1話
完全に自己満なのでそれでも見てくれる方はよろしくお願いします!!
最初に消えたのは、音だった。
耳鳴りのような感覚が、ゆっくりと引いていく。
久我蒼真は、反射的に足元を見下ろし、床の感触を確かめた。
硬い。
冷たい。
揺れない。
(……夢じゃない)
視界が完全に戻ったとき、そこにあったのは見知らぬ空間だった。
白い石床。高く伸びる天井。
床一面に描かれた、巨大で複雑な円形の紋様。
線は幾重にも重なり、文字のような記号が円を描く。
見たこともないはずなのに、なぜか理解できる。
――魔法陣だ。
「……え?」
間の抜けた声が、静寂を破った。
「なに、ここ……?」
「ちょ、待って……さっきまで学校だったよな?」
一人、また一人と声が上がる。
「壁、高くない?」
「天井……これ、城?」
視線が忙しなく動き、誰もが周囲を確認し始める。
だが、その声色に宿っていたのは、恐怖だけではなかった。
「これ……もしかしてさ」
「異世界召喚じゃね!?」
誰かがそう言った瞬間、空気が一変する。
「マジで!?」
「やば、ガチじゃん!」
「アニメのやつだろこれ!」
笑い声。
興奮した叫び。
冗談半分の言葉が次々と飛び交う。
「剣と魔法の世界ってこと!?」
「俺、絶対チート能力もらってるわ」
「ステータス画面あるタイプだろ!」
蒼真は、その輪の少し外側に立ち、静かにその様子を眺めていた。
(……順応が早い)
否定する気はない。
人は、理解不能な現実を前にすると、それを“知っている物語”に当てはめて安心しようとする。
異世界。
召喚。
勇者。
そう考えれば、すべてが一気に説明できてしまう。
「……本当に、異世界なんだね」
隣から聞こえた声に、蒼真は視線を向けた。
詩乃だった。
天井や柱の装飾を見上げ、どこか感心したように微笑んでいる。
「怖くないのか?」
「怖いよ」
即答だった。
「でも……不思議」
詩乃は、蒼真を見る。
「蒼真くんが、いつも通りだから」
「それは理由にならない」
「なるよ」
迷いのない答え。
蒼真は、それ以上言葉を続けなかった。
そのとき――
前方、玉座の前に立つ少女が、一歩前へ出た。
それだけで、ざわめきが自然と収まる。
淡い金色の髪。
白と青を基調としたドレス。
年齢は蒼真たちとそう変わらないはずなのに、立ち姿には揺るぎがない。
「……王女様、だよな」
「ガチで姫じゃん……」
少女は穏やかに微笑み、頭を下げた。
「ようこそ、勇者様方」
澄んだ声が、広い空間に響く。
「私はアルス=レオーネ王国第一王女。
皆様をこの世界へ召喚した者です」
「勇者様って……」
「俺たちのこと?」
王女は、ゆっくりと頷いた。
「突然このような場所へお連れしてしまい、申し訳ありません。
ですがまずは、この世界へ来てくださったことに、心より感謝を」
その言葉で、空気が少し和らぐ。
王女は一度、視線を落とし、静かに続けた。
「皆様を召喚した理由を、お話しします」
空気が引き締まる。
「この世界には、人間と魔族が存在します」
「長い歴史の中で、両者は争い続けてきました」
魔族。
その言葉に、クラスの何人かが息を呑む。
「そして数か月前――
一人の予言師が、ある未来を視ました」
王女は、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶ。
「“新たな魔王が誕生し、世界は再び大きな破滅へ向かう”と」
ざわ、と空気が揺れる。
「魔王……」
「それって……」
「予言が、外れた事は今までありません...」
「ですが、その代償はあまりに大きく……」
王女は、視線を伏せた。
「予言師は、その予言を残した直後、命を落としました」
沈黙。
重い言葉だった。
だが、王女の口調はあくまで静かで、淡々としている。
(……感情が薄い)
蒼真はそう感じた。
「予言師を失った今、我々に残された手段は一つだけでした」
王女は、まっすぐこちらを見る。
「――異世界より、勇者を召喚すること」
王女の言葉に一区切りが着いたその時。
「……すみません」
はっきりとした声が、空気を割った。
視線が集まる中、朱音が一歩前に出る。
腕を組んだまま、だが姿勢は崩さず、王女をまっすぐ見据えていた。
「一つ、確認させてください」
王女は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷く。
「はい。どうぞ」
朱音は、少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから続けた。
「予言師が亡くなったのは……仕方がなかった、ってことですか?」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
「予言をした反動で死んだ、って言いましたよね」
「それはつまり――この召喚も、誰かの犠牲の上に成り立ってる」
言い切りではない。
だが、逃げ道も与えない問いだった。
王女は、静かに息を吸い、答える。
「……はい」
「その通りです」
即答だった。
「予言師は、自らの命と引き換えに未来を残しました」
「そして我々は、その未来に抗うために、皆様を召喚しました」
朱音は、視線を逸らさない。
「じゃあ――」
「私たちがここに来たのも、選択じゃなくて“結果”なんですね」
クラスの何人かが、不安そうに息を呑む。
「……帰りたいって思うのは、わがままですか?」
一瞬、場が静まり返る。
王女は、わずかに首を横に振った。
「いいえ」
「それは、当然の感情です」
「ですが――」
王女の声は、優しいままだ。
「この世界には、帰れない人々がいます」
「失うことすら許されず、ただ破滅を待つしかない者たちが」
朱音は、ゆっくりと息を吐いた。
「……そう、ですか」
それ以上は、何も言わなかった。
だがその表情には、納得とも、諦めともつかない色が残っていた。
蒼真は、その横顔を一瞬だけ見る。
(いい問いだ)
感情的でもない。
責めてもいない。
ただ――
この召喚が“正義だけでできていない”ことを、はっきりさせた。
その直後だった。
神崎が、一歩前に出たのは。
「……俺たちが戦えば」
「その魔王は、止められるんですね」
王女は、はっきりと頷いた。
「はい」
「皆様の中には、この世界を救う『勇者』の素質を持つ方がいます」
神崎は拳を握りしめ、少し言葉を探してから言った。
「正直……怖いです」
「でも、何もしなければ、もっと多くの人が苦しむ」
「俺たちに力があるなら、使うべきだと思います」
その言葉に、クラスの空気が一気に前向きになる。
「神崎、すげぇ……」
「やっぱ主人公だわ」
王女は、満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「あなたのような方こそが、勇者にふさわしい」
蒼真は、そのやり取りを静かに眺めていた。
(……予言)
(魔王誕生)
(勇者召喚)
――因果が、一直線すぎる。
蒼真の視線は、王女の背後へ向く。
控える大臣たち。
整いすぎた兵士の姿勢。
(焦っていない)
(むしろ……準備していた顔だ)
ここで、蒼真は口を開いた。
「一つ、聞きたい」
一斉に視線が集まる。
王女は、静かに頷いた。
「はい。なんでしょう?」
「その予言で」
「“勇者が異世界から来る”ことも、見えていたのか?」
一瞬。
王女の返答が遅れた。
「……詳細までは、残されていません」
「ただ、“世界の外から来る存在が、破滅に関わる”と」
(関わる、か)
蒼真は、心の中でその言葉を反芻する。
(救うとも、止めるとも、言っていない)
周囲はすぐに軽い空気に戻る。
「まぁ考えても仕方なくね?」
「勇者やるしかないでしょ!」
神崎も振り返り、蒼真を見る。
「久我……」
「俺は、やるべきだと思う」
真っ直ぐな目。
疑いのない正義。
蒼真は、心の中で静かに答えた。
(そう思わせるための召喚だ)
詩乃が、そっと蒼真の袖を引く。
「蒼真くん……」
「……なんだ」
「どんな未来でも」
「私は、蒼真くんの意思を信じたい」
蒼真は、わずかに目を伏せた。
(俺は、この世界を信用していない)
そして、静かに思う。
(勇者を呼ぶための儀式が)
(魔王を呼んだのなら――)
その瞬間。
蒼真の足元で、蒼黒の光が、誰にも気づかれないほど微かに脈打った。
皮肉なほどに、綺麗な因果。
そしてここから始まるのは――
救済ではなく、選択の物語だ。
次の話も読んでくれると嬉しいです!!




