第14話 存在意義 <秀斗side-3>
授業が終わる直前、戻ってきた田中に俺は話しかけた。
「芹沢さんは、捻挫は大丈夫?」
俺に話しかけられるとは思わなかったのか、田中は一瞬驚いたように瞳を揺らし、すぐに真顔になって答える。
「捻挫自体は大したことないが、本人が無理しすぎたせいで悪化してる。しばらく部活は出れないだろうな」
そう言って、ため息をもらす。
俺は思い切って、噂のことを聞くことにした。
「田中って……芹沢さんと付き合ってるの?」
もしも田中が、俺と芹沢さんが付き合ってることを知っていたら、おかしな質問になるが、俺達が付き合ってることを部内で知っている人は少ない。たぶん、仲良いなくらいにしか思ってない人が多いはずだ。
だからこの質問で、俺の欲しい答えを聞けるかもしれないと思ったんだ。
田中は眉根を寄せて、俺を凝視する。
「小坂も噂聞いたのか……?」
「ああ。二人とも……名前で呼んで、急に仲良くなってるし」
「あれは……」
田中はそう言って、顎に手を当ててしばらく口ごもり。
「噂はしょせん噂だろ。気にするな」
そう言って、行ってしまった田中を、俺は睨んでいたかもしれない。
結局、田中は噂は嘘だと言ったが、二人が急に親しくなってることについては何も言わなかった。
もやもやと晴れない気持ちが溜まり、苦しくて仕方がなかった。
そんな気持ちのまま、ホームルームを終えると、廊下に柴田さんがいて呼ばれる。
「小坂君、私、今から保健室に行くんだけど、一緒に行く?」
そう聞かれて、とてもじゃないけど、今は芹沢さんに会えるような気分じゃなくて、黙り込む。
「芽依、今日は部活休んで帰ると思うよ?」
柴田さんが言おうとしてることはなんとなくわかったが、頷けなくて。
痺れを切らしたのか、柴田さんは呆れたようにため息をつくと、歩き出しながら言った。
「じゃ、部活に行ったら、私は保健室に寄るから遅くなるって言っておいてね」
そう言って、手を振る。
俺は慌てて柴田さんを呼びとめる。
「柴田さん!」
「なに?」
振り返った柴田さんは、冷たい視線で俺を見る。俺はそれに気押されないように、ごくんと唾を飲み込む。
「待って、俺も保健室に行く。部活休んで、芹沢さんのこと送ってくから。そう部長に伝えてくれる?」
その言葉に、にんまりと微笑んだ柴田さんは。
「オッケー。荷物まとめたら、早く保健室に来てよ」
そう言って、先に保健室へと行ってしまった。
なんだか乗せられて芹沢さんを送ると言ってしまったが、今、芹沢さんと会って、俺は平静でいられる自信がなかった――
鞄を持って保健室に向かう廊下で、保健室からでてきた柴田さんとすれ違う。
「芽依、着替えてるから、待っててあげて」
そう言われて、保健室の扉を開けると、そこには誰もいなくて、俺は丸椅子に腰かけて、窓の外に視線をやる。
芹沢さんに会う前に、なんとか気持ちを落ち着かせようと思ったが、なんで何も話してくれなかったのだろうという苛立ちがどうしようもなく溢れて来て、やり場のない怒りに眉間をもむように手を当てた。
しばらくして、扉の開く音と芹沢さんの声が聞こえる。振り向いて芹沢さんを見て、俺は感情が溢れてこない様に顔を引き締める。
「芹沢さん。着替えたら、家まで送って行くよ」
平静を装うのが精一杯で、とてもじゃないけど、視線を合わせることはできなかった。
「うっ、うん」
芹沢さんはそう言うと、カーテンの中で着替え始めた。微かな衣擦れの音が聞こえて、俺は聞こえないふりをしようとしたが。
「いたっ……」
小さな声が聞こえ、しゃがんでいるからか、カーテンの下から芹沢さんのスカートが見え、声をかける。
「芹沢さん……大丈夫?」
「うん、大丈夫。お待たせ」
そう言ってカーテンを開けて出てきた芹沢さんは無理して笑っているように見えた。
無理して笑ってるのは、俺のせい?
俺はただ、芹沢さんに笑っていてほしいだけなのに――
学校を出てから、俺は一言も話せずに、芹沢さんの隣を歩くことも出来なくて、少し前を黙って歩き、二人の間に重い沈黙が漂う。
「ごめんなさいっ!」
突然、芹沢さんが言う。振り返ると、深く頭を下げていた。
俺は芹沢さんに謝らせてしまうほど、怒ってることを隠せていなかったのだろうか――
確かに俺は怒ってるけど、芹沢さんに誤ってほしいわけではなかった。俺にまだ話してないことを、ただ芹沢さんの口から聞きたかっただけで――
だから、抑えようとしてた感情を抑えられなくなって、苛立った瞳で芹沢さんを見つめる。
「俺が、何に怒ってるか、わかってる?」
芹沢さんの真意を知りたくて、俺は尋ねる。
わからない――というように、芹沢さんは瞳を泳がせ、唇をかみしめる。
なんで、話してくれないの――?
俺は悲しい気持ちでいっぱいで、本当はこんなこと言うべきじゃないって分かってても、言わずにはいられなかったんだ。
「わからない? ねえ、芹沢さん。俺って芹沢さんにとって、なに?」
「かっ……」
俺の問いにすぐに口を開いた芹沢さんの言葉を遮って、せせら笑う。
「彼氏? じゃあ、なんで、足痛めてること黙ってたの?」
胸が痛い――
「なんで昨日、田中と帰ったこと黙ってたの? 田中といつの間に、そんなに仲良くなったの……?」
言いながら芹沢さんを見ると、瞳に涙をいっぱい浮かべていて、今にも泣きそうな顔だった。
こんな顔をさせたかったわけじゃない――
言いすぎてしまったと思い、口をつぐむ。だけど、芹沢さんにかける言葉が見つからなくて視線をそらした。
「ごめんなさい……。足のことは、心配かけると思って言えなかったの」
俺に心配をかけるから――?
そこに、芹沢さんの優しさを垣間見て、胸が熱くなる。だけど、それでも、隠さずに言ってほしかったんだ。
「芹沢さんのことだったら、心配したい……捻挫のこと知らなくて、芹沢さんのこと――」
芹沢さんのことは、俺が助けたかったのに――
田中が倒れた芹沢さんを抱き上げた光景を思い出し、胸が疼く。
「ごめん、これはやつあたりだ……」
小さく漏らし、地面に視線を向ける。
「俺は芹沢さんにとって、心配させるほどの価値もない……?」
何とも情けない言葉。
答えず黙ってる芹沢さん。
「しばらく、朝一緒に行くのやめよう……」
捻挫してる芹沢さんを一人で帰すのは心配だったが、これ以上一緒にいても、お互い傷つけあうだけだと思って、俺は一人、駅に向かって歩きだした。
しばらく、距離を置いて、冷静になる時間が必要だ――
第9話の秀斗視点です。