけど。


「小坂君! 馬渡君も頑張ってー!」


 みんな平等に応援する芽依に苦笑が漏れる。後ろを走ってて表情は見えないが、きっと小坂も苦笑してるに違いない。

 女子は千メートルだが、男子の持久走は千五百メートル、トラックを約四周する。

 最後の一周に入ると、越智がだんだんとスピードを上げ始めたことに気づく。付いていくのはきついが、前を走るやつと離れるとスピード感覚を失って、失速しそうになる。俺は意地でも付いていこうとペースを上げるが、中距離は苦手な上に、今日はいつも以上に初めから飛ばし過ぎてて、もう体力の限界だった。

 第三コーナーを曲がった時、ずっと後ろを走ってた小坂が横に並び……追い抜いていく。力を温存してたのか、そのスピードは全速力の様な迫力があり、俺は一瞬、目を見開く。

 そんな体力、どこに残してたんだ!? そう思わずにはいられなかった。

 残り百メートルを残し、第四コーナーを過ぎた時には、俺と小坂の差はかなり開いていた。それでも意地で、最後まで走りぬく。大きな画面のストップウォッチを見ながらタイムを読み上げる測定係の声がスローモーションに響く。


「四分……二十一秒、二十二秒、二十三秒、二十四秒……」


 結果は、小坂が二位で四分二十一秒、俺は三位で四分二十四秒。敗因は……負けまいと思ってはじめから飛ばし過ぎ、ペース配分を誤ったこと。

 ただの持久走だが、勝負が絡んで冷静な判断を下せなかった俺は、持久走のタイムも、陸上選手としても小坂に負けた気分だった。



 持久走の後は少し休憩を入れることにした。

 予想外の敗北感に打ちのめされ、小坂の顔が見れなくて別行動をし、俺は人気のない木陰に寝転んだ。


「虎太郎ちゃん?」


 瞳を閉じた時、そう声をかけられて、その声が誰なのかすぐに分かって俺はゆっくりと瞳を開いた。


「芽依……」


 今、俺はどんな顔をしているだろうか。

 負けて情けない顔をしている?

 こんな顔……


「虎太郎ちゃん、お疲れさま。はい、これ」


 寝転んでる俺の横にペットボトルとタオルを置くと、芽依は何も言わずに去って行った。

 芽依には分かったのだろうか……こんな顔を見られたくないと思ったこと。

 悔しいな……

 君のためといいつつ勝負に本気になって、負けて悔しくて、こんな顔誰にも見せられないと思ったの、分かってしまったんだ。

 ほんと、あいつには、敵わない……

 どうして、そんなに俺の心を的確に読むんだよ――



 休憩後、上体起こしと立ち幅跳びの測定に向かった。

 上体起こし、つまり腹筋は測定係に足を押さえてもらい三十秒間の勝負。日ごろ、家で筋トレをしているから勝つ自信はあったし実際結果は勝ったけど、俺が三十九回、小坂が三十八回で僅差だった。

 立ち幅跳びは、俺が二百三十八センチ、小坂が二百六十五センチだった。

 これで勝負は二勝二敗二引き分け。最後に残す、五十メートル走で決着をつけることになった。

 だけどこの時点で、俺は精神面ですでに負けていて、五十メートルでも小坂には勝てる気がしなかった――




第11話の虎太郎視点です。

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