↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しすぎる王太子に妃は現れない  作者: 七宮叶歌
第1章 優しすぎる王太子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

優しすぎる王太子2

 フェラデル国にはこんな伝承がある。青い鳥に祝福をされた者は国を繁栄に導くと。だから、今見たものが青い鳥である筈がないのだ。ただの没落貴族令嬢である私には、国を繁栄には導けない。――そう、まだ今は。

 王太子妃選考会のことを母はどう思っているのだろう。母も賛成してくれるのならば、私の心は決した。

 植物園を出て古びた屋敷に入り、母の姿を探す。リビングにはいない。では、母の寝室には――いた。

 椅子に座り、優雅に編み物を嗜んでいる。テーブルの上には湯気の立ちのぼるティーカップが一つだけ存在感を表していた。


「お母様」


 声をかけると、母は顔を上げる。透き通るような長い茶髪に丸く可愛らしい緑の瞳――私は母にはまるで似ていない。髪の色も瞳も父にそっくりだ。


「エレナ、どうしたの?」


「王太子妃選考会のことでお話が」


「……そう」


 母は目を伏せ、静かにティーカップを口につけた。

 単刀直入に聞いてみよう。


「お母様は、私が王太子妃選考会に行くべきだと思う?」


「そう、だねぇ」


 呟くと、母は窓の外へと視線を向けた。


「エレナにとって、良い話かと聞かれたら、決して良い話ではないと思う。王太子殿下のお人柄は良いんだろうけれど……不安は残る。それに王妃殿下のことを考えたら、エレナだって将来どうなるか分からないもん」


「家にとってはどう思ってる?」


「それは……」


 浮かない顔をした後、母は大袈裟に溜め息を吐く。


「家のことを考えるなら、エレナには選考会に行ってもらいたい。でもね、家のことは自然に任せても良いと思うの。お爺様は浮かばれないかもしれないけれど、仕方のないことだから」


 『仕方のないこと』――果たしてそうなのだろうか。お爺様は冤罪で断罪されたのだ。誰が考えても、そんなのは間違っている。

 駄目だ、いつもの母のペースに私が狂わされてしまっている。諦めは己の破滅を導くだけだ。


「お母様、ちょっと考えてみて。今の生活が豊かになったらって。美味しい食事が毎日食べられて、家庭菜園なんて使用人に頼んで、夕食の時にはワインが飲める、そんな生活」


 うんと頷くと、母は素直に目を細めた。


「私がその生活を保証するって言ったらどうする?」


 これは賭けだ。まだ妃になれるかも分からない。なれたとしても、すぐに追放されるかもしれない。幸せにはなれないかもしれない。

 母も危険を予測したのだろう。みるみるうちに表情は強ばっていく。

 

「エレナ、本当に行く気?」


「私はお父様とお母様に恩返しがしたいの」


 私が王太子妃選考会に参加したい理由はそれだけだ。

 不安を隠すためか、唇をぐっと噛む。そんな私の熱意に負けたのかもしれない。


「……エレナがそう決めてくれたのなら、行ってきなさい。でも、約束ね。選考会が終わるまでは、ここには帰ってこないこと。そして、泣き言があったら全部手紙に書いて送ること」


「うん」


 それだけなら約束出来る。もっとも、泣き言なんて漏らす性格ではないのだけれど。

 母の了承もしっかりと得られた。あとは父に旅立ちを報告するだけだ。


「お母様、また来ても良い?」


「うん。いつでもおいで」


 二人で笑い合い、母の寝室を後にした。

 父は今頃は書斎にいるだろう。廊下を歩き辿り着くと、軽くノックをする。


「お父様」


「ああ、エレナか。どうした?」


 パイプをくゆらせたまま、書類から目を離す。温かな笑顔はいつ見ても心地が良い。


「タバコは身体に悪いから、気を付けてよ」


「分かってるさ」


 父は自分のことを二の次にしてしまう仕事人間だ。大して重要な仕事を任されるでもないのに、名誉回復のために一人奮闘している。


「それで、用があるんだろう?」


 父の穏やかな顔に、にこりと笑ってみせた。

 

「私、王太子妃選考会に行ってくるね。お母様も良いって言ってくれたから」


 途端に父の顔色が変わった。青い目を見開き、両目から光の粒が溢れ落ちる。


「エレナ……済まない……」


「なんで謝るの? 決めたのは私なのに」


 厳格な父には泣かないでいて欲しかった。決意が鈍りそうになってしまうから。


「もう、泣かないでよ。本当にお父様は泣き虫なんだから」


 こんなにもさめざめと泣かれると、私の涙は引っ込んでしまう。幼い頃から父を慰めるのは私の役目だった。

 父は鼻を啜りながら、私の両手をそっと包み込む。


「エレナは私の大事な娘だ。それは何があっても変わらない。だから、選考会の途中でも、危なくなったり挫折したら、いつでも帰ってきて良いからな」


 まるで母と逆のことを言うのだな、と思わず苦笑いしてしまった。王太子妃選考会でもし危機が訪れた時、帰るべきか帰らざるべきか――まあ、その時になったら考えよう。

 旅立ちの準備には一週間とかからなかった。たった一人のメイドを引き連れて、新調してもらった真っ赤なドレスに身を包み、息勇んで馬車に乗り込む。ここからは私の戦場だ。

 たとえ優しすぎても、優柔不断でも、王太子殿下を振り向かせてみせます。その準備は胸の内で整えてあります。

 愛を纏った私の舞台はもうすぐ幕を開ける――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。