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シロクロPOB  作者: 滝沢美月
第2章 その関係はタブー?
13/50

第12話  幼馴染の彼女 <虎太郎side-1>



「幼馴染――」


 アルバムに書かれた言葉を同時に呟く。

 軽快なノックと同時に現れた母さんは、机の上のアルバムに目を止めると、懐かしそうに目を細めた。


「あら、アルバム見てたの? この写真はね、引っ越す前の日に撮った写真よ。虎太郎ったら芽依ちゃんと別れたくないって大泣きしてね……」


 俺が覚えてもいない昔の話をされて、居心地が悪かったが、確かめたいことがあって母さんに尋ねる。


「母さん。芽依と俺って、幼馴染……?」

「そうよ? 芽依(めー)ちゃん、虎太郎(こたろー)ちゃんって呼びあってたじゃない? やあねー、何の確認? 静岡に引っ越す三歳まで、ほとんど毎日一緒に遊んでたじゃない。家もすぐ隣だし、偶然、誕生日も出産した病院も同じでね、一緒に育ったみたいなものなのよ」


 止めなければ永遠に続きそうだった母さんの話を遮り、部屋の外に追い出した。



 幼馴染――そんなこと言われても、目の前に座る芹沢は、同じ高校、同じ陸上部、今年は同じクラスで委員会も一緒だということしか知らない女の子だった。


「幼馴染だったって言われて、思い出した?」


 自分の不思議な感覚を芹沢にも求めるように尋ねると、芹沢は頭を勢いよく左右に振って否定する。


「だよな……。いきなり幼馴染って言われても、覚えてないもんはしょうがないよな。まあ、気にしないで今まで通り――」


 そう、さっき母さんが言ったことは気にしないで今まで通り接しよう、そう言おうとした俺の言葉に被って芹沢が言う。


「覚えてないんだけど、なんか覚えてるかも」


 自分で言って、おかしいと思ったのか首をかしげる芹沢。

 なに言ってんだ、こいつ。そう思ったけど、その言葉にざわりと胸が揺らいだ。芽依(めー)ちゃん……確かにその響きは舌に馴染んで、自然な感じがする。


「ねえ、“虎太郎(こたろー)ちゃん”って呼んでもいいかな? ダメ?」


 だから、そう聞かれて、虎太郎ちゃんなんて恥ずかしくて嫌だったが、否定することが出来なくて、間抜けな返答をする。

 なんだか芹沢は、俺のちょっとした仕草や表情から感情を上手く読みとって図星を言う。でも、それが嫌じゃなくて――俺は顔を赤らめ、芹沢と合わさった視線を横にずらした。


「わかった、好きに呼んでいいから。そのかわり、俺も芽依って呼ぶよ?」


 そう言っていた。

 名前で呼ぶことに対するリスクを瞬時に計算しつつも、この“幼馴染の女の子”を受け入れることに好意的な自分がいることに気づいた。



  ※



 もちろん、翌日には後悔の嵐だったが。

 学校に着くと、親友の有沢がにたにたと気色の悪い笑みを浮かべて、俺の肩を抱き耳打ちしてくる。


「お前にもついに春が来たのかぁ~、俺も彼女ほしいなぁ」


 彼女はいるが、そのことを有沢に言った覚えはないし、彼女とはもう二年の付き合いになる。今更春がどうのこうのというのはおかしな話だ。

 俺は意味がわからなくて、眉根を寄せて有沢を見る。


「同じクラスの芹沢さんと付き合ってるんだろ? 昨日、二人でイチャイチャ帰ってるのを見たって噂になってるぞ」


 なんだ、その噂……

 あまりに突拍子のない話に、俺は呆れてため息をつき、そんなんじゃないって否定しようとしたんだが、急に歩みをとめて顔を上げた有沢につられて、正面に視線を向けると、向かい側から芽依が歩いてきた。


「おはよー、虎太郎ちゃん」


 その言葉にぴくりと眉を寄せ、横の有沢を見ると、にやぁーっと頬が緩んでいた。


「芽依……おはよ」


 無視するわけにもいかずそう言ったが、これで有沢の誤解を解くのが面倒になったと思うと、タイミング悪く現れた芽依を睨んでしまった。


「好きに呼んでいいって言ったのは虎太郎ちゃんじゃない……」


 視線を感じたのか、頬を膨らませてふてくされる芽依の腕を慌てて掴み、人通りの少ない特別棟の渡り廊下を目指す。あのまま、有沢のいる前で余計なことを言われたくなくて必死だった。

 それに、昨日はなんか流れでいいと言ってしまったが、下の名前で呼ぶのはまずいだろ――

 芽依は、昨日俺のファンクラブの女子に呼び出されて、同じ委員会ということでいちゃもんをつけられたばかりだ。それが、付き合ってるという噂を肯定するように、下の名前で呼び合うのは、芽依に対するリスクが大きすぎる。


「あのさぁ……、やっぱり、その呼び方やめてもらえる?」

「どうして?」

「どうしてって……」


 芽依が危ない――そう言うのが、なんとなく嫌で。


「どうしても」


 そう答えた俺に、不服そうに芽依が食い下がる。

 俺は、芽依が噂のことを知らないんだろうなと思って、ため息をつく。果たして、あの噂を知ってたら、虎太郎ちゃんなんて、気安く声をかけられただろうか――

 俺は仕方なく、芽依に噂のことを言おうとしたが、タイミング悪く、クラスの女子二人が声をかけてきた。そのうちの一人はファンクラブの子で、殺気の籠った瞳で芽依を睨んできた。

 俺の前でそんな表情をしたら嫌われるとか、どうして思い至らないのだろうかと考えながらも、その視線から芽依を隠すように立ち、部活の話をしてただけだと言って教室に向かった。

 もちろん、教室に戻れば、有沢が噂のことを追及してくるのは分かっていたが、芽依と二人でいるところを見られて噂が大きくなることを避けるために、歩き出した。

 教室に戻ると、俺達の噂でもちきりだったが、否定するのが面倒で、あえて肯定も否定もせずに席に向かった。



 一限目が終わると、芽依に引っ張られ再び特別棟の渡り廊下に来ていた。朝とは違い、特別棟で授業のある生徒がちらほらと歩いていて、人目を引いている。

 俺は芽依の無駄な行動に、今日何度目になるか分からないため息が漏れる。


「こんなとこで話してると、また噂になるぞ」

「だから、その噂ってなんなの!?」


 やっぱり、噂のことを知らなかったんだな。俺は芽依に、俺達が付き合ってると噂になってることを説明した。


「芽依が“虎太郎ちゃん”なんて呼ぶからだろ……」


 最後にそう付け足して。


「待って! 付き合ってる、の噂から、どうして、呼び方の話になるの?」


 なのに、呑み込みの悪い芽依にため息をついて落ち着いた口調で言う。


「芽依がそう呼んだのを聞いて、有沢は噂が本当だと思ったんだよ。俺のこと、下の名前で呼ぶヤツはこの学校にいないからな」

「そうなの?」


 突っ込むとこはそこか?

 俺は呆れたが、順を追って話さないと、芽依はダメだということがよくわかったから。


「そうなの」


 呆れながらも、芽依の疑問に答える。


「おそらく……噂の出所は見当ついてるけど……」


 たぶん、昨日芽依を囲んでた女子四人。

 そう思って、芽依の足元に視線を落とす。その視線に気がついた芽依は、きょとんと首をかしげる。


「なに?」

「足……」

「えっ? ああ、()ね。昨日一晩湿布したから、もう痛くないよ」


 そう言って両手を胸の高さでぐっと掲げて、大丈夫なことをアピールしてるつもりなんだろうが、大丈夫じゃないことはなんとなく分かった。また、昨日みたいに無茶をすることが予想ついて。

 俺がちゃんと見てないと――

 そんな事を思ってしまった自分に戸惑った。

 だから体育の時間も、ネット越しにいる芽依が気になって、試合にあまり集中できなかった。




第6話、第7話の虎太郎視点です。

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